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バイト先のファミレスがちょっとおかしいのだけど俺以外は普通だと思っているみたいだ

 俺は今年、高校一年生になった。春から新しい制服に身を包み、新たな仲間との再スタート。期待に身を膨らませての学校生活。そして、もう一つ。




 アルバイト。




 うちは小遣いがない。高校に入ったらまず、アルバイトで自分の金を稼ぐという目標を立てていた。それが漸く、叶えられるのだ。



「あ、もしもし……あの、求人表を見たんですけど」


『あ、アルバイト希望の方ですね。店長に変わりますんで、少々お待ちを』



 自宅からほど近い場所にあるファミレスに電話をかけ、そう伝えると、若い女の人の声が返ってきた。



 暫くして、店長なのだろう。これまた、若い男の人の声が電話口から響いた。



『あ、どうも。店長の田口です。アルバイト希望の方だよね?』


「はい。えっと、募集してますよね?」


『してるよ。良かった、ちょうど一人辞めちゃって、人を探してたんだよ。空いてる日に面接をしようか』



 電話越しに店長と話し合い、土曜日……つまり、明日の正午から面接を行うことになった。だが、先日、アルバイトが一人辞めてしまったらしく、素行に問題がなく、俺自身が希望するなら当日即勤務も可能だということだ。


 都合が良い。手っ取り早く金を稼ぎたかった俺は、指定された準備物を鞄に詰め、布団に潜り込んだ。アラームを10時にセットし、眠りに就いた。











 翌朝。



「じゃ、行ってくる。もしかしたら、帰るの遅くなるかも」


「はいはーい。お兄、いってら」



 生意気な妹の(くるる)に見送られ、俺は、11時30分きっかりに家を出た。面接先のファミレスまでは、自転車で約15分。15分前に到着しておけば、まず問題はないだろう。



 何か問題があるとすれば、俺自身、そこのファミレスに客として行ったことがないってことくらいか。何があるのかも知らないし、どんな客が多いのかも分からない。チェーン店ではないらしいけど、時給は高かった。高校生で1000円は好待遇だ。







 15分自転車を走らせ、ファミレスの前に到着する。扉を開け、中に入ると、元気な店員の少女に迎えられた。



「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」


「あいや、12時から面接予定だった高宮なんですけど」


「あ、昨日の電話の。そこ、曲がったところに事務所あるので、ノックして入っててください」


 そういえば、聞いたことのある声だと思った。昨日、最初に電話に出てくれた店員さんだった。名札には『前田』と書いてある。歳は同じくらいか。多分、一個上かそこらだと思う。



 前田さんに言われた通り、俺は角を曲がり、その先の『スタッフオンリー』と書かれた扉をノックした。すると、奥から男の人の返事がして、静かに戸を開け、中に入る。



「こんにちは。高宮浩太(こうた)くん、だよね? 店長の田口です」


「はい。えっと、よろしくお願いします」


「そう緊張しないでいいよ。さ、そこに座って」



 店長は眼鏡をかけた二十代半ばくらいの、大人しそうな男の人だった。座ってと言われ、店長と向かい合う位置にあった回転椅子に座る。



 そして、鞄から履歴書の入った封筒を取り出すと、それを店長に渡した。


「はい。どうも」


 店長はそれを受け取り、中を開け、履歴書をまじまじと眺めた。そして、その一部で、目を止めた。


「総能高校って、頭良いんだね、高宮くん」


「あ、いえ。偶然受かったみたいなもので」


「偶然でもすごいなぁ。ウチにも一人いるよ。二年生だけどね」



 そっちの方が偶然な気がする。


 


 店長はそれ以外に何か詳しく確かめることもなく、履歴書を眺め終わると、デスクに置いた。そして、質疑応答が始まった。簡単な面接だった。


「希望勤務曜日とか、ある?」


「えっと、働けるなら週五くらいで、いつでも」


「お盆とか、年末年始とか、イベントごととか、そういう時には出勤できる?」


「ある程度は」


「働きたい理由は?」


「ウチ、お小遣いがないので……」


「ああ、分かるよ。僕も高校生時代はお小遣いとかなかったから」



 うんうんと頷きながら、店長は手元のメモ帳にスラスラとペンを走らせる。



「電話でも言ったと思うけど、ちょっと前にホールの子が一人、就職するっていうので辞めちゃってね。もし希望するなら、今日からでも働けるけど、どうする?」


「制服とかは……」


「ああ、貸与だから大丈夫だよ。今日はちょうど、シフト的にちょっと強いメンバーだからね。教えるにはもってこいなんだ」


「それじゃあ……あの、お願いします」


「よしきた」



 店長はそう言って、側にあった縦長ロッカーを開き、その中からいくつか服を取り出した。白いシャツと、青いエプロン。黒いスラックスに、同じような黒い靴。


「服と靴のサイズは?」


「Lで。靴は27です」


「お、ちょうどあるよ。良かったね」


 新品のそれを渡され、更衣室で着替えてくるよう言われる。事務所から繋がった場所にある男性用更衣室に向かい、袋を開け、早速、その制服に着替えた。



 オシャレというわけではないけど、特別地味すぎるというわけではない。普通の制服だ。飲食店なのに帽子がないのは、ホールだからだろうか?



