13:猫には全然モテないけどな
「周君って、なぜか子供にやたら好かれるよね……」
いつの間にかすぐ隣に和泉が立っていた。
子供。この人はナリこそ立派な大人だが、中身はまるで幼児だ。
「あの……?」
全員の視線を感じ取った和泉は、身体の向きを変えて仲間達に微笑みかける。
「申し遅れました。私、県警捜査1課強行犯係第1班、和泉彰彦と申します」
捜査1課……と、先輩たちはポカンとしている。
「迷子の保護は本当に偶然でして、私の本来の目的は……」
嫌な予感が。「本日付でこちら、基町南口交番へ配属された藤江周巡査のことをどうぞよろしくお願いします、とご挨拶に伺うためだったのです。彼はそう、僕の大切なつ……」
どかっ!!
周は見えないよう、カウンターの下で和泉の脛に思い切り蹴りを入れた。「……ま、なので、どうかよしなに……あ、そろそろ行かないと」
目にうっすらと涙を浮かべながら和泉は営業スマイルを見せ、それじゃ、とびっこを引きながら去って行く。
さて、仕事に戻ろう。
「係長、先ほどの案件ですが……」
「そうだな」
何だろう? 桜井と小橋がひそひそ話している。周は聞き耳を立てた。
「お前はどう思った、周? さっきの子供、ただの迷子だと思うか?」
先ほどはそう思った。だが。
「初めはそう思いました。でも、考えてみればあんな小さな子が夜の7時を過ぎて1人で歩き回っているのは……どう考えでも不自然です。上着も着ていませんでしたし」
「そうだな。さて、ここで俺達がすべきことは何だ?」
周は一拍置いてから答えた。
「……児童相談所への連携」
先日ニュースで聞いた事件を思い出す。夜中に1人で出歩いていた子供を警察が保護し、その後自宅へ戻ったものの……母親の交際相手による虐待の末に殺されてしまったと。
あの事件ではきちんと警察から児童相談所へ連携を取っていたのに、結局、子供は助からなかった。
報道番組では警察と児童相談所の連携が上手くいっていなかったことを問題にしていたが。
「それだけか?」
「今後、警らの際には特に、あの親子の住む地域を重点的に……」
「あまり現実的じゃないな」
「でもっ……問題がわかっているのなら、見過ごす訳にはいきません。俺、いや自分は24時間警察官でいるつもりです」
交番長と指導部長は微笑む。
「お前はほんと、聞いてる通りの子だな」
なんだそれ。
「どう聞いてるんですか……?」
「感情移入が強く、他人を頼ることをしない。何ごとにも積極的だが、自らの容量をわきまえず、何でも受け入れようとする」
「……」
ぽん、と交番長は帽子の上から周の頭に触れる。
「何のために3班で交代勤務してると思ってるんだ? お前1人にできることなんて、たかが知れてるだろうが」
「あ……」
「1人で抱え込もうとするのは悪い癖だ。いいか? 重要なのは情報共有だ。秘密を抱えたがるのは刑事だけでいい。俺達は地域の実態を把握しておかなけりゃならん。そのことを決して忘れるなよ?」
そう言えば以前、和泉に聞いたことがある。
刑事同士って言うのは情報を共有したがらないんだよね。犯人を特定するかもしれないような情報は特にね。
そう言う時って違う班に所属する他の刑事と話をしただけで、叱られることがあるんだ。我こそはホシを挙げる!! って、皆が張り切っちゃってるからさ。
でも。本当に大切なのは、誰が犯人を逮捕するかじゃなくて、どうやって被害者の無念を晴らすかってこと……ま、聡さんのウケ売りだけどね。
やっぱり社会人の基本原則なんだよ。報告・連絡・相談ってのはね。
1人であれこれ抱え込んじゃダメだよ?
「……はい!!」
「それも聞いてるとおりだ」
今度はなんだ?
