水滴の目覚まし
ぴちゃ…。
ぴちゃ…。
(冷たい…。)
髪を乾かさずに眠ってしまったからだろうか、梨花は頬に水滴が落ちる感触に目が覚めた。
(ん〜冷たいな…。う〜ん……。んん?)
重たい瞼をしばらく開けることができなかったが、顔を腕で拭うと頭全体が水に濡れていて、その冷たい水滴が手に伝う。
驚いて上半身を勢いよく起こした梨花のおでこに、これまた冷たく湿った何かがへばりついた。
「ひいっ!!」
急いでその何かを振り払おうとするが、振り払っても振り払っても、梨花のおでこにまた戻ってくるのである。
少しパニックになった梨花はハッとして目をあける。
目の前には大きな植物の葉っぱが垂れ下がっていた。シダ類だろうか、水滴を小さな葉ひとつひとつにつけ、太陽の光を浴びキラキラと光って、寝ぼけている梨花の目を優しく起こした。
綺麗…。
しっかりと上半身を起こし、顔を拭ってその植物を見上げる。その向こうには朝日だろうか、眩しい太陽に梨花は目を細めた。
頭上には大きな木がいくつもそびえ立ち、その上空に両手を広げた程の鳥が羽ばたいていた。
見たことも無いような景色に、梨花は言葉を発することなく見惚れた。
静かに立ち上がり、朝霧の向こうに微かに見える遠くの山を見つめる。
山深い景色がどこまでも広がっている。木々が生いしげり、蔦がいくつも絡み合い、いくつもの木が連なってひとつの山になるかのように目の前に広がる景色を作っていた。
獣だろうか、甲高い声で遠くから吠える声が山々へ響き渡る。
それと同じくして、沢山の鳥たちの鳴き声が負けずと山の間を駆けた。
「ここは…ジャングル…?」
山の中なのは確かだった。しかしこんな所でなぜ目を覚ましたのか見当もつかない。
(えーーっと…私、家のベッドで寝たはずよね。これは夢?)
今までの梨花は、夢の中で自分が今夢を見てるのだと認識できず、考えたり自分の思ったように行動することはなく、与えられた夢を映像としてみているだけだった。でもそれを夢だ現実だと考えることもなかった。
今、眼に映る風景を夢だと思ってしまうのは、梨花が日々過ごす現実とは明らかにかけ離れてるからに違いない。そうこれは夢じゃないと納得できないのだ。
「夢にしては、冷たかったり、森の湿気の匂いや水の感触がリアルな感じするけど」
また水に触れてみたくなり、さっき葉っぱから水が垂れていた下に水たまりでも無いかとしゃがみこんでみたら、目に入ったのは、昨夜シャワーの後に着た水玉のパジャマではなく、薄黄色く所々黒く汚れたブカブカのズボンだった。
ハッとして、見える限りの全身の身なりを確かめる。
同じ色の半袖のシャツを着ていたが、靴は何かの動物の皮でできたようなしっかりとした素材で作られていた。
「あはは、初期装備にしてもしょぼいわね。これはどこかで装備を整えられるのかしら…ふふ、この状況はウェーブオンラインシステムみたいね」
長年ゲーマーの究極の憧れで、世界中のゲーム会社やコンピューター企業などが挙って研究してきた、仮想世界でのバーチャルゲーム。
それが一年前に発表された、まだ未発売のウェーブオンラインシステムである。
「今のこの状況が夢だとしても、もし現実だったとしても、ここであれこれ考えても何も解決しないだろうから、取り敢えず人を探そうか。それかなにかここのヒントになるものを見つけられたらいいんだけど…」
体に付いた土を払って、梨花は辺りを散策する為に、歩き出した。