勇者の義母ですがうちの子はどこにもやりたくありません
ロリママが書きたくて書きました。
※誤字報告下さった方ありがとうございます。とても助かります。
『ということで魔王は討伐された。これからはドラゴンの出現も減るであろう』
「そうですか、お肉が取れなくなるのは不便ですが、街の方々にとっては良いことですね」
『国を揺るがすドラゴンも、貴女にとっては食肉か……』
「あ、切りますね。子供達が起きてくるので」
通信用の水晶をしまい、今朝の新聞を広げます。新聞には魔王の消滅と、それを為した勇者様の記事がでかでかと載っていました。
「どこも勇者様の話題でもちきりですね」
「どれどれ? カイさんの話?」
「わー! カイが新聞に載ってる!」
「こら、テーブルの周りは走ってはいけませんよ」
ぱたぱたと駆け回りながら代わる代わる新聞を覗いていく子供達に注意をするけど、効果はないようでした。
「言っても分からないようならこうですよ」
杖を一振り、子供たちがふわりと地面から浮かび上がります。簡単な浮遊魔法です。
「きゃー、母様の魔法だ!」
「あははっ、もっとやって!」
「もう、反省なさい。そんな事だと、木のてっぺんに引っ掛けてしまいますからね」
「やだー!」
そこへ年長者のラムとシーがやって来ました。
2人とも羊の獣人で、男の子の方がラム、女の子の方がシーです。
「おはよう母さん、そいつらは厳しく言ってやらないと分からないよ」
「もーお前たちはー! あんまり母さんを困らせないの! あ、母さんおはよう!」
「はーい……」
「ごめんなさーい」
ここは町外れにあるラウセン孤児院。私が経営するみなしご達の家です。
毎日がのんびりと楽しく、みんなで力を合わせて暮らしています。
「……カイさん、本当に魔王を倒したんだね」
「そのようですね、流石カイです」
「母さんの話でしか聞いたことないけど、やっぱり凄い人なんだねー」
「あの子は昔から強くなることに関心がありましたから。そして今やこの国最強の勇者です。頑張って夢を叶えた息子を、私は誇りに思います」
私がそう言うと、2人がぎゅうっと私にくっつきました。
「僕も、もっと頑張って街で稼ぐようにする」
「私も! 私ももっとお料理頑張る!」
「もちろん、2人とも私の自慢の子ですよ」
そう言うと2人は頬を赤くして微笑みました。
うーん、可愛い。可愛いは正義です。可愛いは世界を救うのです。
2人の頭に手を回してよしよししてあげると、前よりずっと背が高くなっていることに気がつきました。
「2人とも、いつのまにかこんなに大きくなっていたんですね」
「成長期だからね」
「まだまだ大っきくなるよ!」
「……昨日はまだ同じくらいの身長じゃありませんでしたか?」
「流石にそれはない」
いつのまにか背丈を越されています。昔はよく抱っこしてあげていたのに、もう出来なそうです。
「人間の子はすぐに大きくなってしまいますね」
「まぁ、ハイエルフの母さんからしたらそう見えるのかもね」
「それに母さんちっちゃいしねー。母さんの背を抜くのなんか簡単だよ!」
そうなのです。
エルフやドワーフなどの長命種が最盛期の状態で成長が止まるのは有名な話ですが、何故か私は幼少の時に止まってしまったのです。人間で言えば10歳くらいでしょうか。
できればもっとグラマラスでセクシーに成長したかったのですが……。
「母さん、この新聞貸して」
「良いですよ。分からない文字があったらいつでも聞きに来てください」
「ありがとう」
最近ラムは勉強に関心があります。良いことです。
「……カイさん、このまま母さんの所に帰ってこないつもりなのかな」
シーがぽつりと呟きました。
「知らないよ。でも、勇者とか言われてちやほやされて、母さんに育ててもらった恩もこのまま忘れるつもりなら……僕はその人を軽蔑する」
ラムがそう言い捨てて出て行き、シーもそれを慌てて追いかけて行きました。
「そうですね……」
カイがどんな選択をしても受け入れたいとは思っていますが、せめてもう一度会いたいと思うのは母の我儘でしょうか。
