編み物をする砂彩に
「おかえり、みんなの様子はどうだった?」
部室に戻ってきた俺を迎えたのは、未だに編み物をしている砂彩であった。
砂彩の後ろにあるダンボールには、編み上がったぬいぐるみがいくつも入っていた。
「暇なら、これに綿を詰めておいて」
頭に穴が空いている編み上がった編みぐるみを、ダンボールから取り出す。
俺は無言で綿を詰めていった。
「あれ? 本当に手伝ってくれるの?」
「こうでもしなけりゃ、本当に俺は何もしてないだけになるからな」
文化祭の前日だというのに、自分のやる事を決めていない俺が悪い。自分の道を決めていないなら、他人の道を助けるべきである。
「あれ? あんな言葉を本気にしたの?」
……やる気を削ぐような事を、言わないでくれないか……
「ごめんなさい。本気で手伝ってもらおうと思って言った言葉じゃなかったし……あんな、思いつきで言った軽口なんかのために手伝ってもらうのも悪いわね」
……思いつきで言った軽口だったのかよ……まあ、そうだろうけど……
「あんな言葉を本気で言える人間には、ロクな奴がいないわよ」
あんな大層な言葉を真面目に言えるのは、バカ、政治家、小説家、くらいのものだ。
揃いも揃って胡散臭い連中である。
「あと詐欺師もね。綺麗事を連呼する人間には要注意」
俺達の話はそこで終わり、黙々と作業を始めた。
脱脂綿をほぐした後、綿をぬいぐるみの中に入れていく。
砂彩の作る編みぐるみはこの上なくデキがよい。手芸部にでも入ったらどうだろうか?
「これから寒くなるし……」
砂彩が言い出す。
「マフラーとか欲しくない……?」
「お礼に指輪のプレゼントでも望んでいるのか?」
「だれがそんな事を言ったのよ!」
やばい……今の言葉はマズかったか……
プレゼントをくれるって言っただけだったのに、『見返り目当て』でやっているみたいな事を言ってしまって悪かったな。
「今のは悪かったよ、母さんの買っている女性誌の読みすぎだった……」
「女性誌って何!? マフラーを渡すのは婚姻届を渡すのと同じようなものだっていうの!」
「なぜ婚姻届!? マフラーを渡すって話じゃなかった!? なんでそんな話になっているんだ!」
「あんたが結婚指輪を返すなんて言うからでしょう!」
「待て! 会話をよく思い出してみろ!」
「はあ! 何を思い出せって!?」
俺は、ついさっき、砂彩が言った言葉を言い出す。
「『あと詐欺師もね。綺麗事を連呼する人間には要注意』……次にお前はなんて言った?」
砂彩は顔をムッ……とさせた後、嫌々といった感じで言う。
「これから寒くなるから、マフラーが欲しくないか? って聞いただけよ」
「そして、俺はこう言った『お礼に指輪のプレゼントでも望んでいるのか?』ってな」
「だから指輪って言ったじゃない!」
「『結婚』なんて単語は付けてなかったぞ!」
例えるならば、ブランドバックや、時計なんかでもよかった。
とにかく高価な見返りでも要求しているんじゃないか? という意味の言葉だったのだ。
「それはそれでムカつくわね」
「ああ、だから悪かったって言っている……」
ムスッ……としたままの砂彩。
「もらっていいか? 毎日使うぞ」
俺が言うと、ムスッとしていた顔を一気に驚いた顔に変え、顔を上げてから俺の事をマジマジと見た。
「本当にいいの?」
「ああ、みんなに自慢できる」
そうすると、じー……と俺の事を見た。
「本当に毎日使いなさいよ……約束だからね……」
そう言い、砂彩は俺から顔を外した。




