転移の朝
目が覚めた。
軽く伸びをして、今日の予定を思い出そうとする。
そして、周囲を見回した俺は、そのまま固まった。
「なんか……違う。どこだここは?」
確か昨日は、ファンタジーブラゲワールドのサービス終了に立ち会って、それから何もやる気が起きず、そのまま眠ってしまったと思っていたのだが。
俺が今いるのは、見慣れたマンションの一室とは、明らかに違っていた。
ベッドは清潔だ。
干したままの洗濯物や、ごちゃごちゃとした荷物、放りっぱなしにしていた実家からの段ボールとか、そういった一切のものが見当たらず、すっきりとした室内。
空気もどことなく澄んでいて、あまつさえ爽やかな朝の陽射しが差し込んでいる。
俺の部屋、日が入らない方角だったはずなんだけどなぁ‥‥‥。
釈然としない思いを抱えながら、ベッドから起き上がる。
殺風景な部屋だ。
柱も何もかも木造で、どことなく洋風の雰囲気を感じさせる。これではまるで……
「宿屋の一室じゃないか」
そう。
まさに、そんな表現がしっくりくる。
よく見ると、部屋の端にでっかい道具袋のようなものが転がっている。
あの道具袋、もしかしなくても、俺のか?
なんか色々と、突っ込みどころのあるこの状況。
どうしよう。
……。
ハッ!
あんまりにもどうすればいいか分からないから、思考停止してしまっていたよ。
こういう時はうん、あれだな。
俺はお約束を遂行する。ほっぺをつねるアレだ。
「痛てぇ……」
普通に痛い。夢じゃない……のか?
いや、でもなあ。
この部屋には鏡もないし、外の景色でも見てみるかな。
夢なら適当な部分でも見つかるかもしれない。
俺は窓に歩み寄って、開け放った。
まず、目に入ったのは、道を挟んだ向かいにある、2階建ての建物だった。
2本の剣をクロスさせたような看板がでかでかと飾ってある。
その建物から、ポツポツと人(?)が出入りしているのが見える。
朝も早いと思われるが、どことなく行き交う人には活気を感じる。
まさに「今日もいちにちがんばるぞ」といった雰囲気だ。
ただ……不自然というか、何というか。
あ~いや、もうぶっちゃけよう。
どう見てもみんな、時代が違う感じがする。
これは、あれだな。ファンタジーっぽい。
コスプレかと思うような、ケモミミやら尻尾のついた2足歩行する服を着た猫人もいれば、チェインメイルを着た傭兵っぽい人、すっぽりとフードを被った2人組。
そして、あれだ。
馬車。
馬車が走ってる。
もちろん全員間違っても日本人には見えない。
お~、すげえな、俺の想像力。
絵心とかなかったつもりだけど、随分細部まで再現できてるじゃないか。
こりゃもう、楽しんだモン勝ちかも知れない。
ここは見たところ、街の中心地に近い宿屋、って感じの設定だ。
よく分からんけど、いきなり夢から覚めちゃったらもったいないし、ちょっと空を飛んだり、目の前のいかにもギルドっぽいところで依頼を受けたり、盗賊と出くわしてたまたまかわいい少女を救ったり、世界を救ったりしてみよう。
そこまで考えて、俺は自分の装備を確認してみることにした。
仕事しろよ、俺の想像力!
……。
そうやって、部屋に戻って自分の荷物や装備の確認を始めた俺は、本日2度目のビックリに直面することになる。
「俺……尻尾生えてるうううううぅぅぅぅl」