***
カイは、私が拾った最初の子供です。
人里に降りてしばらく経った頃、森で捨てられていたあの子を見つけて連れ帰ったのが始まりでした。
その時は3歳くらいだったでしょうか? とても小さくて可愛かったのを覚えています。
カイと名乗ったその子は黒い髪に黒い目という特異な容姿をしており、それが原因で人里を追われたそうです。
幸い私は魔法と薬草の知識を活かして街ではそれなりの地位を築いていましたので、それをフルに活用してあの子を守ることができました。
しかし人間の子供を育てるのは大変でした。ささいなことでよく泣き、体は脆く、魔法もろくに使えません。
エルフとの違いを知るたびに私は驚きました。
「かあさん、かあさん」
「どうしたんですか?」
「……ん」
「お料理中は危ないですから、あっちで遊んでいてください」
「やだ」
カイは甘えん坊でした。
これには結構困りました。どういう困り方かというと、具体的には「うちの子が可愛すぎて困っちゃう」みたいな感じです。
カイが大きくなって、町の子供たちと遊ぶようになってからも大変でした。
ある日、えぐえぐと泣きながらカイが帰って来たのです。
「カイ、この怪我はどうしたんですか?」
「まちの子たちが、ぼくはへんな色だからなかまに入れないって、そう言ってぶつんだ」
「まぁ……」
カイはどうやらいじめっ子に目をつけられてしまったようでした。
「カイはどうしたいですか?」
「……ぶたれるのはやだ。でも、どうしたらいいかは、分からない……」
「では母さんがいくつか考えてみましょう。まず、母さんがその子達に仕返しに行くというのはどうですか?」
「……それは、ちょっとかわいそう、かも。だって母さんはドラゴンよりも強いもの……」
「うーん、暴力が嫌なら、その子たちの親に相談しましょうか。私の可愛いカイを傷つけたのです、落とし前をつけてもらわなくては」
「……で、でも……」
「駄目ですか?」
「……いいつけるのは、ずるいと思うから」
「なるほど、ではこういうのはどうでしょう。母さんがカイを特訓して、カイが強くなるのです」
「つよく……?」
「はい、そしてカイが自分で勝てるようになれば、もうその子たちはカイをぶたないでしょう」
「や、やる」
「途中で音を上げませんか? 母さんは厳しいですよ?」
「やる!」
ということでその日から猛特訓が始まりました。
私は簡単な杖術なら修めているので、それを使ってカイに対人戦を教え込みました。ほとんどが実戦形式だったのでカイは傷だらけになりましたが、それでも闘志は折れませんでした。
「……母さん」
「酷い怪我じゃありませんか……!」
ある日、またカイがぼろぼろで帰ってきました。しかし、前とは違ってカイは笑っていました。
「僕、勝ったよ。母さんが教えてくれたおかげだ。ねぇ、褒めて、母さん」
「……カイ、よく頑張りました」
「うん」
「貴方のような勇敢な息子を持てたことが、私は誇らしいですよ」
私がそう言うと、カイは心の底から嬉しそうに笑み崩れました。
いじめっ子を蹴散らしたのでそれで終わりかと思っていましたが、そうではありませんでした。
カイはそれからも貪欲に強さを追い求め、いつしかこの街でカイに勝てる子はいなくなっていました。
「どうしてそんなに強くなりたいのですか?」
「……だって、まだ母さんより全然弱いんだもの」
「いけないのですか?」
「そりゃあ、いつか母さんより強くなって、母さんを守れるようになりたいよ」
「まぁ……カイはなんて良い子なのでしょう。今日はカイの好きなシチューにしましょうね。さっき撃ち落としたドラゴンのお肉を使いましょう」
「…………」
「あら? 嬉しくありませんか?」
カイはあまり魔法の才能には恵まれていませんでした。だから余計に剣の道にのめり込んで行きました。私は剣術には明るくなかったので別の師の元へ通うようになり、カイはだんだん家に寄り付かなくなりました。
いわゆる反抗期という奴です。
