妄想を突き詰めるには私たちは現実的過ぎる 先生に恋する生徒編
「ねえねえねえねえ」と隣から声がした。
ふん?と思ったが私にじゃないと思って振り向かない。
が、「ねえねえ」と今度は同時に横から右腕もつんつんと突つかれビクッとする。
右横の席の高森さんを見ると、「大田さん」と呼ばれた。
「…はい」
隣の席のクラスメートに「ねえねえ」と腕をつつかれて、「はい」なんていう他人行儀な返事をしたのは、隣の高森さんに声をかけられたのが初めてだったからだ。
高2に進級してから1週間。まだ一言も喋った事のなかった隣の席の高森さんが、他の誰かと喋っているのも見た事が無かった
今は一時間目が終わったところだ。
振り向いた私にニッコリ笑った高森さん…
…まぶしいっ!!
まぶしい彼女は高森美々。美しい美しい、と書いてミミ。タカモリミミはその名前がまったく名前負けになっていない超、超、超、美人だ。身長は私より5センチくらい高いから167センチくらいだろうか。髪は肩より10センチくらい長いくらいなのをいつも後ろで一つにくくっている。痩せても太ってもいないちょうど良い体型。しかも手足はすっきりと、おそらくCに近いBカップ。ウエストもしまって姿勢も良い。もうそれはまるでモデル。しかも読者モデルのような、そばにいそうで、でもオーラがある、みたいな感じではなく、きっちりした職業のモデルとして普通に通用しそうな神々しさを持った綺麗さだ。凛とした感じ。見とれてしまう。でも大人びた綺麗さだけじゃなくて、笑うと女子高校生らしい可愛さも…いや、やっぱりモデルじゃなくてもっと気高い感じ…本物のお姫様みたいな子だ。
そんな高森さんは2年に上がると同時に転校して来た。
「大田さんて、部活なにしてんの?」
初めて会話したと思えない、そして見た目ともギャップのある馴れ馴れしさで高森さんは私に聞いてきた。
「…美術部だけど…」
「へ~~~そうなんだ~~~」にっこり。
わ~~~…笑うとメチャクチャ、ほんと綺麗…。
見とれた私に高森さんは続けた。「絵、うまいの?」
「うまくはないんだけど、描くのが好きで…」
そう正直に答えたら高森さんはまだ綺麗な笑顔のままで言った。「うまく描けないのに好きなの?」
「…」
え?
高森さんは何のために私に話しかけてきたんだろう。急に隣の私に話しかけたくなった?それとも嫌味をいいたくなったから?綺麗な人って意地悪とか放漫な設定ってよくあるけど…
…どうしよう…高森さんが私を見てる…
いやでもほんとに綺麗だな…
「お願いがあるんだけど」と高森さんは言った。
…お願い?
「今さぁ」と高森さんがまた綺麗に笑って言った。「『お願い?』て思ったでしょ?」
「…」
思ったよそりゃ。だって初めてしゃべったのに『お願い』とか言い出すから…
「今さぁ」とまた高森さん。「『思ったよそりゃ』って思ったでしょ?」
「…」
…なにコレ…イヤな感じだな…
今日初めてしゃべったじゃん。今日ていうか、今初めてしゃべったじゃん。その私になんでこんな変な絡みしてくんの?
「今さぁ、『なんでこんな変な絡み…』ってまあいいや、私文芸部に入ってんだけどさ」と高森さんは言う。
文芸部?
「部員足んなくてさ。大田さん、美術部と掛け持ちしてくんない?」
『お願い』って部の勧誘?
でも文芸部なんてうちの学校にあったっけ?
「ごめん私、美術部入ってるんだよ」と答えながら、この人、私の思ってる事言い当てたよね…と、考える。
ハハハ、と高森さんは笑ってから言った。「それ聞いたって。だから掛け持ちしないかって言ってんの」
…あれ?なんだろうお願いって言った割には上からな態度じゃない?これ…
じゃあ私も出来るだけはっきり断らないと。「私美術部だけで無理なんだ。ごめんね」
でもちょっと気が弱いので『ごめんね』を付けちゃう。
ふふっと笑った高森さんが言った。「うまくないのに?」
「…」
これはやっぱ…私に嫌味を言うために話しかけて来たの!?私、高森さんに何かした?
