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第十六話

自分の部屋のベッドに服を並べ、私は小一時間唸っていた。

できるだけスッピンに近く、とハヤテ君に指示されたので、不承不承ながら薄化粧を施した顔は残念なまでに幼さが前面に出ている。これで夜の街を歩いたら間違いなく補導される自信しかない。

そんな幼い顔に合う服となると手持ちにはそんなに無い。シンプルなワンピースにしろ、とは言われたけど…スタイルを強調するものばかりで、この顔では違和感しかないだろう。

「う〜ん…」

この1年で増やした衣類では何度とっかえひっかえ着てみても似合わないことは理解できている。

悩みに悩んだ末、私はクローゼットの奥にしまいこんであった中学生の時の服を引っ張り出した。高校に上がるまでの私は地味で目立たないタイプだったから、服もかなり地味だ。

引きずり出した服を並べた私は、ふと一着のワンピースに目を止めた。

「これ…まだあったんだ」

温かみのあるクリーム色のワンピースは襟ぐりにラインストーンが並んでおり、厚みのある布地はシルクのような光沢。そっと手で辿ればその滑らかで柔らかな肌触りに高価なものであることが伝わってくる。

中学3年の春、ピアノの発表会のために父が買ってくれたそれは、当時の私が本当に欲しいと思ったものの1つだ。ハイウェストで飾り気は無いのに気品を感じるそれに私は一目惚れをし、物心がついてから初めて父に「どうしても欲しい」とねだったのだ。

父は私の珍しい言動に驚いてはいたが「僕から結子にプレゼントしよう」と笑って買ってくれた。あの時、勇気を出して自分の気持ちを言えたことで欲しかったものをもらえたのが嬉しかった。

「懐かしいな…」

ワンピースを着てみると、当時は膝下だったスカート丈が膝ちょうどの長さになっていたけれど、十分着れそうだ。

姿見の前に立てば、あの頃よりもほんの少しだけ大人びた私が映る。首を小さく傾げるとハーフアップにした髪は緩やかなウェーブを象り、サラサラと肩を滑った。

「本当に、欲しいのはヨシ君だけだよ」

唇が弧を描いていく。

大丈夫、と呟いた鏡の中の私は、やっぱり泣きそうな微笑みを浮かべていた。






夜蝶の宴に到着した時、店はまだ開店していない時間帯で、いつもの賑わいからはほど遠い閑散とした雰囲気が漂っていた。

「おはようございます…」

ハヤテ君に借りた合鍵を使ってそろりと店内に入ると、中は薄暗くて人の気配がしない。

「時間、間違えた…?」

ハヤテ君は確かにこの時間に来い、と言っていたのに。

心細さに唇を噛み締めると、私は指定されたとおりの場所へ向かった。そこは私が以前ユウさんに間借りしていた部屋で、未だに合鍵を拝借してたりする。

階段を登り、部屋まで辿り着くと私はドアを開けた。途端、私は息を飲んだ。


「あ、」


空気が漏れたような私の声がさまよう。



なんで?



奥の部屋の大きな窓にもたれかかるように座る人影は、私にとって見覚えのあるもので。


「ヨシ君!?」


私は靴を脱ぎ捨てると、ヨシ君に駆け寄った。慌ただしい物音にもヨシ君は目を開くことはない。

「ヨシ君?」

彼の口元に手を添えれば微かな吐息が触れて、ヨシ君が眠っていることが分かる。生きていることが確認できると、私は思わず安堵のため息を吐いた。

ヨシ君はチノパンにワイシャツ、ジャケットという割とラフな格好をしていて、完全にオフなのが伝わってきた。ざっと見たところケガもないようだし、意識を失っているわけではないらしい。


でも、どうしてこんな所で眠っているの?


ヨシ君の髪をそっと撫でながら、私はぼんやりと考える。まさかここで居眠りはないだろうから、ハヤテ君が一枚噛んでいるのは想像に難くないけれど…何故ここなのかな?

