↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時空交差点~フタリノキョリ~  作者: かんな らね
PR
20/21

最終章 新章 1 side 麻生聖~2 side 出雲響

最終章 新章



 1、side 麻生聖


 目を開けたら研究所の前に居た。

 まだ夜だ。

「夢……?」

 そんな筈が無い。


 手に着いた血がその証拠。

 響の血……。

 口に含む。

 鉄の味がする。

 響の味。

 胃の中の物がこみ上げてくる。

 必死に堪えてもう一口舐める。

 これが響の味だから。

 出雲響が存在したという証拠だから。


「うっ……」

 その場でしゃがみ込む。

 

 もう会えない。

 もう抱き締められない。

 響……。


 頭の上にぽんと手を乗せられる。

「えっ?」

 それは亜香梨ちゃんと野村君だった。

「聖、どうしたの? 血まみれだよ」

 亜香梨ちゃんが優しくハンカチを渡してくれる。涙が溢れる。

「響が……」

「うん。私達響君に頼まれてここに居たんだよ」

「うん……」

 亜香梨ちゃんの胸に抱きつく。

「響が……もう会えないの。一緒にあっちに残りたかったけど無理矢理戻されたの。響が居ない世界なんて……」

「聖殿」

 私の言葉を遮って野村君が口を開いた。

「何?」

「某が美術部員だという事は存じているか?」

「存じてるけど……」

「ならばついて来るが良い」



 連れて行かれたのは夜の学校だった。

「……野村君?」

「こっちでござる」

 素早く美術室へ移動する。ただでさえ血まみれなのに夜の学校になんか忍び込んだらこれ以上無い位に不審者だ。なるべくだったら入りたくなかったけど、一人で家に帰る勇気も無かったからついて来てしまう。


――ガチャ


 野村君が不思議な手法で美術室の扉を開ける。中は薄暗い。

「さあ、ここでござる」

 部屋の奥へ導かれる。大きな布がかけられたキャンバスがイーゼルの上に乗っている。

「何? これ?」

「見れば分かるでござる」

「それもそうね……」

 布をそっと外す。

「!」


 それは油絵だった。


 青空の下、茶色い髪の女の子が後ろを向いて立っている。素晴らしい出来栄えだ。この空……。この空そのものとしか表現できない、圧倒的な空。こんな絵が描ける人間は一人しか知らない。


「響……」


 油絵までやるとは……。あの未来人もなかなかやるな。絵の中の女の子の頭に大きな手が載っている。男の人の手だ。男の人の身体を描くにはこのキャンバスは小さすぎたのか、身体の一部……主に腕だけしか描かれていない。でもこの手……間違える筈が無い。


 響の手だ。


 そしてこの後姿の女の子……どう見ても私だ。


 響はこんな所に答えを用意してくれていたんだ。私は響が好きだと伝えた。響は私を殺しに来たから自分の気持ちなんて言えなかった。

 だから描いた。全ての気持ちをこのキャンバスにぶつけた。

 愛しさも

 憎しみも

 苦しさも

 欲望も

 綺麗な気持ちも

 汚い気持ちも

 響の全てをこの絵が受け止めている。

 

 私には絵の才能が有るわけじゃないけど、

 愛しさも

 憎しみも

 苦しさも

 欲望も

 綺麗な気持ちも

 汚い気持ちも……


 全部、怖いくらいに伝わってくる。


「…………」

 言葉が出ない。未来で好きな絵を好きなだけ描けたら良いね。

「響はずっと聖殿の事を思っていたでござるよ。この絵もアルバイトの間をぬって仕上げたものだ」

「聖……」

 亜香梨ちゃんが手を握ってくれる。

「響君とは確かに会えなくなったのかもしれない。でも、気持ちが消えたわけじゃないんだよ? だから響君が居ない世界にあまり悲観しないで。そんな聖を響君だって見たくないと思うよ」

「……うん」


 ねえ響。

 私ね、強くなる。


 家に着いた。そして、これまで決して勝手には入らなかった響の部屋を覗く。そこには沢山の絵が乱雑に置かれていた。どれも素晴らしい出来栄え。私の絵が多かった。


 笑った顔

 怒った顔

 泣いた顔

 困った顔

 なんでもない顔

 色んな私。

 響の目に映った私。


 一つ一つじっくり見て整理する。ベッドにそっと腰掛けて、布団に顔をうずめる。

「響の匂い……」

 泣きそうになるのをぐっと堪える。そこに二匹の猫が部屋に入って来る。ベッドに半分顔を埋めながら様子を見る。二匹は響を探してる。いつも響が座っていた椅子にちょこんと乗って小さな声で鳴く。


