10:……と、叫ぶアホ1名
サブタイトルが本文中のどこに引っかかるのか、探してみよう、そうしよう♪
捜査1課の部屋。
そろそろ蕎麦屋の出前が交番に届いた頃だろうかと思って和泉がスマホを注視していたら、周からお礼のメールが届いた。
「皆さん。周君からメールが来ましたよ。ありがとう、って」
「そうか。周君、喜んでくれたらいいな」
提案した聡介が嬉しそうに顔を綻ばせる。
「すみません、皆さん……義弟のために」
「いいってことよ」
周の義兄である駿河はすっかり恐縮している。
そして和泉としては『マイハニー周君のためにありがとうございます』と、言いたいところなのだが、口にすればかなり微妙な空気が漂うことを知っているので黙っている。それぐらいの分別はあるつもりだ。
その時、胃のあたりをさすりながら守警部が部屋に入ってきた。
先日の女子大生殺人事件はあれからほとんど進展が見られないようだ。気の毒に思ったが、現時点では何ともしようがない。
誰もが気を遣って一言も発しない。
やがて彼は無言のまま、再び部屋を出て行く。
和泉がその後ろ姿を見送っていたその時。
「あの、和泉さん……」
うさこが話しかけてきた。
「どうしたの?」
「今日、本当に来てくれるんですよね……? 郁美の送別会」
平林郁美は人事課監察室へ異動になるそうだ。
という訳で今夜は彼女の送別会である。
和泉は自ら幹事役を買って出た。その理由は、決して人には言えないが。
「何を疑ってるの? 僕はちゃんと、約束は守る人間だよ。まして幹事なんだからね」
「だったらいいですけど……」
眼鏡の奥からこちらを見つめてくる彼女の目にはハッキリと、猜疑の色が出ている。
ちなみに。和泉が選んだ店は周のいる基町南口交番からほど近い場所である。そこはオフィス街であるため、仕事帰りのサラリーマンを対象にした複数の鉄板焼きの店や居酒屋がある。
どうせ予約した店だけでは終わらない。
店を梯子する際、上手くすれば周に遭遇できる可能性が高いのではないか。
周が今日、泊まり勤務であることは確認済だ。まして週末。
酔っ払いが暴れて交番の世話になる、留置場に一泊する、そんな事案が多発するタイミング。
先輩警官の後ろをついて、酔っ払いの保護に難儀するであろう彼にそっと助けの手を差し伸べ、ポイントを稼ぐ……って言うのはどうだろう?
「僕って天才!!」
思わず声に出ていたのを父に聞き咎められた。
「なんだか……楽しそうだな。彰彦?」
「いえ、それはあの……」
とりあえず眼を逸らす。ついでに話も逸らそう。
「そう言えばあの女子大生の……守警部達が捜査してる事件、僕が第一発見者になってしまったあれです。随分と難儀してるみたいですね」
聡介は苦い顔をした。
「あれから全然、僕に問い合わせが来ませんけど。どうなってるんでしょう?」
「例のダイイングメッセージか。その件を長野課長は重視しているが、管理官はまったく問題にもしていないらしいんだ」
実を言うと和泉自身も、それは無理もないと思う。
ダイイングメッセージと思われる謎の言葉。
しかし、そんなのは探偵小説の中の話だ。もし本当に犯人の名前を告げるつもりなら『山田』とか『佐藤』とか端的に言えばいい。
薄れて行く意識の中で、この謎を解いてみせろ、というような難解なクイズを考えている余裕なんてある訳がないのだ。
だからミステリマニアの間でも、ダイイングメッセージについては賛否両論ある。
「しかも管理官がな……長野課長とまったく意見が合わないそうなんだ。それで現場の捜査員の士気も下がっているらしい」
「へー」
「長野課長は今、福山の方にも行かないといけなくて、なかなかこっちの捜査本部につきっきりと言う訳にもいかないようだしな……」