「ヨシ君…」

彼が眠っているのをいいことに私は端正な顔を覗き込んだ。こうして見ていると、ヨシ君は本当に綺麗な顔立ちだと思う。安らかな寝息を立てる王子様は物語の中から抜け出してきたみたいだ。

尤も、物語の中では深い眠りに落ちて迎えを待つのはお姫様なんだけど。

苦笑しつつも、私の手はヨシ君の頬に添えられる。切ないまでの愛しさが溢れ出して、ただただ胸が締め付けられた。

「ヨシ君、あのね。私はあなたが好きなんだよ。誰よりも大好きなの」

眠ったままの王子様に私は話しかける。物語の王子様も、こんな風に抑えきれない感情をもて余しながらお姫様に囁いていたのだろうか。瞼すら動かない、微笑み一つ返してくれない、人形のように眠りを享受する最愛の女性を、どんな気持ちで見つめていたのだろうか。

一瞬過ったのは絶望に似た淋しさ。

込み上げた何かを抑え、私は子守唄を歌うように囁き続ける。

「フラれても会えなくても、どうしようもなく好き。壮ちゃんの時はそんな風に思えなかった。傷つくのが怖くて、だから逃げた。でもね、今はヨシ君がくれるものなら一生残る傷でも欲しくて仕方ない。あなたがくれるもの全てが愛しい。…それって、愛してるってことでしょう?」

その問いに、返事はない。

それでも私は告げずにはいられなかった。

恋に恋をしてるんだと笑い飛ばすには重すぎるくらい、想いは大きくなってしまった。最早自分の中にだけ留めておくことができないほどに。

私は滑らかな頬に手を滑らせ、形のよい唇を人差し指でなぞる。彼が起きていれば許されることのない行為だが、今の彼を記憶にきちんと刻みつけておきたかった。もう二度と会えないとしたら、こんな風に触れることはできない。

「私はヨシ君を愛してる。あなたが私を受け入れられなくても、私の心はあなただけ見つめてる。二度と恋ができないくたって、あなたを愛し続けられるならそれだけで幸せなの」

相変わらず起きる気配のないヨシ君の唇に自分の唇を重ねる。


どうかヨシ君の未来が幸せに満ちたものでありますように。


祈りを込めて、唇を離した私はもう一度彼の頬を撫でた。

「…賭けは、私の負けね。私じゃ眠り姫の魔法を解いて目覚めさせることはできないんだもの」

キスをしてもヨシ君の目は開かない。私の口からは長い長いため息が零れ落ちた。

最初、ヨシ君を見た時は彼が本当に眠っていると思っていた。でも触れた頬が私のキスに合わせて熱くなり、床に落ちていた彼の指が地面を引っ掻くように小さく動いたのを見てしまった私は、あぁ眠ったフリをしていたんだと気づいた。

ハヤテ君がそう仕向けたとは思えない。服装や化粧までリクエストしておいて、それをヨシ君に見せられなかったら意味はないのだから。つまり、これはヨシ君の意思によるもの。

「あなたは残酷な人ね」

私の気持ちを最初から受け止める気などサラサラなかったのだろう。聞かなかったフリをすれば、私を傷つけずに済むと思ったのか。無かったことにすれば、私が諦めると思ったのか。

ぽたりと涙が落ちる。

「お前の心なんか要らないって、そう言えば良いのに。それすらもらえない私は、どうしたらいいの?自分に嘘を吐きながらヨシ君じゃない他の誰かに抱かれたらいい?人形のように愛でられたらいい?あなたへの想いを抱えたまま、私はどうやって生きていったらいいの。ねぇ、教えてよ…」

頬を伝う涙が熱い。

「本当は…さよなら、なんて言いたくない。私から離れないで。私の傍にいてよ。どんなに遠くにいてもあなたの心が寄り添ってくれたら、私は幸せなの。お願い、私を見て。私を愛して」

泣きながら半ば自棄になって想いを告げる私は滑稽だ。先の見えない闇に向かって語りかけているような錯覚に、胸が押し潰されていく。それでも言葉は止められない。もう二度と想いを伝えられないなら、思いの丈を吐き出してしまいたかった。

ハヤテ君が化粧をしてくるなって言ったのは、私が泣くことを見越していたからかもしれない。ボロボロと滑り落ちていく涙を乱暴にハンカチで拭うと、私はその場に立った。そして部屋をぐるりと見渡す。

「ハヤテ君、いるんでしょ。もう用は済んだから出てきて」

賭けである以上、ハヤテ君はどこかでこの告白を見ているはずだ。案の定、寝室からハヤテ君がゆっくりと出てきた。

「相変わらず勘が良いな。…で、終わったか?」

「うん。見ての通り、私の負け。私には眠り姫の目を覚ます資格がないみたい」

「眠り姫…まぁ、確かに。じゃあ俺の勝ちだな。ユコ、約束どおり今から明日の朝までお前の時間をくれ」

私の返答の意味を察したのか、呆れたようにハヤテ君はヨシ君を見ながら言う。ヨシ君の狸寝入りが私にバレてることとか、そもそも眠ったフリをして告白を受けるとか残念過ぎてかける言葉もないのかもしれない。

