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第三話

あくまでフィクションです。こんな感じだったら…みたいなご都合主義ですのでご了承ください。

次に誰かを好きになれるのなら、あの人とは似ていない人が良い。一つでも似ていたらきっと、他に似ている所を探してしまうから。叶わなかった恋の結末から目を背けたくせに、きっと私は懲りもせずに恋の行方を追いかけてしまいそうになる。

だから、似ていない人が良い。







「なぁ、水野」

私の名を呼ぶのは担任である脇田竜己(わきたりゅうき)

「ん〜?なぁに?」

硬い学校の椅子に腰掛けてスマホを弄っていた私は視線だけ脇田先生に向ける。まだ26歳だという先生は爽やかスポーツ青年みたいな健康的な容姿をしている。体操のお兄さん、ってこんな感じじゃないかな。

改めて脇田先生を観察していると、先生は私の席の隣の席の椅子に腰掛けた。今は業後、皆はとうの昔に帰っている。

「水野さぁ」

「結子って呼んでよ、センセ」

「…結子」

軽い口調で催促すれば、暫くの逡巡の後、渋々といった体で先生は名前で呼んでくれた。

「うん、なぁに?」

私はスマホを机に伏せて置き、机に左肘をついて顎を乗せた。目をゆっくりと細めながら見上げると、先生はその頬に朱を走らせた。純情で真面目な先生だから、こういうのに弱いことはクラス皆が知っていてよくからかわれている。確かにそんな初な反応されたら、からかいたくなるかも…とぼんやり思った。

先生は赤くなったのが恥ずかしかったのか、唇をへの字にして私を睨んだ。

「からかうなよ」

「だってセンセ、面白いんだもの。可愛すぎ」

「…ったく。

そういえば話は変わるけど、お前、何で就職クラス希望なわけ?進学できるだろ」

ため息を吐きながら脇田先生はぐいっと顔を近づけてくる。パッチリ二重で睫毛長いなぁ。あ、右目の下に泣きぼくろ。こんなに近くで見たことなかったけど、やっぱり脇田先生は可愛い系の顔なんだよね。

「私、勉強嫌いだし。それに妹が医学部行くって頑張ってるから、私を進学させるだけのお金がないの。以上」

先生の顔を観察しながらお決まりの説明をする。まぁ、本当に親は私を進学させる気は無いからあながち嘘ではないし。無理矢理押しきってB高を受験した段階で、進学の道は私には無い。私もそれは覚悟していたことだ。

私の返答が不満だったのか、先生は眉を下げる。

「………あのなぁ、真面目に」

考えてるよ。

先生の言葉を引き取って答えてしまいそうになった自分を心の中で叱咤し、別の言葉を探す。私が選んだ道はあくまで気まぐれで決めたもの。それ以外に意味は無い。…と、全ての人に信じ込ませなければならない。じゃなければ、今までのことが全て水の泡だ。

「センセは私に進学してほしいの?」

「そりゃあ、就職じゃ勿体ないしな」

お前なら、難関大だって行けるんだから。

その言葉はこの高校に入学してから嫌というほど聞いている。もう聞き飽きた。何を言われても私は変わらない。

「ならセンセ、私と付き合ってよ。そしたら考えてもいい」

苛立ち紛れに呟いた言葉に先生は目を丸くした。

「は?」

「センセは小春と私が付き合ってないこと知ってるじゃない。ほら、前に私たちの会話聞いてたでしょ」

動揺を隠せていない先生の顔を小気味良く思いながら見つめる。

つい最近、小春と私の会話を偶々聞いてしまったこの先生がどう対処して良いか悶々と悩んでいることを私は知っている。さらりと流してしまえば良いのに、真面目に向き合おうとする所は脇田先生の良い所だ。

