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第十二話

ファミレスで時間を潰した私たちはホストクラブへと向かった。今日が仕事納めで次に始まるのは4日からだ。なんだか普通の企業と変わらない年末年始の休暇だけど、それがホストの世界で一般的なのかそれともここが特別なのか、私には分からない。でもしばらく会えなくなるんだからと、小春と二人で顔を出すことになった。

「年末年始はヨシ君と会う約束してるの?」

少しずつ夜の匂いを纏い始めた街を歩きながら、ふと小春がそんなことを訊いてきた。横目で小春を見れば、彼女はぼんやりと空を見上げている。

「ううん、何にも。ヨシ君、実家に帰省するって言ってたから。実家はここから遠いし、無理」

会いたい、とは思う。でも私とヨシ君は友達でも、ましてや恋人でもない。私たちは、よく面倒を見てくれる近所のお兄さんと彼を慕う年下の女の子みたいな関係だ。距離ができたら、ただの知り合いになってしまうくらい希薄な繋がりしかない。

ヨシ君は私が会いたいと言えば、仕方ないなぁみたいな顔をして時間を作ってくれる。それが分かるだけに、会いたいなんて言えない。言えるわけない。優しい人だからこそ、その優しさに甘えすぎてはいけないと思う。

「結子はやっぱり結子だね」

呆れたように落ちた言葉に、私は小春をまじまじと見つめた。

「前にも言った気がするんだけど、結子はもっとワガママ言っていいと思う。素直に会いたい、ってさ。顔にはヨシ君に会えなくて淋しい、ってしっかり書いてあるくせに」

「えっ!?」

慌てて頬を押さえた私を一瞥し、小春は綺麗な笑顔を浮かべた。

「私はヨシ君じゃないから本当のことは分からない。でも、結子と一緒にいる時のヨシ君は幸せそうに微笑むの。私、ヨシ君と出会って3年、そんな彼を初めて見た。無表情で笑うことなんてなかった彼が、結子には笑うの。

だから、ヨシ君だって本当は結子と一緒に、少しでも長く居たいはずだよ。…ヨシ君も遠慮ばっかりでワガママが言えないタイプだから、結子に遠慮して誘えないんだろうしさ」

息を飲んで固まった私の手を取ると、小春はそのまま腕に抱きついた。ここ最近は無かった行動だったから、不意を突かれて私は肩を揺らした。

小春は不敵な笑みを作ると、私を見上げる。

「私の言うこと、あんまり信じてないみたいだから、これから試してみようか。賭けてもいい、ヨシ君は間違いなく動揺するから」

「え?」

意味が分からないまま、私はいつの間にか辿り着いていたホストクラブの従業員出入口の前へ引っ張られていく。

「おっはよ〜!」

半ば蹴破る勢いで小春がドアを開けて、耳が痛くなりそうなくらい大きな声で挨拶をする。対して私は体を竦めつつも腕をしっかりホールドされているものだから、見方によっては小春にすがりついているみたいな格好になった。

「こ、小春…」

抗議をしようとした私を小春が下から睨み付け、喋るなと言わんばかりに腕を締め上げた。

「もう、結子ったら〜!そんな可愛らしくしがみつかないでよ」

さっきの睨みはどこへやら、小春は自分の可愛らしさを最大限に発揮できる角度で私を見上げて、綿菓子みたいなフワフワの声で笑うと、私の腕を勢いよく引く。バランスを崩した私は自然と屈む格好になり、至近距離に小春の顔が見えた。



チュッ



頬に柔らかな感触を感じた瞬間、バサバサバサッと雑誌が雪崩れる音がして、私は反射的にそちらに目を向けた。


「よ、ヨシ君…」


目の前にはホスト仕様の格好をしたヨシ君が目を丸くして立ち尽くしていた。ふと足元を見れば雑誌が散乱していて、どうやら音の原因はヨシ君が手からは雑誌を落としたことによるものらしいと、冷静な自分が分析をする。

「ヨシ君、おはよ!私の結子ってやっぱり可愛いでしょう?ヨシ君も、食べちゃいたくなるよね」

なんだかとんでもないことを言い放った小春がニンマリと笑うのが分かったが、ヨシ君は私を見つめたまま微動だにしないので、視線を反らすことができない。

切れ長の目が驚きで丸くなっていることや、微動だにせずにいることからヨシ君が動揺しているのは分かったけれど…これは誰だって驚くでしょうが!