ある日、私が街で1人で買い物をしていた時、ドラゴンの群れが街を襲いました。
私の住む街は国の極北にあり、その向こうのドラゴンが多く住む山と隣接しているのです。とくに繁殖期は町の北側に出ることを禁止されているくらいでした。
剣を持ってそれに立ち塞がったのはカイでした。あっという間に2体のドラゴンを斬り伏せたカイは、しかし残りの個体の集中攻撃を食らって苦戦します。
そもそもドラゴンとは1体で天災級の被害をもたらすものなので、人間がその群れを相手にしようというのが無謀なのでした。
ドラゴンの鋭い爪があの子を襲った時、私は咄嗟に前に出ました。激しい痛みと熱が私を襲い、こんな大怪我をするのなんて何百年ぶりだろうと思いました。
「母さん、母さん!」
「痛いところは、ありませんか……?」
「母さん、大丈夫なの」
「このくらい、なんてことはありません。カイ、私の杖を……」
さっき吹っ飛ばされてしまった杖を回収してもらい、カイの手伝いに頼りながらドラゴン共を殲滅しました。
私の子を怖がらせた罰としてじわじわ苦しめたいところでしたが、流石にそんな余裕はありませんでした。
「母さんごめん、僕のせいで」
「いいえ、カイのせいではありません。それにカイはあの攻撃を受けたらきっと死んでいました。貴方が死ぬなんて母さんは耐えられません。だから良いのです。貴方が生きていてくれるだけで、母さんは嬉しいのですよ」
手当てが済んでからもカイはずっと怪我のことを気にしていました。
私はあのくらい、致命傷にはならないのです。思えばとても合理的で正しい判断をしたものだと思います。自画自賛してしまいそうでした。
「……僕は、結局何の役にも立てなかった。ただ母さんを危険にしただけで、何も」
「そんな事はありません。貴方が勇敢に立ち向かったから街はあの程度の被害で済んだのです」
ドラゴンの高度な知能で集団戦術を取られれば討伐に時間がかかってしまいます。
そして私は時間をかければ勝利できるでしょうが、その間に街が崩壊してしまう可能性もありました。言い方は悪いかもしれませんが、カイがドラゴン達の注意をうまく引きつけてくれたから一網打尽に出来たのです。
カイは街の人の英雄でした。
「カイ、何も心配する必要はありませんよ、私の可愛い子。貴方は立派です」
「……違うよ、母さん。僕は……」
「?」
「……ううん、何でもない」
その日からカイは大きく変わりました。
本格的に家に帰って来なくなりましたし、たまに街で見かけると大きな怪我をしていることもしばしばありました。
背はぐんぐん伸びて、体つきは男性らしくなって、声も低くなり、いつのまにか自分のことを「俺」と呼ぶようになりました。
私はとても寂しい気分でした。カイが成長していってしまうのもそうですが、何よりそれを近くで見守れないことが。
けれど息子の巣立ちを邪魔する母親などあってはなりません。ただ黙って、見守るのみなのです。
そしてそんな時でした。
あの子が勇者に選ばれたのは。
カイは私に何の相談もなく、さっさと荷物をまとめると王都へ行ってしまいました。
子育てという生活の大部分を奪われた私は大層気が抜けてしまっていたのでしょう。街の人々からたくさん心配されてしまいました。
そしてある時役場の方から、孤児院の運営の手伝いを頼まれました。
街で建設予定の孤児院で子供達の面倒を見たり、勉強を教えたりする役目です。きっと私があまりにもぼんやりしているので、気を使ってくれたのでしょう。
幸い、私にはカイが出て行ってしまった広い家や、カイの昔の服、昔遊んでいたおもちゃなどが沢山ありました。いっそのこと、と思い場所を提供し、うちで孤児院を始めることになりました。
あれからもう4年が経ちます。始めに受け入れた2人の子供、ラムとシーももう16歳です。
子供の数はかなり増え、毎日がとても賑やかでした。
***
「すみません、ラウセン様はいらっしゃいますか?」
表からそんな声がしました。いけない、少しぼーっとしていたようです。慌ててドアを開けます。
「貴方がクララベル・ラウセン様ですかな?」
