学園祭の裏側で―眠り姫は今日も怠惰に眠る―
その少女は人気のない道を一人歩いていた。
こう表現するとなんだかこれからいけないことや危ないことでもしそうな感じである。まあもちろん、実際のところは違うわけなのだが。
少女―浅井早香―が目指している場所は学校の図書室だ。まあ、より正確なところを言うなら図書室の奥にある図書準備室なる部屋なのだが。
早香は図書室へと続く廊下を歩く。普段からこの周辺は人のとおりが比較的少ないが今日は輪をかけて少ない。
しかしそれも無理からぬこと。早香は喧騒に包まれている窓の外を一瞥する。
そこには大勢の生徒たちがごった返していた。後輩である一年生や同級生である二年生、それに先輩である三年生。学年を問わずたくさんの生徒たちがそこではにぎわっている。
普段なら異常な光景であるが今日ばかりは仕方がない。今日は早香が通う高校の学園祭なのだ。
ちなみにかく言う早香自身もつい先ほどまであの喧騒の中にいた。
早香のクラスは学園祭の定番とも言えるお化け屋敷をやっている。時間制で受付係や宣伝係などの仕事を交代で行うこととなっており、つい先ほど宣伝係の仕事を終えたばかりだ。
ではそんな仕事終わりの早香が学園祭中にもかかわらずなぜこんな人通りの少ない場所にいるのか?
本当なら早香だって仕事が終わった後は学園祭を見て回るつもりでいた。
しかし早香的にどうしても学園祭めぐりを後回しにしなければならない事案が起こってしまったために、早香は今こうして人気のない廊下を歩いている。ようするにその事案の元凶がおそらく図書準備室にいるということだ。
図書室の扉を開ける。思った通り誰もいない。外の喧騒とは打って変わった静寂が広がっている。まあ、学園祭の真っ最中にこんな場所に来る人などめったにいないので当然と言えば当然であるのだが。
早香は図書室に入室すると他のものには目もくれずすぐさま目的の図書準備室を目指す。
扉の前に到着した早香は図書準備室の扉に手をかける。
鍵は予想通りしまっていない。なんでも昔の資料とかもあるとかでとある例外を除き、通常この扉はしまっているはずなのに。
早香は扉の前で一度息を吐くと手をかけていた扉を一気に開く。
扉を開けるとまず目に入ってくるのはたくさんの本棚とそこに収まった古い本たち。ついで古い書籍独特のにおいが早香の鼻腔に届く。室内を見渡せば古い本以外には黒い大きなソファーがひとつ。なんでもこのソファーは資料探しの際に座りながら読めるようにあるとかなんとか。
そして早香の目的の人物はおそらくそこにいる。
早香はソファーに近づく。そうしてソファーの中を見てみれば、案の定そこには一人の少女がいた。
少女の名前は有栖夜瑠。早香のクラスメイトだ。その容姿はまるで人形のようであり、制服から除く肌は白百合のように白く、顔だちはあまり自己主張するようなものではないがその実恐ろしいまで整っている。そして腰まで届く黒髪はまるで濡れているかのような光沢が持つ。
若干釣り目気味であり見る人に冷たい印象を与える瞳に肩口より少し長い髪は黒というよりも藍色に近い早香としては実にうらやましく感じる容姿である。
さてそんな夜瑠であるが、現在その体はソファーに横たわり、その瞳は閉じられている。
……要するに寝ているわけである。
学園祭中に何をやっているんだと思わなくもないが、まあ夜瑠だから仕方がないかとも思う早香。
しかしそもそも早香は夜瑠に用があってこんなところまできた。なのでこのまま寝かせ続けるわけにもいかない。
早香は夜瑠のあどけない寝顔を見て少し惜しみつつも夜瑠を起こすことにする。
「夜瑠、起きて」
ゆさゆさと早香は夜瑠の体をゆする。
「……ぅん」
しばらくするといまだ寝ぼけまなこな感じであるが夜瑠が目覚める。
「……あれ?早香?」
しかしどうやら早香の存在はきちんと認識できたらしい。夜瑠はあまり働いていない頭でどうして早香がいるのか考える。
「おはよう夜瑠」
