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24:ぼく、エビえもん……の叔父みたいな

 それから部屋に戻ると、応接セットのテーブルの上に茶封筒が置いてあることに和泉は気づいた。

 上村の忘れ物だろうか。今なら追いかければ間に合うかもしれない。


「ああ、それきっとアタシ宛てよ」

 北条が横からひょい、と封筒を取り上げる。


「……もしかして県警名物【新任巡査の育児日記】ですか?」

 そうよ、とつい先日まで教官をやっていた彼は嬉しそうに中身を取り出す。


 なんと書かれているのか気になるが、とりあえず仕事に戻ろう。和泉は自席に戻りかけてつい、

上村君(あの子)、上手くやっていけるんでしょうかね?」


 別に返事を求めた訳ではない。

 ただ独り言のつもりで呟いたのだが。


「……あんたは聡ちゃんとの出会いがあって今がある。あの子にももしかしたら、そんな出会いがあるかもしれないわね」

 北条は書類に目を落としたまま、これまた、独り言のように答えた。


 だといいね、と思いながら和泉は椅子に腰かけた。


 何だろう? なんだか足元にジャマな何かがある。

 不思議に思って机の下を覗き込むと、なぜか長野が丸まっていた。


「……のぅ、彰」

「……何やってんだ。っていうか、暇なのか? 暇なんだろう!! 捜査1課長のくせに!!」

「相談があるけぇ、待っとったんよ」


 机の下から身を乗り出す姿が、某青い国民的猫型ロボットを思い出させる。長野はちょこんと空いている隣の椅子に正座し、意外に真剣な眼差しで和泉を見つめてくる。


「例のダイイングメッセージなら知らない」

 和泉は先手を打っておいた。


「そっちじゃのうて、ブレスレットのことじゃ」

「今度はなんだ……?」

「遺体の足首についとった銀色の輪っかじゃがの、指紋が検出されんのよ」


「それを言うならブレスレットじゃなくてアンクレットよ、謙ちゃん」と、北条。

「さすがゆっきーじゃ。やっぱりオカマは女性のアクセサリーに詳し……」

「いたーっ!!!」


 飛んできたシャーペンの先端がなぜか和泉の額に突き刺さる。咄嗟に長野が上手くかわして、そのとばっちりを喰らったようだ。


「……おい、ジジィ……」

「おかしい思わんか? 被害者本人の指紋すら出て来んのよ。普通に生活しとって、そんなことあるわけがない。はめる時は素手じゃろ。手袋をつけて足に着けたちゅうんか?」

「被害者に訊いてみろよ」

 ペンの刺さった場所を擦りながら、和泉は適当に答えた。


「それができたらお前に相談せんわい!!」

「なんだとコラ?!」

 和泉は思わず長野の胸ぐらをつかんだ。


「……彰、まさかお前が指紋を拭きとった訳じゃあるまい?」


 確かに。もし意図的に指紋を拭きとったのだとしたら、それができるチャンスは一度だけ。そして可能なのはおそらくただ1人。


 第一発見者だけだ。

 救急車が到着するまでの僅かな時間の間。


「そんなことをして僕に何のメリットがあるっていうんだ?」

 それな、と長野は俯いてしまう。

「……このままだと、ようつべ男が任意同行されて……冤罪が生まれるかもしれん」


 被害者はストーカーによる被害を受けていたと聞いている。

 しかし、どの程度の実害があったのかは不明だ。


 このふざけたゆるキャラ親父の、たった1つの美点を上げるとするならば。


 手柄や名声に拘らない。冤罪だけは避けなければならないという信念。


 時代や科学技術がどれだけ進歩しようと。事件は【人】が起こすものであり、捜査は刑事という【人】が行うもの。彼はどこまでも慎重派であった。


 しかし。指紋が意図的に拭きとられていたとしたら、犯人の仕業に間違いないが、いつどのタイミングでどうやったのだろう?