「はい、いかにも私がクララベルですが、あなた方は?」
高級そうな衣服を身に纏った人々です。みんな大人なので、思いっきり見上げないと目が合いませんでした。疲れるので座ってくれませんかね。
あまり友好的な雰囲気が感じられない人々でしたので、あえてお茶は出しません。
「我々はトラビス家の者です。貴女にお話があって参りました。中へ入っても?」
「あなた方のような物々しい人たちが来たら子供達が驚きます。外で話しましょう」
何だか不服そうなトラビス家御一行を連れて家の裏手へ出ました。
「……何故我々が、こんな埃っぽい場所で……」
「そうだ、見上げるのが辛いので座って頂いてもよろしいですか?」
「こ、こんな土の上に座れだと!? どこまで我々を馬鹿にする気だ!」
「はい? 別に土に座れとは言っていませんが……」
私は魔法で植物を成長させ、丁度よく育った葉に腰掛けました。丈夫でよくしなる良い椅子です。
それなりに魔法の素養はある方々とお見受けしたので、遠慮せず使ってくれて良いという意味だったのですけど……。
「無詠唱で、こんな簡単に魔法を……さ、流石はハイエルフということか」
まぁ座りたくないのなら無理強いはしません。ただ目を見て話さなくても文句を言わないでもらいたいです。本当に首が痛くなるんですから。
「それで、何の御用でしょうか?」
「勇者カイ様のことです」
「あら」
カイのお知り合いなのでしょうか? なら、是非あの子の近況を聞かせてもらいたいものです。
「カイ様はエメリア姫との婚約の話が進んでおります。しかし、カイ様が姫君と結婚するにはいくつかの障害があります」
あら。
「その一つが身分です。これまでカイ様の全面的な支援をして来たトラビス公爵家は、カイ様を養子とし、次期公爵として迎え入れるおつもりなのです」
あら?
「一応は育ての親である貴女にも話を通しておくべきかと判断いたしましてね。それにしても、予想以上にみすぼらしい場所ですな。勇者様が幼少期を過ごされた家とは思えません」
何ですと。
この小人の隠れ家的ログハウスの良さが分からないなんて、何と感性の乏しい人たちでしょう。
それに小さく見えますが、魔法で空間を広げているので中には子供たちがのびのびと過ごせる広さがちゃんとあるのです。
カイと暮らした家を建て替えたくなかったのでこの方法を取りました。
「それと、ここが勇者様の生家である事は他言無用として欲しいのです」
「何故ですか?」
「箔が付かないからですよ。公には、トラビス家で過去に行方不明になっていた生き別れの息子とでもするのでしょうかね。民衆はドラマチックな話が好きでしょう」
「それは……」
「もちろん口止め料は出しましょう。ほら、この程度で如何です?」
御一行のうちの1人が重たそうな布袋を取り出します。そこには金貨がいっぱいに詰まっていました。
「田舎の貧しい孤児院なら、金は喉から手が出るほど欲しいでしょう」
「母さん!」
流石の失礼な物言いに反論しようとした時、誰かが私に全力のタックルをかましてきました。
「勇者様!」
「カイ?」
「母さん、会いたかった」
すっかり大きくなったカイにホールドされると周りが何も見えません。
「久しぶりです、大きくなりましたね」
「うん。それに前よりずっと強くなったんだ」
「でも甘えん坊は直らなかったんですか?」
「……うん」
「あっ、こら、下ろしなさい」
カイが私をひょいと抱き上げました。
うーむ、身長に物を言わせた傲慢な振る舞いです。許せません。
「母さんは貴方をそんな子に育てた覚えはありませんよ」
「俺、やっと強くなったんだ。竜の群れにだって今は負けない。魔王も大した敵じゃなかった。母さんに怪我をさせたあの日からずっと思ってたんだ。俺は母さんと違って人間だから、弱くて、迷惑ばかりかける。だからちゃんと強くなって、胸を張って母さんの息子だって言えるようになりたかった」
「カイ……」
カイがこつんとひたいをくっつけて、私の目を見据えます。
