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時空交差点~フタリノキョリ~  作者: かんな らね
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第三章 違和感 1 side 出雲響~4 side 麻生聖

第三章 違和感



 1 side 出雲響


「……朝か」

 目を覚ますと、聖は隣に居なかった。

 昨日はあのまま聖を抱き締めて眠ってしまった。風邪をうつしていないと良いのだが。

 体を動かしてみる。調子は悪くない。どうやら熱は下がったようだ。

「聖~?」

 リビングに居るだろうと、移動してみたが、そこに聖の姿は無い。

「おい、聖?」

 少し大きな声を出すが反応は無い。急に不安になってしまい家の中を探し回るが、どこにも見当たらない。困り果てて玄関に立ち尽くしていると、扉が元気よく開いた。

「ただいま~。あれ? 起きてたの?」

 流石に昨日キスしたり抱き締めてしまった相手を見るのは照れる。

 ……キスは寝てたから、聖は気付かなかったみたいだけど。

 目が合った瞬間に思わず俯いてしまう。

 駄目だ……まともに顔が見えない。

 落ち着け、落ち着け俺。キスなんて文化圏によってはただの挨拶じゃないか! それに抱き締めたって言ってもぎゅっとしただけじゃないか! これしきの事で戸惑ってこれから先、生きていけるかって言うんだ!


――人、人、人。

 心の中で人という字を三回書いて飲み込む。以前、零先輩に教えてもらった緊張しなくなるおまじないだ。確か二十一世紀ではよく使われていたと言っていた。零先輩はこの時代にとても詳しいのだ。

 何事も無いように再び聖の方を向く。

「どこ行ってたんだよ?」

 やばっ、顔を見るとやっぱり照れる。あのおまじない、全然効かないじゃないか。

「ジュースを買いに行ってたのよ」

 俺と違って全く昨日と態度の変わらない様子で、聖は持っていた瓶を俺に投げてよこす。

「おっと」

 突然投げてきたので両手で受け取る。牛乳瓶に薄紫色の液体が入っている。

「くれるのか?」

「そうじゃなきゃ渡さないわよ」

「そっか、サンキュ」

 熱のせいか喉が渇いていたので一気に飲み干す。一口目で甘く感じたが、柑橘系独特の爽やかさが効いていて、思いのほかのど越しは良い。後味もすっきりしている。

「このジュース美味いな。どこのやつ?」

 何となく尋ねると聖は慌てて目を逸らす。

「え? あっ、朝ご飯用意してあるから早く学校行こう! 初日から遅刻するわけいかないからね」

「もうそんな時間か!」

 聖の態度に違和感はあったが、時間が無い。確かに初日から遅刻は避けたいので、聖の自転車に二人乗りして、急いで学校に向かう事にした。


 2 side 麻生聖


 私の通っている県立真田高等学校は山の上にある。

 傾斜がきついので、入学して半年くらいは、途中で休憩しながら山を上る生徒が多い。そのうち体力がついて一気に登れるようになるから不思議なものだ。私も最近やっと一気に登れるようになってきた。

 響は私を後ろに乗せていたのに、初日から一気に登ってしまった。登った後は流石に息が切れていたけど。男の子に自転車に乗せてもらうなんて初めてだから、比較対象が無く詳しい事は分からないけど、意外と体力あるんだなぁ。

 職員室へ挨拶に行く響とは校門で別れた。今日は自転車を漕がなかったからだろうか、私はいつもより軽い足取りで教室へ向かった。


 ホームルームが始まる。

 担任の南野先生は、三十代後半の髭の似合うおじ様だ。今日も高そうなスーツが良く似合ってる。アルマーニかな? 公立高校の教師ってそんなに儲かるのか? いや、この人なら夜の仕事をしても充分通用する。

