第二章 接近 1 side 出雲響
第二章 接近
1 side 出雲響
いくら少女が可愛くても、
綺麗な目をしていても、
例えぶつかった相手に胸キュンしてしまうようなベタな事をやってのけたとしても、
その相手が、今から三年後に植物型人間p‐typeを発明し、地上をp‐typeに支配させて人類を地下へと追いやった科学者麻生聖だと分かったら……
殺すしか無い。
仕事だ。殺るしか無い。
武器は鞄の中だ。
って……鞄は?
「!?」
麻生聖を握っていた右手を放して鞄を探す。
「俺、鞄持ってなかったか?」
「何にも持ってなかったけど……。どうしたの?」
麻生聖はきょとんとしている。
それにしても、何と言うか、あまりにも……そう、あまりにも幼すぎないか?
身長だってぱっと見一五〇センチメートル位だし、顔も可愛いけど子供っぽい。いくらなんでも十五歳じゃないだろう?
同姓同名なのか?
ありがちな名前では無いが、全国で一人とも限らない。
そうだな。破壊神とはいえ世紀の大科学者が、こんな美少女なわけが無い。
「ってか、まず鞄だ」
空から落ちる時に無くしてしまったのか?
「参ったな……」
鞄の中には、西暦二五一〇年と連絡を取る為の時空通信機から、この時代の紙幣も全部入っている。まさかこんな基本的なミスを犯すとは……。一体どれだけ訓練をしてきたんだ。軽く自己嫌悪に陥る。
がっくりしてジーンズのポケットに手を入れると、四角いものが手に触れる。
「え?」
期待して触れた物を出してみる。それは麻生聖の高校に潜入する時の為にと、慌てて作った県立真田高校の学生証だった。
「はぁぁ……」
思わず溜息を洩らす。すると、小さな麻生聖ちゃんが大きな目をきょろっとさせて学生証を覗き込んでくる。
「あれ? 君ここの生徒なの?」
「へ?」
「だってそれ、真田高の学生証でしょ?」
「ああ」
「だから、ここの学生証でしょって聞いているんだけど」
「えっ?」
「え……じゃなくって」
「君、小学生じゃなかったの?」
「…………」
「…………」
やっぱりこの娘が破壊神麻生聖なのか?
ぼそっと呟くと、さっきまで笑っていた麻生聖の顔から笑顔が消える。次の瞬間……
―――ゲシッ!
「ゴブッ! 何すんだよ!」
「蹴り入れたのよ! 見て分かるでしょ? 折角助けたのに小学生呼ばわりじゃ、やってられないわよ! それとも何? 女には実際より若めの年齢言っておけば何時でもご機嫌が取れると思ってるクチ? 悪いけどこっちはまだ十五歳なの。若く見積もられて喜ぶ歳じゃないわ。そんな事位見抜けなくちゃ、彼女なんか出来ないわよ。その何にも考えて無さそうな頭の隅にでも叩き込んでおきなさい!」
可愛らしい顔を顰めて一気に言い返してきやがった。
だからって何で蹴りなんだよ?
しかも、今のは慣れた奴の蹴り方だ。腰の捻り方に躊躇がない。しかも狙い澄ましたような中段蹴り。
何なんだこの女?
このキレ方から見て、子供っぽいって言うのはタブーなんだな。っていうか、勢いに押されてしまって、何て言い返して良いのか分からない。
ぎゅるるるる~
その時、お腹が鳴った。俺の腹だ。
……って俺の腹かよ! こんな時に普通腹鳴るか? 確かに朝食は取らなかったけど。タイムトラベルの時は胃を空にした方が、時空酔いしなくて済むのだから仕方ない。昔、短時間のタイムトラベル演習前にたらふく食べて酷い目に遭った事がある。あの時は吐きすぎて、最後胃液意外吐く物が無くてもまだ気持ち悪かった。そう言えば、あの時は一緒に演習に参加した零先輩がずっと介抱してくれたな。その後、体調が戻った後には凄く叱られたっけ。基本を疎かにするなって。きっと、この現状を知ったらまた叱られちまうな。
で、蹴りの次には馬鹿にされるのか?
そう考えて俯いている俺に、麻生聖が弁当を差し出してきた。
「えっ?」
予想外の行動に思わず顔を上げる。
「あげる。お腹減ってるんでしょ?」
「いいよ」
まさか殺す相手から弁当を貰う訳にもいくまい。
「横でお腹鳴らされると鬱陶しいのよ! それにさっきからポケットの中を気にしているみたいだけど。……財布、無いんじゃない?」
図星。
「だからって、会ったばかりの君にここまでしてもらったら悪いから……」
遠慮がちに断るが、聖には聞こえていない。
「良いから貰っておきなさいよ。どーせ同じ学校なんだから。お弁当箱は今度洗って返してくれれば良いから」
そう言って強引に弁当を押し付けると、麻生聖は走って屋上から出て行ってしまった。
予鈴が響く。
取り残された俺は、困りつつも空腹に耐えかね、弁当箱の蓋を開ける。そのままわき目も振らず食べ始める。
見た目はイマイチだ。それに卵焼き以外は市販の物だ。小さな丸い仕切りで区切られている様子からして、恐らく冷凍食品と言うものだろう。だけど……
「美味い」
俺が三歳の時に両親と姉はp‐typeに侵食されて殺された。だから、ちゃんとした手作りが卵焼きだけとはいえ、手作りはかれこれ十二年振りだ。と言っても、二十六世紀では食料併給もシステム化されている為、手作りのご飯は特別な日だけではあるが。それでもとても懐かしい。けれど、そんな手作り弁当を作った人間と家族を殺したp‐typeを創った人間は、同一人物なのだ。
青い空を見上げる。
「はぁぁ。破壊神って言われてるけど、良い奴なのか悪い奴なのか分かんねぇな」