「そんな風に思っていたなんて知りませんでした。私のせいで、貴方にそんな風に思わせていたんですね」
「ううん、そんなことを言って欲しいんじゃないよ」
「?」
カイの黒い瞳はキラキラと優しい光をたたえていました。ここしばらく見ていなかったこの目。
私はまるでこの子がすっかり変わってしまったように思っていたけれど、そんなことはなかったのです。
「褒めて、母さん」
「……カイ、よくここまで頑張りました。貴方は私の誇りです」
「うん……うん」
と、ここまで言って私は「あら?」と思いました。
「貴方、別の家の子になるのではないんですか?」
「は?」
「いえ、だってさっきそこの方達が……」
今まで押し黙って存在を消していたトラビス家御一行様が、カイの視線を受けてビクッと体を揺らしました。
「……誰?」
「トラビス家当主、メイハルト様のご命令です! 姫君とのご結婚を支援するために、我々は……」
「俺はあの女と結婚なんかしないよ。やっと母さんと一緒にいられるんだ。そもそも結婚だなんだとか言って騒いでるのはお前達だけだろ」
「そんな! お考え直しください勇者様! まさか貴方ともあろうお方が、こんな田舎の片隅でこの先過ごされるおつもりか!?」
「うん」
……少しほっとしました。カイの意思に任せたいとはいえ、やはり家族の縁を切られてしまうのは悲しいです。
すると一行のうちの1人が私の髪を強く引っ張りました。安心して気が抜けていて、反応が遅れてしまいました。
「きゃっ」
「貴様が怪しげな魔法を勇者様にかけているのではないのか!?」
「痛いです……」
「でなければこんな何の魅力もない辺鄙な場所に留まり、姫君との婚姻を蹴る理由などある訳がない!」
「その汚い手を離せ」
「カイ、穏便に」
「無理だよ母さん」
カイが迷いなく剣を抜きます。
えっ、そんな簡単に抜いちゃうんですか。貴方勇者ですよ。人間相手に本気にならないでください。
「勇者様! 目を覚まされてください!」
「うるさい、母さんを傷つける奴は全員敵だよ」
私を捕まえている人の手元に魔力が収束し始め、カイは剣を振り上げます。仕方がないので両方打ち消そうと準備をした時、私の服のポケットから何かが飛び出して強い光を放ちました。
「眩し……!」
「何、これ」
「通信用の水晶です。こんな時に空気の読めない人ですね」
『いやいや、むしろ空気を読んで今にしたのであるが』
「「国王陛下……!?」」
トラビス家御一行が一斉に膝をつきました。一糸乱れぬ良い動きです。
『うちのごたごたで迷惑をかけてすまんの、クララベル殿』
「事情はよく分かりませんがまぁ良いでしょう。うちの子も無事ですし」
「国王陛下になんたる口の聞き方か! 口を慎め!」
『口を慎むのはそなたらの方である。余とクララベル殿は対等な協力者である故』
「た、対等な!?」
カイが私の服の袖をくい、と引きました。
「母さん、国王陛下と知り合いだったの?」
「ええ。丁度街にドラゴンの群れが攻めてきた後くらいからでしょうか。魔王の影響で近くに住むドラゴンがよく街を襲うので、それの間引きを頼まれまして」
それを引き受けることで毎月そこそこ高額な手数料を頂いているのです。
『ドラゴンは人の手に負えぬ強力な魔獣である。侵入を許せばその街だけでなく、王都までその脅威が及ぶ可能性もある』
「私としてはお肉取り放題の上お金ももらえて、願ったり叶ったりです」
『う、うむ……頼もしいの』
「ウィンウィンの関係ですね」
「……母さん、俺知らなかった」
「片手間にやっている副業みたいなものでしたので、別に言わなくてもいいかな、と」
『国家防衛が副業……』
国王陛下がしょっぱい声で何か呟きました。知らんぷりをしましょう。
『勇者よ、貴殿にもうちの我儘娘やその取り巻きのせいで迷惑をかけた』
その取り巻き、のところでトラビス家御一行がぴくっと反応しました。
『貴殿にはこの国を、世界を救ってもらった。過酷な旅であっただろう。貴殿のような若者にこのような重責を貸すことは……』
「別に、母さんに近づくための修行だったから、そんなに辛くもなかった」