泣きそうになりながらヨシ君を見つめると、ヨシ君の頬に朱が走り、それはみるみるうちに顔中に広がった。


えぇっ、なんで?!


「ヨシ君、今何想像したの?顔真っ赤だけど。ヨシ君のえっち」

「っ!!?」

間延びした小春の発言に、やっと我に返ったヨシ君は大きな右手で口元を覆う。

「他の女じゃそんな風に反応しないくせに」

ニヤリとした小春を真っ赤になった顔のまま、ヨシ君は睨む。普段の無表情で睨まれたら怖いかもだけど、残念ながら今は少し可愛い。それは小春も感じているみたいでニタニタと人の悪い笑みを浮かべている。

「………うるさい」

やっとのことで絞り出した言葉は掠れていてとても艶やかで。初めて見た少年のような可愛い姿と相俟って、不覚にも心臓が高鳴り出す。

…顔が、というより全身が熱い。私も今、ビックリするくらい真っ赤になってる気がする。

絶対に小春、私たちで遊んでる…。

最近、色んな人にからかわれるのは何故だろうか。私は何かしているんだろうか。頭が重い。


「…お嬢、ユコとヨシで遊んでくれるな。ヨシが使い物にならなくなったら困るんだ」


膠着状態の私たちに降ってきたのは、呆れ返ったユウさんの声。小春はヘラっと笑って暢気に挨拶をしている。

「ヨシ…その顔で店に出られても困るから上で頭冷やしてこい。あぁ、ユコも一緒に行ってやってくれないか?」

「はい、すみません」

まだ赤い顔をしたヨシ君が頭を下げると部屋を出ていく。私も慌ててその背中を追いかけた。

「…ユウさん、結子のこと諦めたの?」

「諦めたっていうか…まぁ、今は歩が悪いから」

「本当は結果なんか分かってるくせに」

「うるせぇよ。春来を振り向かせられないお前に言われたくないな」

「はぁ?何言ってくれるの?それこそまだ歩が悪いだけよ」

…なんて、ぎゃあぎゃあと言い合う二人のことも知らずに。







「ヨシ君」

階段を上がり、仮眠室の前で立ち止まったヨシ君の背中に呼び掛ける。ヨシ君はビクリと肩を揺らした後、ゆっくりと振り返った。

階段のライトが点いているだけで薄暗い廊下ではヨシ君の顔色まで分からないけれど、迷子のように惑う目に、まだ動揺から立ち直れていないことが分かる。

「ヨシ君、」

「…ごめん、不快な思いさせたよな?不意打ちだったから驚いた。お嬢にからかわれたことはすぐに気づいたんだが、その…ユコの泣きそうな顔みたら、自分でどうしようもなくなって」

「私こそ、ごめんなさい。小春を止められなかった私も悪かったと思ってる」

二人で頭を下げて謝罪し合う。あれは事故のようなものなのだし、二人とも小春にからかわれた被害者だからどちらが悪いというわけでもないけど、とにかく謝らないと落ち着かない。

薄暗い中で、一体何をやっているんだろうか。

情けなさで一杯になり、泣きたくなってくる。ヨシ君をそっと見上げれば、闇に慣れてきた目が、濡れたように艶やかなヨシ君の目を捉えた。出会った頃によく見ていた無機質さも、私に微笑みかける柔らかな色もない。ただ、水面に波が立ったようにゆらゆらと揺れる瞳が私を映している。それがあまりに綺麗で、私は彼から目が離せなくなってしまった。

