第一章 非日常開始 2 side 出雲響
もう完成している作品なので、5,000文字以下でちょうど良いところで区切って更新していきます。
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また、時間など変わったら前書きなどでお知らせします。
2 side 出雲響
俺は今、死にそうだ。
具体的に言うと、地上一五メートルからまっ逆さまに地面に向けてダイビング中だ。勿論命綱も無いし、パラシュートも装備していない。
何でこんな事になっているのだろう?
今日の出来事が走馬灯のように蘇ってくる。
Pi―――
電子音で起こされた。
普段の寝起きはあまり良くない。でも、自分で言うのもなんだけど仕事に対しては真面目なので、きちんと起きる。これは俺の数少ない長所の一つだと自負している。
カプセル状ベッドの蓋が開き、俺が起き上がると自動で蓋を閉じて、カプセルごと床へと収納される。
「クローゼット」
声に応じてローゼットが壁から現れる。
人口百万人の巨大地下都市。
それが西暦二五一〇年現在、人類に残された住処である。
地下都市は世界中に幾つかあって、俺が所属しているJIPANGはかつて日本と呼ばれた小さな島国があった所に作られているらしい。しかし、五百年も昔に地上の支配者と言う地位を退かされ、国境と言う考え方自体、二十六世紀では無意味なものだ。
勿論、昔だって地上を人類が支配してきたとは断言できない。けれど、そのつもりでいた人類は少なくなかったと授業で習った。
しかし、今の人類は地上に出ることすらままならない。
別に環境破壊が進んで地上全体が砂漠化した訳でも、核戦争が起こって放射能汚染された訳でも無く、勿論宇宙人がやってきて地球を侵略してしまった訳でも無い。
地上は破壊されたのでは無く、二十一世紀初頭レベルのまま自然環境が維持されている。寧ろ良くなったと言う研究結果すらある。
では、人類は何に地上から追い出されたのか?
……先程の仮説の中では、ある意味宇宙人説が一番近いかもしれない。
人類は新生物に地上の支配権を奪われたのだ。
他ならぬ人類が創った新生物によって……。
plant type demihuman――通称p‐type。
人間と植物の融合体である。
発明したのは二十一世紀初頭に若い科学者。p‐typeは体内に葉緑体を持ち、光合成で栄養を取る。元々人間の体をベースにしているので、緑色の髪の毛と赤い瞳以外、外見は人と何ら変わりない。
だからと言って、ただ食料が違うだけで、人類が地上から追い出された訳ではない。遺伝子操作の結果、p‐typeは生殖機能が退化してしまい、自然繁殖が出来ない。p‐typeは人間を培地にして繁殖するのだ。具体的にはp‐typeの種子を生身の人間に埋め込むことで繁殖する。しかし、それ以上詳しい事は分かっていない。人類よりも優位に立っているp‐typeを実験体にする事が極めて困難な為である。
人類が地上を追いやられるまでのプロセスは、いともあっさりしたものだった。
p‐typeは、培地にした人間の外見に基づいて生成される。つまり、きちんと変装さえすれば、培地の人間に成り切る事が可能だ。ある種、クローンと言えるかもしれない。
p‐typeの知能は人間並みにあるらしく、少しずつその数を増やしていった。家族や恋人などに正体がバレると、その人もp‐typeの培地にしていったのだ。
最初は一般人から。
やがて重要人物にも触手を広げ、最初のp‐type発生から一年後。
二〇一四年一二月二四日。
クリスマスムードの中で、人類史上最悪の放送がされた。
世界中のテレビやネットが突然同じ画面に切り替わると、そこに緑色の髪で赤い瞳をしたサンタクロースが現れた。
テレビを見ていた殆どの者が、最初大掛かりな余興だと思ったと歴史の資料集には記されている。男はその時代に世界を仕切っていた国の代表者の顔をしていたのだ。余興だと言う予想は半分正解だった。ただし、その余興が人間にとって愉快なものではなかった。
男は、一度咳払いをし、不適に微笑むとこう言った。
「メリークリスマス。自分達が食物連鎖の頂点だと思っている愚かな生き物達。今、この瞬間から、君達は地上の王ではなくなった。自分達の非力さを痛感するがいい」
次の瞬間、地球上のあちこちに潜んでいたp‐type達が、一斉に正体を現し周囲に居た人間達を培地にし始めた。
サンタクロースによる宣戦布告と同時に、軍事機関や政治機関の殆どがp‐typeに制圧されしまい、人類はひたすら逃げる事しか出来なかった。そして人類の何分の一かは、極秘で作られていた対核戦争用の地下シェルターに逃げ込んだ。
その後、シェルターは地下都市へと発展していき、人類の数も僅かばかり増えた。しかし、数ではp‐typeの方が圧倒的に多い。何時でも人類を滅ぼす事は可能な程の差がある。
けれど、p‐typeは人類を培地にしないと繁殖できない。
p‐typeの方が平均寿命は長いらしいが、それでも人類の完全滅亡はp‐typeの滅亡と等しい。だから人類は生かされている。毎年僅かな人間を新たな培地にして人口の調節を図っているのだ。
二十六世紀の人類はp‐typeに生かされている家畜でしか無いのだ。
俺は、ユニフォームに着替え、胸にプレートを付ける。
ユニフォームは、体にフィットするように出来ていて無駄な装飾は無い。服というよりはカッコいい全身タイツといった方がイメージは近いかもしれない。服の色で其々の所属や地位が分かるようになっている。大まかに分けると、青は子供と老人など、非就業者。黄色は就業者。赤は管理者や特殊な仕事に就いている者。さらに細かい情報はエンブレムなどで分類される。
俺の場合、本来は学生を表す青を着る年齢だ。しかし職業の関係上、赤いユニフォームを身に着けている。赤は何かと注目されるので、少し面倒臭い。
プレートにはH Izumoと書かれている。間違い無く俺の名前だ。出雲響、十五歳。多分先祖は日本人。ちゃんと調べればはっきり分かるのだろうが、あんまり興味も無い。
大体、JIPANGでは混血自体珍しくは無い。金髪碧眼のヤマダタロウも赤髪緑眼のスズキハナコも普通に居る。昔、日本があった場所だからそこに住む人類も日本名を元にした名前が多い。それだけだ。
まだ寝起きで、いまいちはっきりしない頭を振りながら、クローゼットに付いている全身鏡に視線を向ける。一七二センチメートルの俺の体が丸々映る。
「今日もタレ目か……」
朝起きて顔が変わっていても困るだろうと言う突っ込みはさておき、両目の端を人差し指で上の方へ引っ張ってみる。少し顔がきりっとする。どうせならこの方が幾分かマシだ。
「……何をやっているんだか」
少し恥かしくなって、徐に鏡から体を離す。
視線を移した先にはモニターが備え付けられており、先週のp‐typeの被害が映っている。
「十五人か……」
丁度、先週JIPANG内で産まれた赤ん坊と同じ人数だ。
産まれた分だけ減らすという事か……。
しかし、どうしてこうもJIPANG内の情報がp‐typeに漏れてしまうのだろうか? 家畜に成り下がったとはいえ、情報の漏洩は人類の存亡に関わる。p‐typeと言えどもそう簡単には手に入れることが出来ない筈なのに。
「考えても仕方ないか……」
俺は寝癖を軽く直して部屋を出た。