第1話 日課のランニングをしていると、突然、銃を持った黒づくめの男が現れた。
夏休みのある日の夕方、俺が日課のランニングで、河川敷の上の道路を走っていたとき、道の真ん中にスーツ姿の男が立っていることに気が付いた。
こんな真夏日なのに、全身黒づくめのスーツを着て微動だにせずに、道の真ん中に立っている。頭には、やはり真っ黒な帽子を被って、目元まで隠れている。口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。そして、何より、右手に持った、服装とは対照的に、華やかな薔薇の花。夕焼けに照らされた道の上で、黒と赤のコントラストが異様な存在感を放っていた。
俺は、この不審者を避けて通ろうとしたが、男は道の真ん中に足を広げて立っていて、動こうとしない。3メートルほどの距離まで近づいたとき、男が口を開いた。
「君が、中嶋マサトくんだね?」
それは俺の名前だった。何故見知らぬ男が俺の名前を知っているのか。尋ねる前に、男の右手に握られた、銀色の輝きを見て、俺は硬直した。それは、回転式拳銃だった。銀色の銃身が、夕日の光を反射して輝き、それとは対照的な、まっくらな銃口が、俺の胸にまっすぐ向けられていた。
男がさっきまで右手に持っていた薔薇の花束は、地面に打ち捨てられ、流れ出る血のように、花びらを散らしていた。
「いったい、なんだっていうんだ。俺みたいなどこにでもいる普通の男子高校生が、なんで、ランニング中に、怪しげなおっさんに銃口を向けられなきゃいけないんだ! 説明を要求する!」
「ククク……」
男は、左手で、胸ポケットからタバコの箱を取り出し、一本咥えた。
「俺が君に、銃口を向ける理由か……」
しゅぼっ。ライターの火が灯り、タバコの先から煙が漏れ始めた。男はしばらくの間、たっぷり1分ほどタバコを楽しみ、最後は名残惜しそうに地面に投げ捨て、火を踏みつぶした。
「銃口を向ける理由……それはだな……あー……その……なんだ……秘密だ……」
「秘密だと?」
「……今はまだ、秘密だ」
「後で教えてくれる、ってことか?」
「……いや、それは、まだ考えてない……」
「? 何なんだよ! じゃあ、あんたは俺に何をしてほしいんだよ! 銃まで突きつけて!」
別に上げろと言われたわけじゃないが、銃を向けられて反射的に上げてしまった両手がいい加減疲れてきた。
「してほしいこと……それもまだ、特にない」
「なんだと?」
「強いていうなら、そうだな……もうしばらく、ここでじっとしててもらえるかな?」
「わけが分からねぇ……あんた、何者なんだよ……?」
「それも、まだ分からない……」
そのとき、男のスーツの胸の辺りから、ピピピッと携帯の呼び出し音が聞こえてきた。
男は銃口を少しも動かさず、携帯を胸ポケットから取り出し、左耳に当てた。
「俺だ……何? それでは計画が違うじゃないか……うん……うん……分かった。しょうがない」
男は、俺に向かって笑いかけた。
「すまんな。予定が決まった。君にはここで死んでもらう」
リボルバーの銃口が、俺の頭に向けられた。
「オラーッ!」
そのとき、上空から、女の子がかかと落とししながら落ちてきた。
「グエーッ!」
黒づくめの男は情けない悲鳴をあげながら潰れたカエルのようにその場に倒れた。
俺はただ、それを呆然と見ていた。
「ほらっ! 何をボサッとしてるの! 逃げるよ!」
突如現れた、赤髪ロングヘアーで、ミニスカセーラー服を着たおっぱいの大きい女の子は、僕に向かって右手を差し出した。
「に、逃げるって……ど、どこに!?」
「異世界によ!」
「い、異世界ってなんだよ! そもそも誰から逃げるんだよ! あの黒づくめの男は誰なんだッ!? 君はいったいどこから降ってきたんだ!? 何者なんだ? 俺はこれからどうなるんだっ!?」
「それは……今はまだ、説明する時間はないわ! 早く逃げるのよッ!」
少女は、僕の手を握り、走りだした。
続く