私はハヤテ君の提示に迷わず首肯する。ヨシ君にフラれた今、もう色んなことがどうでも良くなっていた。

「…ユコって、処女だっけ?」

「うん。機会が無かったし」

正確には小春やユウさんに邪魔をされて、なのだが。こんな風に賭けの対象を自分の身体にしたなんて言ったら二人は怒るだろうか。ふとそんな考えが過ったが、私はそれを無視して微笑んだ。

ハヤテ君は何かを思案しているようだったが、やがてニッといたずらっ子みたいな笑顔を見せる。

「なら、俺がユコの初めてなわけだ。ユコの心が俺に無くたって、一生に一度をもらえるなら役得だ」

「私の身体にそこまでの価値があるとは思えないけど。別に良いよ。ハヤテ君がそれで良いなら」

相手がヨシ君じゃないなら、別に誰だっていい。見た目も良くて手慣れてるハヤテ君が相手なら寧ろ堯幸だ。

「ヨシ、悪いけど…お前の大切な女の初めては俺がもらうから。そうやって我慢して、大切なものを失くせばいいさ。ま、俺がお前なら、自分の愛してる女を他のヤツに抱かれたら怒りで目の前が真っ赤になるけど。優等生なお前はそうはならないんだろ?」

ハヤテ君はヨシ君に近づくと挑発的な物言いをした。そして、ヨシ君の胸ぐらを掴み上げる。

ぐいっと顎が持ち上がり、ヨシ君は顔を歪めながら目を開けた。

「俺はな、ヨシが融通の利かない堅物だって知ってるし、真面目なところは嫌いじゃない。でもな、意固地になって自分の気持ちから逃げるお前は嫌いだ。自分の都合に好きな女を付き合わせて傷つけるお前も嫌いだ」

「……気持ちを受け止めても、俺はユコの傍にいられない。いつかその距離に泣くのはユコだろ」

苦々しく言葉を吐き捨てた唇はきつく引き結ばれている。ハヤテ君を見上げるヨシ君の目が泣き出しそうで、その切なさに痛みが胸に走る。

「それを決めるのはユコだ。お前じゃない。…ユコは、全て受け止めた上でヨシが良いって言ったんだろうが…っ!」

「っ!…ハヤテには話したはずだ。俺は、結子が好きだから…愛してるから、結子の未来を狭めたくないって言っただろ!俺はこの地に戻ってこない…しかも、俺が生きてく土地はここと違って田舎だ。そんな所に好きな女は連れていけない…ハヤテにも分かるだろ!!」


ヨシ君…?


「お前が結子を大切にしてるように、俺も結子が大切だ。でも俺じゃ幸せにできないから。俺が実家に戻らなきゃならないのは変えられないから。だから、(はやて)に結子を託したんだ」


あぁ…言葉にならない。


ヨシ君の想いが痛い。


そんなに私を大切に想ってくれていたなんて知らなかった。

こんなにも愛されてるなんて、私は分かってなかった。

「俺はユコが好きだから、ユコの幸せを願ってる。…喜之(よしゆき)、お前の隣だけなんだ、ユコが幸せそうに笑っていられるのは」

ヨシ君って喜之って言うんだ。

ぼんやりと考え、私はただ呆然とヨシ君を見つめていた。


愛しさが、溢れ出していく。


私はヨシ君に駆け寄ると、そのまま勢いよく抱きつき、その胸に顔を埋めた。ハヤテ君がタイミングよく体を退かしてくれたので、ヨシ君は抵抗もできずになすがままだ。

「ヨシ君、大好きなの。私…あなたが好き。あなたしか要らない。だから、お願い。逃げないで」

この後の未来なんかどうだっていい。今、私はあなたの心に寄り添っていたい。

やっと両想いだと分かった二人です。…ハヤテ君、なんて良い人なんだ…っ!と作者が一人身悶えしております。

補足ですが、ハヤテ君とヨシ君は中学の同級生でそれなりに仲良しです。ヨシ君がホストクラブで働くきっかけを作ったのも実はハヤテ君だったり。



お読みくださりありがとうございました。

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