「う…、まぁ。でもそれとこれは別だろ」

「何で?私も小春もノーマルなのにレズのふりしてるの。だからバレちゃ困るけど、お互いに恋愛対象は男の人なんだから。センセは私の好みだし、良いでしょ」

「なに言ってるんだ」

「私って隣に置いておくには問題ない容姿だし、誰にも内緒でセンセと付き合えるよ。それにバージンだから性病の心配要らないし!ほら、お買い得」

畳み掛けるように話せば、先生は心底呆れたという顔をした。

「あのなぁ…俺は教師でお前は生徒。お前が良くても俺が無理。仕事が無くなる」

「え〜ケチ〜、センセが職失っても私が養ってあげるから良いのに。体売ったら稼げるし」

操を捧げたい相手はいない。だったら有効利用しなきゃ。

そう笑ったら額にデコピンをされた。

「いたっ!」

「自業自得だ。自分の体を大事にしなさい。そんなに安売りするな。それにお前にはいつか良いヤツが現れるよ」

額を押さえる私に、先生は優しい目をして諭してくれる。そんな風に誰かに言ってもらえたことがあまりに久しぶりで、思わず泣きそうになる。胸がじんわりと熱くて仕方ない。

「…大人で私に構うのも注意してくれるのもセンセだけだよ。私、願い事を叶えるためにそれ以外のもの全部捨てちゃったから」

「願い事?」

ほろりと零れた本音。先生は不思議そうに首をかしげた。私はゆるゆると頭を振り、小さく笑う。先生にはつい余分なことまで話してしまう。そろそろ引き上げないと隠している事実まで暴露してしまいそうだ。

「………ううん。馬鹿なお願いだから聞かないで。そのせいで夢も友達も親からの期待も、恋も無くしちゃっただけ。私が全部悪いの。…だから慰めてよ、センセ。私のことを愛して」

愛してほしい。そして全てを忘れさせてほしい。

私の言葉に真摯な響きがあったからか、先生が怖いほど真面目な顔をする。

「結子……」

「…なんてね!驚いた?センセからかうの楽しいよねぇ!…で、とにかく私は進学する気無いから。話はそれだけだよね?私、帰るから」

これ以上触れられたくなくて、わざと軽く流した私を先生はじっと見ている。

「…もしもお前が本当に辛い時は俺に言えよ。俺はお前の味方だから」

その言葉と、その目に、全てが融けてしまいそうで。私は先生の顔を見ずに立ち上がると鞄を手に持った。

「ありがと、じゃあね」

「おう。気をつけてな。寄り道すんなよ」

「子供じゃないっつうの。じゃあまた明日。バイバ〜イ」

教室を出る時に一度振り返った時先生は既に窓の外を眺めていて、その横顔は夕焼けのせいで陰影を作っていた。

やっぱり男の人なんだな、とぼんやりと思いつつ私は教室を後にする。次に好きになるなら先生みたいに熱い人も良いかもしれないと、一人微笑みながら。







夜の街はキラキラしていて眩い。朝には草臥れた姿になるのに夜は幻想的でとても同じものとは思えないくらいだ。

中学までは欲と金と嘘で溢れた夜の街が苦手で恐怖さえ感じていたのに、今では虚構の中でその場限りの逢瀬と快楽に身を投じることに何も抵抗はない。それに昔は淋しくなると星空を見上げては星座を探していたけど、今は淋しくたって夜空は見ない。きらびやかな光の中ではどうせ星なんて見えないし、淋しいなんて感じないほど騒いでしまえばいい。本当は人肌が恋しいけど、小春の女ってことになってる私に手を出す馬鹿はいないから諦めてる。

ふらふら歩いて私はいつも顔を出すホストクラブに行った。ここは小春のお父さんの息がかかった店で、小春もたまに来ている。ホストの皆は私たちがただの友達だと知ってるから気が楽な場所だ。

私たちは遊びに来るだけで客として来てるわけじゃないから完璧部外者で邪魔者だ。でも客の中には綺麗な女の子も好きっていう人もいるから、フランス人形みたいな小春と宝塚の女役みたいな私が一緒にいると喜ばれて普段より大枚を叩いてくれたりする。だから少しは役に立ってるつもり。

店は開店したばかりだから客は少ないと思うけど、邪魔にならないように表からじゃなくて従業員用の入り口から入っていく。

「おはようございまぁす」

夜なのに朝の挨拶をすると、入ってすぐの所に立っていたヨシ君がニコッとしてくれた。触り心地良さそうなサラサラの茶髪に切れ長の目。クーデレだから普段笑ったりしないから、こうやって笑顔を作ってくれるのはレアだ。今日は良いことあったのかな?ヨシ君、美人さんだから笑うともっと素敵だ。

でも、私は内心ヨシ君が怖い。ヨシ君は壮ちゃんに似てる。気を抜いたらまた馬鹿な私は不毛な恋をしてしまいそうだもの。ホストに恋をしたって叶いっこない。するだけ無駄だ。