だいたいおかしいよね。転校してきたばっかりの高森さんが部の勧誘とか。しかも文芸部なんてうちの学校になかったと思う。だいたい何すんの文芸部…みんなで小説読んだり書いたりして、だらだらああでもないこうでもないってオタクっぽい事話すのかな…そんな部めんどくさそうじゃん。
「いや偏見!」と高森さんが言った。
「え!?」
…なに?私の今考えてる事バレた?…さっきもだったよね…私の考えてる事、もしかしって高森さんわかってるんじゃあ…
たぶん変な顔をしているであろう私を高森さんがふふっと笑ってちょっと可愛い感じを出して言った。「もう!大田さんたら~~。だって今絶対、文芸部ってなにすんの?どうせ暇なオタクの集まりなんじゃないの?めんどくさい、ってちょっと悪い顔して思ってそうだったから~~~ヤダも~~~」
「…」
「ねえ大田さんてネット小説読む?」
「…ネット小説?あんまり読まないかな…普通にマンガは読むけど…」
「どんな?」
「え…と…普通の女子的な感じの。後ジャンプのとかも読むけど」
「…ふ~~ん…ならほんとちょうど良いんだけど」
本当に高森さんはこの1週間、私の見た限りだとほぼ誰とも口をきいていなかった。授業中の発表を除けば喋っているのも聞いた事がなかったのだ。それが急に、しかも私に話しかけてきたと思ったら部活の勧誘だし、しかも強引な感じ。
いくらすごい美人でも許される事と許されない事はあるんだよ高森さん。特に女子が相手だとね。
ここは頑張って気後れせずにもうちょっとはっきり言わないといけない。
「今ちゃんと言ったと思うんだけど、私美術部入ってるから。ほんと…うまくはないんだけど好きで美術部やってるし」
「美術部なんて毎日ないじゃん」
「え?」
「火、木、金しかないでしょ?しかもその3日も、出ても出なくても顧問の足田先生なんにも言わないんでしょ?ゆるい部じゃん」
「なんで知ってんの?」
「ね?だからいいじゃん。取りあえず今日文芸部来てみてよ。ね?大田さんてさ、水本先生の事好きだよね?」
「へ!?」
大きな声を出してしまって慌てて口を手で押さえた。
なんで私が水本先生の事好きなの知ってんの?転校生の高森さんが…転校生も何も、親しくしてくれてる友達にも誰にも話していないし、去年一緒だった子だって誰も感付いてないはずなのに。
「大人の男の人に憧れちゃう感じ?」
「…」
「好きでしょ水本先生。たぶん~~1年生の10月くらいから」
「…!」当たりだ。
「ちょっと大人だけど、なんか自分たちにも近いとこあって、まあまあイケメンで、でもつかみどころがないとこにキュンと来てんのかな?」
当たりだ…ビックリ…
「水本センセーさぁ」と怪しげな笑みを浮かべる高森さん。「髪伸びるの速いもんねえ」
「!!!」
水本先生の髪が伸びるのが速いの、転校したての高森さんがなんで知ってるんだろう…
水本先生は去年私がいたクラスの担任だった。高森さんが言ったように、先生は今27、8歳のはずだけど、大学出たてかなっていうくらいに見えたりもするし、私たちよりちょっと大人な、でも、まるきり大人の側に立ってのお説教くさいところもないし、一生懸命に先生をしているようにも見えないんだけど、でもみんなの良い所をわかってて、ちゃんとクラスがまとまるようにそっと見守ってくれているような、そんな良い感じのいい加減さのある先生だった。高森さんはまあまあのイケメンって言ったけど、私は結構好きな外見。塩顔で銀の薄いフレームのだ円形の眼鏡をかけてて、髪もぼさぼさの事が多いけどまたそれが逆にイイっていうか…私以外にも水本先生を好きな子は結構いる。
