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木苺のなる森の奥へ

作者: ひよこ豆

これは、ひどくありきたりな、遠い昔のお話。




穏やかな日差しがふりそそぐ春の日のことです。ある少女が、森に続く道を歩いて行きます。スカートの裾をひらひらとなびかせている彼女の住む村は、こじんまりとした、のどかで美しいところでした。

けれどこの子、フリージアは、この地で過ごすゆるやかな時間を、なんだか退屈だと思っていました。


朝御飯はお母さんの焼いた田舎パン、それをナイフで薄く切ってチーズをのせて、ミルクをあわせていただきます。それが済めばお母さんに、遊んできなさいと家から放り出されるのです。

けれど、彼女は周りの子供たちのことはあまり好きではありません。大人しくて引っ込み思案なフリージアのことを、変な子だと言っていじめるからです。髪を結んでいたリボンをとられてしまったことだってあります。


ですから彼女は、日が高い間は一人きりで過ごします。お母さんに、あまり遠くに行かないようにと言いつけられてしまったから、他の子どもが楽しげに遊んでいるのをただ横目でうかがうばかり。

日が暮れて家に帰ると、お母さんはお夕飯の準備中。近づいても、お話も満足にできません。それどころか、邪魔だとからあっちにいってなさいなんて言われてしまいます。お母さんと二人きりのフリージアは、大変な思いをさせたくなくて、口をつぐんで向こうへいくのです。

彼女の生活は代わり映えなく、今日という日も終わります。

そうやって、彼女はひどく退屈な時間を掃いては捨てるように過ごしていました。



けれどこの日は、いつもとは少し違いました。去年よりずっと背も伸びて、大人になったような気分の彼女は、ついに一人で冒険することを決意したのです。なに、お母さんは私のことを見てるわけじゃなし、誰も自分が村の外に出ていったってわかるわけありません。お夕飯の時間までに帰ればいいのです。

彼女はスカートの前についた、大きなポケットのなかに、パンやらチーズやらを油紙につつみほおり込みました。大きな麦わら帽子をかぶって準備完了です。はずむような足どりで歩いていった彼女を、気にした風な人は誰もいませんでした。





さて、太陽が真上にのぼるころ、フリージアは困っていました。森にはいるつもりなんかなかったのに、初めての冒険に浮き足立っていたせいでしょうか、いつのまにか迷いこんでしまっていたのです。見たこともない花や木々に、気をとられていると、ずいぶん森の奥にきてしまったようでした。


「ねぇ、私ってどっちから来たのかしら…」


不安げに周りを見渡すと、彼女は枝葉が光を遮らない、明るい場所まで歩いていき、横倒しになっていた木に腰かけました。


「お腹が空いちゃったわ、ご飯を食べましょう。それから考えたらいいわ、そうしましょう。」


フリージアはポッケのなかに手を突っ込むと、油紙にくるんだお弁当を取り出しました。もそもそとパンを頬張っていた彼女でしたが、ふいに、自分のそばに何かがいることに気がつきました。キョロキョロと目を動かし、首を回して確かめようとすると、おい、と呼ぶ声がします。


「まったくなんて鈍いんだ?下を見ろよ、こっちだよ。」


声にしたがって視線を下げると、ようやく何かを見ることができました。それは、茶色い毛並みのちいさな野うさぎでした。


「ウサギさん、こんにちは。」

フリージアがあいさつすると、うさぎは長い耳をピクピク動かしてから、首をふって言いました。

「聞いたかい、こんにちは、こんにちはって言ったんだ!おいらに向かってそう言ったんだ!まったく信じられないね!お嬢さん、こんにちは!」


やたらと髭をふるわせた野うさぎは、ぴょこぴょこ跳ねてフリージアの近くまでやって来ました。



「やあやあ、いったい全体何をしたら、何があったらこんなところに、こんなところに来るんだい?それも女の子が!しかも人間の!」

尋ねるうさぎにフリージアは、

「あのね、それが、私ったら、道に迷ったみたいなの。」

パンを飲み込み答えます。


「ははあ、そいつは傑作だ!」

「楽しくないわ、ううんそうね、帰れるものなら楽しいわ。だってここって夢みたい、お花も木々も皆綺麗なの。」

「それなら住んだらいいじゃないか?」

うさぎは不思議そうに首をかしげるけれど、彼女はそれには答えません。


「うさぎさん、このチーズをあげるから、どうか道案内をして。私を森から帰してちょうだい。」

両手でもって差し出して、ちいさな動物にお願いします。

「これだから人間っていうのは!おいら、そんな臭いものは要らないね!自分が好きなものが相手にとっても良いものなんて、考えるだけで気分が悪い!さあこっちだよついといで!」