 ごめんね。

 響はもう此処には帰ってこないんだよ。


 強くなるって決めたから、これしきの事で泣いてられない。唇をぐっと噛み締めた。


 2 side 出雲響


 聖が去った瞬間に時代は再々構築された。

 殆どの人間が再々構築前の記憶を失っていた。しかし、俺や『科学部時空移動課』の一部の人間は、あまりにも時代の再々構築の現場に近かったせいか、以前の記憶を失う事は無かった。ただ、記憶が有っても時代自体が変わってしまった為あまり役には立たない。


 人類は地上で暮らしている。

 俺はJIPANGという国で美術学生として平和に生きている事になっている。

 人口も何百倍にも増えているから、知らない人間も多い。二〇一四年にp‐typeに殺される筈だった全世界の九〇%が死ななかったんだから当然といえば当然だ。

 俺がこの時代に生きている事すら一種の奇跡じゃないかと思える。

 しかし、実際のところ、地下都市JIPANGで生活していた人間の大体が、この時代にちゃんと存在しているようだ。

 詳しい事は分からないが、どんな未来でも産まれやすい人間というのは居るらしい。


 そして何だかよく分からないが、俺は若手画家の有望株として注目を集めている事になっているらしい。とにかく、好きなだけ画材を使って好きなだけ絵が描ける事が嬉しい。


 ただ、一番描きたいものは此処には無い。

 

 愛しい人。

 此処には何でもある。

 空もある

 風もある

 平和もある

 発展した文明がある

 何でもある

 ただ、君が居ないだけで


 それだけで

 世界は色を失う。


 俺はモノクロの絵以外描けなくなっていた。先生達は一時のスランプだと言っていたが、俺には分かる。これはスランプなんかじゃない。色鉛筆でも、水彩でも、油彩でも、パステルでも……どんな画材を使っても色が出せない。

 そう、俺は本当に色を失ってしまったんだ。

 青空を見ても描きたいと思わなくなった。どんなに綺麗なものを見せられても感動しなくなってしまった。


 それ以外は怖いくらいに恵まれている。

 p‐typeは当たり前の様に居ない。生物の凄くマニアックな専門書に、二十一世紀の科学者が開発した新しいタイプの人類として紹介されている程度だ。勿論実用化された記録は無いし、予定もない。

 それに俺の家族が生きている。父さんに母さんに姉さん。姉さんは九つ年上で今二十五歳。今度結婚する事になっている。流石に父さんの顔を見た時には、一瞬東雲かと思って殴りそうになった。


 学校もそれなりに楽しい。アイツが居ない物足りない毎日は穏やかに過ぎていった。

「出雲君」

「あっ、弓月さん」

「こら、弓月先生でしょ?」

「すみません、つい……」

「まぁ、慣れないのはお互い様よね」

 JIPAMG科学部時空移動課の同僚だった弓月さんが、今では美術学校の先生だ。元々二十一世紀の服飾文化を担当していたし、センスも良かったので、この職業も合っているようだ。

「……そうそう、声をかけたのはお説教する為では無いのよ」

「どう言う事ですか?」

「最近、授業にも身が入っていないようだし、どうせ見ていないんじゃない?」

「お説教の続きですか?」

「あら、ごめんなさいね。すっかり先生が身についてきちゃってるわ」

 弓月さん……もとい弓月先生はにっこり微笑むと、掲示板を指差した。

「え?」

 A4用紙一枚、しかも白黒の目立たないチラシ。だけど、俺はそこから目が離せない。


『学生時空移動者募集。

 応募条件、四次元耐性レベルSS以上。

 時代 西暦二〇一一年

 その他詳しい情報は応募者にのみ提供する。

 時空省時空移動者課

 ℡○○‐××××』


「良かったわね」

 呆然とする俺の肩を弓月先生は軽く叩き、去っていった。入れ替わりで友人たちが俺に声をかけてきた。

「響ー、何見てるんだよ? 時空移動者? 美術学生に何期待してるんだろうな? しかも四次元耐性レベルSS以上って普通まずいないって」

「なぁ」

「あははは」

 友達が広告を馬鹿にしていたが、そんな言葉は耳に入らない。

「聖……」

「ん? 響なんか言ったか?」

「おい、エアバイク貸してくれ!」

 友人に掴みかかる。

「えっ? 別に良いけど、お前午後の授業どうするんだ?」

「出ねー! ってか今日で退学だ」

「はぁ?」

 友達らの声がハモる。

「俺、時空移動者になる」

「何言ってるんだ? いきなりなれるわけねーだろ?」

 友達そう言われると、俺は自信満々に微笑み返す。

「大丈夫。訓練は受けてるから」

 言うのと同時にエアバイクの鍵を受け取り、二十一世紀に向かって、麻生聖に向かって走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。