七日目の赤
オーソドックスな怖いお話。
オチがまるわかり、かも。
「遅れる~っ!」
思わず叫んだ声が、早朝の曇り空に消えた。
いくら地区大会が近いとはいえ、あたしはまだ、一年生なのよ!
練習時間のほとんどがランニングと玉拾いで終わるのよ!
なのに員集合の朝練って、無駄じゃない!
大体、あたしは加奈に付き合ってテニスを始めたわけで、本気じゃないのよ!
駅に向かって全速力で走りながら、心の中で不平を並べた。
このまま走り続ければ、なんとかギリギリ電車に乗れる。
……と、思ったのだが……。
「あっ、赤信号~!」
急いでるのに~!
車の往来が多い、大通りだ。
焦る思いが、その場で足踏みに変わる。
『早く! 早く青になってよ!』
と、念を込めるように向こう側の信号機を睨み付けるが、中々変わらない。
不思議なもので、焦れば焦るほど、時間が長く感じる。
『早く! 早く!』
急かしながら腕時計と信号機に目を往復させていたが、ふと、隣に誰かがいるような気がして、注意が向いた。
立っていたのは、真っ白いワンピースを着た女性だった。
曇り空の、どことなく鈍よりとした景色の中に、そのワンピースはことさら白く映えている。
『真っ白……。きれいだなぁ』
なるべく失礼に思われないように、裾から上に視線を滑らせていく。
盗み見ていた目は、首から、女性の顔に映った。
ナチュラルメイクなのかもしれないが、どことなく顔色が悪く見える。
ゆるふわカールから覗く瞳は、ただひたすら車道の向こうを見つめていた。
と、このとき、ようやく信号が青に変わった。
『おっと。遅刻する~!』
すぐに意識がそれたものの、横断歩道をダッシュしながらチラッと女性を振り返った。
白いワンピースは渡る気配もなく、ひたすらまっすぐ前を見たまま立っていた。
『待ち合わせかな?』
いや、それより、電車に乗り遅れちゃうよ!
結局、昨日は一本乗り遅れてしまった。
それでも、ギリギリで練習に間に合ったからよかったものの、あんな思いはもう嫌だ。
今朝は頑張った。
余裕で家を出て、やはり曇り空の通学路を駅に向かう。
昨日、あれほど焦って青信号を待っていた大通りで、今朝は余裕の表情のまま、腕時計を見下ろした。
『うん。今日は大丈夫』
そうなると、信号機よりも周囲を見渡す余裕も出てくる。
目の前を通りすぎる車の流れと……。
『……あ』
いつの間にか、隣に女性が立っていた。
『昨日の……』
女性は、やはりまっすぐ、車道の向こうを見つめている。
『……? あれ?』
横目でワンピースを盗み見るが、昨日と違い、どことなくくすんで見えた。
そこで、もう少し顔を向けて覗き見る。
『ああ……アイボリーか』
同じデザインで、色が違うワンピースを着ているんだ。
珍しいな。
と、ここで青信号に変わった。
横断歩道の途中で、ふと気になって振り返ると、女性はまた、渡ることなくその場に立っていた。
今日も、昨日と同じ時間に出たから余裕だ。
夕べの歌番組で聞いた歌を口ずさみながら、信号待ちをする。
口元だけの歌詞が鼻唄に変わった頃、また女性が隣に来た。
チラッと横目を走らせると、今日のワンピースはレモン色だ。
『同じデザインで違う色の服……?』
なんだろう?
気になってきた。
そこで、思いきって声をかけてみた。
「おはようございます」
と、自分なりの爽やかな笑顔を向けたところ、女性は初めてこっちを見た。
優しいお姉さんという感じの柔らかい微笑みで会釈をしてくれた。
「きれいなレモン色のワンピースですね」
女性は、誉められたことが嬉しかったらしく、ますます優しい微笑みでコクリと頷いた。
と、ここで青信号。
横断歩道に踏み入れたところで振り返り、動かない女性に、
「失礼します」
と会釈をして、渡った。
「寝過ごした~!」
いや、まだ大丈夫だ!
走れば間に合う!
目の前の、車道側の信号機は黄色!
歩道脇の女性のワンピースと同じ色だ。
ちょうど青に変わったから、スピードアップする。
横断歩道を駆け抜ける直前に、声をかけた。
「おはようございます! しつれいします!」
女性が、控えめに手を振ってくれた。
今日のワンピースは、鮮やかなオレンジ色だわ。
「おはようございます」
なんとなく親近感が沸いてきた。
お姉さんは、やはりニコリと笑って会釈してくれた。
「あの……ごめんなさい。このところ毎朝だけど、誰かと待ち合わせなんですか?」
走る車のエンジン音で声は聞こえなかったが、お姉さんの口元が、
『ええ』
と、形作っていた。
「朝早くだと大変ですよね。あたしもしばらくは朝練でこの時間なんです」
『まあ……』
お姉さんが、ちょっと驚いたように口が動いた。
と、ここで青信号。
「じゃ、行ってきます」
女性が、こんどははっきりと手を振ってくれた。
赤……じゃないわね。
オレンジが少しくすんだような色だ。
『あ……。……これ、朱色ね。うん、なんとなく渋くて素敵』
今朝の青空に映えている。
「おはようございます」
いつものように声をかけると、女性も親しげに会釈をしてくれる。
「今日も待ち合わせですか?」
にっこりと笑って、頷いた。
「その人、いつも遅刻してくるみたいですね」
お姉さんの首が、横に振られた。
「私が早いのよ」
初めて聞こえた声はゆっくりとしていて、どことなく気だるげに耳に入った。
「すごいなぁ。あたしなんか二回も遅刻ぎりぎりだったことがあったんです」
「まあ。それはいけないわ」
「そうですよね。頑張って起きなきゃ」
と、自分に気合いを込めたところで青信号。
「行ってきます!」
「また明日ね」
お姉さんが、親しげに手を振ってくれた。
きっと、今日は赤だ。
同じデザインで違う色というのが気になるが、自分なりに予想して大通りに向かう。
女性は、やはり歩道脇にひっそりと立っていた。
『ビンゴ! 赤いワンピースだ』
昨日の渋い色もいいが、やはり鮮やかな赤は暖かい雰囲気を感じる。
「おはようございます」
だが、今日のお姉さんからの返事はなかった。
まっすぐ車道の向こうを睨み付けている。
「お姉さん? おはようございます」
厳しい視線が、ゆっくりとこちらに動いた。
いつもの優しい微笑みはなく、まるで機械のようにぎこちなく首が横に向く。
目があったとき、女性の口が不気味に歪んだ。
「きれいな赤いワンピースでしょう?」
低くて、恐ろしい声に思わず後ずさったとき、お姉さんの腕に小突かれた。
「イヤ~ッ!」
よろめいた次の瞬間、車に撥ね飛ばされた。
白いワンピースを着たあたしは、歩道脇に立っている。
信号待ちをしている誰一人、あたしに気づかない。
いつまでここにいなければならないんだろう。
あ、……あの子……
こっちを向いた。
白いワンピースを見ている。
この子にしよう……。