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みなみ先輩、登場

 次の日の昼休みに、俺たちはまたグラウンドの隅に集合していた。


 昨日と違い、集まったメンツは3人だ。


 俺と時宗と、あともうひとり――


「よう、みなみ先輩。

 わざわざ来てもらって、なんか悪りぃっすね」


「別に構わないわよー」


 朗らかな笑みを浮かべて手を振るこの女性は、『雪野(ゆきの)みなみ』先輩。


 俺たちよりひとつ年上の美女だ。


 スレンダーな体型だけど、出るところは出ている。


 彼女は顔の造形も年の割に大人びていて、まるでモデルみたいである。


「時宗も、何度も悪りぃな。

 あと先輩呼んできてくれて、ありがとよ」


「俺は別に何度でも構わん。

 礼も不要だ」


「そうそう。

 財前くんが3年の教室まで呼びにきたのは、少しびっくりしちゃった」


「……?

 別に驚くことはないでしょう。

 2年生が3年生の教室に行ってはいけない規則などありません」


「それそれ。

 そんな調子で、顔色も変えずに上級生の教室に入ってくるんだもん。

 何事かと思っちゃったわよ。

 ……ふふっ。

 財前くんも大輔くんも、やっぱりちょっと変わってるわよねぇ」


 先輩は俺たちを眺めながら、楽しそうだ。


 緩いウェーブがかかった肩ほどの長さの髪が、日射しを反射してキラキラと輝く。


「んふふ。

 なぁんか、キミたちを見てると、男同士の友情っていいなって思うのよねー。

 通じ合ってるっていうか、変なひと同士の共感ってやつ?」


「いや変なひとってなんだよ。

 時宗はともかく、俺は普通っすよ」


「ん?

 待て、大輔。

 俺も普通だが」


「ぷふ……!

 あははっ。

 ほら、そういうところ!

 通じ合ってるじゃない。

 あはははっ!」


 先輩がお腹を抱えて笑っている。


 悪戯っぽく、チャーミングな笑顔だ。


 なんでも彼女は、西澄アリスが入学してくるまでは、学校一の美人の名を欲しいままにしていたらしい。


 もちろん今でも、学内の大勢の男子から根強い人気を誇っている。


「……ふぅ。

 はー、面白かった。

 それはそうと、用件はなぁに?」


 ようやく笑い止んだ彼女が、目尻に浮かんだ涙を指で拭う。


「実はちょっと、先輩に相談に乗って欲しいことがあるんすよ。

 俺とこいつだけじゃ、手に負えなくて」


「ふむふむ。

 いいわよ。

 じゃあこのみなみお姉さんに、なんでも相談してみなさいっ」


 先輩がドンと胸を叩く。


 その拍子に彼女の豊かなバストがぷるんと震えた。


 ◇


 時宗にそうしたように、俺は先輩にも事情をかいつまんで説明した。


「なるほど、なるほど。

 だいたいは理解したわ。

 大輔くんは、その西澄アリスちゃんって子を、笑顔にさせたいわけね」


「ま、平たく言やぁそっすね」


 みなみ先輩は腕組みをして、うんうんと頷いている。


 こういうとき美人は、どんなポーズでも様になって得だなと思う。


「わかった。

 あたしも一緒に考えてあげましょう!

 大輔くんには、前に助けてもらった恩もあるしね」


 先輩との出会いを思い出す。


 俺はこの学校に入学して早々、校舎裏でみなみ先輩が複数の男女に囲まれているところに遭遇した。


「いや別に恩とかそんなのは、気にしなくていいっすよ。

 あんときの俺はただ、女に暴力を振るおうとする糞野郎どもが許せなかっただけなんで」


 男たちに服を乱暴に掴まれた彼女は、たまたま通りがかった俺を見て「助けて!」と叫んだ。


 だから俺はその求めに応じて、甲高い声で罵倒してくる女どもを蹴散らし、下衆な男どもを端からぶちのめして、先輩を救い出したのだ。


「しかしあれは、いま思い出してもムカついてくるな。

 大の男が大勢で、先輩みたいなか弱い女をいじめて、情けなくないのかねぇ」


「……か弱い?

 あははっ。

 そんなことあたしに言う男の子なんて、大輔くんくらいよぉ。

 このっ、このっ。

 年下のくせに、カッコつけちゃってぇ」


 みなみ先輩はにこにこ笑顔だ。


 なにがそんなに嬉しいのか、上機嫌になって、俺の頬を指で押してくる。


「それに、いじめ?

 大輔くんには、あれがいじめの現場に見えてたんだね?

 ふふっ。

 やっぱりキミはまだ純粋な男の子だ。

 お姉さんが、色々教えてあげたくなっちゃうなぁ」


「……は?

 どう見ても、いじめの現場だっただろ。

 それ以外になんかあるんすか?」


「いいの、いいの。

 実際のところは嫉妬に狂った女子の復讐だったんだけどね……。

 彼氏とか連れてきて、あたしを酷い目にあわせてやれーって。

 いゃ、ほんとアレには、さすがのあたしも焦ったわよぉ。

 でもキミのおかげで助かったし、もう済んだことよね」


 言ってから、みなみ先輩が周囲を見回した。


「ところで財前くん。

 どうしてみんなを、こんな湿っぽい場所に呼び出すことにしたの?

 ここ、グラウンドの隅よ。

 居心地悪くない?」


「いや。

 この場所を指定したのは、俺じゃなくて大輔です」


「そうなの?」


 先輩がこっちを向いて首を傾げた。


 淡い栗色の髪から、ふわりと良い香りが漂ってくる。


「……そっすよ。

 だって俺みたいなヤツとつるんで噂になったら、先輩たちに悪いだろ?」


 みなみ先輩と時宗が、顔を見合わせた。


 ふたりして、示し合わせたようにため息をついてから、これ見よがしに肩を竦めてみせる。


「そんなくだらない理由なら、別にこんなところに集まる必要もないわよね。

 じゃあ続きは、ファミレスにしましょう。

 放課後になったら、正門で待ち合わせで」


「いやだから先輩、俺の話聞いてたか?」


「承知した。

 なら一旦解散だな」


「ちょっ。

 お前まで……!」


 みなみ先輩と時宗が、同時にくるりと背を向ける。


 そのまま二人はすたすたと歩いて、俺の制止も聞かずに校舎へと戻っていってしまった。


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