「素直でわかりやすい」
周は今度こそ黙りこんだ。
※※※※※※※※※
和泉はなかなか姿を見せない。
宴会の開始時間になってしまい、店員が次々と料理を運んでくる。結局、郁美の送別会に来てくれたのは結衣と古川、それから捜査1課のメンバーの中で時間が取れた人達。
「……ねぇ、結衣」
郁美はいきなりグラスワインから始め、隣に座る友人に絡んだ。
「和泉さんは?」
「さっき、こっちに向かってるって言ってたわよ。なんか急用が入ったとかで」
グラスの中の赤ワインを一気に飲み干すと、急にクラクラしてきた。
「お代りぃ!!」
これを数分以内に3回も繰り返す。
「……郁美センパイ、ハイペースっすね……」と、古川。
ふーんだ、と郁美はお通しに出されたヒジキの煮物へ箸をつけた。
「実はちょっと噂に聞いたんですけど」
彼は内緒話をするように、辺りを見回し、なぜか声を潜める。
「……何を?」
「人事課の監察室長って、ものすごくできる人らしいっすよ」
「そらそうでしょうね。でなきゃ、監察官なんて……」
「いや~、前の監察官はそうでもなかったって、おっと。オフレコですよ? いわゆる【密告状】が来ても右から左。朝から晩まで新聞読んだり、ラジオを聞いたり、そりゃひどい勤務態度だったらしいっすよ」
まさか、と言いかけたが止めた。
何が起きても不思議ではないのがこの組織。
「ところが。今の室長はものすごい情報収集能力を持っていて、あの北条警視も頼りにしてるとか」
「へ~、あのオカマがね……」
ちょっと郁美、と結衣が袖を引っ張ってくる。かまうもんか。本当のことだし、本人は不在だ。が、よく考えてみたら彼の部下が何人かいる。
「だからセンパイ、しっかり学んできてくださいよ? すべての不良警官はこの私が取り締まってやるわ、ぐらいの勢いで。ねぇ?」
古川も多少はご機嫌なのだろうか。
「あんたを一番に挙げてやるわよ、古川」
「俺は何にも、監察に睨まれるような真似はしてませんって」
するとそこへ。
「ごめんね~、遅くなって」
和泉だ!!
郁美は思わず背筋を伸ばした。
ややふらつく足を叱咤して立ち上がり、彼の隣に移動する。
「お疲れさまです」
「うん、お疲れ。急に異動なんて大変だね」
おしぼりで手を拭きながら笑う和泉は、微笑んでくれる。
「……あ、あの、私、一生懸命頑張ります!!」
「頑張ってね。何かと苦労が多い仕事らしいけど」
「は、はい!!」
こうして間近に見るとやっぱりステキ、なんて思ってしまう。サラサラの髪に、長いまつげ。綺麗な眼。すっと通った鼻筋。
薄すぎず厚すぎず、ちょうどいい形のその唇がいつか……!!
「きゃー!!」
「い、郁美ちゃん? 熱でもあるの……?」
「飲みすぎっすよ。単なる酔っ払い」
「うるさいわよ、古川!!」
すると和泉は心配そうな顔で、
「気をつけた方がいいよ? お酒の失敗って、後々まで悔むことがあるから……」
まさか彼も、何か後悔するようなことがあったのだろうか。
「実を言うとさ。これから郁美ちゃんの上官になる人、僕も2回ぐらい、会ったことがあるんだよね~」
生ビールが運ばれてくる。
「え、ど、どんな人なんですか?!」
和泉は既にグラスを傾けている。乾杯のタイミングを逃してしまった。
「一言で言うと生真面目。全然、冗談が通じないタイプだね」
今まで周りにいたタイプはどちらかというと、寒い親父ギャグが好きだったり、人のことをネタにして笑う奴だった。
真面目な人ならそれに越したことはない。
「あの人きっと、ものすごく細かいと思うよ? 頑張ってね」
それはつまり神経質だということだろうか。少し不安になってきた。
いや、そんなことよりも。
今日こそ記念に一枚、ツーショット写真を!! と、郁美はカバンからスマホを取り出す。
「あ、あの、和泉さん……良かったら……」
「シャッターを押しましょうか?」
と、声をかけてくれたのは。店員かと思ったがどうも違うようだ。全身黒ずくめ、おまけに色のついた眼鏡をかけている。
「は、はい。お願いします!!」
郁美はスマホを渡した。
和泉が少し妙な顔をしているのが気になったが、多少ならずアルコールの回っている頭では深く考える余裕もなく。
ピースサインで笑顔全開に、郁美は和泉の隣でレンズにおさまった。




