弟の友人たち(ミルティア視点)
私、ミルティアは幼いころの怪我の為に、足が不自由で立ち続けることも、素早く歩くことも出来ない。そして、視力も非常に弱くなってしまって、物の輪郭だけが辛うじてわかる程度だ。調子が悪いとただ、影が蠢いているだけに見えてしまう。
まあ、長い間そんな環境であれば人間は適応するものだ。
勿論、優しい両親と、罪悪感に苛まれ続けている義弟と理解あるご近所さんに助けられている。
12歳のときに両親が流行り病で亡くなってからは、義弟のアシュが街に働きに出ていた。
その翌年には、国全体で魔術の素養のある子供を学園に通わせることが決まった。
私のことがあるので非常にアシュは行くのを躊躇っていた。彼がいなくなれば、私は一人になってしまう。幸いにも彼の能力はかなり高い素養を示しているらしく、魔法騎士としてのエリートコースに給与を得ながら通うことになった。当然のように全寮制だった。
まあ、一人でもなんとかなるかと笑顔で彼を送り出し、出来れば義弟には外の世界で彼の世界を広げて欲しいと思ったからだ。彼は、あまりに私のことに気をかけすぎている。彼が生きている意味は私の為だけに使わなくてもいいのだと知って欲しかった。
たかが数年一緒に過ごした家族もどきに彼の枷となりえるかは疑問でもあったが。
学園に通い始めてからは、義弟は長期休暇に年に一度だけ顔をだすようになった。
最初の年は沢山の手土産をもって、会った途端に抱きつかれた。
そんな性格じゃなかった気がしたが、彼なりに何かあったのだろうと思う。
家にいる間中、ずっと後ろをついて回って、沢山の話をしてくれた。
触れた手に知らない肉刺ができていて、すっかり堅くなっていた。
翌年には、上機嫌で友人の話もしてくれた。とても楽しそうで本当によかったと思う。彼の楽しそうな声を聞くのがとても楽しい。
その次の年は、友人に誘われて旅行に行くからと短い滞在だった。
「そうなの?気をつけてね」
輪郭を辿るようにアシュに触れる。
背は随分と高くなり頭に手など届かない。彼の頬に触れる私の手を握るのは大きな手で日々の成長を感じさせる。彼は、成長して大人になっていっている。そのことが、とても嬉しくて、誇らしく思う。
「いってくるよ」
まるで、存在を確認させるかのように彼はいつも私に触られるがままだ。いつも遠慮くなく触れるのは不公平だと最後に私を抱きしめてその年は出て行った。
そして、4年目の今年は、義弟本人は来なくて、その友人という数人の男女がやってきた。
お客様を泊める場所なんてないけど大丈夫かしら。
彼らは学生である。給与を貰っているといっても、装備にかなりかかるらしく、アシュから時折届く手紙ではそんな愚痴も書かれていた。読めないので、家事をしに来てくれる素養のあるメイドさんにお願いして読んでもらい、返事も書いてもらう。
そういえば、最後に出した手紙の返事が来ていない。いつもは、すぐに返事が来るのだが、学年が上がり忙しいのだろう。
「ええと、ごめんなさいね。お茶をお出しすることも出来なくて」
声となんとなくの気配を頼りにそちらに顔を向ける。
「いいえ、お気になさらず」
メンバーとしては女性を中心に3人の男性が彼女を守るように配置している。彼らも、騎士学校の生徒なのだろうか。
「私たちは、アシュリア君の友人です」
「初めまして、姉のミルティアです」
緊張しているのがわかって和ませようと笑顔を心がける。会話はジュリアという少女が主導権を持っているらしい。
「突然の訪問で申し訳ありません」
「かまいませんよ。お客様はとても少なくて」
普段はひたすら内職をして過ごすだけだ。近所の奥さん方がおかずを分けてくれるがてらに旦那の愚痴を零していくくらいだ。あとは、ひたすら優秀なメイドさんと、内職の斡旋をしてくれる人くらい。
「アシュは学園ではどのような子ですか?ご迷惑をおかけしてないかしら」
いつもはアシュからしか聞かないから、他の人から聞いてみたい。
「えっと、最初は無愛想な奴だと思ったけど、それなりにいい奴、だよ」
「遊びに誘ってもいつもギルドの仕事ばっかりしてて、最近ようやく遊びに誘ったら来るようになったか」
「最近は、英雄の再来かといわれるくらいだからな」
「英雄?」
不思議な言葉をきいた。どうやら、かなりの凄腕の騎士になれるらしく将来は安泰で、もしかすると貴族の婿になるのも夢じゃないとか。
