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斯く世界は廻る

作者: ゆから

 あらあら、うつけ殿。今宵はどないしはったんですぅ?あら、御伽話を?嬉しいぃ。

だけど、うつけ殿?今宵は何かありはるんですかぁ?外が、やけに静かじゃ、ございません?

知らぬが仏となぁ。ふふ、終わったら教えて下さいましねぇ。まぁ、怖い。

ふふふ、朝明までは早いですものねぇ。

それでは御伽話を聞かせて下さいなぁ、うつけ殿。



笈代問屋の前を歩く影一つ。その前にて闇に潜む影一つ。



「浜の角へ。」


闇の中から声がした。

歩く影は小さく頷くと足早に笈代問屋の前を通り過ぎた。

浜の角は笈代問屋から一里ほどの場所にある。

いつもは暗いその道に皓皓と光が満ちていた。

影は迷う事なく光の方へ歩き続けると、ふっと振り返った若い男が影に気付き少し前にてモノを見ている初老の男のもとまで駆け寄る。


「頭!来ましたよ!」

「やっとか…貴様は、毎度毎度…遅い。単刀直入にいうが、これは貴様らの分野か?」


影は初老の男の前にあるモノを一瞥すると小さく頷く。


「ならば後は、すべて任せる。儂らは撤収だ。行くぞ。平八。」

「へい。」


二人は影を残し、道を照らしていた光とともに、その場から立ち去った。

残された影は、ゆっくりと歩み、モノの前に屈む。

月と星の灯だけでも十分なくらい、影の瞳にはモノのすべてが映っていた。

影はモノに手を伸ばそうとして、ふっと後ろを振り返った。

静かな空間の中で人の気配は異質。


「鬼の仕業ですな、怖やぁ怖やぁ。」


声は、くすくすと笑いながら影の隣に屈む。


「なかなかな…有様ですな。」


影は頷くとモノに触り声は一層楽しそうに、くすくす笑う。

瞬時に影の気配が変わった。

声は笑うのを止め影の気配を探る。


「うむ?何か見つけましたかな?」


影が指差す方を見ると声はニヤリと笑った。


「当たり、ですな。」


影の指差す先には小さな小さな跡があった。


「さて、誰を御所望ですかな?」


影は、ゆっくりと声の方に文を渡すと立ち上がり来た道を戻るために歩き出した。


「ふふふ、後片付けも任せて下さいな。」


声は影を見送りながら楽しそうに笑い、ゆったりと立ち上がると軽く手をあげた。

その仕草だけで闇から幾人かが声に対し畏まった一礼をする。


「仕事だ。」


闇達は頷くと瞬時に、モノを運びだし先ほどまであった跡も綺麗に消し去り昨日までと何一つ寸分違わぬ姿に戻した。

声は満面の笑で、その作業を見ながら文を細く破り、その場に捨てた。


葩卉はき花卉かきだ。私は帰るとしよう。」


声は深く深く愉快で仕方ないと笑う。

闇達は一様に畏まった一礼をすると瞬時に、その場を立ち去った。




 あらぁ、うつけ殿。どないしはったんですぅ?花卉さんと葩卉さん、ですかぁ?

葩花はなばな屋の愛少女達だと聞いておりますよぉ?あらぁ?遊菊を侮ってはいけません。

ふふ、お二人の正体ですかぁ?あらあら、そんな無粋なこと聞きませんよぉ。

さぁさぁ、続きを聞かせて下さいませぇ、うつけ殿。




その日の宵、笈代問屋の前に影が静かに佇み、声は低く笑いながら歩いて来る二つの小さな人影を見る。


「あの影は、花卉と葩卉ですな。」


二つの影は、影と声の前に来ると、この世のモノとは思えぬほど美しい、そっくりというよりも全く同じと言う、その顔を同じように甚だ以て嫌そうに歪め同じように口を開いた。