「おはよう。今日はお嬢と一緒じゃないんだな」

ヨシ君は微笑んでいた目を少し眇めて、おや?という顔をした。

お嬢…あぁ、小春か。夜の街では皆、小春をお嬢と呼ぶ。いつも私と小春がセットだから珍しいと思ったんだろう。

「うん。今日は小春、パパとデートの日だから」

「あぁ、それでお嬢が珍しく張り切ってたのはそれか。相変わらずのファザコンっぷりだな」

「お陰で私はフラレちゃったの。ヨシ君、慰めて」

わざとらしく上目遣いで見ると、ヨシ君は呆れたように目を瞬かせて、頭を撫でてくれる。

こうして甘やかしてくれるヨシ君は、壮ちゃんとは違う。壮ちゃんは由亜だけが全てで、私を見ることはなかったもの。ツキンと痛んだ胸にさりげなく手を添えようとしたら、その手を後ろから捕まれてしまう。

「ユコはそうやって男をたぶらかして悪い子だな」

ユコ、は私の愛称。ゆいこ、からいを抜いてユコ。頭上から落ちてきた低い声に、私の手を掴む指を見る。ゴツい指輪が何本も付けられた特徴的な指に、私は彼が誰だか理解する。

「ハヤテ君」

正解、と言って後ろから軽く腰を抱き寄せられ、私はハヤテ君の腕の中に収まった。

「ユコ、俺が慰めてやるよ」

さすがはホスト、女を落とす方法は弁えているから、耳元で甘く囁いてから唇を首筋に触れさせてくる。これ、結構腰にクるんだよね。最初やられた時は本当に腰が抜けちゃったし。彼にとっては戯れでも私からしたら深刻な話だ。

「そうやって所構わず落とそうとするハヤテ君、嫌い」

ふん、と鼻を鳴らすと店の奥から笑い声が聞こえてきた。

「ハヤテの負けだな。今日はユコの勝ち」

「ユコはあのお嬢の友達だもんな、そう簡単には落ちないって」

「ねぇ、ハヤテやヨシは放っておいて俺と遊ぼうよ」

最初のはケイシ君、次がスバル君、最後がマヒロ君。ケイシ君は短髪黒髪の侍みたいな人で皆のお兄さん的存在。スバル君はこの店のナンバーワンホストで金髪で青色のカラコンを入れている。本物の王子様みたい。マヒロ君は私より二つ上でここでは最年少。子犬みたいな可愛い顔に騙されて食べられる女の子が多いんだとか。がっつり肉食系なんだよね。

「悪いけどそんな気分じゃないんだよね。今日はユウさんに用があったんだけど」

「店長?…あぁ、さっき外で電話してたから、後のがいいんじゃないか」

コテっと首を傾けた私に、ケイシ君が真面目な顔をして教えてくれる。

「じゃあそれまで店の隅で座ってていい?皆の邪魔しないから」

時間的にそろそろ店には客が入り始めている。今は上客がいないので若手の子たちが対応しているが、すぐに彼らも対応に行かなければならない。何せここはホストクラブの中でも上物揃いで、彼らの言葉や笑顔一つで大金が動く場所だ。つまり、彼らが動かなければ店が回らないし、彼らの売り上げも変わってしまう。キラキラしてるけど、ここが弱肉強食の勝負の世界だって私は理解してる。

「今日は小春がいないもの、私が出る価値はないでしょ?従業員室の近くの席は暗くて目立ちにくいから、そこで大人しくしてる」

そう言い募ればスバル君が仕方ないなぁと微笑む。

「俺らの可愛いユコの頼みなら仕方ないな。好きなの飲んでて良いから、大人しくしてろよ」

「本当?!ありがとう!」

ハヤテ君の腕をすり抜けてスバル君に抱きつく。

「うわ、スバルだけズリぃ。ユコは皆のもんだろ」

「そうだよ。俺たちの姫を独り占めすんな」

ハヤテ君とマヒロ君の抗議を無視して、スバル君は私を自分の体から話すと営業スマイルじゃない自然な笑顔で私に微笑みかける。

「俺らの大切な姫に何かあったら困るから。隅で見てて、俺らの仕事。ユウさんにはユコが待ってるって伝えとく」

「うん!皆、頑張ってね!」

ニッコリとすると、スバル君が私の手を取り指先にキスをした。

「仰せのままに、姫。じゃあ、俺らも出るか。ユコ、後は自分でやってくれよ。ケイシ、俺はユウさんに伝言してから行く」

「あぁ」

皆の顔が仕事の顔になる。

さぁ、華やかな宴の始まりだ。

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