「今日は転入生を紹介する」

 ガラガラと音を立てて扉が開くと、昨日抱き締めあったあの男が入ってきた。

 南野先生の隣に並ぶと深々と一礼する。

「出雲響です。よろしくお願いします。」

 響の様子を見て教室がざわめく。

「あっ、ちょっと良いかも」

「結構可愛い顔してるね」

 ああ……やっぱり好評だ。ざわめく生徒たちには構わず、南野先生は話を続ける。

「それじゃあ席は……クラス委員の麻生の隣に座りなさい。麻生、休み時間に学校の案内をしてあげなさい」

「はい」

 窓際一番後ろ、ベストポジションな私の席。その隣に響が座る。

「……よろしく」

 まるで初対面のように挨拶してくる。成程、元々知り合いだって分かると色々と面倒だしね。

「麻生です、分からない事は何でも聞いてね」

 それならばと、こちらも飛びっきり上品な笑顔で応える。

「え?」

 響があからさまに驚いた表情をこちらに向けてくる。失礼な。

「出雲君、私の顔に何かついていますか?」

「いや……よろしく」


 休み時間。南野先生に言われた通り、響に学校を案内する。

「学校だと別人みたいだな」

 呆れたように響が呟く。

「そう?」

 自覚はあるのだが、一応惚けてみる。

「そう? じゃねーよ」

 やはり惚け切れなかったらしく、殆ど間を置かずに突っ込まれてしまう。丁度その時、生徒会で一緒の男子生徒が、廊下の反対側から歩いてきて声をかけてくる。

「麻生さん、おはよう」

「おはよう」

 いつも通り完璧な笑顔で完璧な挨拶。よし、今日もパーフェクトだ。

「ほら、別人」

 男子生徒が廊下を曲がった所で響は声を上げる。

「他人に本心言うのが苦手なの」

「今のは本心?」

「……うん」

「言えてるじゃん」

「…………」

 響は微笑む。

 確かにその通り過ぎて言葉を失う。どうせ誰も私の事なんて理解できないだろうし、誰かに本音で接することは、ずっと避けてきた。それなのに、どうして出会って日も浅い響とこんなに普通にして居られるのだろう。


 3 side 出雲響


 学校は五百年経っても基本的に変わらない。

 授業中に手紙を回したり、居眠りしたり……。俺は途中から時空移動者として特殊プログラムに参加してしまったから、学校へは小さな頃しか通っていない。それでも懐かしさが込み上げて来る。

 俺は、鉛筆を持つと落書きを始めてしまう持病を持っている。高校で習う内容は事前に全て学習してあるから大丈夫と、言い訳をしてついつい落書きばかりしてしまう。

 二十六世紀では、紙は貴重品なのでなかなか絵を描く事は出来ないのだ。


 昼休み。一応学食はあるが生徒の人数に対して狭すぎて、いつも混雑しているそうだ。

 最初、聖は一緒に食べようと誘ってくれたのだが、流石にそこまで面倒見てもらうのは悪いからと断った。すると、聖は女子のグループでご飯を食べる事にしたようだ。どうやら仲良しグループというやつらしい。

 だけど……嘘っぽい笑顔。何であんなに無理するんだろう? そのまんまの方が良いと思うけど。俺は……

「さて、どうするかな」

と、周りを見渡す。

 真田高校は男子の方がかなり多い。昔、男子校だった名残らしい。正直女の子は苦手なので助かる。女子ほど強固ではないが、男子にもグループがある。教室の後ろでたむろす三人組が目に入る。十五年も生きていると、自分と気の合いそうなタイプは何となく分かるようになってくる。

「一緒に食べても良い?」

 取り敢えず声をかけてみる。

「ああ、えっとー名前、何だっけ?」

 三人グループの中の一番大柄な男子が尋ねてくる。さっき自己紹介したが、もう忘れられてしまったようだ。無理も無い。俺が逆の立場でも多分そうだと思う。

「出雲響。よろしく」

 改めて自己紹介する。

「ああ、オレは鍋島」

 大柄な男子が名乗ると他の二人も名乗り始める。

「ボク、原田」

 小柄な少年が人懐っこそうな笑顔を向けてくる。

「某は野村と申す」

 最後にいかにもインテリっぽい生徒が自己紹介をしながら俺の椅子を用意してくれる。親切は嬉しいのだが、野村君の話し言葉は俺の習った二十一世紀の言葉より更に昔のものな気がするが。