きびすを返して跳ねていく野うさぎを、フリージアは慌てて追いかけます。手に持っていたチーズは落としてしまいました。



「ほら、あそこから出られるよ。お前の村ならすぐそこだ。ここまでくれば良いだろう?」


野うさぎの言う通り、ここは今朝歩いてきた道です。村が少し離れたところに見えるので、問題なく帰れそうだと思いました。


「ありがとう野うさぎさん。」

「お礼なんて要らないよ。おいらそんな食えないものは要らないんだ。」


せわしなく辺りを見回し、森に帰ってしまいそうなウサギをみて、フリージアは嫌だ、ととっさに口を開きました。

「私ったら、リボンを落としてしまったみたい。どこにも無いわ。きっと森の中よ。」

「ふうん、へえ、そいつがどうかしたってのかい?」

「うん、お母さんに貰った大事なものなの。あなたがよければ、もう一度、来た道を案内してくれない?」

「まあまあ、そいつはお安いご用だ。タダ働きは気に入らないが、おいらが最初にそういったんだ、仕方がないから付き合ってやるよ。」

「やさしい野うさぎさん、ありがとう。」



一人と一匹がまた帰ってきたのは、もう日も暮れる頃でした。

「うさぎさん、ごめんなさい、ポケットに入っていたなんて。」

「まったくほんとに困ったもんだ!どんなバカならこんなこと、こんなアホなことになる?いやいや信じられないね!」

「ほんとにごめんなさい、でも、うさぎさん、あなたってほんとに優しいわ。」


被っていた帽子を胸の前で握りしめると、彼女はうさぎにこう言いました。


「ねえうさぎさん、わたしとお友だちになってはくれない?」


「なんだって!?なんてこと、どんなバカなことを言うんだお前!ああ、これだから人間は!」


そう叫び、野うさぎは駆けていってしまいました。フリージアは、その麦色の背中を、立ったまま見送りました。


その日のスープは、帰るのが遅れてしまったせいでぬるくなっていて、お母さんに怒られてしまいました。








またある日、静かな森の緑色のなかに、よく目立つ赤いリボンがありました。それは麦わら帽子に結んであって、その帽子をくるくると手元で回しているのはフリージアです。足元には、ちいさな野うさぎが一匹。


「こんにちは、うさぎさん。」

「やあやあこいつは信じられるか?こんにちは、またこんにちは!本日はどのようなご用件で!」

「ええ、うさぎさん。実はね、私、お腹ペコペコなの。」

「ふふん、それで?」


フリージアはしゃがみこんで、うさぎの目をのぞきこみます。


「もうね、お肉だって長いこと食べていないわ。」

「はあはあ。」


「だからね、うさぎさん。」

「うんうん?」


「あなたのこと、食べてもいい?」

フリージアは、そう言いました。





「おいおいおいおい待ってくれ!信じられないお前さん、そりゃないそりゃないそりゃないぜ!なんてことを言うんだね!友だちになろうとしたやつを、お前食おうと言うのかい!?まったく信じられないね!これだから人間ってやつは、ああ。どうしてこうなんだ!?」

うさぎは夢中で跳ね回ると、唾を飛ばしてまくしたてます。


「ああ、やってられないね!おい、お前、おいらにちょっとついてこい!はぐれるなよ、止まってやらないぞ!ほら走れ走れ!」


いきなり進みだした野うさぎにフリージアは仰天して、それから置いていかれないように、走ってついて行きました。




どのくらい来たのでしょう、ふいにうさぎが立ち止まると、振り替えって言いました。


「ほらごらん、ここはおいらの秘密の場所だ。何てったってこの木苺!つやつや光って真っ赤だろ?食べたら甘くて酸っぱいぜ、おいらよりかは美味しいぜ。」


フリージアは、うさぎの勧めるままに木苺をとり、ひとつ、口にいれました。

「ほんと、ほんとに美味しいわ。甘くて酸っぱくて、頬っぺたが落ちてしまいそう。」


もうひとつ、ふたつと口に運ぶ彼女に、ほどほどにしてほしいと野うさぎは声をかけます。


「ええ、それはわかってるわ。あなたの秘密の場所だもの、全部とったりしないから。」

「ふん、どうだか!人間なんて信用ならない、おいらはこうして見張らなきゃ!」


そうして時間がたつ頃には、フリージアも野うさぎも、赤い実の汁で手や口をいっぱいに汚していました。

「ああ、おいしかった。ありがとううさぎさん。あなたってほんとにやさしいのね。」

「ああいやだ!そんな世辞はちーっとも嬉しくないね!おいら騙されたりしないんだ」

「嘘じゃないわ、ほんとうよ。」



それから少し間をあけて、フリージアは野うさぎに尋ねます。

「ねえうさぎさん、私とお友だちにならない?」


「はああ!なんてこった!なんて人間なんだお前さんは!?お前、食おうとした相手と友だちになろうっていうのかい?まったく信じられないね!どういうこった?」


お家に帰ったフリージアは、晩御飯を食べるとき、おやつにうさぎと食べた木苺を思い出しました。とっても甘くて酸っぱい果実を、頭に描きながら、お母さんの手作りのパンを食べます。かたいパンを、ちぎって、スープに浸して、それから口にいれました。







