第一章 非日常開始 3 side 出雲響
3 side 出雲響
世界が真っ白になった。
走馬灯が今の自分に追いついた所で気を失った。
死んだのかもしれない。
ってか普通死ぬ。
それにしても冷たいなぁ……おでこだけ。
冷たい?
冷たい!?
そこで意識を取り戻す。
「……んっ」
薄っすらと目を開ける。そこには真っ青な空が広がっていた。
「これが空か……」
実物は初めてだ。
あぁ、確かに綺麗だ。
「あっ、目覚めた?」
不意に視界が人の顔で遮られる。
「!!」
咄嗟に体を起こす。どこからも出血はしていない。どうやら大した怪我はしていないらしい。
「きゃっ」
急に体を起こしてしまった為、視界に入ってきた少女と顔同士がぶつかりそうなほど近付く。
少女は驚いて一歩後退る。
その小さな手には、濡れたハンカチを握り締められている。そう言えば額が冷たい。どうやらそのハンカチを俺の額に乗せてくれていた様だ。
「……俺は……」
「君、私の目の前に落ちてきたのよ。上で居眠りでもしてたの?」
「えっ?」
少女が視線を向けた先は、屋上への出入り口上部。給水タンクが置かれているスペースだ。
高さはここから二メートル位。
成る程、あそこから落ちたと思っているのか。タイムトラベルした瞬間は見られなかった様だ。なら話を合わせて穏便にやり過ごすのが得策だろう。流石に介抱して貰ったのに、礼の一つもしないで逃げるわけにもいくまい。
「いい天気だったから、つい居眠りしてた」
敵対心を抱かれない笑顔を少女に向ける。少女は大きなまあるい瞳をこちらに向けている。
歳は……小学生位か?
小学生にしては少し大人っぽいな。少女の顔立ちから判断する。ただ、幼いながらもかなり整った顔をしている。こんなに綺麗な顔の少女を、俺は今まで見た事が無い。肩に届く茶色の髪。そして茶色い瞳。睫毛がとても長い。唇はぷっくりとしていて、ピンク色だ。
そんな風に観察していると、少女は俺がもう大丈夫だと思ったらしい。徐に鞄からスケッチブックを取り出して絵を描き始めた。
「ここの景色か?」
「そうよ」
こちらを見ずに答える。俺も少女が見ている方向を向く。
「ここ、良いなぁ」
大きく息を吸い込む。
空気が澄んでいるというのは、こういう事を言うのか。
青い空をとても近くに感じる事が出来る。
人類が五百年前に失ってしまったモノ。
時間の流れに逆らってまで取り戻したいモノが、ここには惜しげも無く広がっている。
少女が少し驚いた顔で俺の方を見ている。
「どうした?」
「ここの良さに気付いてくれた人、初めてよ」
少女がにっこりと微笑む。
何がそんなに嬉しかったのかは分からない。けれど太陽の光をいっぱいに受けた少女の笑顔は、あまりにも眩しくて、可愛いらしい。
相手は子供じゃないか。
思わず俯いてしまう。それを見て少女が駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「あっ……ああ、大丈夫だ。もう起きられるし」
「手伝うわよ」
少女が手を差し出す。
俺は人に触れられる事も触れる事も、あまり好きではない。でも、少女の手を握るのには何の抵抗も無かった。
こんな子供相手に認めたくないが、心臓の動きが速くなる。
それにしても、この娘綺麗な目をしてるなぁ……と、つい少女の顔をまじまじと見て、知りたい事を質問してしまう。
「君、名前なんていうの?」
「名乗るならそっちから」
間髪入れず、少女に言われる。確かにその通りだ。破壊神、麻生聖を殺しに来てはいるが、別にスパイでは無いし、名前を名乗ったって何の問題も無い筈だ。
「出雲響」
「でるくもひびく?」
漢字でどう書くかという事だろうか。頭の回転が速い娘だ。
「そうだ」
もう立ち上がっているのに、少女の手を放す事が出来ない。
こんなに光の似合う娘が居るんだ。
あと三年で世界が崩壊するとも知らず、無邪気に微笑んでいる。
この娘もp‐type侵略で犠牲になった世界の人口の九〇%に入っているのだろうか?
この娘がp‐typeに侵略される姿なんて考えたくない。
もう一度任務を思い出し、任務を成功させようと強く心に誓う。
俺にとって自発的にそう考えるのは珍しい。
そんな俺の考えは、エスパーでもない限り少女には分かる筈も無い。少女はピンク色の唇を動かして早口気味にこう言った。
「私、麻生聖っていうの。ヨロシクね、響君」
―――少女……否、麻生聖の手を握っていた右手が震えた。