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第十四話

「ところでさ」

神社で長居するのも何だからと言って移動した喫茶店(常連さんとカウントダウンをするというのが恒例になっているので大晦日から元旦だけは24時間営業とのこと)でコーヒーを頼んだ後、壮ちゃんがそういえばといった感じで口を開く。

防寒具を解いた後に水を飲んで一息ついていた私は、水を口に含んだままポカンとして壮ちゃんを見た。まるで深刻な話を告白しそうな至極真面目な顔の彼は机の上で長く綺麗な指を組むと、私の目を射抜くように覗き込んでくる。

「?」

「結子の好きな奴は、あのホストたちの誰かなんだろ?」

「っ!!」

思わず噴きかけた水を飲み込むと気管に入ってしまい、盛大に噎せるはめになった私はケホケホと咳き込んだ。涙目になりながらチラリと見た壮ちゃんは素知らぬ顔をしていたが、その目に喜色が見える。

「大丈夫か?」

自分の言葉で噎せているのが面白いだなんて全くそんなこと思ってません、みたいな風を装ってハンカチを差し出してくる壮ちゃん。私はそれを固辞すると自分のハンカチを出して口元を拭った。

「意地悪」

落ち着いてきた呼吸を整え、私は壮ちゃんを睨んだ。優秀過ぎる頭脳を有する彼だ、その表情から見ても私がこうなることを予測した上での言葉だったことは想像に難くない。

こうして壮ちゃんと向き合うと、今まで気づいてなかった彼の側面が浮き彫りになってくる。壮ちゃんとは3年の付き合いで、好きだった期間は2年以上あるというのに、何を見てきたんだろう。

優しくてスマートで、ガラス玉のような瞳を淡く緩ませる彼も、熱っぽく甘い言葉を囁く彼も、私をからかって意地悪な顔で笑う彼も、全部彼だ。人間はペルソナ、いくつもの仮面をもって場に合わせてすげ替えている。当たり前のことなのに今までそのことに思い至らなかった自分が情けない。恋は盲目というがその通りだ。

「意地悪とは心外だな。俺はただ、自分の好きな女が誰のことを好きなのか、純粋に興味があるだけなのに」

「………」

「…あ、ありがとう」

もはや何と答えて良いのか分からず絶句した私を気にするでもなく、店員さんからコーヒーを受け取ると営業スマイルも甚だしい胡散臭い笑顔を向けた。先ほどまで私をからかって意地悪な笑みを浮かべていた人と同一人物かと疑いたくなるほどの変わり身の早さに私は呆れを通り越して感心してしまう。

キラキラオーラを放つ笑顔をまともに目にした店員さんは真っ赤になっていた。最初からその笑顔を向けられたら私も赤くなるのだろうが、からかわれた後ではドキドキするわけがない。可哀想にその笑顔の餌食になった店員さんに、心の中で御愁傷様、と合掌をしてから私はコーヒーを大人しく啜った。


「壮ちゃんって女たらしだよね、絶対」

店員さんが立ち去った後、私は真顔に戻った壮ちゃんを睨めつける。添えられた小さなマフィンを2つに割っていた彼がきょとんとして顔を上げた。

「どこが」

「さっきの笑顔とか、甘ったるい言葉とか」

正直、ヨシ君やケイシ君よりも遥かにホストに向いていそうだ。というか恋愛シミュレーションゲームに出てくる男の子たちみたい。カッコよくてハイスペックで少し意地悪だけど甘く蕩ける言葉を与えてくれるなんて、現実世界ではそうそうお目にかかれない。こんな人がいたら女の子はコロリと落ちちゃうんだろう。

私の言葉に壮ちゃんは心外だと言わんばかりに目を何度か瞬かせ、そして小さく口を尖らせた。

「俺の初恋はお前だし、ずっとブレることなくお前を好きで居続けてるのに。一途であれど、女たらしだなんて酷いな」

「そうとは思えないけど。女の子が群がって大変でしょ」

「別に。普段の俺に寄ってこられる子がいたらそれはそれで驚きだな」

マフィンを頬張る壮ちゃんは平然としていて嘘を言っているようには見えない。

「何で?」

「ん?学校では必要最低限しか話さないし、無表情だから。結子がいないのに別に会話とか表情とか要らない」

聞き方によっては熱烈な告白にも受け取れるのだが、そこまでの執着を見せられると素直に恥ずかしがることができない。

引き攣る私に更に壮ちゃんは言葉を重ねる。

「俺は結子が誰を好きでも諦める気は無いから。これからもずっと変わらない」

………愛が重い。重すぎて耐えられない。やっぱり壮ちゃんを選ばなくて良かったのかもしれないと、胸を撫で下ろした私は薄情なのだろうか。

壮ちゃんの狂気染みた執着はさておき、話は私の好きな人のことにスライドしていく。

「で、結子。結局あの中で誰が好きなんだ?」

「あの中って…ホストの皆?」

「あぁ。誰?」

そう問われて私は答えに窮する。惜しげもなく愛を囁かれた後に馬鹿正直に答えても良いのかと口ごもる私に、壮ちゃんは早く言えと目線で訴えかけてくる。

「え、えと…あの、」

「ん?」

「よ、ヨシ君が好きなんです」

緊張のあまり敬語になってしまう。

「ヨシ君、って…あの澄ました顔のヤツ?濃い茶色の髪の毛で短髪の、瞳が真っ黒な、あの中で背が一番高い…」

壮ちゃんってヨシ君に会ったことがあったっけ?