「そうなんです、凄いんですっ」
勢いこんで少女が話す。まるで自分のことのように楽しそうに。彼女の傍の両隣から、やや嫉妬のこもった気配を感じる。少女は鈍感系なのだろうか。
「それでですね、後顧の憂いをなくすためにも、今日はお願いがあってきました」
ひたすらのろけのような言葉を聞いた後、少女が居住まいを正す。
「彼を解放してあげてください」
まるで、物語の主人公のような少女だと思う。
「彼は、いつも後悔しています。あなたのことを。もう、充分に彼は傷ついて反省しています。だから、彼を開放してあげてください。彼は将来有望で明るい未来が待っているのです」
真っ向から喧嘩を売られた。
驚きすぎて咄嗟に反応が出来ない。
私は、この年にしては思考が深いほうだ。視覚情報が乏しいお陰で色々考察することも多い。それに、考える時間だけは本当に沢山ありすぎるくらいなのだ。
この少女は、私が彼を罪悪感から縛りつけ、生活の面倒を見させて、暗い未来しかない自分に明るい未来をもつ彼を引きずり込もうとしていると言いたいらしい。
そんなに、私の将来は暗澹たるものなのだろうか。初対面からして。
わりと楽天的でそれなりに楽しんで生きていけると思うのだが。
緊張に固まった空気。
「ええと、事情はどこまでご存知かしら」
「昔、小さなときにお姉さんに怪我をさせて、それを負い目に感じて自分は幸せになっちゃいけないと思ってるんです。友達も多くないし、誰ともお付き合いをしようとしない」
それは、あなたが彼女になりたいと言っているのだろうか。
「お姉さんは大変かもしれないけど、もう、充分だと思います。誰とも幸せになろうとしないなんておかしいと思うんです」
私がいなくなればアシュは彼女と付き合い始めることが気兼ねなくできるということなのだろうか。
「そうね、あの子は優しい子だから私を一人にすることをとても心配してくれるわ。でも、私からもアシュは自由だからといってるのだけれど」
「そんなの、お姉さんから言われても、出来るわけないじゃないですか」
うん?普通は、当人に言われたら許されたと思うんじゃないかな。
「あなたは彼の輝かしい未来を奪うんですか?邪魔にしかならない」
彼の為にあえてきついことをいって、目を覚まさせるんだと、というところだろうか。そんなことが出来るなら今までやっている。
「では、お伺いしますが、どのようにすればよいと?」
「彼に、もう二度と会わないでいただけますか」
「どうやって?」
私から彼に会いにいくことは不可能に近い。それに、目を悪くしてからここまで整えた家を手放すのは惜しい。ここでいるから、ある程度生活できているのだ。
「あなたが、アシュがここに来ないようにしてくれるの?」
「努力します」
彼女では止められないのだろう。
沈黙が流れる。
「いいわ。学園でのアシュのことが知れて嬉しかったわ」
楽しかったのは本当だ。意外とうまくやれていることに安心する。
「一人で別のところでやり直すのは大変だろうけど、どうにかやるしかないのね」
溜息をつく。
「まあ、もともと血のつながりもないし、家を出たらそれまでよね」
「え?」
「あら、聞いてなかったの?」
動揺する気配。
てっきり、知っているのだと思った。それに、多分、全く似ていないはずだ。
「確かに、」
「ああ、だとすると、やばくないか?」
「そんなのありか?」
ぼそぼそと呟いている。
作戦会議中だが、物凄い勢いでアシュらしきものがここに向かっている。どうやら魔法を使っているのだろう。
ぐんぐん近づいてくる。
程なく気づいた3人はうろたえる。
「え、なんで?」
「落ち込んでたよな?」
「屍になってたはず」
「うそ」
呟く彼ら。
「ミルティアっ」
大声で叫んで入ってきたのはアシュだ。勢いのまま抱きついてくる。どれだけ急いだのか、息が荒いし、じっとりと汗ばんだ肌が触れる。
「何か、されてない?」
心配そうに体をまさぐられる。
そろそろいい年なので、子供のように扱われるのに抵抗がある。
「こいつらっていうか、この女は頭がおかしいから話なんて聞いちゃ駄目だよ?」
耳元に吹き込まれる低い、声。いい声だ。
「どんな猫被ってんだよっ」
「ていうかキモイ」
その発言に弟が殺気を飛ばすと沈黙がおりる。
顔のすぐ側で顔を覗き込まれているのだろう。とても近い。
「アシュ、お帰りなさい」