そしてある日の午後の授業が終わって先生のシャツの肩に3センチくらいの髪の毛がパラパラと付いているのを見つけた私が、そっと他の子たちに聞こえないように廊下に出てから、「先生髪の毛結構付いてますけど」って教えてあげたら、ちょっと笑いながら水本先生が、「あ~~昼休みに我慢できなくて切ったからな。まずいな。払ったつもりだったのに」って言いながら、パタパタと自分の手を回して払ったんだけど払い切らなくて、「先生、まだちょっと残ってます」って言ってあげたら、「悪いオオタ、ちょっと払ってくれる?」って先生が言って、払って上げてちょっとキュンと来て、その後、「髪伸びるの、すげえ速いんだよオレ」とその時の水本先生はちょっと笑いながら言ったのだ。「だから結構しょっちゅう自分で切るんだけどさ。あ、学校で髪切ってる事、誰にも内緒だぞ」
ちょっと笑いながらこっそり言われて、完全に恋に落ちた私だった。
「それでさあ」とまだ続ける高森さんだ。「大田さんてすごい女子に人気のある幼馴染がいるんでしょ?」
「!」
なになになになに…どういう事?なんで井上智己のことまで知ってるんだろ…
「それ、誰の事?」と私はしらばっくれて逆に高森さんに聞く。
「誰の事?」と私の言葉を繰り返すように小首をかしげる高森さん。
やっぱりすごく綺麗だけど、でもなんか…だんだんイラついて来た。
「そのイノウエトモミ君は」と高森さんが言う。「大田さんの事が好きなんでしょ?」
「へ!?」
「ね?」
「何言ってんの?そんな事ないよ全然。誰から聞いたの?そんな事」
「弟だけど」
「弟!?弟もこの学校いるの?1年に?」
兄弟でここの学校に転校してきたって事?…いや弟は1年なら転校じゃなくて入学か…
「いや2年だよ」と答える高森さん。「私の弟、6組にいる」
うちの学校の2年は1組から4組が文系。5組と6組は理系だ。
「双子の弟がいるんだよ」とニッコリ笑う高森さんだ。
高森さんの弟なら超イケメンなんじゃないの?高森さんみたいな感じの男子いたっけ?
「あんま似てないんだよ」と高森さん。「え?逆に知らない?え~~弟に教えたらショックかも。だってうちの弟、去年からこの学校来てて大田さんの隣のクラスで、大田さんの事も好きな感じだって言ってたし。高森リョウっていう…」
「あ!わかった!コウモリって呼ばれてる子!」
「そうそうそれ!」
勢いよく言ってしまって、あ、まずかったかも、と思う。双子の弟のことコウモリって言うのってちょっと良くないよね?…でも高森さん今、嫌な顔はしてなかったと思うけど。
それでその高森リョウ君は私の事が好きなの!?
…いや、高森さん『好き』じゃなくて『好きな感じ』って言ったな。危ない危ない。感違いするとこだった。隣のクラスだっただけだし喋った事もなかったし。
1年のときは隣のクラスにいたのだ。高森リョウ君。
少しやせ気味の子で身長は170ちょっとくらいな感じだった。…でも今はまた伸びてるかもしれないけど。物理がすごく得意で、何とかっていう大学生も参加する物理の大会に出て賞を取ったって一度朝礼で紹介されてた。
「高森君は去年からここの学校いたのに、高森さんは今年になって入って来たの?」と疑問に思った事を聞いてみる。
「そうだよ」とにっこりと笑って答えた高森さんは私の目をじっと見て言った。「家庭の事情ってやつ」
わ、そうか。聞いちゃいけないやつって事ね?
「そっか」と答える私。
「それでどうする?」と高森さん。「今日の放課後、どうせ美術部ないでしょ?さっそく行こっか文芸部」
「…」
ちょっと呆れた感じで高森さんを見てしまった。
ここまで押しが強いなら私も仕方ない…。
「ごめん、私今日、歯医者の予約してて」ウソがすんなり口から出た。「誘ってくれたのにありがと」
ウソまで言って断っているのを察してちょうだい高森さん。そしてもう2度と誘わないで。
「そうなの?」と高森さん。「じゃあ明日はまあ仕方ないから美術部行くとして、明後日は?」
あ~~…あきらめないな~~~
「ちょっとわかんないな明後日の事」
察してちょうだい!高森さん!もう私を誘ったらダメ。
が、「そう?」と言って高森さんはニッコリ笑った後言った。
そして続けて「でもなんとぉ?」と言って高森さんは楽しそうに目をキラキラさせている。
なに…まだなんかあるの?
