ルンバ
大変だ。
ルンバか地平線の彼方を目指して旅立ってしまった。
このフローリングの上でじっとしていられなかったようだ。
私のシャツを吸い込んで「エラーです」って言い放つルンバ。
超えられない段差に何度もトライして「ピンポーン……」ってむくれるルンバ。
時には猫を乗せて走るルンバ。
猫にパンチを喰らうルンバ。
仕返しにしっぽを踏んでいくルンバ。
ルンバ言い過ぎてゲシュタルト崩壊している。
つまりは、帰ってこい、ルンバ。そういうことである。
だけど彼に帰巣本能は無いので、探しに行くしかない。
愛猫が「なんか今日は静かだにゃー」と毛繕いしている。
リラックスしている風で、結構動揺しているようだ。
私には分かる。
「ちょっとルンバ捜索の旅に出ます」
猫にそう言うと、ジャケットを羽織り、革靴を履く。
ルンバが行きそうなところは分からないが、そう遠くまでは行けないはずだ。
ーーー待てよ、家を出たらすぐ段差の連続だ。
あいつ(ルンバ)には落下回避のセンサーがある。
Uターンしてるんじゃないか。
「あ、段差乗り越えたんですね」
なぎ倒された草花。どうやら大冒険の予感に落下の恐怖は忘れたらしい。
近所を一周したが、彼の姿はどこにも無い。
どうする?私の手の届かない所へ行ってしまった彼を、どうやって連れ戻す?
①<ルンバ探してます。旧型です。ボタン横に傷があります>
いや無いだろう。歩いてる人が二度見するわ。
②「うちのルンバが迷子になったんです」
「遺失届書いてください」
そうだよね。モノだよね。てゆうか謝礼って何、購入価格の1割かな。
③「うちのルンバを探して下さい」
「お任せ下さい、ルンバの行きそうなところは大体分かります。こういうのは時間が勝負ですからね、報酬の話ですがーーー」
駄目だ探偵さんの『こなれ感』が逆に怖いわ。
誰ですか以前探偵に依頼したのは。
歩きながら途方に暮れる私の目の前に、現れたのは1匹の野良ルンバ。
泥に塗れ草に塗れ、ビニールを吸い、酷い姿である。
だがこの傷が、『うちのルンバ』であることを証明していた。
「お帰り……ルンバ!」
「ピポーピポポー」
そう言うとルンバはおもむろに私の靴を掃除し始めた。
良かった、事故にあったりバッテリー切れたり、他所の子になって居なくて。
家に帰ると、猫がはっとした顔になり、また毛繕いし始めた。
そして充電器へ戻るルンバを思い切りシカトした。
猫は彼を住人として認めたようだ。私には分かる。