疑問が脳裏を掠めたが、私が撃たれた時にホストの皆にもあったらしいし、その時のことを覚えているのかもしれない。

壮ちゃんの言うとおり、ヨシ君は濃い茶色の短髪の毛は男の人特有の髪の固さはあるものの癖が無くてストレートだ。瞳は漆黒で深い色をしている。切れ長だけど大きな目や通った鼻筋、やや厚い唇は卵形の綺麗な顔に収まっていて、個々が主張するわけでもなくスッキリした顔立ちだ。身長も高くて170センチある私と頭半分より確実に大きいから180センチはあるんだと思う。ワイシャツにジャケット、細身のパンツを穿いたホスト仕様の姿だと華奢に見えるのだが、胸板は厚くて腕も筋肉質で逞しかった。…それは直接見たわけじゃないけど抱き締められた時に感じたことだ。

「そ、うだよ」

ヨシ君に抱き締められたことまで思い出してしまった私は赤面しながらも、なんとか頷いて肯定した。

焦れたような熱を宿した壮ちゃんの目がそんな私をじっと見つめている。

「そんなに良い男か。結構年齢だって離れてるだろ」

「うん、6歳年上」

「…意外と若いんだな。もっと年上かと思ってた」

確かにヨシ君はクールな外見のせいか少年のような幼さは無い。落ち着き過ぎているから、最初は私ももっと年上だと誤解していた。…ヨシ君に好意をもつ障害になっていたものの一つは間違いなく年齢だ。あまりに離れすぎていたら相手にされるわけないと自分にブレーキをかけていた。

「で、離れたくないとか一緒にいたいって言ってたけど、離れなきゃいけない事情とかあるの?その人だって結子のことが好きだって感じだったけど」

続けざまに降ってくる質問と歯に布着せない言い様に私は口をパクパクさせた。

そういえばさっき神社で壮ちゃんにそんなことを口走った気もする。

「離れたくないなら離れなきゃ良いのに。俺だったら絶対逃がさないけど」

「………遠い町に行ってしまって会えなくなっても?」

ポツリと口を突いて出た言葉に壮ちゃんは目を瞬かせた後、しっかりと頷く。

「あぁ。傍にいられるんだったら何でもする。それで俺の持ってるもの全て捨てることになっても構わない。金や地位なんかは努力次第でなんとかできるけど、愛する人と想い合うことや共に生きることは金じゃ買えない」

迷いのない答え。それは心のどこかで望んでいたものだ。

私の目から、一粒涙が落ちた。

「遠くの町に行くと傍にいられないから、お前を守ってやれないから…だから、好きだと言ったことを忘れてくれって言われた」

「…」

「好きなのに、傍にいられない。離れたくないのに…私のためだと言って、ヨシ君は勝手に身を引くの。私の心を奪ったくせに、あんなに優しく抱き締めて…」

後から後から零れ出すのはヨシ君との思い出。出会ってから今までのことが鮮やかに脳裏に蘇っていく。気づけば私は全てを壮ちゃんに話していた。

話を静かに聞いていた壮ちゃんは、しばらくして口を開く。

「それ、ソイツに言った?」

「え?」

「好きだって。…俺の時もそうだけど、言わずに逃げたら何も残らない。結子が好きだって言ってくれたら俺だって遠回りせずに好意を示せた。

言わなくても伝わるなんて有り得ない。好きなら好きと言えよ。話を聞いてる限りではソイツの好意を受けるだけで、結子は何もしてない。…相手が大事であればあるほど、幸せになってほしいと思うんだ。俺だって結子が幸せになってほしいと思ってる。ただ俺の場合は結子が他のヤツのものになるなんて嫌なだけで。

ソイツは多分、自分がいなくなることが結子の幸せに繋がると信じている。だから身を引いた。

それにさ、フラれる前からフラれたみたいな顔するな。こんな恋愛相談乗ってやってるのだって、本当は腹が立つんだ」

壮ちゃんの言葉が私の心に沁みていく。


私、ヨシ君に好きだって言ってない…。


言えない、といって逃げた。壮ちゃんから逃げた時と同じことしてた。

フラれたくないのは誰も同じ。だけど伝える前から結末を想像して行動に起こさないのは、ただの逃げだ。

「ありがとう、壮ちゃん」

私は涙を拭うと笑顔を作ってみせた。霞がかっていた心が晴れた気がする。

「…フラれたら俺の所に来い。そんなヤツ忘れるくらい愛してやるから」

ニヤッと笑う壮ちゃんだけど、どこか淋しそうに見える。もしも、私が恋を叶えたら壮ちゃんは失恋するんだ。その痛みは私にも分かる。

「他の女の子に恨まれそうだから、そんな贅沢な選択はできないよ」

「バカだな。今だってこんなに愛してるのに、今さらだろ」

「…壮ちゃんの愛が重すぎて、私、窒息しそうだから遠慮しておく」

中学時代はこんな軽口を叩くことさえできなかったのに。時間の経過を感じながらも、少しだけ切なさに胸が痛んだ。昔には戻れないんだという感傷的な思いが溢れてくる。

こうやって少しずつ私たちは変わっていく。きっと現状維持なんて無いのだろう。

私とヨシ君の関係も少しずつ変わっていく。

もしも変わるのだとしたら、私はヨシ君にもっと近づきたい。一緒にいて変化していきたい。

これが最後の恋かなんて分からないけど、今の私が恋をしたのはヨシ君だ。ヨシ君が欲しくて、ヨシ君だけを見つめていたい。


壮ちゃんと夜明けまでどうでもいいことを語り合いながら、これからもヨシ君の傍にいるためにはどうしたら良いのか考えていた。

壮ちゃんは粘着さん。性格はハヤテ君とユウさんを足して割って2みたいな感じです。



とりあえず、一歩前進?





お読みくださりありがとうございました。次は閑話の予定です。ユウさんの話になります。

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