春の日は、暖かな風と共に
休み明けの仕事って、いつもの調子を取り戻すのに時間がかかってしまいますよね。
ゴールデンウィーク明けの五月晴れの月曜日だった。
休み明けで、普段の仕事のペースにまだなじまない気怠い身体を会社の社用車に無理矢理に押し込んで、あちこちと取引先を回った帰り道のことだ。
「気分転換に、お気に入りのハナミズキの並木道を通ってみるか。」
僕はそんなことを思いついて、会社へは遠回りになる住宅街の新道の方にハンドルを切った。
この道は一年ほど前に偶然見つけた道だ。
ピンクや白の花を枝一杯につけたハナミズキと、その根元にきれいに刈り込まれて整列している満開のツツジとのコントラストがとても綺麗だ。
ここを通る度に毎年、これでもかという春を感じることができる。
今日のように雲一つない青空のもとだと、よりいっそう花の鮮やかさが増すように思う。
道路沿いの住民が草取りのついでなのだろう、公共スペースのツツジの垣根の根元にこっそりと思い思いの草花を植えて楽しんでいるらしいのもおおらかで気に入っている。
鉄道の高架橋の下をくぐって赤信号にかかった時、僕のすぐ前にかわいらしいツートンカラーのA社の車が止まっているのが見えた。
「ああ、これもう発売したんだ。」
仕事柄、車関係の雑誌をよく読むので、各社から発表される発売前の自動車は必ずチェックしている。
「写真で見てたのよりいいなこれ。」
うちの会社も技術力はあるんだが、デザインが保守的なんだよな。
こういうポップなデザインを企画で通すには、担当者もさぞかし骨を折ったんだろう。
うちも、女子社員の意見を取り入れて車内収納に工夫を凝らすようになったから、これからに期待したいところだけど。
そんなとりとめのないことをつらつら考えていたら信号が青になったので、ツートンさんの後について車を発進させた。
その時僕は、左側の歩道をこちらに向かってくる自転車が、いやにヨロヨロしているのに気が付いた。
「大丈夫か? あのおばあさん。」
前のカゴに荷物でも載せすぎてるんじゃね? と気になって見ていると、
突然おばあさんは大きくよろめいて、片足でバランスを取ろうとしたのもむなしく、自転車ごとツツジの植え込みに横倒しに倒れ込んでしまった。
年寄りだとおかしな転び方をしたら起き上がれないんじゃないか?
通り過ぎざまに気になってチラリとサイドミラーを覗いたら、案の定、植え込みの中で自分の自転車に押さえつけられて、もごもごと動いている。
「こりゃ、ダメだ。起こしに行ってやらないと…。」
僕は前方に見えたコンビニの駐車場に車を滑り込ませて、キーを引き抜いた。
遠くに見えるおばあさんのほうへ駆け戻ろうと歩道に出たら、知らぬ間に人影が二つになっていた。
周りにいた誰がか気づいて、助けてあげているんだろうか?
とにかく、側まで行ってみることにした。
「大丈夫ですか?」
勢い込んで走ってきたが、おばあさんはどうにか独りで立ち上がっていた。
恥ずかしそうな顔をして、服についたツツジの葉っぱを払い落としている。
側では若い女の人が、倒れている自転車を起こそうとしているところだった。
「助けていただいて、ありがとうございます。少し打ち身や擦り傷はありそうですが、なんとか独りで帰れると思います。セール品を買いすぎちゃって。でも歳だわぁ、若い時はこのくらいでころぶなんてことなかったのに。」
言い訳をしているおばあさんを近くでよく見ると、大年寄りではなくて髪だけが白い初老のご婦人だった。
歩道には自転車の前カゴに乗せていた荷物が散らばっている。
それを、傍らの女の人が拾い集めていた。
これ、このままだとまたころぶんじゃ・・。
「この荷物、荷台にくくりつけたほうがいいですよ。バランスが悪いと乗りにくいですし・・。」
「それが今日に限って、自転車のゴムひもを家に置いてきてしまって、・・。」
そういうことなら、やっと僕にもできることが出てきた。
勢い込んて駆けつけてはみたものの、先んじていた若い女の人に全部やろうとしていたことはやられていたのだ。
「ちょっとまってください。車にビニールひもがあるので取ってきます。」
あっそういえばゴミ袋もあったっけ、あれも使えるな。
僕が嵩張る荷物をまとめて自転車の荷台にひもで括り付けていると、若い女の人が手伝ってくれた。
「荷物を扱うの慣れていらっしゃるんですね。ひものこんな結び方初めて見ました。」
僕の手際にそんな風に感心してくれたのが、ひどくこそばゆくて嬉しかった。
仕事柄、トラックの荷台に積む荷物のロープ掛けに慣れているのもあるが、色々なひもの結び方を覚えたのは親父とよく行ったキャンプでのことだ。
その辺にころがっている自然の素材とロープだけで、何でも必要なものをささっと作ってしまう親父のことが、すごくカッコよく思えて憧れていた。
自分も親父と同じようにやってみたくて、何度もロープ結びに挑戦したことを思い出す。
荷物をくくりつけた仕上げに、少し歪んでしまった自転車の前カゴを力任せに元の形に整えると完成だ。
白髪のご婦人は何度も僕たちにお礼を言って、今度は先程よりは大丈夫そうな乗り方でゆっくりと帰っていった。
さて帰るかと車の方に歩きだせば、若い女の人も同じ方向に歩いてくる。
あれ? と思ったが、その理由が分かった。
コンビニの駐車場の自分の社用車の隣に、あのツートンカラーのA社の新車が止まっていたのだ。
ああ、僕の前を走っていたツートンさんだったのか。
ツートンさんは僕に軽く会釈をすると、コンビニに入っていった。
何か買い物があったのかもしれないが、どちらかというと、駐車場を拝借したので律儀にちょっとしたものでも買っていこうと思ったのかもしれなかった。
僕もトイレを借りた時などはそうするようにしている。
今回は仕事中でもあるので、ここのコンビニさんには悪いが、また次の機会に買い物をさせてもらうことにして会社に帰ることにした。
道々、僕の心はじんわりと温かくなっていた。
この世知辛い世の中、まだ、いい人がいるんだなぁと嬉しくなったのだ。
ニュースなどで言い立てているテレビの中の世界とは違い、本当はこの現実の世の中まだまだ捨てたもんじゃないのかもと、あのツートンさんは僕に思わせてくれた。
仕事明けの身体のだるさなど吹き飛んで、僕は気分も軽くハンドルを握っていた。
一つの出会い。
なにか未来につながりそうなそんな予感もしますね。