「結子」

形のよい唇が、初めて私の名を紡ぐ。

「結子の心の中にいるのは誰」

切なさを帯びた声色に、胸がぎゅっと締め付けられる。


私の心には、



私は



「結子、ごめん。そんなことを聞いたらお前を困らせるだけだったな。悪い、忘れてくれ」

私の沈黙を困惑と受け取ったらしいヨシ君は首を軽く振ると、ぎこちなく微笑んだ。少しずつヨシ君が普段のヨシ君に戻っていくのが分かる。それが淋しい。

どうしてと問われると、明快な答えを示すことができない。でも、淋しい。たまらなく切ない。

「…ヨシ君、ワガママ言ってもいい?」

「ん?うん、何?」

「私、ヨシ君ともっと一緒にいたい。ヨシ君がここからいなくなるまで、傍にいたい。だから…」

会いたいと思うのを許して。

言おうとした言葉は途中で遮られる。体が浮いたような感覚の後に背中に何かが触れて締め付けるのが感じられた。

「ヨ、シ君」

「…勘違いしたくなる」

呻くように名を呼ぶ私をきつく抱き締め、ヨシ君は掠れた声で呟く。今にも決壊しそうな何かを堪えているみたいに切羽詰まった声に、体が無意識にピクリと跳ね上がった。

そんな私を押さえつけるようにヨシ君の額が私の首筋に押しつけられる。

「ユコが、俺を兄貴みたいに慕ってるのは分かってる。けど、そんな濡れた目で、一緒にいたいって言われたら…箍が外れそうになる。ユコが望まないことを口走りそうになる」

呼び方が普段と同じユコ、に戻ってる。チクンと胸を刺す痛み。それと同時に、ヨシ君の悲痛な想いに鼓動が速くなっていく。

「私が、望まないこと?」


それは何。


私ですら気づいていない何かを、ヨシ君は解っているというの?


ヨシ君に抱き締められて感じる、この泣きたくなるくらい温かな気持ちの正体を知ってるの?


ヨシ君は私から体を離し、私を見た。躊躇いや戸惑い、苦痛の入り交じった瞳が大きく揺れる。



「悪い、本当にすまない」



やめて。



そんな顔で微笑まないで。




「あれだけ誓ったのに…俺は、俺の心はどうにもできなかった」



私は、貴方のそんな笑顔は見たくない。




「結子が好きだ」




え………?





「俺だけは良い兄貴分でいてやりたかったのに、結局あいつらと同じ、ただの男だった。ここを離れたらお前を守ってもやれないのに、甘えたがりで淋しがり屋なお前を抱き締めることもできないのに………それでも、想いは止められなかった。

ごめん、忘れてくれ」





トクトクと心臓が激しく脈打っている。


胸の裡から熱い何かが溢れ出していく。



これは何?




こんな感覚、私は知らない。




それでも。




「…それでも。私はヨシ君の傍にいたい」




自分の気持ちが分からない。


でも一つだけ確実なことがある。


私は、ヨシ君の傍にいたいということ。




たとえ二人の未来が重なっていなくても。




今、私はヨシ君といられたらそれでいい。





「だから、勝手に私の気持ちを決めないで。私自身が分かってない自分の心を計って、そんな風に微笑わないで」


ヨシ君が幸せそうに微笑ってくれるのが好き。


私に触れる指が好き。


人のことばかりで自分のことを後回しにしちゃうお人好しなところが好き。


押し付けの優しさじゃない、包み込むような優しさが好き。


責任感が強くて、真面目なところが好き。




ヨシ君が好き。



「そっか…」

私はヨシ君が好きなんだ。いつの間にか誰よりも好きになっていたんだ。

ユウさんやスバル君の誘いを断ったり、2週間も壮ちゃんに会えなくても辛くなかったり…他の人なら、心を揺らされたりしない。きっと二度と会えなくなるって言われても、他の人なら少し淋しいって思うだけだ。

でもヨシ君は違う。会いたくて離れたくなくて、ずっとずっと傍にいられたらって思う。ヨシ君を想うだけで胸がぎゅっと締め付けられる。


でも、言えない。


ヨシ君はそんなこと、望んでない。

だって、忘れてくれと言った。

それは心を残してしまえば、離れる時に辛くなるのを知っているから。

傍にいられないのが分かっていて未来を描いたりできないから。


「ヨシ君、私のワガママ聞いてほしい」

貴方の負担にならないから。最後は笑顔で送り出すから。

「…分かった」

頷いたヨシ君は、やっぱり泣きそうな顔で微笑んでくれた。

どれだけお膳立てしてもくっつかない…じれる。

結子はヨシ君が好きだと、やっと自覚しました。そしてヨシ君も告白しました。…なのに何故くっつかないのか…。多分、相手への思いやりを間違えてるんですよね。ということで、まだまだ恋の行方は分かりません。



エピローグまであと数話かと思います。



お読みくださりありがとうございました。

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