第二章 接近 4 side 麻生聖~5 side 出雲響
4 side 麻生聖
理由はいくつかあると思うけど、まず目が気に入った。
そして、学校の屋上の風を感じる事が出来たアイツ。
もしかしたら気が合うかもしれない。私にも本当の友達が出来るかもしれない。
今までうわべを取り繕ってきた。皆に良い顔して適当に距離をとってきた。だけど、気付いたら素の自分でアイツに接していた。
また会いたいな。
そう思っていたら、雨の降る中、自分の事なんて気にせずに子猫を心配するアイツを見つけた。
これはきっと運命。
私もあの場で猫を見つけたら、きっと同じ事をしてた。
「ここが私の家」
会ったばかりの男の子を家に上げるのは軽率な行動だと思う。私らしくない。でも放っておけない。会ったばかりのアイツを一人にしてはおけなかった。
5 side 出雲響
聖の家は一軒家だった。
「散らかってるけど気にしないでね」
玄関で俺にバスタオルを渡してから、聖は子猫の入ったダンボールを受け取る。
聖は子猫たちの体を綺麗に拭いている。そんな様子を見てどうしたら良いのか分からず、玄関に立ち尽くしてしまう。取り敢えずタオルで濡れた体を拭っていく。
「……何時まで玄関にいるの?」
ずっと玄関でバスタオルをいじっている俺に、痺れを切らせて聖が声をかけてきた。結構、短気のようだ。
「入って良いのか?」
一応、俺だって躾くらいされている。どうぞと言われる前に他人の家に上がり込む程無作法じゃない。しかし、そんな遠慮も聖に一蹴される。
「良いに決まってるでしょ?」
良いらしい。
更に聖は早口で続ける。
「大体、でかい図体して何時までも玄関に立っていられると邪魔なのよ」
「邪魔って……」
「もう良いからほら、入った入った」
追い立てられる様にリビングに通される。
リビングには硝子製のテーブル、大型のフラットテレビ、そして二人がけのソファーと一人用のソファーが二つずつ。あまり生活観の無い空間だ。
「聖って一人暮らしなのか?」
家族で生活している匂いがしない。どこと無く俺の部屋に似た雰囲気だったので、思わず疑問を口にしてしまう。軽率だったかと思ったが、聖は気にした様子も無い。
「そうよ」
確か二十一世紀辺りでは、親元を離れて学校に通う場合があったと歴史の教科書で読んだ事が有る。でも大体が高校を卒業した後だった筈だ。
「高校生で一人暮らしって珍しいな」
「……両親と弟は海外に住んでるから」
聖が寂しそうな笑顔で応える。抱えていた子猫たちをそっと放すと、二匹は鳴きながら部屋の奥へ行ってしまう。
「直ぐにお風呂沸くから入っていって」
聖は気まずい空気を打ち消す。
「えっ? 風呂?」
「だって、ずっと雨の中居たんでしょ? 冷えたままだと風邪ひいちゃうわよ」
「そうだけど……」
流石に恥ずかしい。
「行く所、無いんでしょ?」
「そうだけど……」
確かにその通りなのだが。
「それに、薬だって……」
「薬?」
何となく聞き返すと聖は慌てて手を振る。
「あっ、いや、もう薬局も閉まっちゃってるから、薬買って来れないって言おうとしただけよ。じゃあ、先にご飯でも作ろうかな」
曖昧に笑って台所でご飯を作り始める。
「…………」
米を炊くのは良い。しかし、おかずを作る際、聖はシンク下の棚から徐にシーチキンと鯖と蜜柑の缶詰を取り出し、缶切りで開け始めた。
「ちょっと待て。お前、何してんの?」
「え? だからご飯を……」
「いっつもこんなモンばっかり食ってるのかよ!?」
「こんなモンって……私の栄養源に向かって何て事言うのよ!」
「栄養源って……」
教科書には家で食事を作るのは女性の仕事とされていたって書いてあったけどなぁ。……うわぁ、缶詰を開ける手つきすらアブねぇ。
四次元耐性以外は、凡人レベルの俺が世紀の大科学者様相手に呆れるのも失礼かもしれない。しかし、呆れずにはいられない。科学者って器用なイメージがあったんだけど、どうやら誤解だったらしい。
「見てられねぇな」
ぼそりと呟くと聖が振り返る。
「どうしたの?」
「あのさー」
「何?」
「俺が何か作るよ」
「本当?」
缶詰と格闘していた聖が顔を上げる。
「響ご飯作れるの?」
お前よりはな。
口に出すと昼間みたいに蹴られそうなので、心の中で鋭く突っ込みを入れる事にした。
冷蔵庫にあった細々とした食材から、どうにか野菜炒めなどを作ってテーブルに並べる。
二十一世紀へのタイムトラベルに備えて一応料理も習っておいて良かった。
「何かイメージ崩れるな」
野菜炒めと一緒に呟きも飲み込んだので、聖の耳には届いていない。しかし、科学者は気難しいという先入観も聖によって崩壊させられていた。
本当に何と言うか……よく喋る。
こんなに賑やかな食事は子供の頃以来。久しぶりだ。
バラエティー番組を見ながら大笑いしている聖を見つめる。
「私、これでも普段は言葉数も少ないし、お淑やかなのよ」
「それは嘘だろ」
「本当よ」
「お淑やかな女の子は、会ったばかりの男を前に大口開けて笑ったりしないぞ」
「それが自分でも不思議なのよね」
「……何でこんなに親切にしてくれるんだ?」
今更だが、一番気になっている質問をする。
「う~ん、理由はいくつかあるんだけど、響って私の恩人にちょっと似てるのよね」
「恩人?」
「うん。掻い摘んで言うとあしながおじさんかな?」
そう言って微笑む。
本当に目の前にいるこの娘が破壊神なのか?
でも、真田高校の麻生聖は間違いなく目の前のコイツ一人だけだ。
「ねぇ、ジーンズからパンツ出すのかっこ悪いよ」
食後のお茶を啜りながら、聖が眉をひそめる。
「えっ? だって流行ってるだろ?」
巨大地下都市JIPANG、科学部、時空移動課服飾文化担当チーフの弓月女史がミスをする筈が無い。
「流行りでも嫌いなの。何が悲しくて男のパンツなんて見なきゃいけないの?」
同感。俺だってパンツなんか見せたくない。
聖は不自然な位、俺について何も聞いてこなかった。
後片付けをして風呂を借りる。断ったのだが、ずぶ濡れじゃあ迷惑だと言われてしまった。ご飯も食べてすっかり寛いでから、今更濡れてたら迷惑だと言われても説得力がないが、実際体も冷えてしまっているし、お言葉に甘える事にする。
「ああ、生き返る~」
二十六世紀では資源も限られているので、湯船に浸かるのはかなりの贅沢だ。普段はミストシャワーで体を洗い、使った水も完全にリサイクルされている。こうして肩までお湯に使っていると、一日の疲れがお湯の中に溶けていくように感じる。
「だけど、こんな事している場合じゃないんだよな」
一度頭からお湯に入る。すると湯船から沢山のお湯が流れて大きな湯気が立ち上がった。