15:今後ともどうぞよろしくお願いします
怒涛の初勤務が終了。
泊まり勤務はほとんど休む暇もなかった。
その上、昨日は週末。酔っ払いの保護に駆けずり回された。
基町南口交番管内にも飲み屋が多数あり、路上で寝てしまっている男性、意味不明なことを叫んでいる高齢者、千鳥足でフラフラしている女性などバリエーションに富んでいる。
幸いなことに、暴れて手こずらされることはほとんどなかったが。
疲れた。今すぐにでも休みたいところだが、そうはいかない。交番から署に戻り、警察手帳と拳銃を返納する必要がある。
その他にも諸々の手続き、しなくてはならない細々とした業務をすべて終え、周が寮に戻ったのは午後1時過ぎ。
何も考えず布団に潜り込み、眼が覚めたら午後4時前だった。
空腹を覚えた周は、コンビニに何か買いに行こうと起き上がり、服を着替えた。
ドアを開けたところでばったり、上村と顔を合わせる。
「よぉ、お疲れ」
「……ああ」
上村も昨日は初勤務かつ当直だったはずだ。疲れているのか、声にハリがない。
「どこかへ行くのか?」
「うん、ちょっとコンビニ。上村は?」
「……僕は……」
「なぁ、どっかこの辺で美味しい店を探しに行かないか? 管内のことをよく知っておいた方がいいだろ……っと」
スマホが着信を知らせる。
和泉だ。
『はぁ~い、周君。初勤務お疲れさま~。そろそろ、お昼寝から眼が覚めたタイミングかなって。当たりだったみたいで嬉しいよ』
どこかで見ているのか、あるいは部屋に監視カメラでも隠してあるのではないだろうか。
周はそら恐ろしいものを感じ、電話を切ろうとした。
『素敵なお店に連れて行ってあげるから、外に出て来ない?』
「……一緒に来て、上村」
「……え?」
「いいから」
周は上村の手を引っ張って、寮の玄関に出た。
こいつ、絶対にストーカーだ。周はそう思った。
和泉が笑顔で寮の玄関前に【張って】いたからだ。
「周君、おつか……ぎゃんっ!!」
抱きつこうと両腕を広げつつこちらに走り寄ってくる変質者を、周はするりとかわすついでに、背中に肘打ちを喰らわせておいた。
「あれ、上村君も周君と同じ寮なんだ?」
「……お疲れ様です」
「そうだよね。北署に配属される新人って、期待の星だもんね。2人とも成績良かったから当たり前だよね」
和泉はニコニコ、とても嬉しそうだ。
それにしても。
「ねぇねぇ、すごいでしょ? 人の名前をめったに覚えられない僕が、彼の名前だけはすぐに覚えたんだ!!」
それが何だって言うんだよ。
「……腹減った」周は呟く。
すると和泉は、
「任せて!! おシャレでイケてる素敵なカフェを見つけたからね?! 上村君も一緒においで?」
驚いた。
周の方から『上村も一緒に』というつもりだったのに。日頃はどちらかと言えば、自分や父親を含む仲間以外の人に対してはとかく無関心を貫き、特に気に入らない相手に対しては、そのことを顔にも態度にも思い切り表すこの男が。
どういう風の吹きまわしだろう?
