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第十五話

新年になり私が夜蝶の宴に落ち着いて顔を出せたのは1月もそろそろ終わろうかという頃だった。

年明けすぐにちょっと顔を出した後は短期留学の申し込みや留学の抽選会に市役所に行ったり、それまでにも必要書類を作成したり、無事に抽選会に当選した後はパスポートを取得し、短期渡航でもできればしておいた方が良い予防接種をしたり、毎日バタバタしていて時間が無かったのだ。

ヨシ君といられる時間はあと僅かで、本当は会いに行きたいと何度も思った。けれどもせっかくもらったチャンスをふいにしてしたら、脇田先生が差し出してくれた優しい手もヨシ君が英語を教えてくれたことも無駄になってしまう。会いに行くのは目処が立ってからにしようと決めていた。



「おはようございま〜す」

クラブの従業員勝手口を開けると、執事のような衣装に着替え終えたらしいハヤテ君が出迎えてくれた。いつもは崩れた感じのスーツの着こなしなのに、今日はピシッとしていて黒縁眼鏡までかけている。普段つけているゴツい指輪は外されていて、節くれだった指が目立っている。服装だけで見た目が変わることは理解していたけれど、はっきり言ってこれは別人だ。

「ハヤテ君…おは、よう?」

頭を打って変になったんじゃないかと心配しつつも挨拶をした私に、ハヤテ君は顔をした。

「何その顔。お前、今失礼なこと考えてるだろ」

「…だって、ハヤテ君の格好が変」

正確にはいつもと違うだけなんだけど、違和感がありすぎる。

ハヤテ君は心外そうに眉をひそめ、ムッと口をへの字にした。

「変って…お前な。俺だって久々に着るから違和感あるけど、似合ってはいるだろ。悪いけど、ここに入りたての時はこの格好が客にうけてたんだよ」

「へ、え…」

「…全然信じてないな。言っちゃ何だが、俺もここの人気ホストなんだ。ナンバーワンはスバル、ツーがマヒロ、次がヨシ。次が俺、その次がケイシ。ユコは俺たちを年の離れた兄貴か近所の兄ちゃんだと思ってるのかもしれないが、俺たちは一晩で何百万も稼ぐこともあるホストなんだからな」

ふん、と鼻を鳴らすハヤテ君は少しだけ不機嫌そうだ。ハヤテ君の場合、プライドも高いしナルシストだから、自分の良さを理解されないのは腹立たしいらしい。

別にハヤテ君たちがカッコよくて人気ホストだなんて分かっているんだけどな。…そもそも驚いたのはハヤテ君の格好であって、人気があることではない。

「うん。ハヤテ君がカッコよくて人気があるのは分かってるよ。私が驚いたのはその格好だから。…それ、ヨシ君と同じだよね」

ハヤテ君の今の服装は、ヨシ君が普段着ているものと同じだ。もちろん、ヨシ君とハヤテ君じゃ身長が違うから借りたわけじゃないだろうけど。

私の言葉にハヤテ君は自分が早とちりをしたことに気づいたらしい。少しばつが悪そうな顔をしたハヤテ君は前髪を無造作に掻き上げた。

「あぁ…そういうこと。ヨシがここを辞めるから、キャラを元に戻すことになっただけだ。…アイツはチャラチャラした感じが向かないから、俺とキャラチェンジしてたんだ。ほら、ホストも同じ外見で性格も大差無かったら区別ができないし、客の好みも様々だからな。…ただ、俺がこの格好しても俺様執事になるんだが」

ハヤテ君、自分が俺様だって認識はあるんだ。ぼんやりと考えつつ、胸がちくりと痛むのを感じた。ハヤテ君がヨシ君の格好をしているということは、少なくとも今日は出勤していないことになる。

「そっか」

できるだけ明るく答えたはずなのに、声は沈んでる。笑顔もうまく作れない。

もしかしたら、ヨシ君はもうここに来ることはないのかな。もう会えないかもしれないのかな。

そういえば、ヨシ君からいつこの町を去るのか教えてもらっていない。

私と連絡を取るのは極力避けているみたいで、最近はLINEも英語の勉強のこと(会わなくても面倒見てくれるのはヨシ君らしいけど)以外では何も返してはくれないのだ。

避けられているのは辛いけど、ここに来たらまだ会えると思ってたのに。就職する4月に会えなくなるまでには、もう少し時間があると高を括っていた。

ヨシ君にここまで逃げられると正直堪える。じわりと目が熱くなった。かつて壮ちゃんにしていたことを、今度は私がヨシ君にされている。因果応報なのに、それを流せない自分が浅ましい。