『契約だからな、来てやったぞ。率直に言えば、囮だろ?』


二人から発せられる声は一切のズレもなく重なり溶け合い一つの声になっていた。

それを声は気にする事なく頷いた。


「ご足労おかけしましたな、お嬢様方。はい、お察しのとおり囮になっていただきたい、どちらかに。ですがな。」

『お嬢様など、お前に言われたくない。どちらかとは?私を誰だと思っているんだ?』

「いつになっても懐かれないな。」

『私は動物か?』

「まぁ、冗談はさておきまして本題に入りましょうかな。花卉と葩卉は、ハカとなり鬼をあぶり出すように、まず手始めに笈代から浜の角まで宵宵往復してもらおうかな。」

『面倒臭いが私に拒否権はない。仕方ない。私の名と契約のもと請け負いましょうぞ。』

「鬼が食いつくまで明日の宵から此所で待つ。葩花屋には話をつけとくな。」

『当たり前だ。私が居なければ、主人が泣くわ。』

「人だからねぇ。」

『お前も人だ。』

「…まぁ、今日のところは説明も終ったしな。帰ってよいぞ。」

『唐突な野郎だ。まぁ良い。横様の死に報いを。契約のもと、我ら汝の言葉に従わん。』


二人は小さく礼をすると影と声に背を向け来た道を帰っていった。

それを声は楽しそうに、くすくす笑いながら見送ると影に向き直る。


「さて、これでよろしいかな?」


影は頷き、懐から文を出して声に渡すと二人とは違う方面に足早に歩き去った。

声は、影が見えなくなるまで眺めると先ほど渡された文を見た。


「ほぉ…さすれば、私の立ち回りは…そうなるか…」


文を読み終わると、声は文を懐に仕舞い込み心底楽しそうに笑った。


「ふむ。ならば、私の仕事は寿佐かずさに任せるとしよう。」


そう呟いた瞬間、闇の中から人が現れた。それは深々と頭を下げた。

声は、それを見ると三人とは違う方向へ歩き去った。


夜は更け人の子一人といなくなった闇の中で何かよくわからない、でも人ではないざわめきが聞こえた。それはそれは人には聞こえぬほど小さく低い低い音で。


「忌…イ、マ…シ…」



 あらあら?うつけ殿。どないしはったんですぅ?