 ダイイングメッセージといい、この事件には不可解な点が多すぎる。


 担当している守警部は胃の痛む思いをしているに違いない。

 何か手伝えればいいのだが。


「……隙を見て何か手伝ってやる。ただし、お前のためじゃない、あくまでも守警部のためだ!!」


 長野はパっと表情を明るくする。

「いよっ、さすが名探偵!!」

「だからそれは止めろ!!」


 ただし、通常業務の隙を見てこっそり、だ。

 捜査に当たっている刑事達にだってプライドがあるし、余計なことをして睨まれるのはごめんだ。


 傍若無人を絵に描いたような和泉にだって、それぐらいの配慮は持ち合わせている。


 ※※※※※※※※※


 交番をたずねてくる『お客さん』は平日の早朝7時過ぎ、まだそれほど多くない。


 歩いているサラリーマン達、彼らは皆、死んだような顔でそれぞれの職場に吸い込まれて行く。


 今のところは無線機も静かにしている。というか、内容が耳に入って来ないと言うだけの話だ。


 110番通報が入ると、広島県警本部通信指令室につながる。オペレーターが通報者から詳しい情報を訊きだした後、事故および事件現場付近にいるパトカーや警察官に、無線で連絡を取る。

 事故はたびたび起きているようだが、遠く離れた地でのことだ。


 昨夜はこれと言った大きな事案もなく無事に夜は明けた。が、何しろ覚えることがいっぱいで、周にしてみれば寝る暇もなく時間が過ぎた。


 あと少しで任務解除、である。


 とは言ってもそのまま寮に帰れる訳ではなく、一度署に帰って所定の手続きを踏んでからだが。


 周が立番をしていると、向かいから若い女性がニコニコしながらこちらへ向かってくるのが見えた。 

 ふわふわの白いコートにブラウンのロングブーツ。社会人なのか学生なのか区別がつかない。両手にはレジ袋を提げている。


「おはようございます。どうなさいました?」

 周が声をかけると、女性の顔がパっと輝く。

「初めまして。私、石井彩香いしいさやかっていいます。これ、小橋さんに渡していただけませんか?」

 そう言って彼女はレジ袋を差し出してくる。


「中身は何です?」

 無闇やたらに受け取る訳にはいかない。

「いつものです。小橋さんに【ブーランジェリーイシイ】って言えばすぐに伝わります」

 それは確か先日、ちょっと変わった和泉の親戚の、長野という人が連れて行ってくれたパン屋の名前だ。


 中を確認すると、菓子パンや惣菜パンが詰め込まれていた。


 女性はニコニコと周を見上げると、

「あなたが新しいお巡りさん?」

 そうだと答えると、

「うち、イートインスペースもあるから、お休みの日にはぜひ、食べに来てくださいね?」

 なぜかそっと両手を握られる。柔らかくて滑々した、赤ん坊のような手だ。


「は、はぁ……」

「絶対ですよ? サービスしますから」

 営業スマイルを見せて彼女は去って行った。



「お、石井さんからか」

 周が交番長である小橋にレジ袋を渡すと、彼は喜んで受け取った。

「縮景園のすぐ傍にあるパン屋でな。いつも差し入れをくれるんだ。それも俺達2係の日だけだぞ?」

 自慢そうに彼は言う。


 それから飲み物を用意するため、周は台所に向かった。

 全員分のコーヒーやお茶を用意して2階の休憩スペースに運ぶ。


 その後、現在、警らに出ている1名を除くメンバー全員が集まった。


「お、今日はたまごサンドか~。夜勤明けの身体に沁みるなぁ……」

 指導部長である桜井がしみじみと言う。

「このパン、ほんと美味いよなぁ」

 チャラ男こと、西浦も噛みしめている。それから、

「なぁ。今日は誰が差し入れを持って来てくれたんだ?」

「若い女性です。彩香さんとか言ってた……」

 周が答えるとチャラ男はニヤリと笑い、

「お、もしかするとシフトしたか?」


 何の話だ?

 不思議に思ったが、突っ込むとロクな返答がない気がしたので周は黙った。代わりに話題を変えよう。

「このパン屋さんって確か、捜査1課の長野さんって言う人の知り合いですよね?」

「長野さん……? って、お前、それ課長だぞ?!」

「どこの?」

「捜査1課長……」


 あの奇妙なオジさんが?!

 周は飲みかけの紅茶を吹き出しそうになってしまった。

和泉が気を遣ったりするのは、相手が守警部だからです。

それ以外に理由はない。

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