「………ユコはさ、やっぱりヨシが好きなわけ?」

泣きそうになった私に、ハヤテ君がぽつりと訊く。私はハヤテ君の目を見つめ、曖昧に笑ってみせた。

「だったら?」

「アイツはもういなくなる。そうしたら多分、二度とこの町には戻ってこない。ヨシの実家は県外だ。お前の傍にはいない。ヨシは律儀で堅物だから、お前がアイツを好きでもアイツはお前の想いに応えないと思う」

ハヤテ君は静かに告げると、苛立たしげにため息を吐いた。

「何でユコは、辛い恋ばかり選ぶんだ。お前を心から欲しがって、間違いなく大切にしてやれる男は何人もいるのに」

ハヤテ君の声が震えている。何かを堪えるように告げられたそれは真実であり、彼の心の叫びにも聞こえた。

私は首を振ると、目を閉じた。

「それでも、好きになったんだもの。仕方ないじゃない」

そうなのだ。

私は壮ちゃんのこともヨシ君のことも好きになろうとしてなったわけじゃない。気づいたら好きだった。その理由は本当の意味では自分自身明確な答えは無い。けれど心がどうしようもなく求めてしまうのだ。その衝動を抑える術が無かったから、私は叶わぬ恋をしている。

肩の力を抜いて目を開けると、私はハヤテ君を見据えた。

「どんなに辛くても悲しくても、私は自分のした恋に後悔はしない」

避けられて傷ついて、せっかく告げてくれた想いを忘れてくれと言われて、もしかしたらもう二度と会えないかもしれなくて。

それでもやっぱりヨシ君が好きだから。ヨシ君に恋をした自分が好きだから。

フラれても諦められないと言った壮ちゃんの言葉が今なら分かる。本気で好きなら、その気持ちは簡単には消せない。

私の答えにハヤテ君は一瞬悔しそうな顔をしたが、すぐに普段と同じ自信に満ちた表情を作る。その目が淋しげに揺れたのは見ないフリをした。今の私に、彼を慰める資格は無い。

「…本当、ユコは強くなったな。最初にここに来た時は自分の恋から逃げてたのに」

「そう、かな」

「あぁ、本当に強くなった。良い女になった。俺はそんなお前だから好きだ。ユコがヨシのことを好きだって構わないくらい」

ハヤテ君がふわりと笑う。初めて見た優しい微笑みとともに届いたストレートな告白は、どこまでも真っ直ぐで穏やかだ。

「ありがとう。でもやっぱり今の私はヨシ君が好きなんだよ」

これから先、心が移り変わるかもしれないけど。今はヨシ君が好きで、ヨシ君のことしか考えられない。

ハヤテ君は私の言葉の意味を正しく理解してくれたのか、それとも都合よく解釈したのか、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

「今は、なら…ね。

そうだ、俺と賭けをしよう」

「ん?賭け?」

「ヨシは明後日、ここへ最後の挨拶に来る。…本当は2月いっぱい働くはずだったのに、急に1月までで辞めるって宣言してたからな。その時に、ユコとヨシが話せる時間を作ってやる。だからそこでヨシに気持ちを伝えろ」

ハヤテ君の言葉に私は口をあんぐりと開けた。

「ま、また急な…」

「告るのなんか、すぐでも後でも結局は同じだろ?何で悩む必要がある」

それはごもっともですが、私にも心の準備があります。

ハヤテ君の理屈は何とも極端だ。自分の行動に悩まない辺りはさすがと言うべきだろうか。

「で、ユコが告ってヨシが受け入れるなら俺は今後一切ユコを口説かない。でもヨシが逃げるなら、俺と付き合え」

「それって私に何の利があるの?」

「賭けに勝っても負けても、ユコはカッコいい年上の彼氏ができるわけだ。最高だろ?」

「…ごめん、聞いた私が悪かったです」

俺様発言が炸裂し絶好調なハヤテ君に私は項垂れる。

別にカッコいい年上の彼氏が欲しいわけじゃないんだけど。そして、どう見ても私の方が分が悪いのは気のせいだろうか。

言いたいことはあるけれども、恐らく…ハヤテ君なりの優しさなんだと思う。どちらにしろ私がヨシ君に告白できるのは多分これが最後だ。告白してうまくいけばそれでよし、ダメだったら慰めてやるということなんだろう。分かっているけど、素直に喜べないのは私の性格がねじ曲がってるからかなぁ。