「…………」

「ああ、野村は産まれて来る時代を間違ったんだ」

 鍋島君が気を利かせて説明してくれる。

「でも、野村って英語が得意で古文が苦手なんだよ」

 原田君が補足する。

「……ぷ」

 初対面で失礼かもしれないが、思わず笑ってしまう。野村君の眼鏡の奥がキラリと光る。

「英語が得意で悪いと申すのか?」

「いや、せめて古文は得意でいて欲しかった」

「あはははは」

 鍋島君と原田君が同時に笑い出す。転入一日目で話し友達が出来た。


 4 side 麻生聖


 響が転入して来て三日。直ぐに友達を作って、人懐っこい笑顔で微笑む響。いいなぁ、凄いなぁと思う。

「……り、聖! 聞いてた?」

「え? あっ?」

 亜香梨ちゃんに声をかけられて我に返る。そう言えばいつもの六人でお弁当を食べてたんだ。

「もう、どうしたの? 聖がボーっとするなんて珍しい」

「ごめんなさい、ちょっと寝不足で……」

「ふぅん。そう言えば出雲君と親しげだよね?」

 亜香梨ちゃんに急に真顔で言われる。

 目鼻立ちがはっきりしていてスタイルも良い亜香梨ちゃん。子供っぽい容姿の私は正直羨ましいのだけど、こうして真顔で見つめられると戸惑ってしまう。

「へっ?」

 余りにも唐突過ぎて、思わずいつも作ってた上品な顔が崩れる。他の四人もにやにや笑っている。

「図星?」

「違うってば」

 情けないことに赤くなってるのが自分でも分かる。

「違うの? じゃあ私がアプローチしても良い? 超好みなんだよね。ああゆう母性本能を擽るタイプ」

 亜香梨ちゃんが意地悪く微笑む。

 ホント美人は性格が悪い。その上、完全に獲物を狙う目つきだ。

「あっ、あんな奴全然良くないよ! 母性本能に惑わされちゃ駄目! そんなの所詮ホルモンの分泌でそう感じてるだけなんだよ! ホルモンに操られてるんだよ!」

 思わずお弁当箱を持ったまま立ち上がって声を張り上げてしまう。

 母性本能。納得。雨の中子猫を見つめてずぶ濡れで、振り返ったアイツの顔を見たら放っておけなかった。あんな目で見つめられたら放っておける筈が無いだろう。

 ああ、ホルモン……もしかしたらフェロモンに操られてるのは、私も方か。

「あはははは」

「聖ってばムキになって。可愛いー」

「まぁ、座りなって。出雲君見てるよ」

 亜香梨ちゃんを始め、他の女の子たちにも笑われる。

 思わず響の方を見ると、きょとんとした顔でこっちを見ている。

 アンタの話してたの!

 分かったらあっち向け!

「聖が何時ものポーズ崩す所初めて見た」

 気まずくなって座りなおすと、斜め向かいにの座るおっとり系の美香子ちゃんがウインナーを齧りながら少し驚いたように呟く。

「ポーズって?」

 思わず聞き返す。

「あのねー、私達だって聖程頭が良い訳じゃないけど、馬鹿じゃないのよ?」

 呆れたように私の方を見ながら亜香梨ちゃんは続ける。

「聖が私達にもキャラ作って接してる事くらい分かってる。今、出雲君の事でムキになってる聖が私が初めて見た生身の麻生聖だよ」

 世界が止まった。


 私の嘘はずっとばれてたんだ。

 どうせ理解されないって決め付けて自分の殻に篭っていた。

 バレてた。今分かった。私はこの容姿と同じように中身も皆よりずっと子供だったんだ。分かったような顔して、悟ったような振りして、何にも見えてなかった。恥かしくて亜香梨ちゃんの顔も、美香子ちゃんの顔も、他のみんなの顔も見られない。

 お弁当を素早く片付けて教室を飛び出す。


 私は天才なんかじゃない。

 大馬鹿者だ。


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