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閑話その1

話が一段落してきたので、閑話です。


「ねぇねぇ…」


そんな風に呼びかけて微笑むアイツが可愛いと感じるようになったのはいつからだろうか。


そのクルクルと動く表情が眩しくて真っ直ぐ目を合わせられなくなったのは何故だろうか。


アイツを想う度に乱れ出す、この心音は…




俺とアイツは正反対の人間だ。俺が闇ならアイツは光、俺が蛾ならアイツは蝶。似通っているのにも関わらず紙一重のところで決定的に違う存在。それがアイツ。

綺麗な姿は実年齢より大人びている。華やかなドレスで着飾れば水商売の女のようになり、スーツを着せればOL、着物を着せたら金持ちのマダムのようだ。

そんな派手な外見は素顔になると様変わりする。

美しい顔は幼さの残る可愛い顔になり、実年齢より若く見える。元々おっとりとしているからか、前にシックなワンピースを着ていた時は上流階級の令嬢もかくやという装いで皆を驚愕させた。もちろん俺も例外ではない。…そして、素顔の方が俺の好みだったりする。

俺はホストをしているが、それは単に父親の会社の経営不振で大学の学費を払わないと言われたから、仕方なくバイトとして働いているだけだ。ユウさんもそれは了承している。大学4年になり就職先も内定した今、このバイトも残すところあと数ヶ月になった。ホストとして過ごす時間も少しになり、淋しさと同時に安堵を覚える今日この頃だ。

そんな感慨深さもあるが、やはり華やかな世界は嫌いじゃないが好きでもない。だからそんな世界に腰を据える気も全くない。大学卒業を迎えたら足は綺麗に洗う。

そもそも俺の好みはシックなものや素朴なものだ。派手なものは苦手で夜の街で学費を稼ぐようになるまでは見向きもしなかった。

だから化粧で武装したアイツのことは綺麗だなと思いはしても決して恋愛対象ではなかったのだ。性格は好みなのに残念だな、くらいで。


それが、あの瞬間。



恥じらうように頬を染めて素顔を晒したアイツを見た、その時。




俺は何かが動き出す音を聴いた。




「おはようございま〜す」

間延びした声とともにユコが入ってくる。今日は化粧が薄く、格好もいつもより大人しい。

「おはよう」

そう声をかければユコは嬉しそうに微笑んで俺に手を振ってきた。その表情と仕草にトクトクと心臓が血液を送り出すスピードが上昇する。


静かにしろ、心臓。


念じてみるが、それを嘲笑うかのように速くなっていく鼓動。もう22だし、それなりに恋愛経験だってあるのに、どうしてかユコの前では平静でいられない。

動揺して熱くなった頬を隠すために目を反らすと、それが不服だったのか、ユコは俺に歩み寄ると服の裾を引っ張った。

「今、目を反らした」

だから何だ。そう言いたいが、見上げてくる真っ直ぐな目が直視できない現状を否定する言葉は生憎と俺の中にはない。

元来口下手で武骨な俺が、女を手玉に取るなど不可能に近い。仕事だと思えば、ホストを『演じる』ことはできるが、舞台から降りている今は無理だ。

「最近さ、目をよく反らすよね…私のこと、嫌い?」

俺の心の裡など知らないからか、コイツはその大きな目に不安を湛えて、お門違いな質問をする。とことん恋愛に疎いユコに俺の心境など解るはずもないし、解ってたまるかとも思う。理解していながらも俺は、その問いに明快な答えを出せないでいる。


いや、本当は分かっている。


妹、とも言える年齢の少女に抱くこの感情が何なのかを。


けれどもそれを認めるわけにはいかない。


ユコは良くも悪くも人を引き寄せる。そして厄介な人間に好かれるという体質だ。腹黒いユウさんやスバル、しつこく粘着気質のハヤテ、女たらしのマヒロ、悪女の代表例のようなお嬢にツンデレの兼子とかいう旧家の令嬢、彼らより常識はありそうに見えてストーカー予備軍の相模、それ以外にも実はお嬢の父親にも好かれているという悲劇。確かに見てくれは良いが、彼らは癖の強い面倒な人種だ。…まぁ、かくいう俺も感情をうまく表せない癖に自分のものは溺愛したいという、複雑怪奇な質の人間だから他人のことを言える筋合いじゃないだろうが。

だから、これ以上ユコの苦労を増やしてはいけないと思う。今でも各々からのアプローチに窒息しかけているユコだ。そこに俺まで恋情を押し付けたらユコは本当に窒息するだろう。



…って、こんなこと考えている時点で、ユコが好きだって認めてるようなもんだよなぁ…



悶々としながらも、とにかく目の前のユコに返事をすることにする。しばらく沈黙していたからか彼女の目は涙を湛え、あと少しで決壊しそうだ。

「嫌いなわけないだろ。バカだな」

久しぶりに頭をポンポンと撫でてやると、ユコは目を丸くした。そして頬を染めて微笑む。

「うん…」

鼻にかかった声で返事をすると、ユコは照れ臭そうに鼻を啜る。見上げてくる目には喜びが溢れていて、それが堪らなく眩しい。

「俺、堪えられるかな…」

ユコの無自覚な表情が俺の心を揺らしていく。


あと数ヶ月だ。


ユコと会わなくなれば少しずつ想いも薄らいでいくだろう。

俺にはユコを幸せにできる自信は無いし、何より数ヶ月後にはこの町にはいない。ここから遥か遠い土地で暮らすことを決めた俺には、何かとトラブルに巻き込まれるユコを守ることはできないし、そんな自分を許せないだろう。



だから、今だけ。



腕の中にユコを閉じ込め、ユコの匂いを吸い込む。フローラルの香りは優しくて、キツイ匂いを漂わせる夜の街の女たちとは違う。

本当はずっと、この匂いに包まれていたい。この温もりを感じていたい。

俺に大人しく抱き締められているユコの顔は俺の胸に埋められていて、どんな表情をしているのか見ることは叶わない。



「今だけは、俺のこと考えていろよ」



耳を塞いで伝えた想いはユコに届くことはない。それはとても淋しいことだ。

それでも、俺の背に彼女の腕がそっと回ったのを感じて、幸せが胸を満たしていく。

この先ユコと離れて会えなくなったとしても、この幸せが心にあればそれで十分だ。



「お前が好きだよ」



俺はユコに絶対に伝えない。

他の奴らみたいに俺は素直でもないし、貪欲に誰かを求めたりしない。

だから、これが最後。



もしもユコが誰かを選ぶ日が来たら。



俺はそれを祝福しよう。



幸せになれよ、と。

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