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断章1 人災警官隊

 この小説はフィクションであり、実際の人物、団体、国家等とは何の関係もありません。それ故に、一部科学法則を無視した現象があります。


 今回は残酷表現があります。

 苦手な方は次話から読んでいただいても話は分かります。

 きっと。

 中国解体後に東京の西部の一角に巨大なビルが建設された。

 ルナタワーと名付けられたそれは二〇〇四年に全長二三二メートルの都庁に次ぐ高層ビルとしてようやく完成した。

 ここは現在日本に住む旧欧州人や日系欧州人が住まうために政府の税金を用いて作られた。冷暖房完備、十階に一つ温泉が用意され、医者や警察、コンビニや家電店など様々な施設がこのビル内に用意され たが、元々ここは人が住むための建物であり、当然のように一世帯あたりに一部屋用意している。

 建設当時からここは下手な金持ちよりも豪勢な生活ができると、国民の不満を買ったが旧欧州人たちは自由な生活を保障されておらず、将来は何らかの国家奉仕(多くは軍役など)に就かなければならないのだ。

 その事実が明らかになると自然と不満の意見も収まった。

 そんな来歴のあるこのルナタワーが爆弾テロの標的となった。

 爆破によりちょうど中間にあたる階層の二四階が爆破され、多くの住人や、関係者たちがテロリストの人質となってしまった。

 その事件の解決、具体的には犯人のテロリストの制圧(逮捕ではない)、人質の解放のために警察庁はある部隊に出動を命令した。

 その部隊が人災警官隊(テロル・キーパーズ)である。

 人災警官隊はテロの鎮圧し、人質解放を目的に結成された機動隊の一つだ。だが、実質彼らはレスキュー隊と機動隊の働きをしている。

 その装備は世界最新のもので、サイバーテロにさえも対応することができる。

 また、公的組織にしては珍しく魔法士と一般人の混合された組織でもある。



 ルナタワービルは建物の中心に一貫したエレベーターが通り、その扉の周辺がホールとなっている(ちなみにエレベーターは南北にもう二台)。そこから各小部屋へと続く通路があるのだ。ここまでそのような構図が続いていたため、この先もそうである可能性が高い。

 書類ではマンションに分類されているが、中身はホテルとそう変わらない。

 爆破階層の一つ下のルナタワー二三階のホールには煙は少なかったものの、爆発の衝撃で壊れた扉や窓の残骸があちこちに散らばっていた。

 軽量酸素ボンベとマスク、防火服製の防弾服を着た黒尽くめ人災警官隊四〇名の中の一人の青年、かつ魔術師でもある藤原(ふじわら)()左人(さと)はそこで奇妙な感覚を感じた。

(嫌な予感がする)

 酸素マスクの下で顔を顰め、天井を見た。

 彼は風属性の精霊、《薫風(くんぷう)》と契約した魔法警官でもある。

《薫風》の魔力量は少ないものの契約者にある特殊能力を与えることができる。

 予見能力。不定期に発動するその能力を眞左人はそう呼んでいた。

(……隊長)

(どうした藤原)

 無属性魔力を用いた双方間通信術で眞左人は人災警官隊の隊長、(しら)()(たか)(ひろ)に話しかけた。

(嫌な予感がします)

(何?お前の力が知らせているのか?)

 眞佐人は無言で肯いた。

 孝広は魔術師である。一般人と魔術師が共に活動する団体で、魔術師が指揮を執ることは珍しいことである。

 それだけ孝広は上司にも部下にも信頼されているのだ。

(分かった。なら念のため隊を二つに分けよう)

(ありがとうございます)

(いや、礼を言うのは俺の方だ。用心しておくに越したことはない。お前の進言がなかったらともしもの時の対応を忘れるところだった)