「でもなんとぉ?」ともう1回気を持たせるように高森さんは言った。「文芸部の顧問で誰か知ってる?」
「…知らない。文芸部なんてほんとは無いでしょ?そんなのはじめて聞いたし」
「今年から出来たの。そしてなんと!顧問は水本先生なのでした~~~!いぇ~~~い!」
「ほんとに!?」
「ほんとほんと。だから一緒行こうよ~~。歯医者なんてクソ面白くないウソつかないでさぁ」
「…」
水本先生が顧問か…どうしよう…ちょっと心惹かれるな…
「水本先生がさ、」とと私に少し近付き、こそっとした声で高森さんが言う。「大田さんの後ろに回って、大田さんが書いた原稿を頭越しに読んで、そいでいきなり耳の後ろのとこ首くっつけて、『オオタ、ここはこうなおした方がもっと良くなるよ』って囁いて、大田さんが持ってたペンを大田さんの手の上から握ってさぁ…」
「…」
なんの妄想それ…
でもちょっといいかもしんないけど。
そういうわけで私は今、第3棟校舎の3階の端の図書室の端にいる。
図書室じゃん!、と高森さんに連れてこられた私はつぶやいたのだ。
「だってまだ部室ないからね」と高森さん。
「他の部員は?」と私は聞く。
「え?」と高森さん。「私たちだけだけど」
「え!?」
「お、来たねぇ!」と言う声がして振り向いたら、そこにいたのは私が待っていた水本先生ではなかった。
校長!?
「来てくれましたよ」と高森さんが椅子から立ち上がりながら言った。「じゃあもう私帰っていいですか?」
「「は!?」」と私と校長が同時に聞き返して顔を見合わせた。
見合せながら、なんで校長が来た?と思っている私だ。
うちの『県立やまぶき高校』の校長は、ぼさぼさの少し長めの白髪交じりの髪で、見た目がアインシュタインに似ている。校長、というよりも書道の先生、みたいな感じが私はする。
「正確な判断が欲しいんだよね。現実的な判断。来てくれてありがとう大田さん」と校長は私に言って、それから高森さんに言う。「高森さんもまだ残ってよ。大田さんが不安になるでしょう」
「めんどくさいな」と高森さん。
めんどくさい?
「めんどくさいとか言わない」と校長が注意した。
「大田さん、来てくれてありがとね」もう一度校長は私に言った。「私が文芸部の顧問だから。よろしくね」
「大田さんが来たら私いらなくないですか?」高森さんがつっけんどんに校長に言う。「もう私の役目終わったと思うけど」
なにそれ…なんか…ドラマとかである、悪いヤツに先に捕まったヤツが別な人連れてくるから自分は解放してくれ、みたいな言い方。
それになんで校長先生が部活動の顧問を?水本先生って言ったじゃん。だから来たのに!
「高森さん?」と校長が言う。「なんでこんな、大田さんは『なんで校長来た?』みたいな顔してんの?私が顧問だって言ってなかったから?いや、でも『知らなかった』って顔じゃなくて、明らかに残念だって感じが見えるんだけどなんでかな」
高森さんが校長に近付いて耳打ちを初めて私は慌てる。
「ちょっと高森さん!」余計な事を言うのは止めて欲しい。まさかさすがに私が水本先生を好きな事を校長に話したりはしないよね?
耳打ちの後じいっと高森さんを見つめる校長だ。高森さんも見つめ返す。そしてちょっと困った顔をする校長。やっぱり絶対来なきゃ良かった!
