アフター みなみ先輩の恋路
(雪野みなみ視点)
その日、いつものファミレスで、あたしは愚痴をこぼしていた。
「はぁぁ〜……。
いえ嬉しいのよ?
あたしだって、大輔くんとアリスちゃんがちゃんとくっ付いたのは嬉しいのよ?
でも。
でもぉ……!」
あのふたりが正式に交際を始めたことについては、祝福している。
いや、祝福したいと本気で思ってはいる。
でもあたしだって、ずっと大輔くんを想っていたのだ。
胸の奥にほんのちょっぴり、やるせないというか割り切れないというか、そんなわだかまりがあったとしてもそれは仕方のないことだと思う。
「ぅぅぅ……。
なんなのよ、このモヤモヤした気持ちは。
ねぇ財前くん。
わかってくれるわよね、あたしの言ってることぉ」
ちなみに店には、財前くんとふたりでやってきた。
こんな愚痴をこぼせる相手は、関係者の全員と顔見知りな財前くんくらいしか思いつかない。
だからちょっと迷惑かなぁ、なんて思いつつも、学校帰りにこうして無理やり彼を引っ張ってきたのである。
「……はぁぁぁ〜」
「…………」
テーブルに突っ伏してジタバタするあたしを、財前くんが無言で見つめてから眼鏡のポジションをなおした。
ずずっと熱いコーヒーを啜っている。
もしかして呆れているんだろうか。
財前くんってば、以前までのアリスちゃんほどじゃないけど割といつも真顔だから、表情から内心を窺うのが難しい。
「…………ふむ」
彼がコーヒーカップを置いた。
小さく呟いてから、息を吸う。
「……話は概ね理解した。
なら雪野さん。
今度の休みに、ふたりでどこか気晴らしができる場所に出掛けるのはどうか」
「…………え?
えっと……。
あたしと貴方が、ふたりで?」
目の前で財前くんがこくりと頷いた。
よく見れば、彼は心なしか頬が赤くなっている気がする。
「……俺では、不服かもしれないが」
財前くんが眼鏡の奥ですっと目を伏せた。
イケメンだから絵になる。
でも、これはもしかして照れているんだろうか。
「え、えっと……」
ひょっとして、あたし、デートに誘われている?
いやいや、まさか。
いくらなんでも、財前くんに限ってそんなことはないだろう。
それは自意識過剰過ぎというものだ。
だいいち、彼はいままであたしにそんな素振りを見せたことがない。
……いや、でも、もしかすると……。
「え、えっと財前くん?
念のためよ?
念のために確認させてね。
違うと思うんだけど、それって、あたしをデートに――」
あたしはごくりと喉をならしてから、真意を問おうとした。
そのとき――
◇
「おお、いたいた。
おーい、時宗!
お、みなみ先輩も一緒じゃねぇか。
ちょうどいい」
ファミレスの入り口から、あたしたちを呼ぶ声がする。
振り向けば大輔くんが手を振って、こちらにやってくるところだった。
彼のすぐうしろには、アリスちゃんも付いてきている。
財前くんが開きかけていた口を閉じた。
「よっと。
邪魔するぜ」
「財前くん、雪野先輩。
こんにちわです」
ふたりがあたしたちと一緒のテーブルについた。
財前くんの隣に大輔くん。
あたしの隣にアリスちゃん。
あたしは急に登場した大輔くんに少しドキドキしながら、尋ねる。
「ど、どうしたの、大輔くん?」
「いやちょっとふたりに話があってな。
さっき時宗にメールしたら、いまファミレスだっつーから追いかけてきたんだよ。
それで、要件はだなぁ」
大輔くんが懐から紙片を取り出し、テーブルに並べた。
「あら?
ネズミーランドのチケットじゃない。
どうしたの、これ?」
「いやそれが実はな。
今朝いきなり、クラスの女子連中に押し付けられたんだよ。
ぶっちゃけ訳がわかんねぇ」
なんでも女子たちは『いままでずっと悪く噂して、ごめんね!』とか『これお詫びの印!』とか口々に話していたらしい。
「あ〜。
なるほどねぇ……」
どうやらようやく大輔くんも、クラスに馴染むことができそうで、とてもいい話だと思う。
「えっと。
それでですね」
大輔くんの話をアリスちゃんが引き継いだ。
「チケットは4枚あります。
ですので大輔くんと相談して、よければ雪野先輩や財前くんもお誘いして、みんなで遊びにいきたいなとなったのです」
「まぁそういうわけだ。
どうだ、ふたりとも。
明後日の日曜日、空いてるか?」
問い掛ける大輔くんに、財前くんが頷いてみせた。
「ああ。
俺のほうは問題ない」
「あたしも日曜は特に予定も入っていないわよ」
「そっか。
じゃあ、朝の10時に現地集合な!」
こうして急遽、みんなでネズミーランドに遊びにいくことが決定した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
日曜日になった。
みんなと合流したあたしは、大輔くんやアリスちゃんに続いてランドの入場ゲートを潜る。
あたしの後ろには財前くんが続いている。
休日のネズミーランドは楽しげな喧騒に満ちていて、大勢の客でごった返していた。
中でも特に、ゲート付近のこの辺りは人混みが凄い。
「きゃっ」
雑多なひとの流れに揉みくちゃにされて、アリスちゃんの綺麗な金髪が揺れていた。
大輔くんがすぐさま彼女の細い肩を抱き寄せる。
「大丈夫か、アリス。
この辺はちょっとひとが多いから、気をつけてな。
ほら、こっちこい」
「……ありがとうなのです」
アリスちゃんが、ぴとっと大輔くんに引っ付いた。
それを眺めて、思わずあたしは唸る。
「ぐぬぬぬぬぅ……。
う、羨ましいぃ」
ハンカチでも噛んでやろうかしら。
このふたりが仲睦まじいのは嬉しいのだけど、やっぱり羨ましいものは羨ましい。
「……はぁ」
あたしにも、ああして守ってくれるような誰かはいないものかしら。
「……って、あれ?」
ふと気付いた。
そういえばあたし、さっきからこんな人混みのなかに立ち止まっているのに、誰にもぶつかられていない。
不思議に思って振り向く。
するとあたしのすぐ後ろで、財前くんが自分の身体を盾にして、押し寄せる人波を遮ってくれていた。
「……あ、あれ?