私のことは、お気になさらずに、どうぞ続けて下さいましぃ。

さぁさぁ、御伽話の大詰めでございましょうぉ?聞かせて下さいませぇ。うつけ殿。



ハカが笈代から浜の角まで歩く事になってから七日目の宵、其れは動いた。


「お、嬢…サン。こん…ナ宵に、何を…ナサっ、てルん…デス、か?」


後ろから聞こえた声は低く不愉快で雑音めいた音に似ていた。

否、それは声ではなく音である。

ハカは、ゆっくりと振り返ると最上級と誉めそやされる艶やかな顔に甘やかな笑みを浮かべた。

その姿に、その場が静寂した。

その反応はハカに見惚れたに違いなかった。

ハカは、その反応を肌で感じとると然も不思議そうに首を傾げてみせた。

闇の中の其れが一気にざわめき立ち一人の男が姿を現わした。

男はハカの手を取るとニヤリと笑う。

瞬間、ハカは男の手を振り払い右手は掌を前に突出し、左手は人差し指を横に指すように出した。


「ナ、何を…スルっ」


男が怒りに震える声でハカを見た。

ハカは笑みを引っ込め、ただ何の感情も感じさせない顔で男を見た。


『つ か ま え た 。』


あまりにも冷たく無感情な声に男は怯む。

その反応にハカは蠱惑的な笑を顔に張り付かせながら右手を力強く握った。


「ゥ…ぐッ…」


すると、急に男が苦しげに呻き倒れた。

ハカは、それを見て一層華やかに笑む。


『さぁ、人に棲まう鬼よ。出ておいで。』


サラサラと男の体が砂のように消えると同時に、ユラユラと濃い闇の塊が一気にハカに向って動いた。


「ガ…ゥぁぁぁあ!」


耳障りな音を発しながら駆けてくる闇、回りの暗闇の濃度が深まった気がした。

それでも、ハカは笑っていた。


一層美しく楽しそうに、一層醜く嫌悪感も隠さずに笑う。



『左様なら、鬼さん。』


闇から鬼へ

鬼から闇へ


『お遊戯は終わり。さぁ、鬼さん。』


闇を凝縮したような手がハカの顔を捕らえようとした。

瞬間、ハカは笑みを崩さずに、ゆったり羽が生えたように優雅に後ろに下がった。

そのため勢いを止められず手は、さっきまでハカが居た場所の空を切った。


「ぐっ…イマイまシい…」

『気付かない方が悪いと思うわ。ご愁傷様。』


ハカは吐き捨てるように言い、眉を顰めた。

そこで、今まで気配を消して静観していた声が楽しそうに笑いながらハカの隣に来た。

その瞬間、闇がざわめいた。


すべての闇は自分の支配下にあるはずなのに、何故、ヒトがここにいる…?


「不思議かな?まぁ、気にしないでいいから。これを渡しに来ただけだし。はい、ハカ。」


声は掌から乳白色の小振りな石を見せるとハカは嫌そうな顔をしながらも、それを受け取った。


『お前は…確かに、人じゃない。』

「褒め言葉として受け取らせていただくよ。」

『勝手に言ってろ。』


ハカは吐き捨てるように呟くと真剣な顔で闇を睨み付ける。


魔闇マヤは、これに弱いものね。』

「イマ…シ、イ…」


ハカは本当に楽しそうに美しく微笑うと石を闇に向かって投げ付けた。

すると石は、闇にぶつかる前に粉々に砕け闇を覆うように光だした。


『下僕にしてやる。魔闇、光石に墜ちろ。』

「ぐっぁぁぁあっ…」


闇は光の破片に負けて一ヵ所に集まっていく。

それをハカは舌なめずりしながら見つめる。

数秒後、闇は光に負けて光に包まれるように一つの塊になった。

それは、さっきまで持っていた石と同じくらいの大きさだった。

それをハカは地面に落ちる前に掴み取ると満面の笑みを浮かべる。


『いただきます。』


そういうとハカは何の躊躇いもなく、それを口に放り込み噛み砕き飲み込んだ。


『配下契約完了。』

「いつ見ても配下契約って残酷だよな。」

『…だ。』

「え?」

『やっぱり、お前は嫌いだ。』

「残念だな。私は楽しいから好きなのにな。」

『主人以外はいらん。』

「ふーん。まっ、任務完了したし契約終了だな。もう帰っていいよ。」

『ふっ、当たり前だ。帰らしていただく。』


そう言うとハカは、後ろを向くと歩き出した。

その背に声は少し大きめな声で笑いながら言う。


「葩卉も花卉も、お疲れ様。主人に宜しくな。」


ハカは立ち止まりも振り返りもせず、ただ微かに頷いた。

その姿を見て声は密かに笑う。

そんな瞬間、ほんの瞬きした瞬間、長身の女性だったのが、幼い少女二人になっていた。


「さて、終わりましたな。」


声が後ろを振り返ると、影が、ぬっと出て来た。


「これから報告ですかな?」


影は静かに頷く。


「私も行きましょうか?」


影は静かに首を横に振ると微かに頭を下げた。


「いやいや、光石の件は…遅れたのですから…礼を言われる訳には…」


影は声の近くまで行くと掌を見せた。


「…ご褒美ですかな?」


影は動かず声を見る。

声は影の手を取ると掌に口をつけた。

ぷつっと小さな音と共に血が溢れる。

それを声は躊躇いもなく飲む。

数分そうしているうちに声が手から口を放した。


「ご馳走さま。」


影は吸われた場所を袖から取り出した布で器用に巻く。

それを見ながら声は愉快そうに笑う。


「私たちも帰りましょうかな。もうすぐ朝明です。」


影が頷くと同時に二人は別々の方向に歩き出した。



 あらあら、うつけ殿。もうお帰りですかぁ?

あらぁ?もう、そないな時間になりましたのぉ?

御伽話が楽しくてぇ、ついつい我儘を言ってしまいましたぁ。お許し下さいませねぇ。

ふふふ、遊菊は何時でもぉ、うつけ殿をお待ちしておりますぅ。

ではぁ、また御伽話聞かせて下さいませねぇ、うつけ殿。


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