つまり、上村のことは気に入っているということか。
別にいいけど。
車で移動するのかと思いきや、徒歩だった。
「どこ行くんだよ?」
「本通り商店街にある【トライアングル】っていうカフェだよ。住所で言うと……上村君の勤めてる新天地北口交番管内かな」
つまり。上村のために【檀家】を紹介してやろうということだろうか。
周はムスっとしてしまった。
自営業者および宅配業者、郵便職員などとは顔見知りになってパイプをつなげておけ、と警察学校で教わった。彼らは地元のことに詳しい。
周は生まれも育ちも広島市内ではあるが、市の中心部のことはあまり知らない。だからこそ、一刻も早く覚えなくてはと思っている。
本通り商店街は今日も大勢の人で賑わっている。
いつもなら「手をつないでいい?」とか、面倒なことを言ってくる和泉が、今日はどういう訳か上村に向けてやたら雑談している。対する上村の方は少し疲れた様子で、適当に返事をしたりしなかったり。
周は実は知っている。
その雑談の中にさりげなく混じっている貴重な【教訓】が含まれていることを。
聞き逃さないよう、耳をそば立てたその時。
『どうも皆さんこんにちは!! このたび広島県知事に立候補しました、秋山、秋山義隆でございます』
突然、スピーカー越しの大きな声にジャマされた。
そう言えば県知事選挙が近づいていたことを思い出す。
『この度、近隣の皆さま、またご通行中の皆さまには少々ご迷惑をおかけしますが、ご容赦いただけますようよろしくお願いいたします……』
声からするとまだ若い男性のようだ。
『……と言う訳でありまして。私が県知事に就任したあかつきには、すべての子供達が幸福に暮らすことのできる、社会福祉事業に全力を注ぎ……』
街頭演説を背中に聞きながら、その後3分ほどで目的地に到着した。
昼食には遅すぎ、かといって夕食には早すぎるこの時間。それなのに。全面ガラス張りのお洒落な店内は、8割ほど客席が埋まっている。
「こんにちは~」
「いらっしゃいませ……あ、和泉さん」
肩まである栗色の髪、くりっとした大きな瞳。白衣に黒いエプロンをした若い女性が入り口のところにやってきた。
「その節はどうも」
「いえいえ、こちらこそ~。さ、どうぞ。私もちょうど休憩しようと思ってたところなんです」
案内された窓際の席に腰を下ろす。
「2人とも好きなもの頼みなよ」と、和泉。
「和泉さんのおごり?!」
なら一番高いものを注文しよう。周はウキウキとメニュー表を手に取った。
上村はどこかうわの空だ。
「どうかしたのか?」
「……え? あ、いや。なんでも」
「疲れてるんでしょ。何しろ初の現場だもんね」
微笑みかけてくる和泉に対し、上村は曖昧な返答をして眼を逸らす。
一番高級……と思ったのだが夜は寮で夕食が出るので、仕方なく周はコーヒーとケーキを注文するにとどめておいた。
お待たせしました、と給仕をしてくれた女性は和泉の隣に腰かける。
「ミズキさん、彼らは僕の仲間。名前は……」
「藤江周です」
「……上村です」
「初めまして、佐藤ミズキです。このカフェのオーナーをやってます」
「彼女は僕の檀家さんなんだよ」
檀家というのは要するに【情報提供者】のことである。「こちらの彼の受持ち区域は、ミズキさんのお店も担当に入ってるから、困ったことがあったらすぐに連絡してください」
はい、とミズキさんと呼ばれた女性は頷く。
「さっそくなんですけど……」
コーヒーはちょうどいい濃さで、注文したチーズケーキも甘さ控えめでものすごく美味しい。これからこの店をひいきにしようと周が考えていた時、ふと和泉の声で我に帰る。
「援助交際?」
「……って、今はもう古い言い方なんですってね。こないだ高橋君に笑われちゃいました。今はパパ活とかママ活っていうそうです」
なんだそれ。
「時々お客さんの中に、もしかしてそうかな……? と思われるカップルがいるんですよね。でもほら、そんなこと聞けないし」
周も【援助交際】ぐらいは聞いたことがある。中高生の女の子が小遣い欲しさに、見ず知らずの年上の男性とデートする。食事をおごってもらい、プレゼントを買ってもらったり。そして最終的に行き着くのは……。
「中には、ウチの店で待ち合わせする人なんかもいるみたいなんですよね」
「どうしてそんなことがわかるんですか? そう言うカップルではないか、と」
と、訊ねたのは上村である。
「なんとなく、雰囲気でわかるんですよ。親子じゃないなって。それにほら、ここは夜アルコールも提供しますし。時々、お客さんの中には酔いが回ってポロっと……ねぇ?」
なるほど。毎日、いろいろな人を見ている彼女には何となくわかるのだろう。
「ミズキさん。もし、今度……それっぽいカップルを見かけたら、さりげなく通報してもらえませんか?」
和泉がそう頼むと、
「もちろんです」
カフェのオーナーは快諾してくれる。
作中に登場するミズキさんは
「ねこた まこと」様著
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【僕には、人に言えない秘密がある。】
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