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17:結局アレ、なんだったん?

 それは先週、和泉が遺体の第一発見者となった殺人事件のことである。

「お前から聞いたダイイングメッセージじゃがのぅ。まったく無意味じゃちゅうて、まるで取り合ってもらえんけぇ、ムカついたから帰ってきた」

「ああ、なんとかって言う管理官な……」


 それも理由の1つだろう。どんな仕事でもそうだが、チームワークが乱れればそれだけ進みが遅くなる。

 その間に犯人は証拠を隠滅し逃走を図る。

 長野はそのことを認識しているから、少しは焦っているのかもしれない。


「……それでのぅ、彰。CSVってなんじゃ?」

「知らない。僕にはそう聞こえたっていうだけだから」

 CSVと言えばなんとなくパソコンで使用するファイルのことかと思う。


「所轄の若いもんが、エクセルがどうの、互換性がどうの……なんや訳のわからん呪文みたいなことを言うとったがのぅ」

 昭和生まれのおじさんには未だパソコンは敵のようだ。文字入力ぐらいはできるようだが、それ以上のこととなるとあまりわからないらしい。


「常識的に考えろよ。自分を殺した犯人を捕まえて欲しいと思ったら、普通は犯人の名前を直接言うだろ? だから、ダイイングメッセージなんて言うのは不評なんだよ」

「相手の名前を知らんかったんかもしれんじゃろ。肩書きかもしれんし」

「CSVってどんな役職だよ」


 和泉は立ち上がって冷蔵庫から缶ビールを2本、食器棚からグラスを2つ取り出した。


 それからカセットコンロの火加減を調節しながら、土鍋のフタを開ける。グツグツ煮えている出汁の香りが食欲をそそる。


「……なんかの略称じゃろうか?」

 不意に長野が呟く。

「CSVが? そうかもね」


 いただきます。

 挨拶の後は各自で、鍋から野菜や豆腐、肉や魚をよそって箸を手に持つ。


 変人ゆるキャラ親父は目の前に置いてあるグラスに自分の顔を映してみたりしながら、

「ガイシャなんじゃけど、来年は海外に留学する予定じゃったとか」

「へー、留学……」

 そう言えば音楽大学の生徒だと聞いた覚えがある。


「ワシはようわからんけど、留学ってお金がかかるらしいのぅ。じゃけん、自分でもアルバイトをしとるらしいど。昔で言うところの苦学生じゃのぅ」

 長野はしみじみと言う。しかし和泉は、

「どうせ痴情のもつれだろ。今時の女子大生なんて、裏で何やってるかわからないんだから」

「お前、それは偏見じゃ。ガイシャはいたって真面目な子じゃぞ」

「だから、そう言う真面目な子に限って……」

 にゃーん、と足元で猫が鳴く。


 ふと。どうして周とじゃなく、こんな訳のわからないゆるキャラ親父と、事件の話をしながら夕飯を食べなければいけないんだ、そう考えたら和泉はまた泣きたくなってしまった。

 やけ酒のつもりで、グラスに注いだビールを一気に呷る。


「ただのぅ……なんじゃ、タラと鮭、どっちがええ?」

 長野は膝の上に乗ってきた猫に、鍋の中から取り出した魚の切り身を与える。

「ただ、なんだよ」

「……それっぽい容疑者は浮かんどるんじゃ」

 へぇ、と和泉は俄然、興味を覚えた。


「被害者をストーキングしとった若い男での、今のところ名前はちょっと公表できんけぇ、仮にマルAとしとくかの」

「どんな男?」

「34歳無職。両親と暮らしとる、いわゆる引きこもりじゃな。ようつべ、とかいう動画投稿サイトで被害者を見て一目惚れ。実は同じ市内の、近所の大学に通っている学生じゃってわかったら……いても立ってもいられんなったらしい」


 被害者の通っていた音楽大学は確か鶴見町にあったはずだ。

 容疑者もその近所に住んでいるということか。


「引きこもりが外に出て……女子大生を追い回すようになったってことか」

「いや……なんちゅうか、物陰からこっそり見つめとったらしい」

「変態だな」

「お前が言うんか……彰」

 長野は鍋に追加の野菜を投入する手を止めていた。

「……なに?」


「それはさておき。状況証拠としてはバッチリなんじゃが、どうもそのCSVだのビナ、だのと何の関わりもなさそうでなぁ。CSVも謎じゃが、ビナってなんじゃ? 鳥のヒナか? それか桃の節句のお雛さんか?」