季節は流れて冬の寒い日のことです。辺り一面雪景色で、木々はその葉を散らして裸のものや、針のような葉を繁らせているものもありました。


フリージアは、この日も、手を真っ赤に染めながら森に遊びに来ていました。

「うさぎさん、うさぎさん?いないのかしら。」


「お前さんはなんだってそんなに鈍いのだろうね?ほらここだよ、よーく目を凝らしてみなよ。その目は飾りじゃないだろう?」


声を聞いてから、少女は懸命にうさぎを探します。そうして、白い小山の天辺に、その姿が立っているのを見つけましたが、見つけてビックリしてしまいました。


「いやだ、あなたどうしたの?どこもかしこも白いけど、あなたまで、耳の後ろも真っ白よ!」

「なんだい知らなかったのかい?おいら冬はこうなんだ。まったくわかってないやつだ。」


うさぎがそう返すと、フリージアは白い息を吐きました。

「ああ、病気じゃないのね?それならそれで安心よ、あなたが元気でよかったわ。」


そして、赤くなった手を擦りあわせて言いました。

「うさぎさん、この冬はとっても寒いわね。そう思わない?」

「へん、よわっちいな、人間は。おいらこれくらい屁でもないや。」

「あら、そうなの、羨ましいわ。」



ふと、ふるふると震える温かそうな生き物に、フリージアは目をむけました。


「…ねぇ、うさぎさん。」

「うん?」


「あなたのその毛皮、もし貰えたら、温かいわよね?」





「おいおいおいおいおい!?!なんてこと、な、何を言うんだお前ってやつは!信じられない、おいおい!ああ、これだから!」


雪をはねとばして大騒ぎするうさぎは、とんでもないとんでもない、と呟いてから、ピタリと止まってフリージアを見てうなります。


「あーあー、そうさな、そうだ、おいらが持つから毛皮は温かいんだぞ。だから、お前にやれないけど、お前、おいらにさわるといいよ。それで手でもなんでも温めな。」


それからうさぎはフリージアに近寄って、足に頭を擦り付けました。

フリージアはしゃがみこみ、冷たい雪に膝をつけるのも気にせずに、うさぎに冷えた手を当てます。


「ああ…温かい。」

「まあね。」


「とくとくって、動いてるわ。」

「そりゃ、生きてるからな。これが生きてるってことなんだから。」


「そう、そうね、ほんとにあったかいわ。」

「お前さんはこれを止めようとしたけどな。」


「それは、まあ、いいじゃない。」



ほう、と息をつくと、彼女は頬をぺたりとつけて、うさぎに言いいます。


「ねえ、うさぎさん、私とお友だちになりはしない?」


「ついさっきまでおいらを殺しちゃう気でいたのにさ、いい気なもんだ!」



少女とうさぎは、降り積もる雪も気にせずに、しばらくそこにそのままでいたのでした。









雪もすっかり溶けたある日、ある日のことです。

フリージアはまた森にいました。切り株に腰かける彼女の顔は、なんの感情も浮かべてはいません。


そこに、あの茶色いうさぎがやってきました。目の前まできてやっと焦点を合わせたフリージアは、こんにちは、と小声であいさつをしました。


「おうおう、こんにちは!なんだよ、今日は辛気臭い!嫌だいやだ、なんなんだ?」




フリージアは言いました。


「あの…ねぇ兎さん。私のね、おうち焼けてしまったの。寝るところもないし、食べるものもなくてお腹ペコペコだわ。助けてくれる人だっていない。」



「でもね、それより、お母さんが死んでしまって、私、ひとりぼっちになってしまったの。それがとっても悲しいわ。ねぇ兎さん、だから、もしよかったら私とお友だちになってくれないかしら?」




「ああ、まったく、おいおい、なんてこった!これだから人間は!

友達ってのは今からなろう、はいそうですね!なんてのでなれるもんなのかい?


第一、嫌いだったら、とっておきの木苺の茂みにつれてったり、寒い中に手を温めてやったりするもんか!

これだけやって、それでもお前はお友達になろうなんて言うつもりかい?」




あら、それじゃあ、私とあなたってお友達なの?

知るもんか!

そう、そうなのね。





「ねえ、あのね、兎さん。」

「なんだよ。」



「私のおうちね、焼けてなんか無いの。家族は皆元気だし、お腹いっぱいご飯も食べたわ。今日はパンケーキを食べたの。お父さんもお母さんも弟も、私のこと大好きなのよ。お友だちもたくさんいるし、ちっとも寂しくなんか無いわ。」





「ちぇっ、なんて嘘つきだ!これだから人間は大嫌いなんだ!」



少女と兎は笑いながら、木苺のなる茂みへと入ってきました。



















































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