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第七話

実家に戻る日の朝、仕事が終わって一様に疲れた顔をしたホストの皆が私を送り出してくれた。半ば押し掛けの居候で迷惑ばかりかけたというのに、皆は代わる代わる私の頭を撫でて「遠慮せずに顔見せろよ」と笑った。

スバル君は有名ブランドのネックレス、ハヤテ君はこれまたブランドのイヤリング、ヨシ君は高級そうなストール、ケイシ君は彼女さんと一緒に作ったクッキー、マヒロ君はドレスコードに合いそうなシャンパンゴールドのパンプス(しかも大きさはピッタリ。足のサイズなんか教えたことないのに…)、そしてユウさんは華奢なデザインだけど明らかに高価なピンキーリングをくれた。

「私、皆に返せるものがないからもらえないよ」

そう辞退しても、快気祝いだとか好きな女に貢いで何が悪いだとか言われ、結局私が折れた。仕方ないので、昨日腕によりをかけて作った料理がユウさんの執務室にある冷蔵庫に入っているから、それでお返しにさせてもらった。それだけは自腹切って食材を買ってきて作ったんだし。皆からもらったものに比べたら大したものではないけれど許してもらおう。

電車に揺られながら思い出していると、降車駅に到着した。休日を挟んで入院してたから、実際に学校を休んだのは昨日だけ。けれとも実際にはもう何日も経ってしまったような気がする。

ゆっくりと通学路を歩き、その景色を眺める。入学してから今まで学校のことやそれに関わることは他人事でしかなく、自分のことなのに誰か別の人の人生を歩いているような錯覚すらあった。

それが一変したのは、やっぱり週末の出来事がきっかけだ。

結果としてはただの掠り傷で大したことではなかったけれど、撃たれた瞬間、私はここで死ぬのだと思った。その時私は由亜の身を案じるとともに、自分の人生を憐れんでいた。

こんな人生を歩んでいるのは間違いなく私が様々な選択肢を選び、排除してきたからだ。自分が決めたことなのだから後悔はしないって誓ったのに、私は後悔した。そしてそんな自分が堪らなく嫌だった、


私は思った。


もしも生きていられたなら


全てのことから逃げるんじゃなくて向き合おう、と。




その時から、私の目に映る世界は変わった。相変わらず薄暗いけれど、ポツリポツリと光が灯るようになった。今見えてる景色だって前はくすんでいたのに、今は色鮮やかに輝いている。

それが何故か嬉しくて幸せで、胸がきゅっと狭くなる。

感慨深く思いながら校門を通ると、私は昇降口へ向かった。朝礼の間際だからか着崩した制服の波が慌てるように昇降口へと流れていく。その流れに身を任せて歩いていくと、


「結子ちゃん!!」


昇降口の手前で誰かが私の名前を呼んだ。私はその声に向かって歩いていく。昇降口のすぐ近く、校舎と校舎の間まで歩くと、小柄で可愛らしいお人形のような姿が見えた。


「小春」


そう呼び掛けると、目の前に現れた小春の肩がピクリと揺れた。

「結子ちゃん…」

小春の目は今にも決壊しそうに涙を湛えている。私を下から睨み付け、唇を噛み締めて小春は泣き出しそうな顔をしていた。

「こは、」

小春、どうしたの?

そう言おうとした私の言葉を、パシン!という音に遮られる。



頬が、熱い。



思わず頬に手を当てた私に、

「バカ!!」

小春は涙を溢しながら叫ぶ。確かにここは人目につかないけれど、こんな大きな声を出したら誰か来てしまうんじゃないか。冷静な自分が囁くが、頬を叩かれた衝撃に呑まれてしまう。

「結子が悪いのよ!!どうしてあんなバカなことしたの!!」

呆気に取られて口をポカンと開けた私を小春は尚も詰る。

「死んだら、死んじゃったらどうするつもりだったの。なんで、なんでいつも一人で全てを解決しようとするの。なんで、私を頼ってくれないのっ!」

悲鳴のような叫びが私に突き刺さる。



壮ちゃんにも同じこと言われた…


なんで自分を頼ってくれないのかと。


それが淋しさを感じさせると。




「結子にとって私は何?私にとって結子は大切な友達だけど、結子にとっては違うの?」

「小春…」

「私は、今まで友達なんかいなかった。父親がヤクザの組長じゃ、誰も近寄って来ない。それでも構わなかった。ユウさんたちやパパの部下が可愛がってくれたし、淋しくなかったもの。

でも、結子は違う。普通の女の子として私に接してくれた。私と、友達になってくれた」

そう言われて私は小春と初めて話した日を思い出していた。

体育のペアを組む時、少し不安そうに話しかけてきた小春の手を、私は笑顔で握り返した。驚いたように目を見開いた小春に、

『私と友達になってくれるよね?』

そう問いかけたのは私。いつも一人でいて孤高という言葉が似合うのに、時折見せる淋しげな顔が印象的で。気づいたら、友達になりたいと思っていた。小春もそれを望んでくれたら嬉しいとも感じていた。だから、私にとっては必然だった。