「水本先生もね」と校長が言う。「顧問なんだよ。え~~と副顧問なんだよ~~~顧問は私だから普通は私がやってますゴメンね」
言ったな高森さん。
絶対水本先生を口実に私を連れて来た事を言ったよね。校長にそんな事話すか普通。信じらんない。
「水本先生もそのうち来るんじゃないかな~~きっと。…そのうちね!そのうち来ますよ。来ますから文芸部がんばりましょう」
…ウソだよね水本先生が副顧問なんて。はめられた!やっぱ帰ろう。断るなら今しかない。
ガタっと立ち上がった私に校長が言った。
「大田さんは水本先生のどこが好きなの?」
「いえ!」力強く言ってしまう。「好きとかじゃないです!」
バレたとしても否定する私だ。当然だ相手は校長なんだから。
「そう?」と驚いた顔をして見せる校長。「良い先生だよね~~~水本先生は。こう見た目ハッキリしない感じでやる気なさそうなのに好い加減にうまい事生徒の心に入りこんじゃう感じところが」
「…」
それ悪口に聞こえますけど?
「私もね、ちょっとね、気を抜くといろいろめんどうになって異世界に行ってしまいそうになるんだよ」
「…」
今のは聞き間違いか?
…気を抜くとめんどうになって異世界に行ってしまいそうになるって言ったような気がしたけど。
「でもね」と校長は続ける。「行ったら行ったで面倒なんだよねこれが」
何言ってんのかわからないですけど。
「でもちょうど良かったよね。先生を好きな女生徒設定からまず検証出来るよね。ねえ高森さん」
「いや別に」と高森さん。「ありがちでたいして面白くはないと思いますけど」
「いやいやそんな事はないよ!ちょうど言い出してたんだよね、うちの奥さんが。むかし高校の頃の好きな先生の事思い出しながら考えたんだけどって」
高森さんの顔と校長の顔を交互に、怪訝な顔で見る私に高森さんが説明を始めた。
なんと校長はビイビイというペンネームでネットに小説をあげているらしいのだ。
「いや奥さんが、自分のちょうど好きな感じの話が活字になってんのを読みたいっていうからさあ」と校長。
校長の奥さんが原案を練り、校長がそれを文章にしているらしい。最初は本当に奥さんを満足させるためだけだったらしいが、少しずつ読者が増えてきたという話だ。
校長にもだけど、校長の奥さんにもビックリだな。
「いやもしかして」とちょっとはにかんだように笑った校長が言う。「うちの生徒の中に読者がいるかもって思うとちょっとドキドキするよね。まあ万が一でもないと思うけど。細々やってるからね」
そして高森さんの祖父と校長は古くからの友達らしく、それで校長に声をかけられ祖父からも頼まれて仕方なく文芸部創設という事になったらしいのだ。
部員が5人以上いなくちゃいけないんじゃないの?部活動って。
「そこはほら、」と校長。「校長だから私は。それにこれからちゃんと増えるよ文芸部」
「いろんなパターンがあるでしょう?」と校長が言う。
「まあじゃあめんどくさいけど、いったん腰かけよ大田さん」
そう言って高森さんが後ろから私の肩を押してもう一度椅子に腰かけさせ、自分も私の横に腰かけた。
「まずそうだな…」と嬉しそうに始める校長。「単純に放課後で考えてみようか。その直前のホームルームで水本先生が言うわけだよ。『大田、ちょっとこの後残って欲しんだけど。頼みたい事あるから』って」
驚いて慌てて口を挟む。「いやもうそれ何の話ですか!?」
が、またガタっと立ち上がりかけたのを高森さんに止められた。
「いいから」と高森さん。
「いや、」と校長も言った。「実際好きな先生でシチュエーション考えた方が気分出ると思って」
なにそれもう!
「それはでも」と高森さんが言う。「委員かなんかしてないと、急にピンポイントで大田さんにだけ何頼むのかって話になりますよ」
「あ~~じゃあ…」と考える校長。「でも大田さんはクラス委員長って器じゃないから学習委員くらいにしとく?」
「ん~~まあそれくらいで」と高森さん。
「…」
なんだこれ。
「それで大田さんだけ残ってるわけだよね。で、クラスメートたちが帰って誰もいなくなった教室で、何を頼まれるんだろうと思って大田さんが待っていると、そこへ水本先生が…」
「ちょっ…」止める私だ。「あの…ほんとに!止めてもらえませんかこれ。ていうか帰りたいです私」
「いやいや」と校長。「もう部活は始まってますよ?大田さんも想像してみてって」
いや、そういうシチュエーションも想像したってとっくに。
「大田さんもしてると思いますけど当然」と高森さんが言った。「そんなシチュ、とっくに考えたよね?
