プロローグ
春麗らかな第二日曜日。
ニュートキオ州ウエノにあるウエノ記念公園では、無邪気に子供たちがサッカーをして遊んでいる。
東野 涼はベンチに腰をかけて、コンビニでダウンロード購入したばかりのニュースエブリィ紙を携帯端末で読んでいた。
三面記事の政治欄では『来月より「地球調査隊」徴収開始』の文字がでかでかと踊っていた。
「もう、そんな時期か。」
東野は遠い目で、地球の青空を模したフィルターごしにうっすら光る、星々を見る。
−地球監察。
マーズ共和国統治政府の地球管理省が主導で開催する、一大イベント。
10年ごとに地球調査隊なるものを結成するため、大規模な人員収拾が行われる。
まず、この火星に住む人類凡そ30億人のデータベースから、人種、職種を問わず念入りに選出する。
見事抽選で選ばれた100人の人々は、メールで所定選考会場への案内が届く。
その後、所定会場にて書類審査や面接を受ける。
そこで半分にまで人数を減らされ、残りの人々は防衛省主導による宇宙空間耐久訓練やら地球環境活動訓練など、厳しい訓練をさせられる。
脱落者を篩にかけて、最終的には10人になる。
見事2ヶ月に及ぶ訓練を耐え切った10人は、かつての母なる星、地球への滞在三週間キップを手に入れる。
そして空軍の宇宙船に乗って地球へと旅立つのである。
「職種は問わずと言っても、大抵は軍人さんか技術屋ばかりになるんだけどネ。」
東野は独り言を呟いて苦笑した。
民間人が加わるには余りにも酷なのは誰の目にも見えているのだが、イベントに飢えている国民にとっては一番盛り上がる、言わば祭りなのだ。
政府もそれを知ってか、うまく人気を利用して、国民の支持を得ているようだ。
今年は出航式の日に、国民的歌手のリリィ・ロンドが国家を歌うらしい。
他にもイベントや特典が盛りだくさんのプログラムになる。
「なぁ、知ってるか?来月地球調査隊の抽選が始まるんだってさ!」
「知ってる!それで、兄ちゃんが今年こそ選ばれるんだって張り切っててさ。
ママにそれはないからまずは働けって怒られてんの。」
「ハハッ、うちの親父と一緒じゃん。
あ、そーいえば俺のじいちゃんが昔、地球に行ったこと話してくれてさ。」
「マジで?!教えてよ!」
いつの間にか子供たちはサッカーをやめて、地球の話に夢中になっていた。
その話に耳を傾けているうちに、東野は幼い頃聞いた父の昔話を思い出していた。
−およそ何百年も昔、人間は地球に住んでいたんだ。
人間は地球にある緑や天然資源と呼ばれるものを使って暮らしていたんだ。
ところが、人々はそれらを使いすぎて、だんだん地球で暮らすのがつらくなってきたんだ。
そこで、世界中の偉い人たちが、ここから脱出して新しい星で暮らそうと考えたんだ。
その新しい星がこの火星なんだ。
知ってたかい?
火星は元々赤錆の土と二酸化炭素しかない星だったんだよ。
それをとても長い年月とお金をかけて、この星を地球のように豊かな星に変えたんだ。
これをテラフォーミングって言うんだ。
そして、ようやく火星が住める環境になったときに私たちのご先祖たちがここに移り住んだってわけだ。
そして、今や地球はもぬけの殻だという。
我々の先祖が火星へ出る際、地球に残った人たちがいたらしいが、およそ200年ぐらい前からはもう交信が途絶えたらしい。
そこで、100年ほど前から地球監察が行われるようになった。
父は幼い東野によく、この話と地球調査隊として地球を見に行った話をしてくれた。
東野は父の話を聞くのが楽しかった。
学校では教えてくれない色々なことを教えてくれた。
空の雲は水蒸気で出来ていることや、そこから雨や雷という電気が降ること。
ジャングルには沢山の動物や虫、植物があること。
砂漠という砂だらけの場所があること。
東野は父の話を聞くたびに、地球へ行きたいという思いを募らせていった。
ハイスクールを卒業する頃には、進路は父と同じ空軍に志願していた。
父が調査隊は空軍が受かりやすいと言っていたからだ。
が、現実はそううまくいかず、空軍入隊試験は落ちてしまい、変わりに陸軍に編入された。
それでも地球を諦め切れなかった東野は、少しでも可能性を広めようと死に物狂いで訓練をこなした。
結果努力が実ったのか、陸軍のエリートのみで構成される、陸軍特殊空挺部隊に編入されることになった。
今日は東野の最後の休暇であった。
「行きてぇな…地球。」
東野は端末をポケットに入れて、煙草を咥えると、駐車場に停めてある車にへと向かって歩いていった。
子供たちはいつの間にかいなくなり、かわりに地面に地球の絵が描かれていた。
おひさ支部リーフ。
そうでない方は初めまして。
混沌大佐であります。
このたび我が生涯初のSFを書くことを決めました。
慈愛の眼差しで見ていただけたらなーと思っております。