 おそらくそんなことはないのだろうなと思いながらも眞左人は納得することにした。

「ここで隊を二つに分けるぞ!南条、菱田、花崎、吉田の各小隊はここで待機、残りは俺と共に上階の制圧にかかる!」

 号令と共に各員は行動を開始する。

 上階の制圧組の眞左人は気を引き締めて階段へと歩き始めた。



 二四階は地獄図のような惨状だった。

 赤い火が煌々と燃え盛り、黒い煙が充満している。その中で人の生活していた名残が焼き尽くされていた。

 通路の壁や部屋の壁までも吹き飛んでいて、他の階よりも見晴らしがよくなっていた。

 その結果、より凄惨な光景が目に見える。

 ボロボロになった天井、壁、床に付着した赤黒い液体。そして、人だった部分の肉塊。

 それは手であり、腕であり、足であり、脚であり、腰部であり、胸部であり、頭部であり、眼球であった。

 それは爆発によってもたらされた死の光景だった。

 臓物を、脳髄を撒き散らした死に様。

 常人なら吐き気を覚えるこの光景を見てなお、人災警官隊の隊員たちは冷静に、しかしどこか荒々しく行動する。

「隊長、やはり階段はダメでした」

「そうか……。よし、準備しろ」

 爆発の衝撃でここより上に続く階段が途絶えていたのだ。

 孝広の命令で隊員たちは慌ただしく動き出す。

 何故彼らは目の前の惨状に動揺せずに行動できるのか、それは死に慣れていることもある。

 しかし、もっと大きな理由がある。

 それは死を怯える恐怖心を憤りに変化させることだ。

 恐怖は人を止めるが、怒りは人を推し進める。

 自身の感情を上手くコントロールすることで彼らは残酷な争いの中を掛けてきたのだ。

 隊員が配置についてから、三人の若き隊員が孝広の前に立つ。

 一人は先程の予見の能力を持つ藤原眞左人。

 その左隣に立ったのが女性隊員の(くら)()(いのり)。背の高い少女でマスクに隠れた髪は魔力に馴化して、金髪に変化している。

 眞左人の右隣にたったのが、祈と同じく女性隊員の橋口(はしぐち)瑞樹(みずき)。一般的な身長の少女で眞左人と同期である。髪は稲光のような青白く、瞳はアメジストのような紫に馴化している。