「あ、うん。おはよう」
「その様子だとまだあんまり頭が働いてないみたいね。とりあえず夜瑠、まずは時間を確認しなさい」
早香がそう言うと夜瑠は首を少し傾げながらもポケットからスマホを取り出す。電源を入れ画面を確認して見れば、時刻はすでにお昼前。
「今がどういう時間か分かったかしら?」
「……あぁ。早香、担当時間終わったんだね。お疲れ様」
「えぇ、その通りね。私たちの担当時間が!」
相変わらずな様子の夜瑠に早香は少し語調を強めて言う。
さて、ここまでの話の流れでおおよそわかったと思うが、早香が学園祭めぐりを後回しにした原因というのがこの少女こと夜瑠である。
先の早香の言葉からもわかるとおり、夜瑠は本来早香と一緒にやるはずだったクラスの仕事の担当時間、そのほぼすべてをここで寝て過ごしていたのだ。……ようするにさぼりである。
「そう……無事に終わってなにより」
「ほう、|遺言(言いたいこと)はそれだけ?」
その言葉とともに早香は夜瑠の肩を思いっきりつかむ。
「早香、痛い」
「痛くしてるから当然」
夜瑠が抗議の視線を向けてくるが無視。
「それで夜瑠、仕事開始わずか10分でいなくなった理由は?」
「……眠かったもので」
早香は夜瑠の肩をつかんでいる手にさらに力を込めた。
「早香、力込めすぎ」
「知ってる。だから夜瑠が考える必要はない」
若干涙目の夜瑠。多分本当に痛いのだろう。
「まあ眠かったのは確かにあるけど……そもそも私はあの仕事に意味を全く感じていない」
「というと?」
「別に当日に宣伝なんかしなくてもお客さんは来る。宣伝なら学園祭前の知り合いへの根回しでほぼ十分」
「……まあ一利ないこともないかな」
正直屁理屈感がすごいが。
「それにもう一つ言うなら、別に宣伝係が一人いないくらいで大勢に影響はない。もっと言えばいなくても問題ないとさえいえる」
「……それは言いすぎじゃない?」
「そんなことはない。実際早香の様子を見るにひとりでも十分成り立ってる」
「まあそうかもだけど」
「だから私がいなくても何にも問題ない。そもそも私は何も仕事なんてしたくなかったからこんな無意味な役職をつくっ……なんでもない」
「ほほう。夜瑠の個人的意見は別にして要するに最初からやる気がなかったと。だからさぼっても問題にならなそうな役職をつくるまでやったと」
早香の言葉に夜瑠は視線をさっとそらす。
「な、なんのことか、私、わからない」
「そう」
早香はそっと夜瑠の肩に置いている手に限界まで力を込めた。
「痛い、痛い、痛い!早香ホントに痛い!そ、それに私以外にもじゃんけんで負けた方が仕事をして勝った方は何もしなくていいってやってる人もいたんだって!」
「他の人たちはことなんて知らないわよ!ていうかその人たちだってあくまで二人の合意の上でやってるじゃない!」
「いや、早香なら別に許してくれるかなと、って痛い、痛い!ホントすいません」
この後しばらく早香による夜瑠のお仕置きが続くのだった。
「早香、肩が痛い」
つい先ほどずっと怒ってばかりいてもしょうがないということで早香のお仕置きから解放された夜瑠。涙目で肩をさすっている。
「自業自得」
しかし当然夜瑠の意見に全く耳を貸さない早香。
「そ、そもそも早香が来た時間的に担当終わってほとんどここに直行してるじゃん。つまり早香私の居場所知ってたってことだよね?」
「だって夜瑠、何かしらサボる時いつもここじゃない」
ありていに言えばさぼりの常習犯だ。
「つまり早香は私がここにいることを知っていながら何も言わなかった。これはつまり私のことを容認していたんじゃないのかな?」
「ほう。まだ言う?」
「ひっ。ごめんなさい」
早香の言葉と視線にすぐさま謝る夜瑠。
しかし早香は言われて初めて気付いたが、夜瑠の居場所がわかっているなら連れ戻せばよかった。なんでなんだろうと早香は考えるがいまいち理由が自分でもわからない。
―いつから私はこんなに夜瑠に甘くなったんだろう?
