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第五話

急展開です。

人の噂は恐ろしいもので、どこから仕入れたのか私がホストクラブで寝泊まりしているのがバレたらしい。正確にはホストクラブのあるビルの最上階だけど、そんなことは重要じゃない。周りの人、特に女の人にとっては自分の入れ込んでいるホストたちが『姫』と呼ぶ女の子が何者なのかってことと、彼らとどういう関係なのかということが重要なのだ。

別に未成年云々と言ったりはしないけど、気に食わない人だっているだろう。今、目の前に立っているお姉さんもその一人。

「ねぇ、ユウさんにどうやって取り入ったの?何したって落ちなかったあの人が一人の女に執着するなんて有り得ない」

見るからに夜の世界の住人で化粧は厚く、服もホステスさんがお店で着ているものと同じだ。綺麗は綺麗だけど、この人も私と一緒で化粧を取ったら別人になりそうだなぁ…。

「あなたの体ってそんなに良いの?見たところ貧相なんだけど。それとも男を虜にする閨術があるのかしら?」

貧相って…今、私の胸を見て言ったよね。確かに私の胸はささやかだ。けれどもBはある。単にお姉さんが大きいんだと思う。丸く盛り上がった胸が存在を主張するように揺れた。

「そんなまさか。よほどお姉さんのが巧いと思いますよ。ホストの皆さんが私に構うのは、私が若宮小春の恋人だから。ほらあのホストクラブって小春のお父さんがオーナーだし」

若宮、と聞いてお姉さんの肩がピクリとする。

「私、男の子も好きだけど女の子も好きだから。…皆が構いたがる理由、分かりました?」

「………分かったわ。お嬢の女の子好きは知っていたけど、本当にそうだったのね。突然押しかけてごめんなさいね」

「良いですよ。あんなイケメンたちの中にこんな女がいたら、私でも疑問に思います。では今後ともホストクラブ『夜蝶の宴』をご贔屓に」

頭を下げれば、お姉さんは小さく笑って私の頭を撫でると夜の街へ消えていった。

「…ふぅ。やっぱり潮時かなぁ…」

こんな風に詰め寄られたのは今ので5回目。思った以上に噂が広まるのが早い。1週間くらいが限界だと思っていたけれど、予想以上だ。そろそろ部屋を片付けて実家に帰った方が良いかもしれないなと思う。

コートにマフラー、ニットワンピに編み上げブーツといったシンプルな格好でホストクラブに戻る道を急いだ。少し離れたゲーセンに行っただけなのに、こんな面倒なことになるんなら外に出るんじゃなかった。反省しつつも歩いていると、遠くで女の子の悲鳴が聞こえた。…夜の街だし、そんな品行方正の人ばかりじゃない。当然犯罪まがいのことや、本当の犯罪も起きる。ただそれを正しく理解していない女の子たちが迷い込んで酷い目に遭うこともある。自業自得だけど、死にたいくらいの目に遭うほどでもないはずだ。

私は声のした方に歩いていく。繁華街の脇道なんかは薄暗いから女の子を連れ込むのに最適だ。適当に当たりをつけて歩いていくと、下卑た男たちの笑い声と必死に逃げようとする女の子の声が近くなってきた。そして


「…由亜?」


私の目に飛び込んできたのは、2人の男たちに押さえつけられた由亜の姿だった。



なんで



なんでこんなとこにいるの?




頭がうまく働かない。けれど、私がしなければいけないことは一つだけ。とにかく由亜を助けることだ。

大きく息を吸って私は叫んだ。



「きゃぁぁ!火事!!誰か来て!!」



男たちも由亜もハッと顔を上げ、そして私を見た。私の背後の大通りもざわざわし始め、人が集まってくるのが分かる。

「くそっ、邪魔が入った」

状況をやっと察した男の一人が苦々しげに呟き、地面に唾を吐く。彼らが由亜を囲っているこの路地は入り組んでいる上に袋小路になっている。昔、女郎を逃がさないために作った道が今もこの街には残っているのだ。

私は少しずつ少しずつ彼らに向かって歩いていき、距離を詰めていく。

「とうする?この先は袋小路だから逃げられねぇ」

声がまだ若い。薄暗いから見えにくいがもしかしたら年齢は私と変わらないかもしれない。

それより、袋小路のことを知ってるってことはこの街に住み着いている輩だ。女を袋小路に追い込めば逃げられないのを分かっていてわざわざここを選んでいるのだから、前にも同じようなことをして楽しんだ経験があるのだろう。

「女を囲って犯すつもりが、自分が捕まって逃げられなくなってたらざまぁないね」

相手との距離が3メートルくらいになった頃を見計らって、私は嘲るように笑ってみせた。

「なんだとコラ、テメェ喧嘩売ってんのか!!」

案の定、犬が吠えるように恫喝をしてくる。不良少年たち、それも下っぱがよく使う手だ。女は脅せばなんとかなると思っている。でもそれは綺麗な世界で生きてきた子たちの話。私みたいに夜の街に1年近くいて、もっと恐ろしい場面に出くわしている子たちは屈しない。毎日命懸けで生きているんだもの、当たり前。