「ただいま」
耳元で小さな声で、ああ、ミルティだ。いい匂い、最高、なんていうのは聞こえていないふりだ。
確かに、過剰に心配性なアシュは友人たちから見れば相当に危ない男だろう。心配してやってくるくらいに大事にされているなら問題ない。
ぐりぐりと首筋に顔を埋める大きな体をぽんぽんと叩き、かがんでいるお陰で届く頭を撫でる。
「お姉さんによく顔を見せて?」
「いいよ、たっぷり見て。オレもミルティアをしっかり見たい」
まるで、長年あえなかった恋人並みに甘い台詞だ。
近づいていればなんとなく見えるくらいなのだ。吐息がかかりそうな近さであれば多少はわかる。
「あら、こんなところに傷が」
「うん、それはこの前、魔獣と戦ってね。って、指、腫れてない?仕事のしすぎだよ。今日は、もう休もう?」
「駄目よ、お客様もいらしてるし。いいご友人たちね」
「ああ、なんか、よくわかんない奴らで、悪い奴らではないと思うんだけど。たぶん。きっと」
頬をすりすりとあわせながら幸せだと溜息をつきながらだ。
というよりも、お客様を放置でいいのだろうか。
「ねえ、アシュ?」
「何?」
蕩けるように甘い声。
「もう、私たち、いい年じゃない?だから、もういいのよ?私に構わなくて」
私を撫でていた手が止まる。
「なに、それ」
驚くほど低い声で囁く。そして、振り返る。
「ああ、そっか。こいつらか。そんな、妙なこと吹き込んだのは」
「だ、だって、お姉さんをいくら愛しても、所詮は姉弟、なのよ」
「何、馬鹿なこといってるのかな」
震えながらも必死に訴えう少女。
「さっき、彼女だってこれ以上迷惑かけられないからって」
「で?足も不自由で、目も弱いミルティを追い出せって?それって、家族というより人としてどうなの?」
確かに。生きていくには誰かしらのサポートが必要だ。
「これでも、稼ぎはそれなりにあるのよ?」
私は、暇な時間を持て余し、豪雪地帯の冬の内職である機織をこのあたりでは珍しくしている。糸さえかけてしまえば視力に関係なく織ることが出来る。手触りで柄を織り込んだり、手触りを追求したりと、赤ん坊用にと肌触りのいいものは売れていく。お陰で、それなりに生活はしていけるのだ。
「大丈夫よ?いつでも頼っていいって親切な方がいるの」
物凄い勢いで振り返ったのがわかる。
「何それ。ミルティアはその男がいいの?この前の手紙を代筆した男だよね」
詰め寄られると、なんだか浮気した旦那を問い詰める妻のようだと思う。
彼がたまたま内職の反物を引き取りに来てくれたときに、手紙が届き返書に代筆してくれたのだ。オーナー自らこんな田舎にまでやってきて買い付けをしていくのだ。ここ数年は彼の伝でメイドに家事をしてもらっている。大変重宝しているのだ。彼には家も用意するしといわれていた。家族に早く結婚しろとせっつかれているなんて、なんとなく結婚を匂わされている気がしたが、職人としてであっても彼を頼るのもいいだろうと思っていた。
「男の字だから焦ってこの男のこと調べ上げちゃったよ。商売してれば後ろ暗いことは幾つかあるもんだしね」
にっこりといい笑顔の様子。
「そんな男じゃなくて、オレがきちんと面倒見るからね、心配しなくても大丈夫。ずっと一緒だよ?」
「それは、無理でしょう?あなたも結婚しないといけないし」
「必要ないと思うけど」
「今はそうでも、将来は」
「もう、家族なんだから同じだと思うけど」
ん?
ややかみ合っていない会話に気づく。
首を傾げると、震える声でマジ天使と呟く弟が心配だ。視力は大丈夫か?昔の記憶の自分はどこにでもいるような茶色の髪と目の、顔立ちも普通だった。
「心配なら、今から既成事実作っちゃう?」
妙に色気を孕んだ声を吹き込まれる。向こうでがたっと大きな音がしたが大丈夫だろうか。
「おいっ、確認するけど、本当に血は繋がってないんだよな?」
「見ればわかるだろ?」
「それに、本当にお前より年上なんだよな?」
「1ヶ月も違わないけどね」
「犯罪じゃないんだよな?」
「しつこいよ、こんなにかわいいミルティアをお前たちに見せたくなかったんだ。勝手にきやがって」
ぶつぶつと呪詛をはく。
「ああ、ごめんね。じゃ、ベッドにいこうか」
いや、まったく同意した覚えがない。
それこそ、犯罪だから。
ちょっと鼻息荒くして抱き上げないで。というか、お友達はいいの?そっちを優先したげて。