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時空交差点~フタリノキョリ~  作者: かんな らね
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第二章 接近  5 side 出雲響(その2)~6 side 麻生聖

 風呂をあがると着替えが用意されていた。Tシャツとハーフパンツに着替える。小柄な聖にとっては大きいのかもしれないが、俺には結構小さい。

「着替え、ありがとな」

 脱衣所を出て聖に礼を言う。

「ちょっときつそうだね。でも、これしかないのよ」

「いや、助かるよ。それより……」

「何?」

「どうして男物の下着なんてあるんだ?」

「知りたいの?」

「えっ? 別にそういう訳じゃ……」

思わず目を逸らすと、聖が噴出す。

「防犯用よ」

「ん?」

「あっ、男の子には分かり辛いか。あのね、女の一人暮らしって結構危ないのよ。だから、わざと男性用の下着をほかの洗濯物と一緒に干しておくの。そうすると一人暮らしって思われないでしょ?」

「ああ、そういう事か」

「だから、それ新品よ。安心してね。じゃあ、私も入ってくるね」

「先に入って悪かったな」

「良いよ、気にしないで。あっ!」

「ん?」

 急に大きな声を出すので聞き返すと、聖が悪戯っぽく微笑む。

「覗くなよ」

「誰が」

 反射的にそう答える。

「ふ~ん」

 聖は微笑んだまま脱衣所へ入ってしまう。


「……体がダルイな」

 どうしてかは大体見当がつく。早い話、風邪をひいてしまったのだ。風呂からあがった聖も俺の顔色を見て体調の異変に気が付いたようだ。

「響、顔が青いわよ。ねぇ具合悪いんじゃない? 熱測って」

―――三九度二分。

 出来れば聖には見せたくなかった。しかし体温計を引っ手繰られて見られてしまい、次の瞬間強制的に上着を着せられベッドにぶち込まれる。

 俺は一体何をやっているんだ?

 二十六世紀の人類の為、破壊神麻生聖を殺しに来たのに……。何で風邪ひいて、熱出して、その上殺す相手に看病してもらってるんだよ。

「うっ……」

 そんな事を考えている間に意識が遠のいていった。


 喉が渇いて目を覚ますと夜中だった。

「三時二〇分か……?」

 アナログ時計には慣れていない。枕元の時計をよく見ようと体を反転させる。何と横では聖が眠っていた。

「!」

 眠っているといっても布団に一緒に入っているわけではなく、聖は椅子に座って授業中に居眠りをするような姿勢でベッドに突っ伏している。

 一瞬驚いたが濡れたタオルを握り締めている事から、きっと看病してくれていたんだろう。

 聖の髪の毛は色素が薄い。一本一本がとても細く真っ直ぐだ。

 俺は熱のせいで痛む関節を動かしてそっと聖の髪を撫でる。サラサラと指の間を髪がすり抜ける。暫く髪を撫でる。聖は熟睡しているらしく起きる気配は無い。手を髪から頬へと移動させ顔を近づける。

「…………」

 唇に聖の寝息がかかる。もう数ミリで唇が重なりそうだ。一度瞬きをしてから、手を聖の細い首へと動かす。

「…………」

 指に少しずつ力を込める。


 殺さないと。

 こいつを殺さなきゃ俺達の世界はp‐typeに滅ぼされてしまう。

 殺さなければ。

 今まで味わったp‐typeによる被害が脳を駆け巡る。


 学校で習った事。

 特別学習で学んだ事。

 そして自分で体験した事。


 麻生聖を憎めといつも言われていた。

 上司の言う事は絶対だと自分の意見を押し殺し、俺は長いモノに巻かれて生きてきた。


 両親と姉の死。

 p‐typeに種子を植え込まれ、家族の体は見る見るうちに萎んでいった。

 代わりに家族の体から生えて来たのは、真っ赤な瞳をした植物型人間p‐typeの赤ん坊。葉緑体を含んでいる為、髪は緑色。髪は光合成に必要な水を通す管になっている為人間の髪より幾分か太い。栄養補給を担っている器官だけあって量を必要とする。従って基本的に長髪だ。

