龍の住む池について
「なんていいますか……竜が住んでいる場所とはとうてい見えないです」
一目では、ただの薄暗い森の中。そこに、沼とも池ともつかないような、水たまりがあるという状態である。黒ずんだほこらに手を合わせる砂彩は、切り出した。
自分は子供の頃に、一度ここで池に落ちたのだ。
この底の浅い池に落ちた砂彩は、広い空間に出た。そこで、竜を見たのだという。
「あの時の感触は、絶対に夢なんかじゃないわ……絶対にもう一度会いたい」
「その気持ちは、なんとなく分かるけど……」
魅成が言う。一度だけ感じた感触を、何年も追い続けていたという部分では、この二人は共通しているのだ。
「だけど、竜って言われてもね……どうやって会う気?」
魅成が聞く。
砂彩には考えがあるといった感じで、胸をそらした。
「やっぱ、神様を呼ぶには、お供え物じゃないかしら?」
その辺のスーパーから花、果物でも買ってくる感じか?
俺がそう考えているのだが、そこで砂彩と魅成が、じっ……と俺のことを見つめてきた。
『……なにか嫌な予感がするんだが……』
俺が言そう考えるのに、砂彩は言う。
「慶次。あんた生贄になりなさい」
「神様への供物」
それに合わせて魅成も言う。
「ならねぇよ!」
いきなり何を言い出すんだこの二人は……
「パルテノン神殿って知ってる? あんたもあれくらいの……」
「恐ろしい話を始めるな! 今時人柱なんかになる奴いねぇよ!」
こいつが勝手なところは相変わらずだ。それでも、まだ諦めずにふざけた事を言い続けてくる。
「わかったわ。譲歩をしてあげる。下半身だけでどう?」
「何が『どう?』なんだよ! 部活動のためなんかに、俺は比喩抜きで自分の身を切るような真似まではしないぞ」
そこまで言うと、魅成が俺の手をギュッ……と掴んだ。
上目使いで俺の事を見上げてくる。これだけならば、可愛い行動で済んだかもしれない。
だがどうせ、続いて出てくる言葉は、ロクなもんではないというのは想像に難しくない。
「小指だけでいいから……一生のお願い」
「やかましい! どんだけ譲歩しても切らねぇよ! 一生のお願い使われても関係ねぇよ! こんなもん、誰だって断るぞ!」
砂彩が『しょうがない奴だ……』と言わんばかりに、「はぁ……」とため息を吐いた。
それにちょっとイラッ……ときつつも、とりあえずは言葉を待つ。
「分かったわ。これが最大限の譲歩よ。左手の薬指ならいいでしょう? そこだったら無くなっても別に困ったり……」
「うるせぇ! 切らねぇもんは切らねぇよ! もうツッコミの言葉が思いつかねぇよ!」
俺が肩で息をしながら反論をする。そこに見空が声をかける。
「終わりましたか? 終わったなら、私の持ってきたお菓子でもお供えしてみますが?」
ちょうどいいところに、見空が話に割って入ってくる。
俺達の話の切りがいいところになるまで待っていたのか……
見空は、ポケットから飴を取り出し、祠の前に置く。
祠に向けて手を合わせる。
「こんな感じでいいんでしょうか?」
横目で俺達の事を見てくる見空。
「そうだな……」
俺は見空の隣に立って、祠に向けて手を合わせた。砂彩と魅成も、手を合わせて俺の隣に並ぶ。




