第八話
お、遅れた……
「……嘘よ。『栄光の騎士王』の後継者なんて、存在するはずがないのよ!」
訓練場に少女の叫び声が響いた。
僕の行動により静かになったはずの訓練場は再び騒然としていた。
まぁ僕自身が原因なのは言うまでもないのだが……
「俺、聞いたことあるぞ……」
「俺も知ってる……」
「栄光の騎士王、マジでいたのかよ……」
受験生たちのつぶやきに、心の中で大きく頷く。
実際に本人を見た僕がまったく信じられなかったのに、噂話程度の話しか知らないであろう彼らには、とても信じられない話だろう。
ぐるりと周りを見渡し、胸中で彼らに同意した僕は、もう一度赤髪の少女と目を合わせる。
「さて、僕は一応自己紹介をしたんだ。君の名前も聞かせてくれると嬉しいのだけど。」
わざと挑発するような声色で話しかける。
別に馬鹿にしているわけではない。
貴族がもつプライドの高さは、こんな言葉では折れないだろう。
おそらく彼女はさらに怒り、焼け石に水の結果になるはずだ。
僕の狙いはそこなのだが……
「な……見下したわね……この私を!」
「なにに対して怒っているんだい?名前を聞いただけだろう?」
「その態度が気にくわないのよ!グローリアが何?強いのはあんたの父親であって、あんたが強いなんて限らないじゃない!」
「………」
あまりに予想通りの反応が返ってきたため、逆に困ってしまった。
ここまで扱いやすいとなると、あまり面白くもないのだが。
少女はそんな僕の沈黙を肯定と受け取ったらしく、ニヤリと勝利を確信したような表情を浮かべた。
まぁ負けてやる気はないのだが。
「ほらやっぱりそうなんでしょ?図星で何も言えないのね?」
「親の七光りは君の方じゃないのか?」
「はぁ!?そ……そんなことあるわけ……」
少女の目をまっすぐに見ながら僕の言い放った言葉に、彼女は明らかな狼狽を見せた。図星だ。
きっと親に甘やかされ、貴族は何をしてもいい、と勘違いして生きてきたのだろう。
そんな環境で生きてきた人間、それも僕と同じく無能力者で、だ。
負ける気がしなかった。
「アリサ試験官、試験の終了後、彼女との模擬戦闘を行わせていただきたいのですが、可能ですか?」
「え?えぇ!?模擬戦ですか?ええと……大丈夫だと思います……試験後なら今日は空いていたはずですので」
「は?グローリア、あんた何言ってんの?」
僕の言葉にその場のほぼ全員が『あ……』といった顔をした。
赤髪の少女は意味がわからないようだ。
そう、皆忘れてはいけない。ここはあくまで試験会場であり、まだ試験が始まってすらいないということを。
ちなみに今までアリサ先輩は突然の喧嘩に反応が遅れ、空気と化していた。
そこに全員の視線が集中した。
「えぇ!?そんにゃ目で見ないで……試験はじめますからぁ!」
こうして改めて、実技試験無能力者の部が始まった。
「ということで!これより実技試験を始めます!」
第三訓練場にて整列しなおし、実技試験が始まった。
最初は、腕立て伏せ、上体起こし、持久走など、簡単な運動能力から検査が始まった。
その後は基礎の剣術を学んでいるかの確認に訓練用の甲冑を着た案山子に向かって剣術の披露をしたり、
体術の確認があったり。
そうして一通り試験らしい試験が終わった頃には、日が暮れようとしていた。
周りの受験生たちは、「やっとおわったー」「疲れたー」と言葉を交わしている。
「やっと終わったわねグローリア、まさかこの程度で疲れたなんて言わないわよね?」
先ほどの赤髪の少女が偉そうに声をかけてくる。
ちなみに結局名前は聞けていないのだが。
「……はぁ。疲れてはいないよ。あとは名前を教えて欲しいんだけど」
「はぁ?あんたみたいな七光りに名乗る名前なんてないわよ」
何故かキレられた。これは僕が悪いのか?
思わず近くでこちらを見ていたアリサさんに視線を向けると、なぜか困った顔で目をそらされた。
「ねぇ、やるんでしょ?」
「……何を?」
「模擬戦よ!あんたが言い出したんじゃない!!」
冗談で聞き返したらマジギレされた。
もちろん覚えている。
そもそも僕から挑むことを決めた勝負だ。
見ると、他の受験生たちはすでに訓練場の隅にまとまっており、僕たちの模擬戦を観戦する気満々のようだ。
僕は、アリサさんを呼んで、模擬戦の審判をお願いすると、すでに少し離れて戦闘準備に入っている少女に声をかける。
「ちょっとこっちに来てくれない?」
「………何よ。早くやらせなさいよ。」
うわぁ、何この子超不機嫌なんですけど、正直めんどくさいが、早く終わらせようと思い、ルールの確認を始める。
「念のためルールを確認するよ?」
「そんなの、一本取った方に決まってr……」
「今持ってるのはなんだ?真剣だよな?真剣である以上その一本は致命傷になりうる。」
「わかったわよ……一本寸止めで許してあげる。」
一体何を許すのかは知らないが、今、僕のこの剣都における初陣が始まろうとしていた