つい昨日のことだ。福山市内で資産家夫婦が殺害されるという事件が発生した。
そちらは福山中央署のみで通常捜査本部を設置したため、捜査1課からの出動はない。そして長野は現在、福山の方に出かけている。
「となると、女子大生の事件の方は実質的にその管理官が指揮を執る訳ですね。なんて言う人ですか?」
「確か、幡野とか……まだ若くて経験も浅いらしい」
聞いたことのない名前だ。どうせ、聞いてもすぐに忘れるが。
若いキャリアの管理官。ベテランノンキャリアの刑事達。思うように捜査が進展しなければ、捜査本部は荒れることだろう。
この時点で和泉は他人事だと考えていた。
※※※※※※※※※
どんな仲間と同じ係になるのかなんてギャンブルだとは思っていたが。
大外れだったなんて決して口にはできないが、胸の内で呟く分にはかまわないだろう。
上村は頭痛を感じつつ、必死で先輩警官の説明をメモしていた。ただし必要事項だけ。
「いいかっ、我々警察官たるもの、常に身だしなみには気をつけ、いつどんなお客さんが来ても恥じることのないよう……かつ、心をこめて丁寧に!! さっきのお前の終わり方はなんちゃってフィニッシュだ!! あんな言い方ではもう一度、この交番を利用しようとは思わないだろう?! いいか、今度は俺のする通りに真似してみろ、君なら必ずできるっ!!」
ここは交番であって、コンビニでも飲食店でもないはずだが……。
しかしこの先輩に反論をすると、その3倍ぐらいになって論点のズレた【暑苦しい】語りが始まるであろうことが予測される。
我慢しよう。
よりによって一番合わないタイプの、体育会系熱血漢。
その名前は松岡ではなく松山である。ギョロッとした大きな目に、無駄に白く輝く綺麗な歯並び。趣味はゴルフかサーフィンか、という日焼けした浅黒い肌。
上村は溜め息をつきたいのを我慢した。仕事を覚えてしまえばもう、何も言われなくなるだろう。後は実績だ。
わからないことというと、せいぜいこのあたりの地理と交番の中に何があるのか、ぐらいだ。すべては警察学校で学んできた。
理論を実践すればいい。それだけのこと。
向こうは、藤江周の方はどういうタイプの仲間達なのだろう。可能ならこちらと交換してもらいたいものだ。
上村が最初に応対したのは、道を尋ねに来た高齢女性であった。
最近、長男夫婦と同居するために引っ越してきたということで、自分の家に帰ることすらおぼつかないという。
住所を聞いたら案外すぐ近くだった。
そこで上村は道順のみを答えた。女性はどことなく不満そうだったが、それでも礼を言って交番を去って行った。
そのすぐ後である。
【なんちゃってフィニッシュ】とかなんとか、指導部長による訳のわからない説教が始まったのは。
しかし幸いにもすぐ次のお客さんがやってきてくれて、お預けとなった。
「すみませーん、広商に向かうにはどの線に乗ればいいですか?」
若い女性の2人組。ジャージ姿に大きめのスポーツバッグを持っているということは、広島商業高校で部活の試合でもあるのだろう。
すると松山は笑顔全開、路線図を使って説明を始める。それから、
「お嬢さん達、これから試合?」
「そうなんです。広島市内に出るなんてめったにないから、迷っちゃって……」
「そう、何の試合?」
「バレーボールです」
「広商は強いからね~、健闘を祈るよ!!」
ありがとうございま~す、と少女たちは笑いながら去っていく。
今のどこを、どう見習えというのだろう? ただ単に女子高生と世間話がしたかっただけではないだろうか。
上村には理解できなかった。
その後も次々と道案内を頼む人、落し物が届いていないかを確認する人、交番には老若男女さまざまなお客さんがあらわれては去って行く。
それらすべてを捌いて、ようやく一段落ついたのは午後1時前だった。




