表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/52

ファミレス会議

 正門にやってきた。


 だが少しはやく着いてしまったようで、まだみなみ先輩や時宗の姿は見えない。


 門にもたれかかり、帰宅部の生徒たちをぼーっと眺める。


「ん?

 あいつは……」


 帰路につく学生たちのなかに、目立つ金髪を見つけた。


 西澄アリスだ。


「おう、西澄。

 いま帰りか?」


「……そうですが、なにか用でしょうか?」

 

 返事はあるものの、相変わらず反応がそっけない。


「いや、姿が見えたから声を掛けただけで、特に用はねぇんだ。

 あ、そうだ。

 あのバカ猫は元気にしてるか。

 あいつ放浪癖があるみたいだし、またいなくなったりしてないか?」


「大丈夫です。

 それにバカ猫じゃなくてマリアです。

 賢いです」


「そっか」


「そうです」


 またすぐに会話が終わってしまった。


 俺たちはふたりして沈黙してしまい、どうにも間が持たない。


「……それでは」


「あ、ああ。

 気をつけて帰れよ」


 西澄は軽く会釈だけして帰っていった。


「んー、会話が弾まん。

 こんなんで、あいつを笑顔にできるのかねぇ」


 遠くなっていく彼女の背中を見送りながら、俺は小さくため息をついた。


 ◇


 ほどなくすると、正門にみなみ先輩がやってきた。


「お待たせー。

 ごめんね。

 ホームルームが長引いちゃって。

 ……あら?

 大輔くんだけ?

 財前くんは?」


「まだ来てないっすよ。

 でも多分、もうすぐ来るんじゃねぇかなぁ」


 さっき、帰っていった西澄は時宗と同じ2年A組だ。


 ならA組のホームルームは終わっている。


 まぁ時宗のことだから、きっと教師に用事でも頼まれているのだろう。


「そっかぁ。

 じゃあ、ちょっと待ちましょうか。

 ……よいしょ」


 すぐ隣に先輩が並んで、俺と同じように校門脇の塀にもたれかかった。


 やたらと距離が近い。


 二の腕が触れそうなくらい寄り添いあった俺たちを、帰宅していく生徒がジロジロと眺めていく。


「ちょっと先輩。

 近いって。

 みんな見てるじゃねぇか」


「別にいいじゃない」


「よかねぇよ。

 俺はともかく、先輩に変な噂が立ったらどうすんだ」


「んー?

 変な噂って、どんな噂ぁ?

 あたしは別に構わないけどなぁ。

 むしろ嬉しいくらい。

 大輔くんは、あたしと噂されるの嫌なわけ?」


 みなみ先輩は上体を屈め、下から俺の顔を見上げてきた。


 からかうような上目遣いだ。


 制服の胸元から、彼女の白い鎖骨がちらりと覗く。


「い、嫌っつーか。

 俺は先輩のことを思ってだなぁ」


 ぶっきらぼうに言い放ちながら、視線を逸らした。


 もしかするといま俺は、少しばかり頬が赤くなっているかもしれない。


 逸らした視線の向こうに、時宗の姿が見えた。


「お、時宗だ。

 あいつ、ようやくきやがった」


「……ちぇ。

 もう来ちゃったかぁ。

 あと少し大輔くんをからかっていたかったなぁ」


「……先輩、あんた。

 やっぱり俺で遊んでやがったのか」


「あははっ。

 バレちゃった?

 ごめん、ごめん」


 まったく悪びれた様子もなく、先輩は悪戯っぽく笑っている。


「すまん。

 待たせたな、ふたりとも」


 3人揃った俺たちはファミレスへと向かった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ファミレスの6人掛けテーブル席に座る。


 店員さんがオーダーを取りにやってきた。


「ご注文、お決まりでしょうかぁ?」


「あたし、フォンダンショコラとドリンクバー。

 ふたりはどうする?」


 自慢ではないが、友人のいない俺は普段ファミレスなんかに来ることはない。


 だからこういうとき、なにを頼めばいいのか知らない。


「俺ぁ先輩に任せるわ」


「なら俺もそうしよう」


 時宗も俺に続く。


「じゃあ、ふたりにもドリンクバーと……。

 あと、山盛りポテトフライください」


「かしこまりましたぁ」


 店員さんが去っていく。


 俺たちはドリンクバーで飲み物を入れてから、また席に戻ってきた。


 ◇


「さて。

 じゃあ今日の本題に入りましょう」


 先輩が口火を切った。


「結論から言うわ。

 その西澄アリスちゃんって子。

 きっと寂しがり屋なんだと思う」


「……寂しがり?