もういろんなシチュエーション考えまくったでしょ?もっとえぐいのだっていっぱい」
そう私に問いかけるけど、私は素直にうなずけばいいのか?
いえ、絶対うなずきませんけど!
「そっか」と校長。「とっくに考えたか…そりゃそうだよね。で?大田さんの好きなのはどんな展開?」
言いませんて!
「誰もいない教室に残されるより、自分の担当の控室に呼ぶ方が良いんじゃないですか?国語科の控室ってちょうど第3棟の3階の離れたとこにあるじゃないですか」と高森さん。
「あ~~…そうだね」納得する校長。
「で、」と高森さんが続ける。「大田さんが何だろうって思いながら行ったら、控え室には水本しかしかいないっていうお決まりのパターンですよ」
「いや、高森さん」と校長。「呼び捨てはいけないよ先生付けなきゃ」
「いいじゃないですか。お話の中の事なんだから」
「ん~~~」と唸る校長。
「『えっと…先生?私、何の手伝いするんですか?』って大田さんは普通に聞くわけですよ」と高森さん。「ホントはちょっと期待してんのに、敢えて普通を装って…」
「いや、」と校長。「そこはまだ大田さんは水本先生の事をなんとも思ってないって設定の方が良くない?水本先生が一方的に生徒である大田さんを好きになったって事にした方が…」
わ~~…それすごくいいかも…でも私もう水本先生すごく好きだしな…
そこでハハ、と高森さんが冷えた笑いを入れたので校長と黙って見つめたら、高森さんが吐き捨てるように言った。
「気持ち悪!」
「え?」と思わず声を出した私だ。
「え、だって、気持ち悪いじゃん。担任の、れっきとした大人が、生徒の事を一方的に好きになってホームルーム中に『残って控室に来て』って言ってんだよ?キモっ!水本キモいわ。そういうヤツは前年もそれやってるし、来年もその次の年も必ずやるね」
「や、ちょっと待って!それ高森さんが勝手に考えたやつじゃん。それで水本先生悪く言わないでよ。水本先生絶対そんな事しないし」
「して欲しくないわけ?」
いや、して欲しいし、そのシチュエーションも考えたけども!
「でも」と高森さん。「やっぱ淫行じゃん。もうこれ言っちゃうと全部ぶち壊しだけど、先生好きになる人多いけどさ、確かにマンガとかでも本気で多いけどさそういうの、実際淫行だからヤッちゃったら」
「こらこらこら」と校長。「女子高生がそういう言い方しない。でも18禁のはもちろんダメだよ。私は18禁は書かないから」
「15禁は?」と高森さん。
校長が唸ってから答えた。「…ギリ、かな」
校長…
「水本が大田さん好きになったとして、」と高森さん。
これ、まだ続けるの!?