泣きそうな顔で笑ってくれた彼女の顔を忘れたことはない。

たとえ私たちの関係が利害によるものだとしても、一緒に笑えるならそれで良かった。

私はきっと、小春が困っていたら躊躇うことなく救いの手を差しのべるだろう。それは私にとって小春が大切な友達だから。少しでも傷ついてほしくないって、幸せでいてほしいって思うから。



…そっか。




もしかしたら小春も同じことを考えていたのかもしれない。



私を守りたい、って。



傷ついてほしくない、って。



「私はヤクザの組長の娘。日向の生活なんて期待してない。

けど、そんな私でも、友達を守りたい。結子を守りたい」

私は何も答えずに小春に手を伸ばし、そして彼女の頭を引き寄せた。胸の辺りにポスンと小春の頭が触れる。しばらくして、小春の腕が私の背に回り、制服をぎゅっと掴んだのが分かった。

「小春、ごめん。私、小春の気持ちを何も考えてなかった」

ただの利害関係だけだと思っていた。小春が私の傍にいるのは利益があるからだと。もちろん、それはそうなんだろう。人間関係なんてそんなものだ。けれともそれが全てではなかった。

友達だっていう、大切な繋がりを私は忘れていた。自分で言い出したことなのに、そんなはずはないと否定していた。

「私ね、いつも二番目なの」

ぽつりと零れた言葉。

「小さい時から、ずっと。家の中では妹が、学校では別の子が一番で、何をしても私は一番になれなかった」

できる子、の部類には入るけれど決して一番にはなれない。それが私。

「勉強も運動も外見も、すごく努力した。辛くて何度も泣くくらいね。でもダメだった。何でも二番目の私は、とどのつまりは好きな人の二番目でしかなかった。その時に諦めたの。私は誰かの特別にはなれないって。ただのスペアに過ぎないんだって」

壮ちゃんは私に優しかった。でもそれは由亜の次。由亜は親友だった。でも由亜の一番は壮ちゃんだった。

その時に気づいた。

私には愛される価値が無いんだと。

「小春も私のことは気まぐれで、必要が無くなればどうせ離れていくんだろうって思ってた。だからせめて傍にいる間は利用価値のある人間でいたかった。迷惑かけちゃいけないって、甘えちゃいけないって言い聞かせながら小春と接してきた」

「結子は私の大切な友達だよ」

「…ありがとう。本当にごめん。心配かけて」

私の胸から顔を離して見上げた小春の額に、自分の額を押し当てる。

「私も小春が大切だよ」

口にしてみると、じんわりとその意味が心に染み込んでいく。

小春のことはただの友達だった。無意識に、特別だと思わないように、自分の心の中に入れないようにしていた。特別ができてしまったら、自分も相手に特別だと思われたくなってしまうから。もしも相手にとって自分がその他大勢に区分されていると知ってしまったら、私の心は砕けてしまう。だから、相手にどう思われていてもいい、私もどうでもいいと思っているからと言い訳していた。

…多分、壮ちゃんのことも。

私を好きになってくれるわけないでしょ、と最初から諦めてた。だから相手のことも考えずに逃げることができた。そして、ちゃんと向き合ってこなかったから壮ちゃんの告白を、私は本物なんだと受け入れることができない。

「私、本当に馬鹿だよね」

今までを振り返り苦笑すると、いつものように小春が私の首に抱きついてきた。その小さな体を掬い上げてお姫様だっこをすると、小春が嬉しそうな声で笑う。

「そうよ!結子は自分に自信が無さすぎ!」

「ごめんごめん」

「もぅ、本当に分かってる?結子はもっと我が儘になっていいし、欲しいものは欲しいって言えばいいの」

私の頬に自分の頬を擦り寄せて、小春は甘えたような声で囁く。

「私は十分我が儘だけどね」

我慢できずに色んなものから逃げ出した私が、これ以上どう我が儘を言えば良いんだろうか。

確かに私は大切なものを手放した。でもそれは私の行動に対するペナルティであって、望んではいけないことだ。夢や周りからの信頼、期待、由亜や壮ちゃんといる時間も、壮ちゃんの心も。全部捨てたんだから、欲しいなんて言えない。

だから、もう良いんだ。

小春が私に示してくれた友情や、ユウさんたちがくれた私の居場所があればそれでいい。誰かの特別になれるんだと教えてくれた小春の言葉があればいい。


本当はずっとずっと心が痛い。


吊り橋効果かもしれないけど、壮ちゃんがくれた私への恋情。


親友だったはずの由亜。


ユウさんの愛情に応えられない自分の気持ち。


きっと傷つけてしまった家族。


痛くて苦しくて、心がぐちゃぐちゃになる。堪らなくこの場所から消えたくなる。本当は、失ったもの全てが欲しくて仕方ない。



本当に自分勝手だよね。



自分の浅ましさに目眩がする。

腕の中の小春を強く抱き寄せ、私は目を閉じる。

川の流れに逆らって泳ぐ私はどこに辿り着くのだろうか。きっとそんなに良い場所ではないんだろうな。

そう考えながら、小春の鼓動と体温を感じて私は大きく息を吐いた。

どこで拗れるとこうなるのか。勘違いもほどほどにと言いたいです。


読んでくださりありがとうございました。

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