やっぱりハヤテ君はハヤテ君だと再確認しつつ、私は小さく笑った。

「良いよ。その賭けに乗る。…でも、1つだけ変えたいものがあるの」

「何だ?」

「私がフラれたら、付き合うんじゃなくて1日だけハヤテ君に私をあげる。私はハヤテ君の望むことは拒まない。…だから、私に縛られる未来を賭けの報酬にしないで。他の人を愛している人と一緒にいるのは辛いよ。私はハヤテ君の気持ちを利用するようなことだけはしたくない」

ハヤテ君の優しさに甘えて傷を舐めてもらって。それは確かに私には嬉しいことだ。でも、心がそこになければハヤテ君が傷つくことになる。

「…本当、お前って良い女だな。自分の傷を癒すために、好きな男の代わりにするために、自分に好意を向ける男を利用するヤツはいくらでもいるんだ。お前の傷が癒えるなら、俺はヨシの代わりでも何でも良いんだがな」

フッと息を漏らしたハヤテ君は何故か楽しそうにクスクス笑い出した。

「ハヤテ君?」

「分かった。それを呑む。1日あればユコを落とすことはできるからな」

「まだフラれるかなんか分からないじゃない」

今の状況ならフラれる可能性は高い。でもそれを口に出したくはなかった。泣き言はフラれてからにする。それは壮ちゃんと話していて心に誓ったことだ。

ハヤテ君は私の頭に手を置くと、私の目を覗き込む。

「ま、結果は明後日出る。ユコ、明後日は必ず来いよ。…あと、化粧はほとんどせずに、シンプルなワンピースか何かにしろ」

「?何で?」

「良いから。これは俺の最大の譲歩だ。それでアイツを落とせないならユコには勝ち目は無いから諦めろ」

ハヤテ君の言うことは意味不明だが、とりあえず頷いておく。壮ちゃんといいハヤテ君といい、私の幼いすっぴんの顔のどこが良いのだろうか。

胡乱げに見遣った私を無視し、ハヤテ君は時計を確認すると慌てたように机の上にあった蝶ネクタイを身につけた。

「悪い、ユコ。時間だ。今日はスバルが休みだから忙しいんだ。もうマヒロやケイシも入ってる」

「忙しい時にごめん。お仕事頑張って」

「あぁ…行ってくる」

ニッと笑ったハヤテ君は私の頬にチュッとキスをした。あまりの早業に反応が遅れた私を満足そうに見たハヤテ君はホールへと消えていった。

私は熱くなった頬を押さえ、ハヤテ君が消えた方向を睨み付ける。優しい一面を垣間見てキュンとしていた気持ちを返してほしい。俺様王子はやっぱり俺様でセクハラぶりも健在だ。馴染んだやりとりにホッとしつつも、何故か寂寥が胸を過っていく。

『ハヤテ、ユコをいじめてやるな』

呆れたように笑って私の頭をポンポンとする優しい声と温かな手が、今ここに無いという事実が心を黒く塗り潰していく。もう二度と私に与えられることはないと思うだけで、苦しくて切ない。

ふぅ…と息を吐くと、私はスマホをバッグから取り出してメッセージを確認した。たくさんのメッセージの中にはやっぱりヨシ君のものは見つからなかった。

ハヤテ君は俺様ナルシストですが、優しい人です。結子のことが本当に大好きで、本当は結子がヨシ君にフラれれば良いと思っているくせに、二人がくっついてハッピーエンドになってほしいと願う自分もいて葛藤している最中です。その結果が賭け、なのですが。




あと数話と言いつつ全然終わりが見えなくて申し訳ありません。話を手直ししたら延びてしまいました。

ここからは一気にエピローグまで駆け抜けていきます。ご都合主義にお付き合いくださると幸いです。



お読みくださりありがとうございました。

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