第三章 違和感 5 side 出雲響~7 side 出雲響
5 side 出雲響
「出雲君」
教室を出て行った聖を見ていたら声をかけられた。確か聖が亜香梨ちゃんと呼んでいた女子生徒だ。
「はい?」
「ウチのクラス委員長探してきて」
「はぁ?」
余りに唐突な申し出に思わず間抜けな声を上げてしまう。
「あの娘が号令かけないと授業が始められないでしょ? 美味しそうな転入生君、あんまりモタモタしてると食べちゃうわよ?」
いやらしく自分の唇を舐めて脅す亜香梨さん。この人なら本当に食いかねない。本能で身の危険を感じ取る。
「通称男食いの下平亜香梨。気をつけた方が良いよ」
親切に原田君が小声で教えてくれる。
……やっぱりな。
「原田君、変な情報吹き込むとお仕置きしちゃうわよ? それとも天然系の美香子の方が好みだったらそっちでも良いのよ」
すると、向こうの席でおっとりした感じの女の子が笑顔で手を振って見せる。
こりゃ適いそうも無いな。
「どうして俺なんだ?」
「アンタが始めてよ」
「え?」
「聖のペース崩したの。アンタと話してる時の聖の顔が何時もより可愛かった。あの娘私の好みなのよねぇ。可愛い娘には可愛い笑顔で居て欲しいわ。何時もみたいに作られた笑顔じゃなくてね」
「え~と、もしかして女の子の方が好きとか、そういう感じの……」
「やぁね、違うわよ。恋する気持ちに性別の垣根なんて無いわ」
「…………」
「冗談だから固まらないで。友達だから心配なのよ。でも、アンタが行くのが一番効き目がありそうだから頼んでるの」
さっきとは打って変わって真剣な表情。聖もなかなかいい友達を持っている。俺はやれやれと肩を竦める。
「分かった。探してくるよ」
弁当を片付けて教室を出た。
6 side 麻生聖
教室を出た途端に涙が溢れた。走って屋上へ向かう。何時もみたいに声をかけられても笑顔で返す余裕は無い。早く一人になりたい。恥かしい。誰にも会いたくない。
今日は曇り空だ。
「はぁはぁ……」
屋上へ続く階段を一気に駆け上がったから息が切れてる。体力の無さには自信ある。息を整えているうちにまた涙が溢れてきた。
初めて天才だと言われたのは二歳の時。
新聞を呼んで真似して文字を書いている姿を見られて言われた。色んな検査をした。
掻い摘んで言うと頭の回転が人よりかなり速いらしい。確かに勉強で苦労した事は無い。体育以外なら何をやってもソツ無くこなしてきた。何でも出来ると思われて何でも出来る振りをしてきた。
「バレてたんだ……」
何で世界が動いた?
……響。響が現れたからだ。アイツが現れなきゃ、取り乱したりしなかった。アイツが現れなきゃ、仮面を被ったままで居られた。素なんて出さなかった。
「聖!」
屋上の扉を開けて響が入ってきた。
居場所はばれていると思ったけど、まさかこんなに早く来るとは思わなかった。亜香梨ちゃん辺りに何か言われたのかな?
「来ないで!」
ホントはこんな事を言いたいんじゃない。
「……分かった。亜香梨さん達心配してたよ」
そのまま去ろうとする響。薄情な男だ。
「まっ、待ってよ!」
「ん?」
「あの……やっぱり傍にいて」
「我儘だな」
軽く笑って私の隣に座る。響の匂いがする。
何か言ってくれるのかと思ったけど、本当に傍に居るだけ。気まずくなってしまい自分から話し始める事にする。
「私、自分が思ってたより子供だったみたい」
「嫌なのか?」
「ううん」
軽く首を横に振る。
「戸惑ってるだけ」
「そっか。素直なままで居れば良いだろ。俺もその方が楽しいし、それに聖が子供だからって受け入れないなんて言う友達は居ないぞ」
涙が溢れる。
「転入してきたばっかのくせに」
憎まれ口しか叩けない。
「それでも分かるさ」
響が大人に見える。
「私……」
「ん?」
「私、響が好き」
気付いたら口に出していた。
7 side 出雲響
世界が凍りついた。初めて会った時から可愛いと思ってた。この前は勢い余ってキスまでしてしまった。告白されて嬉しくないわけが無い。でも……。
「ゴメン」
俺は麻生聖を殺す為に此処に居るのだ。ここでYESとは言えない。言える筈が無い。
「もしかして彼女とか居るの?」
「いや、今はいないよ」
嘘でも居るって言えば早いんだろうけど、つい正直に応えてしまう。
「昨日の事は……?」
ここだ。
問題はここなんだ。
熱に魘されて考えるより先に身体が動いてしまった。キスはバレてないと思うが抱き締めあったのは間違いなく事実だ。
「つい……」
本当、俺って口下手だ。
「響は何とも思ってない相手でもああゆう事が出来るの?」
「そうだって言ったら俺の事、軽蔑するか?」
んなわけねーだろ!
何とも思ってない女相手にあんな恥かしい事出来るかっつーの。
でもこれ以上、距離を縮めるわけにはいかない。
「それで軽蔑出来るなら好きなんて言わない」
強い眼差しで言われる。
やばい本気で惚れそうだ。
「もし嫌だったら俺、今日にでも出て行くけど」
「いいよ、出て行かなくて。ご飯作ってもらえるし」
「……また蹴られると思った」
「えっ?」
聖が驚いて俺の方を見る。これは本心だ。まず蹴り飛ばされると思った。
「蹴って良いよ」
「蹴って済む問題じゃないから」
微笑んだ聖の目にはもう涙は無い。
その瞬間、とてつもなく勿体無い事をしたと確信した。