 むしろ俺には、あいつが自分から一人になろうとしてる風に見えるが。

 なぁ。

 時宗だってそう思うだろ?」


「たしかに。

 クラスでの西澄は、自分から誰かに話しかけたことは一度もない。

 自らすすんで、みんなとの間に壁を作っているように思える」


「それは彼女が、他人との接し方を知らないからよ」


 そんなものなのだろうか。


 俺にはよくわからない。


「で、先輩。

 結局、俺はどうすればいいんだ?」


「えっと……。

 大輔くんはたしか、つい最近、彼女の家にあがったことがあるのよね」


「ああ。

 少し前に邪魔した。

 でっかいだけで、冷たくてがらんどうみたいな家だったよ」


「なら無理にでも理由をつけて、これからも彼女の家に押しかけなさい。

 話が弾まなくても、一緒にいるだけでいいの。

 そうすればきっと、自然とアリスちゃんの孤独感は癒されていくはずだから」


 そんなものなのだろうか。


 やはり俺にはいまいちピンとこないが、先輩の言うことだしきっと正しいのだろう。


 曖昧にうなずく。


「あと、アリスちゃんの話で気になることって言うと、『一回500円』の噂ね……」


「ああ、その噂か。

 俺もお願いしたことがあるよ」


 みなみ先輩が、ジト目で俺を流し見てきた。


「……まさか、変なお願いはしていないわよね?」


「す、するわけねぇだろ!

 猫探しの手伝いと、一緒に昼飯を食ってくれるように頼んだだけだし!」


「……一緒にお昼ぅ?」


 先輩は(いぶか)しげな眼差しを俺に向けたままだ。


 彼女は美人だし、こうして見られると、いかがわしい事などなくても胸がドキドキしてしまう。


 しばらく俺を眺めていた先輩が、ふぅとため息を吐いてから視線を外した。


 

「……まぁいいわ。

 ところでこの噂って、なにか発端があるのかしら?

 悪意に満ちた噂よね。

 聞く限りのアリスちゃんの性格だと、これはきっと根も葉もない噂だと思う。

 彼女も相当傷ついているはずだわ」


 先輩の言葉にハッとした。


 俺は今まで噂を根拠に、安易な考えで西澄に願いごとをしてきたが、もしかして知らないうちに彼女を傷付けてしまったのだろうか。


 思わず眉をしかめる。


 自省する俺を眺めて、みなみ先輩の瞳が優しく細まった。


 いままで黙って話を聞いていた時宗が、口を開く。


「たしか1年の頃にはもう、噂されていたな。

 よし。

 出所については、俺のほうで調べてみよう」


「ああ。

 手間をかけさせて悪りぃけど、頼むよ」


 時宗が頷いた。


 これで大体の方針は決まりだ。


 集まってくれたふたりに礼を言ってから、この場は解散となった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 大輔たちが帰ったあとのファミレスに、雪野みなみが残っていた。


「またなにかあれば相談しにこい」


 そう言って、笑顔で後輩男子たちを送り出した彼女は、ひとりになってからようやく微笑みの仮面を脱ぎすてる。


 沈痛な面持ちで、深くソファの背もたれにもたれ掛かり、細く長く、息を吐き出した。


「……ふぅぅ。

 あ〜ぁ、失恋しちゃったかぁ……」


 みなみは大輔に想いを寄せていた。


 大輔はまだはっきりと自覚していないみたいだが、あれはきっと恋である。


 そしてその想いは自分には向けられていない。


 大輔が恋に落ちた相手は、西澄アリスとかいう自分とは別の誰かだった。


「よりにもよって、あたしに恋愛相談を持ってくるなんて……。

 大輔くんも酷いわよねぇ」


 思わず愚痴が口をつく。


 みなみは大輔が好きだ。


 彼に助けられてから、ずっとみなみは大輔のことを見てきた。


「まぁ、大輔くんを悲しませたくないし、相談にはきっちりのりますけどね。

 でも……。

 はぁぁ……」


 思わずテーブルに突っ伏した。


 しばらくそうしていじけていた彼女は、やがて突然元気を取り戻してから身体を起こした。


「いや、まだよ!

 諦めるな、あたし!

 応援は本気でする。

 でも……。

 それでもうまくいかなかったときは、あたしが大輔くんを慰めてあげるのよ……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