「ああ、流し雛とか。それが犯人と何の関係があるっていうんだよ」

 和泉はグラスに残っていたビールを注ぐ。


「雛人形を作る職人……?」

 カセットコンロの火加減を調節しながら長野が呟く。

「被害者の周辺にそれっぽい人物は」

「……おったら苦労せんじゃろうが」

 長野がまだ猫に魚を与えようとするので、

「これ以上は太るからやめろ。で……」

 立ち上がって和泉は冷蔵庫に追加のビールを取りにいく。にゃあ~ん、と切なげな声でおねだりされても、心を鬼にしなければ。


「捜査本部はその若い男を任意で引っ張ってきて自白を強要した挙げ句に逮捕、送検したいと。第一発見者が聞いた謎のメッセージは『気のせいだった』で終わらせたいってところだろうな……いたーっ!!」

 腹いせなのか、猫は和泉のくるぶしに噛みついて、どこかへ走って行く。

「……お前の言うことがまさに現実になろうとしとるんよ。のぅ、彰。仮にも名探偵と呼ばれる男じゃろ? 被害者の最期のメッセージを解読してみせろや」


「僕は探偵じゃない!! だいたい、その呼ばれ方は不愉快だ!!」

「……なんで?」

「ミステリー小説に登場する探偵って、ほぼ例外なく奇人変人じゃないか。それに、あの手の話だと、本職の刑事は常に、的外れな推理ばかり展開するポンコツ扱いだ。僕はそう言うのが気に入らないんだよっ!!」

「じゃけん、彰は名探偵じゃって……」

「うるさいっ!! 二度とそう呼ぶな」

「県警の中じゃ、浸透しつつあるけどのぅ?」

 火消しに回るべきだろうか。


「とにかく。あの女子大生が最期に言い残した言葉の意味は……忘れないように頭の片隅に覚えておくから」


 とは言ったけれど。

 実は気になって仕方ない。


 万が一にも冤罪を産むことがあってはならない。この事件については担当外とはいえ、しばらく注視していようと和泉は決めた。


 ※※※※※※※※※


 夜勤明けの今日は非番である。


 いつもより少しだけ遅い時間に目を覚ました周は、顔を洗ってから食堂に行き、おかずを受け取ってトレ―に乗せ、ご飯とみそ汁をよそってどこに座るか考えた。


 朝食のテーブルでは、同じ寮で暮らす先輩達が既に食事をしている。

 全員がそれぞれ違う方向を見ていることに初めは驚いたが、今の寮長の方針で、せめて食事の時間ぐらいは自分の時間を確保しようということになったらしい。


 前の寮長はとにかく群れるのが大好きで、寮生は全員家族、という感覚の人だったそうだ。ほぼ毎晩のように催される飲み会。

 誰かが転勤や結婚で寮を出るとなれば、全員揃って祝いの席を設ける。

 さすがの周もそれは引いてしまうが、上村なんかは絶対に耐えられないだろうと思う。。


 それに比べたら今は、互いに対して無関心とまで行かないにしても、かなりプライバシーは保護されていると言っていい。


 しかし、今朝は少しだけ事情が違う。

 先輩警官達が並んで座り、ひそひそ話をしているのが見えた。


「……マジかよ」

「マジだって。つーかさ、パフォーマンスじゃね?」

「ありうるな……それか、よほど好みのタイプだったか」

 何の話をしているのだろう。


 周はこっそり先輩達のテーブルの上を覗いた。それは県内のニュースを主に取り扱う、県民なら知らない者はいないという新聞紙である。


 開かれていた紙面には【広島県知事候補秋山義隆氏、婚約発表!!】と、大きく書かれていた。全国紙では取り上げられなくても、県民にしてみれば大きなニュースなのだろう。

 30代前半ぐらいのちょっとしたイケメンが笑顔で写真に映っている。


 その顔に周は見覚えがあった。

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