まあわからないものはわからないから今は考えないようにする。
「はぁ。それで、話は変わるけど夜瑠はこの後学園祭どうするの?」
「え?寝てるつもりだけど?」
―……この子は。
「理由は?」
「理由も何も、学園祭は数少ない学校にいながら合法的に日中に寝てても問題ない日だよ?私は寝ていたいです!」
「……」
夜瑠のあまりにあんまりな言葉に一瞬言葉を失う早香。
「そんなわけで早香、おやすみなさい」
話は終わったとばかりに再び寝ようとする夜瑠。
「待ちなさい」
しかしそれを許さない早香。夜瑠の肩をつかみ強引に体を起こす。
「うゎ。ええっと、まだ何か早香?」
「とりあえず学園祭の間中寝て過ごすなんて不健全すぎるので却下です」
「ええぇ!楽しみにしてたのに!」
「……他に何か楽しみなものってなかったの?」
「ない!」
「とりあえず自信満々に言うことじゃないわね」
―それにそれだと私が困る。……困る?
またも自分でよくわからない思考にとらわれる早香。
―困る……というよりむしろいや?夜瑠と学園祭を回れないから?たぶんそうなんだけど、そうじゃないというか……。
「あのー、早香さん?」
急に黙り込んだ早香を不審に思い声をかける夜瑠。
「ん?なに?」
「いや、急に黙り込んでどうしたのかなと?」
「別に、なんでもない」
「そ、そう?」
まだ何か不審そうに早香を見る夜瑠。だが実際早香は本当に何でもないと思っているためこれ以上話すことがない。なので今度は違う話題を出すことにする。
「ここでずっと寝るかどうかはさておき。夜瑠、あなたお昼ご飯はどうするの?」
「……ああ!」
そうしたら突然素っ頓狂な声を上げる夜瑠。
「その様子だと、考えてなかったわね」
「うん、考えてなかった」
予想通りの答えにあきれる早香。
「はぁ。何も食べないわけにはいかないし、とりあえず何か食べに行きましょ。時間もちょうどいいし」
「そうだね。よし、一緒にご飯を食べに行こう、早香!」
夜瑠はそう言うと善は急げとばかりに図書準備室の出入り口の方へ向かおうとする。
「ちょっと待って、夜瑠」
しかしそれを早香が止める。
「ん?どうしたの早香?」
「……」
夜瑠の疑問に早香は答えない。しかしかわりに夜瑠の手を握る。
いわゆる恋人つなぎというやつで。
「ええっと、いきなり手をつなぐのかな早香?」
「……夜瑠が逃げないように」
「えぇ、逃げないよ。ていうか顔が赤くなるほど恥ずかしいならやめればいいのに」
「うっさい、ばーか」
「なんか今の早香ちょっと情緒不安定だよぉ」
夜瑠が何か言っているようだが早香は無視して歩き出す。それに文字通り引っ張れて夜瑠も歩き出す。
手をつなぐ二人は誰もいない図書室を抜け出し学園祭の喧騒に向っていった。
『おまけ』
食事後。
再び無人の図書準備室に帰ってきた二人。
「30分だけだからね」
「うぅ。わかりました、妥協します」
食事後、普通に図書準備室に寝に戻ろうとした夜瑠であったが当然早香に止められた。そして話し合いの末30分だけ戻ることを許された。ただし早香同伴で。
「それならせっかくだし早香、膝枕でもしてよ」
冗談半分でそんな提案をする夜瑠。まあ夜瑠的には断られようが受け入れられようがどちらでもよかったりするのだが。
「……い、いいわ、よ」
夜瑠の提案になんかすっごいムリした感じで答える早香。
「いや、早香、そんなに無理しなくても―」
「いいの!ほら、30分だけなんだから早く!」
そう言ってソファーに座りふとももを示す早香。
「えぇ、まぁ、早香がそういうなら。じゃあお邪魔します」
なんだかんだ言いつつ素直に早香に膝枕される夜瑠。
「わあ、早香の肌すべすべ。それにいい匂い」
「変態」
「ひどいよぉ」
そんなこんなでじゃれあいつつも、宣言通り早香のふとももを枕にして寝始める夜瑠。
「おやすみ夜瑠。でもすぐに起こすからね」
そうつぶやく早香は、夜瑠のあどけない寝顔を見ながら夜の頭をそっとなでるのだった。