 当時三歳だった俺は、そんな細かい事は知らなかった。

 ただ、緑色の髪をした赤ん坊達が、家族から生えて来た事しか分からなかった。

 父、母、姉三人から其々生えて来た赤ん坊は、あっという間に成長していき十五・六歳の体になってしまった。顔はやや家族の面影があったと思う。

 その時、俺が狙われなかったのは、単純に子供過ぎてp‐typeを生やすほどの養分を持っていなかったからだと後に研究員から聞いた。

 その場に居たのは両親と姉と俺の四人だけ。

 JIPANGの中でも地上出口に近い所を歩いていた。

 父が俺達に本物の空を見せようとしたのだ。

 そういう人だった。

 そこに四匹のp‐typeが襲ってきた。

 こういった小規模な襲撃はそんなに珍しくは無い。

 p‐typeと人間の違いは瞳と髪の色位だ。p‐typeは全員緑髪赤眼で産まれて来る。しかし、鬘を被ってカラーコンタクトをつけてしまえば、余程気をつけて見ない限り人間に見える。

 俺の体験も悲惨ではあったが、p‐typeに支配されている二十六世紀では、決して珍しい部類には入らない。

 だけど、目の前で家族を殺された子供に、

「決して珍しい事じゃないから」

と言っても何の助けにもならないのは、俺が身をもって知っている。

 三歳の時に目に焼き付けてしまったp‐type誕生の瞬間を未だ忘れる事が出来ない。


 殺せ殺せ殺せ

 聖の首に手をかけたまま自分に言い聞かせる。

 小さい身体 細い首 微かな寝息。

 こんな少女が人類を滅亡させようとしたのか?

 このまま力を入れれば死んでしまうだろう。家さえ分かれば資料の在処だって分かる筈だ。未来が変わって帰られなくなっても、人類が救われるならそれもまた一興だ。躊躇うな。チャンスだ。


 外からは虫の鳴き声が聞こえる。

 今日一日の聖とのやり取りが頭を駆け巡る。

 笑顔 怒った顔 蹴り 弁当 傘 看病 寝顔……。

 何故、この女は俺の領域に入ってくる?

 ずっと壁を作って生きてきた。

 一度大切なモノを失うと、それがどんなに幼い頃の事でも再び失うことが怖くて臆病になってしまう。幸せというのは嘘みたいに消えてしまう幻のようなものなのだ。

 誤魔化す事、はぐらかす事、曖昧に笑う事が得意になった。

 四次元耐性が強い代わりに、自分には心に欠陥があると言い聞かせ他人と距離を置いていた。

 初恋の相手には、

「何を考えてるのか分からない」

と言われた。

 俺は大声で笑いながら聞いた。

「それだけ分かってれば俺より俺の事分かってるよ。教えてくれ、俺の何処が狂っているんだ?」

 怯えた瞳でその場を逃げ出した彼女は、次の日家族と一緒にJIPANG内の別ブロックへと引っ越してしまった。


 麻生聖 破壊神 世紀の大科学者

 こいつが全部悪いと教えられてきた。

 本物は可愛い女の子だった。

 気が短く、お節介で、不器用で、バラエティー番組が大好き。

 俺がどんな人間かも分からないくせに、こうして無防備に寝顔を向けている。

 こいつは俺を信用している。

 オレハドウシタインダ?


「出来ない」

 俺は麻生聖を殺せない。

 自分の正直な気持ち。

 今まで命令に従って生きてきたけど、どうしてだろうこれだけは従えない。

 首から手を放すのと同時に涙が零れ落ちる。

 聖のピンク色の唇に自分の唇を重ねる。

 唇を離し、聖をぎゅっと抱き締める。

「……あったかい」


 6 side 麻生聖


 熱を出して眠っている響を看病しているうちに、私も一緒に眠ってしまったらしい。

 目を覚ますと、響が私の事を抱き締めていた。

 状況は飲み込めないが、取り敢えず身を守る為、腹に一発入れようかと右手で拳を作った時……

「……あったかい」

 響の言葉を聞いて、私の目から涙が零れ落ちる。

 泣いたのは何年ぶりだろう?

 一人で居る事に慣れすぎて他人や涙が温かい事も忘れていた……。

 私も響の事をぎゅっと抱き締める。

「!」

 響は驚いていたがお互い様だ。

 私だってこの現状に驚いている。

 響の耳に口を近付けて囁く。

「あったかいね」


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