 着替えた俺は、再び事務所に戻った。店長の案内のもと、早速店内に連行される。



「あ、前田さん」


「はい?」


 まずはじめに声をかけたのは、二度話した前田さん。水の補充をしていた前田さんは、ぴょこんと髪を跳ねさせ振り返る。


「今日から働くことになった、高宮くんです。高宮くん、こちら、前田さん」


「あ、よろしくお願いします」


「よろしく。多分、歳が近い私がメインで教えることになると思うから、よろしくね」


「はい、お願いします」


 その次に紹介されたのは、今日出勤していたもう一人のホール、山本さん。どこのファミレスにもいる、三十代くらいのおば……お姉さん。




 続いて、厨房に連行される。厨房には三人いて、一人ずつ紹介された。


 というか、厨房の人も帽子してないけど、そういうお店か。個人営業みたいだし、そういうものか。



「工藤くん、工藤くん」


「んっす?」



 よく分からない言葉で返事をしたのは、飲食店で働いているとは思えないほど髪が長い男の人。前髪は長すぎて目が見えない。


「この子、新しく入った高宮くん。で、こちらが厨房のリーダー、工藤くん」



 リーダーかよ。



「よろしくお願いします、高宮です」


「ん、よろしく」


 結構乾いた人なのか、それだけ言うと、また調理に戻った。いや、忙しいのか。注文はまだまだ溜まっているようだった。



 次に紹介されたのは、工藤さんとは違って、野球少年のような坊主頭の男の人。


「大鷹くん。ちよっといいかな」


「はい? あ、新人くんっすね」


「うん。こちら、大鷹くん。で、この子が高宮くん」



 見た目だけではなく、口調までも野球少年っぽかった。


「よろしくっす、たたみやくん」


「高宮です」



 あと、名前を覚えるのが苦手らしい。



 最後に紹介された三人目は、女の人。ポニーテールの綺麗な女の人だ。


「高宮くん、この人が総能高校の二年生の子だよ。君の先輩」


「あ、そうなんですか」


「梶谷さん、この子、新人の高宮くん。同じ高校の後輩だって」


「……そうですか」


 梶谷さんというらしい。随分とドライな性格なようで、調理をしながら、こちらと目を合わせようともしない。



 まあ、アルバイトなんだから、いろんな人もいるか。そのうち打ち解けられたらいいだろう。



「あと、今日は出勤してない子が四人と、たまたま風邪で休んじゃった子が一人で、計十人で働いてます。あとの子は、被った時に紹介するからね」


「分かりました」



 ちょっと少ないと感じたが、24時間営業でないファミレスならそのくらいか。十分回るんだと思う、




 全員への自己紹介が終わり、早速ホールへと戻ろうとした、その時。



「オークの赤身ステーキ、二つ」



 工藤さんが低い声でそういい、デシャップに良い匂いのする肉を置く。






 いや、そうじゃない。




「あの……今なんて?」


「ん? ああ、ウチの人気メニュー。オークの赤身ステーキだよ」


「オークって?」


「知らない? 二足歩行の豚」


 店長が指をくいくいと曲げながら、そう言った。






……いやいや。まさか。






「あの……そういう設定のお店なんですよね?」


「設定? まさか」


「本物ですか?」


「うん。本物だよ?」


「うせやろ」



 あれ、俺、もしかしてヤバイ店を受けてしまったのか? そうなのか?




 いやいや、落ち着け。もしかしたら、店長がおかしいだけで、他の人は普通なのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。



「あの、工藤さん……」


「ん」


「オークって、本物なんですか……?」


「ああ……最初は混乱するわな」



 当たり前だろ。



「あの、大鷹さん」


「オークなら本物っすよ」



 マジで?



「あの、梶谷先輩……」


「うるさい」



 この人に限っては、話も聞いてくれない。





 おかしい。何かがおかしい。俺の常識が崩れ始めている。これが普通だっけ? そんなはずない。なかったはず。





 俺は呆然とする店長をよそに、ホールへ駆けつける。


「あのっ、山本さん」


「あら、どうしたの?」


「この店、オークの肉ってっ」


「ええ? それがどうかした?」



 違和感抱いて欲しい三十代。



「前田さん、オークって知ってます!?」


「うん? 歩く豚みたいなやつでしょ?」



 でしょ? じゃない。おかしいと思え。






 あれれ、おかしいな。俺が普通なはずなのに、俺だけおかしいみたいになったら、というか、よくメニューを見たら、ちゃんと『オークの赤身ステーキ』って書いてある。その他にも、『ワイバーンの足肉』とか『スライムジュース』とか『スライムゼリー』とか。デザート欄のスライム推しが凄い。




 あれれー? 何だろう。俺、本当に、ヤバイ店に来ちゃったのかな。どうしよう?



「あの、店長。ここって……」


「うん? 異世界食材専門店」


「何そのすっごい流行に乗っかった店」


「ウチくらいだよ、こんなもの出せるの。国の許可も降りてるしね」


「国家承認店舗!?」



 マジで? 国が異世界食材とか認めちゃってるの? なんで? おかしくない? というか、だとしたらもっと騒ぎになれよ。ひっそりしすぎだろ。


「あとしれっと後ろ付いてきてるけどあんた誰だよ」


「あ、鈴木です」


「だから誰なんだよ」



 ただの客だった。トイレの場所とか見れば分かるだろ。こっちはそれどころじゃねーよ。



「店長……」


「高宮くん」



 さっきまで優しそうな表情だった店長が、途端に真剣な表情になる。




「……心を無にするんだ。考えてはいけない。感じるんだよ」


「……あっ」



 洗脳されたように、その言葉が、ずっと頭に響いてくる。頭のもっと奥深く、脳の底まで……







 気付けば、俺はお盆に水を乗せ、前田さんに倣って客に運んでいた。そうだ、考えてはいけない。感じるんだ。心を無にして、感じ取るんだ。全てを。世界の、真理を。



























……って、なるか。なるわけないだろ。馬鹿か。



「……でも、時給良いから、頑張ります」


「うん。頑張れ、高宮くん」









 俺のバイト先、きっと、何かがおかしいと思う。

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