『う、うむ、そうか……』
一瞬、場に沈黙が訪れました。
『……まぁ、言いたいことをまとめると、貴殿には世話になったからこれ以上迷惑かけないよ、自由に生きてねってことである』
「ありがとう、国王陛下」
『トラビス家当主には追って沙汰を下す。貴様らは屋敷にて待機するように』
「「はっ!」」
通信が切れ、御一行様はすたこらさっさと去って行きました。
私もカイを連れて、家に戻りました。
***
後で聞いた話だと、カイに一目惚れしたお姫様が結婚話を自分で持ち出して先走り、その取り巻きであるトラビスさんが姫様の望みを叶えようと、ついでに勇者を取り込んで自分の名声を高めようとしたのが今回の騒動だったそうです。
「それでなくても母さんは人間の国家と親しいハイエルフだから。それだけで重宝されるでしょ」
「そういうものですか」
確かにハイエルフは穢れた地上を嫌うので、住処である清廉な森から出たがりません。私の集落もそういう所でした。だから珍しがられるのかもしれません。
夜、私の部屋で、カイと一緒にベッドに入っています。カイの希望です。
何故かラムやシーにはすごく反対されましたが、カイも大変な修行が終わり甘えたい気持ちがあるのでしょう。1日くらい幼子に帰って甘えても良いと思うのです。
「……昔見たい」
「そうですね」
「母さんと一緒にいられない間、寂しかった」
「貴方がそれを選んだんでしょうに」
「それでも寂しかった。ずっと母さんに会いたかった」
「私もですよ。ずっと貴方にまた会いたいと思っていました」
カイの髪の毛をそっと梳くと、カイは猫のように目を細めました。
「……でも、まさか私のせいで貴方が強さに固執していたとは、全く知りませんでした」
「それはもう良いんだって」
「いいえ、貴方の気持ちがまるで見えていませんでした。私は駄目な親ですね」
「そんなことないよ」
「今まで考えた事はありませんでしたが、私が人間族ではないせいで、他にも貴方に迷惑をかけていましたか? 幼い貴方に負担をかけていたんじゃ……」
「母さん」
カイが私の口にぎゅっと人差し指を当てます。強制的に黙らされました。
「俺は、母さんの息子になれて良かった」
「カイ」
「大好き、母さん」
カイはぐりぐりと頭を押し付けてきます。そんな彼をぎゅっと抱きしめました。
「私もですよ、私の可愛い子。貴方が私の息子になってくれて良かった」
「……うん」
「おやすみなさい、カイ。また明日」
「うん、おやすみ母さん。また明日」
愛しい我が子を胸に抱いて、私は眠りにつきます。
トラビスとかいうよく分からないお家にカイを取られなくて本当に良かったです。
うちの可愛いこの子は、ちゃんとしたところへお婿にやるまでまだどこにもやらないんですもん。
せっかくカイが帰ってきてくれたのですから、このくらいの我儘は許されたいのです。
キャス設定です。
読まなくても全く問題ありません。
クララベル・ラウセン
?歳♀
人里に住む珍しいハイエルフ。見た目は10歳くらいの幼女。
孤児院を営む、みんなのママ。
魔法チートで好物は竜肉。
実は1000歳を超えているという噂がある。
カイ
18歳♂
実は異世界に召喚されちゃった系。
ママが大好き。ママに褒められるのが大好き。
とにかくママより強くなりたくて修行してたら魔王倒してた。
ラム
16歳♂
羊の獣人。
将来は経営のことを勉強してママの力になりたいと思ってる。しっかり者。
恋愛とかはまだ興味がない。
シー
16歳♀
羊の獣人。
将来はもっと料理が上手くなって誰かさんの奥さんになりたいと考えている。
姫
カイに一目惚れしたお姫様。恋に恋するお年頃。夢見がちなだけで悪い子ではない。
トラビス公爵家
色んな事情から子供がおらず、夢見がちな姫を娘のように溺愛する公爵。
姫が勇者に惚れたみたいだから手伝った。
トラビス家御一行
偉そうなだけで別に偉くない。
国王陛下
キャラの濃い人たちに囲まれていつも疲れている。常識人。
お読みいただきありがとうございました。