そりゃ全く怖くないって言ったら嘘だ。ただの恫喝だけで済まずにナイフが出てきたら、とか思うと体が竦む。でも逃げたら、由亜を見捨てることになる。それはできない。


だって、やっぱり友達だから。


壮ちゃんの泣き顔、もう見たくないから。


「ねぇ、その子は私の連れなの。人の物にちょっかいかけないでくれる?」

声は低く、震えないようにはっきりと。目線は下げない。由亜を押さえつけている男を睨み付けたまま。


大丈夫、うまくやれる。


「ぁあ?勘違いしてねぇか?俺たちを誘ってきたのはこの女の方だぜ」

「違う!」

「うるせぇな!一回一回喚くなよ!」

由亜の頬を男が叩く。薄明かりにも由亜の白い肌がじわじわ赤くなっていく。

「人の話、聞いてなかったの?頭が悪いわね。その子は私の物なの。気安く触らないでくれる?」

「お前もうるせぇな!」

「なら早く返せ。往生際が悪い男だな」

少しずつ語調を強めて言葉も乱暴なものにしていく。ここは弱肉強食の世界、引いたら負けだ。

「そんなに返してほしけりゃ返してやるよ!」

ぐぅっと歯を噛み締めた男は突然由亜をこちらに押した。勢いで由亜が地面に投げ出される。

「あぁ、これは土産な」

私が由亜に気を取られたのを見計らったように男がポケットから何かを取り出した。その正体を理解した瞬間、私は全身から血が引くのを感じた。

「最近手に入れたばかりでまだ試したことないんだ。活きのいい獲物がいるし、試し撃ちにはちょうどいい。

あぁ、誰も気づかないから助けに来るなんて期待しない方がいい。サイレンサーつければ銃声はしないって知ってるだろ?」

ニヤニヤと笑う男の手の中で、銃口にサイレンサーが取り付けられていく。小型で殺傷能力は低いという拳銃だった気がするが、この至近距離だと命の保障ができなくなる。

男が銃口を由亜に向ける。怯えた表情をみせた彼女の心の揺れを楽しむようにゆっくりと引き金が引かれていく。



「由亜!!」



そこからは全てがスローモーションに見えた。



驚いた由亜の顔と自分の服が赤い染みで汚されていくのが、ゆっくりゆっくりコマ送りのように目の前を流れていく。



脇腹が、熱い。



意識がゆっくりと薄れていく。



ちゃんと由亜を守れたのだろうか。



震える由亜を抱き締める腕の感覚が鈍い。



「お嬢様!!誰か!怪我人です!!」



あぁ…誰か来てくれた。

もう大丈夫だよね?




「結子っ!!!」




ブラックアウトする瞬間、遠くで懐かしい誰かの声が聞こえた気がした。









遠い日の夢を見ていた。

その日は、友達と喧嘩をした。些細なきっかけだったのに、気づけば絶交するとかいう話にまで発展して、私は今さら後には退けなくなってそのまま学校を飛び出していた。業後だったから誰に咎められることもなく、いやそれだからこそ私は宛もなく走り続けた。

しばらくして息が上がり、私は足を止めた。空は既に赤くなり、カラスが鳴いている。そろそろ家に帰らなきゃいけない。

「でも帰りたくない…」

こんな気持ちのまま家族に笑顔を向けるなんて無理だ。絶対に泣くか怒る。

とぼとぼと道を歩いていると、小さな公園に私は辿り着いた。そこは小さい頃によく遊んだ場所で、お転婆な私は泥だらけになって母に叱られていた。

私は公園に足を踏み入れる。公園は静かで、置き去りにされた遊具たちが淋しそうに夕日に照らされている。

なんとなく私はブランコに近づき、乗った。中学2年になり身長の伸びた今の私にはブランコは小さすぎた。けれども私はブランコを漕ぎ続ける。小さな頃は大きく漕ぐ度に空に近づけるような気がして幸せだったのに、今は空に押し潰されてしまいそうだ。


「ねぇ、何してるの」


足を地面に下ろし目をぎゅっと瞑った瞬間、男の子の声がして私は目を開けた。


綺麗な人だな。


それが第一印象だった。


まだ少年、という表現が似合う幼さの残った顔は整っていて、切れ長の大きな目がガラス玉みたいにキラキラ輝いている。

思わず見惚れていた私に男の子は近づいてきて、そして私を見下ろした。背が高いなと思ったのは一瞬。次の瞬間に私は目を丸くすることになった。



「これ、貸すから涙拭いたら」



差し出されたハンカチと男の子の顔を交互に見た私の手に、彼はハンカチを握らせると淡く微笑んだ。




懐かしい夢をたゆたいながら、私は思い返してみる。あの時感じた、大きな鼓動。微かに触れた指の熱。全てが輝いて見えた世界。




あぁ…私、出会った時から壮ちゃんが好きだったんだ。




もう会えないかもしれない。





もう声を聞くことができないかもしれない。





でも、もしも。




壮ちゃんに会えるのなら。




もう一度だけ、あの笑顔を見せてほしい。






遠くで誰かが呼んでる。

誰かが泣いてる。

泣かないで。


そろそろ、眠りから覚めなきゃ。



有り得ない、と思った方。多分正しいです。ですが、今回の副題は『有り得ないけどこんなことあったら良いのにな、を書こう』ですので、温かく読んでくださると幸いです。




因みに補足。

ユウさんが店長をするホストクラブは『夜蝶の宴』と言います。人気店なのでそれなりに儲かってます。


由亜が何で一人でいたのか。左足は義足ですが、小さい頃からなので扱いには慣れています。その上お転婆なので、壮介君とのデート(と装って結子に会いに行った)で馴染みの喫茶店に入り、店員さんに頼み込んで裏口から逃げました。由亜はお嬢様なのでボディーガードもいますが、それも一緒にまきました。結果、結子のいるホストクラブに辿り着く前にチンピラに絡まれ…ということです。はっきり言ってトラブルメーカーの面倒なお嬢様の愚行により起こった事件でした。




結子が撃たれてすぐに二人を見つけたのは、由亜のボディーガードと壮介君。由亜が逃げてから30分も経たないうちに見つけ出したはずなのに、惨事になっていてびっくりです。



この後由亜はボディーガードと壮介君、念のため連れていかれた病院で兄姉、両親にこってりと絞られ、しばらく謹慎になりました。

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