「まず好きになる何かがないと。大田さんに何か、大田さんにしかない魅力っていうか。それなしに話を進めたらやっぱ、水本はただ生徒に手を出そうとする淫行野郎になるわけじゃないですか?」
「こらこら…ってまあそうだよね」
「よっぽどの水本先生を惹きつける何かがないといけないわけだけど、そこどうする大田さん」と高森さんがマジ顔で聞く。
緩く首を振る私だ。
ないよね!そんなもの。あきらめようかなもう水本先生の事。だんだん恥ずかしくなってきた。だいたい私、別に付き合って欲しいとかまで思わないもん。ただ好きだな、いいな、憧れるよね、って楽しく思ってただけなのに。…そりゃいろいろ私も妄想したけどさ。
でも実際、隠れて教師と付き合ってる人がいたとして、その人は不安じゃないんだろうか。だって他に可愛い女子生徒なんて山ほどいるし、それは今年だけじゃないわけだし。自分が学校卒業しても先生は学校でまだ先生をやって、新しい教え子を迎えるわけだし。本当によっぽどの魅力がなくちゃダメなんだろうな。水本先生カッコいいし…毎年水本先生好きになる子絶対いるわけだし。万が一、いや万が一もないけど、もしかのもしかで先生と付き合うようになったらたぶん、同級生と付き合うよりもはるかに不安が付きまといそう。だって先生は大人だもんね。
私だっていろいろ考えたよね…
放課後残るように言われるのも考えたし、控室へ行くパターンだってとっくに考えた。それで、『なんで大田は授業中、オレの事、睨むみたいに見てるんだ?』って聞かれて、『そんな、睨んでなんかないです。すみません…つい見てしまって』からの、先生が私を意識し始めるってやつとか…
後、夏祭りに浴衣で行って友達とはぐれたところに補導で来てた水本先生とばったり会って、『どうした大田、足痛いのか?』って聞かれて、『なれない下駄で痛くなって…みんなともはぐれちゃったし…』って私が言ったら、『仕方ねえなあ、絶対秘密だからな』っておんぶしてくれるやつとか…それでそのまま神社みたいな人気のないところへ行って足の傷見てくれるとか…後、体育大会で教師と生徒混合の二人三脚で水本先生とあたったりとかね…
いろいろ考えたよねえ…
15禁の話をした校長をちょっとさげすんだけど、そういうのだってたくさん考えたよね…
誰もいない社会科資料室。昼休みに先生に頼まれて用具を取りに入った私。ガタっと音がして、部屋の長椅子で昼寝をしていた水本先生が。「…お~~。大田か…」横になったままの先生が言う。「何してるんですか先生」「ちょっと休んでただけだよ。大田…ちょっとこっち来て」「…え?」「こっち」とむくっと起き上がり、自分の隣をポンポンと叩く水本先生。「…え?」「いいから。こっち」言われるままに隣に腰かけてしまった私の肩に水本先生の頭が…そして「疲れた」、ってちょっと笑う水本先生。「そんなの…私だって疲れてますよ」「そうか?でも今日はオレな」って言ってそのまま先生が私に持たれて目を閉じる。「先生?…ちょっと…重たいですって」「いいから。好押しの間静かにしてこうしといて」「でも重たいんですよ」恥ずかしいからやっぱりもう一度そう言った私から頭を離し、ふいにキスをしてきた水本先生。「…ヤ、ちょっ…先生!」慌てふためく私の唇に人差し指を伸ばして先生は言うのだ。「大田がうるさいから。まだ騒ぐんならもっとちゃんとしたやつして黙らせるけど」
…きゃあああああああ…
こういうのはまあ非常階段編、体育倉庫編も考えたよね…校内のいろんなところを使って…
「大田さん?」と校長先生。「なんかニヤニヤしてるのは良い感じのやつ考えてるから?ちょっと今考えたの話してみて欲しいんだけど参考のため」
「いえ。何も考えてないです。ニヤニヤとかしてないです」
「「してたしてた」」と高森さんと校長が声を合わせた。
「なんかねえ」と校長が言った。「この前の先生方の歓送迎会で小耳にはさんだんだけど。水本先生は年上が好きらしいよ」
「「マジで!!」」高森さんと声を合わせてしまった。
マジか…年上か…じゃあ絶対ないじゃん私なんて。うわあああ…
「でも良かったじゃん」と高森さんが私に言う。「淫行するようなヤツじゃなくて」
「もともとそんな人じゃないって!高森さんたちが言ってるだけじゃん!」
「やっぱさあ」と高森さん。「校内よりも校外で会って何かがあるのも良くないですか?」
まだ妄想続くのか…
「あ~~」と校長。「もともと知り合いってパターン?大田さんが水本先生の友達の妹とか?」
…なんかもう…私一人っ子だから、まずそれだとお兄ちゃんいる設定から妄想しなきゃいけないじゃん…いや、水本先生が年上が好きなら、私に中学生の弟がいて水本先生がうちに遊びに来た弟の友達って事にしたら…って…
もうそれ、先生と生徒の恋じゃないじゃん。