あの、財前くん。
もしかして、あたしのこと、守ってくれてる……?」
「……いや。
気のせいじゃないか。
俺はただ、ここに立っていただけですが」
「そ、そうかしら?
その割には貴方、いっぱいぶつかられてるみたいだけど」
「…………」
財前くんが押し黙った。
微妙な空気の流れるなか、あたしたちはなんとなく見つめ合う。
「おーい!
ふたりともなにしてんだよ。
そんな人混みに突っ立ってると危ねぇぞ!」
「雪野先輩ー。
財前くん。
こっちなのですよー」
大輔くんたちの呼び声に、ハッとする。
「あ、あはは。
あははは……。
え、ええ。
いま行くわねー」
なんだろう。
わずかに胸が高鳴っている。
あたしはドキドキを愛想笑いで誤魔化して、呼ばれたほうに足を向けた。
◇
「だ、大輔くん……。
まだ脚の震えが止まりません。
さっきのジェットコースター、お、恐ろしかったのです……。
あわわ……」
「ははは。
アリス、きゃあきゃあ言ってたもんな。
新鮮だったぜ?
可愛らしかったしよ」
「も、もうっ。
大輔くんは意地悪なのです……!」
「悪りぃ悪りぃ。
ほら、手を繋ごうぜ。
しばらくこうしてれば、落ち着くんじゃねぇか?」
「……はい」
目の前で大輔くんとアリスちゃんが、存分にいちゃついている。
諦めてはいても、やっぱり羨ましい。
「ぐぬぬぬぬぬ……!」
唸っていると、すぐそばから視線を感じた。
隣に顔を向けると、財前くんがあたしを見ていた。
「……な、なに?」
「いや。
なんでもない」
「でも財前くん。
い、いま、あたしのことを眺めてたわよね?」
「…………」
また財前くんが黙った。
くいっと眼鏡を押し上げる。
財前くんは生来の美形も相まって、こういう仕草がとても似合うと思う。
「な、なんなのよ。
もう……」
あたしはなんとなく、自分の顔が赤くなっていくのを感じながら、彼から目をそらした。
◇
夕陽に赤く染まった地面に、長く影が伸びる。
「んん……。
あー!
遊んだ遊んだぁ」
あたしは大きく伸びをして、満足気に息を吐いた。
今日はみんなでたくさんのアトラクションを回った。
もう脚が棒のよう。
最初の頃こそ大輔くんとアリスちゃんのお熱いところに歯がみもしたけど、夢中で遊んでいると途中からはそんなことも忘れてしまって、しっかりと今日という日を楽しんでいた。
いまは帰り際に、みんなして入退場ゲート付近の物販店で、お土産を見繕ってきたところだ。
「アリス。
ほら、これやるよ。
……まぁなんだ。
今日の記念に、な」
「うわぁ。
なんなのですか、これ。
とても可愛いのです」
大輔くんがネズミィをかたどったオルゴールを、アリスちゃんにプレゼントした。
彼女はとても嬉しそうな笑みを浮かべ、贈り物を胸に抱いている。
一方の大輔くんは照れ隠しなのか、首筋を指で掻きながらそっぽを向いていた。
「……ふふ」
知らずに笑みが溢れた。
とても初々しく、仲睦まじいふたり。
そんなふたりを少し離れた場所から眺めて、あたしは今度は、誰にも悟られないくらいの小さなため息をついた。
今日一日。
大輔くんとアリスちゃんを眺めていて思った。
(……ああ、終わったんだ。
あたしの初恋)
胸に去来したのは、意外なことに満足感だった。
ふたりにはこの先、幸せになって欲しい。
わずかに心に沈殿していた澱みが、すうっと消え去っていくのを感じる。
ふと視線をあげると、財前くんがすぐそばにいた。
いつもの仕草で眼鏡を持ち上げたかと思うと、なにかを差し出してくる。
「……え?
これ、なに?」
「どうぞ。
雪野さんにも、記念品のひとつもないと不公平でしょう」
差し出されたのは、フォトフレームだった。
フレームにランドのマスコットが大勢飾られた賑やかなやつ。
「あ、ありがと」
「…………いえ」
ぶっきらぼうに応えて、財前くんが離れていく。
彼の後ろ姿と、手に持ったフォトフレームを交互に眺めた。
いまはまだ、写真の納められていないフォトフレーム。
あたしはそこに、これからどんな思い出を飾っていくのだろうか。
もしかすると――
かすかな恋の予感にとくんと心臓が脈打つ。
「……ありがとう」
呟きながらあたしはまた、正体不明な胸の高鳴りを感じていた。
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