 三人ともこの隊の魔法士である。

「頼む」

 はいっ!と三人が同時に返すと行動し始める。

 隊にはある程度の出来事に対応することができるようにマニュアルのような策を用意している。

 今回はビルなどの建築物で上階への道が閉ざされていた場合の行動。

 まずは眞左人の予見能力で場所を決める。

「あそこの綺麗な部分がいいと思う」

 ホールの中心の天井のまだ白い部分を眞左人は指さした。

「分かりました」

 といい、背の高い祈はベルトに固定したケースからチョークを取り出した。

 そしてそこの真下の床にチョークで何かを書き始めた。

 その一方、

「思うって何よ」

 眞左人の隣でツンと言いながらも左のホルスターから九ミリ拳銃を取り出すのは瑞樹。そして銃を構え、その部分を狙う。

 短く音を出した銃弾はペイント弾だ。

 そして九ミリ拳銃を仕舞い、右のホルスターから別の銀色の銃を抜く。それは完成当初最強の拳銃と呼ばれた銃、S&WM29。

 リボルバー式の銃であるがそれには弾は込められていない。そもそも彼女はそれを必要としていない。

 なぜならこのS&WM29彼女の魔法出力器(デバイス)なのだからだ。

 狙いをつけて引き金を引くと同時に詠唱魔術を発動する。

「磁力弾!」

 鉛弾ではなく、不規則に揺れる磁力の弾丸が銃口から飛び出す。

 もちろん本来の磁力は不可視な力だ。しかし、魔力を変換した磁力は黒い球状の物体に紫電が時より走っているように彼らには見える。

 その磁力がペイントで印付られた天井に接触する。

 そして、

 バゴン!と音を立て、天井に丸い穴が空いた。

 しかし、下でチョークを走らせる祈には破壊に伴うはずの瓦礫が落ちてくることはなかった。

 雷属性の魔術、磁力弾。それは硬度S級の魔術で、その用途は金属を磁力で操ることである。

 強力な磁力を放つ磁力弾はそれ自体が強力なS極を帯びている。

 故に周囲のS極の電子を弾きだす。そのS極電子は魔力によって金属に宿りS極の磁力を与える。

 磁力弾はその金属と反発し合い、吹き飛ばす。

 空いた穴の端々には鉄筋が上方に折れ曲がっていた。

 大抵のビルは鉄筋コンクリート製である。鉄筋コンクリートとは弱いコンクリートの中に棒状の金属の鉄筋を入れることで補強したものである。

 つまり、コンクリートの中に、鉄筋が入っているのだ。

 磁力弾はそれに干渉し、それを弾いたのでアイスが棒から抜けるように、コンクリートだけが吹き飛ばされ、上階の天井に埋まってしまったのだ。

 眞左人と瑞樹が頷き合い、二、三歩、離れると祈が立ち上がった。

 その足元には白い石灰で描かれた円があった。

 いや、正確には円ではない。外周は円だが、その中には文字、計算式、図形などが細かく描かれていた。それらは離れると幾何学模様のように見えた。

 魔法陣とこの円を人は呼ぶ。

 図示魔術グラフィックスと似ているが、魔法陣は空間ではなく、地面に直接陣を描かなければ発動しない。

 さらに書き込まれる情報が図示魔術とは精密さにおいて比較にならないほど魔法陣は詳細だ。

 全ての魔法の原点とも呼ばれる魔法陣。それは人が生み出してきた世界を表現する方法全てが編み込まれている。

 言葉、計算、絵、図。それら全てを書き込まれた陣。

 魔法士という言葉の本来の意味、それは魔法陣を描き、呪文を読み、対象を測り、想像通りに事象を変化させる者。

 現在では全ての魔法に関わる者を指す言葉であるが、その中でも魔法陣を描く者を魔法師と呼ぶ。

 源流として、畏敬を込めて。

 彼女はその魔法師である。

 属性は《天》。

「準備できました」

 祈は隊長に振り返って知らせる。

「分かった」

 一言だけ告げ、孝広はその陣の中心に立つ。

 すると陣が起動する。

 白線が宙に浮かび上がり、その上の孝広もそれに伴い浮遊する。

 そして、丸く空いた穴に向かってゆっくりと上昇する。

 天属性の魔力は空中移動、飛行に関する事象変化を得意とする属性だ。

 この陣は祈の任意の場所へ魔力を込めた陣の上に立つ人間を移動させることができる。

 その力から、「移動させる者(エレベーター)」という異名を彼女は得ている。


 孝広が二五階層に煙と共に侵入する。

 そこはホールの中心。ここも窓や壁に爆発の被害が現れていたが、さほど厳しいものではなかった。

孝広はその様子を確認する。

 エレベーターの扉を背に、肩からサブマシンガンを下げ、特殊部隊のような酸素マスクを被ったテロリスト五人は立っていた。

 その少し離れた通路の壁を背にして、縄で自由を奪われた人質たちが座らされていた。

 女性が六人、男性が八人と孝広は人質の数を数え、九ミリ拳銃を抜く。

 そして突然の事態に理解が及ばないのか、呆然としたテロリストに向け引き金を引く。

 二つの銃声が響き、どさりと重い肉塊が崩れ落ちる音が響く。

 陣から降りて、孝広は残りのテロリストへ駆ける。

 慌ててテロリストたちは肩にかけていたサブマシンガンを向ける。

 その前に一瞬のうちに孝広は防弾防火性のベストから白く細い指揮棒を抜く。

 そして、そのタクトの先端を敵に向ける。

 刹那、トリガーを引こうとしたテロリストたち指が止まる。

 いや指だけではない。足、腕、胴体、口、眼球に至るまで体の全てが微動だにできない。あたかもコンクリートの中に埋められたように、空気が彼らの動きを阻害するかのように、身動きできない。

 孝広はマスクの下の表情を変えることなく、絶望に浸るテロリストたちに引き金を三回引いた。


 次に陣に乗って上がってきた眞左人は孝広が撃ち倒した五人のテロリスト達を見て、顔を顰めた。

 抵抗することもできず、命を奪われた彼らに向けた瞳に宿るのは同情。

 孝広の魔力は《界》の属性。界とは即ち空間である。孝広は空間を操る魔術師なのだ。

 テロリスト達が受けた魔術は《影縫い》。その存在を今いる空間に固定させることで、人の体の動きを止める魔術だ。もっとも、呼吸だけは対象外にしているらしい。

 彼ら五人のテロリストは世界に動きを止められ、最期を迎えたのだ。

 眞左人が複雑な思いで揺れる間に、下の階から陣に乗って瑞樹が上がってきた。

 彼女は立ったまま、人質解放にも手を貸さない眞左人に話しかける。

「何してんのよ?」

 喧嘩腰なのは二人が同期で切磋琢磨しあった仲だからである。ライバルというべきなのだが、それは二人とも認めていない。

 答えない眞左人の視線を追うと、血の海に浮かぶ五つの死体があった。

 少し嫌な気分になりながら半眼で眞左人を睨む。

「いつもながら甘いわね。これだけのことをしてるんだから、当然の報いでしょう」

 テロリストたちを見る瑞樹の瞳に宿る感情。それは黒く燃え盛る憎しみである。

 眞左人はそれには気づかず「……そうだな」と声を漏らしてから、

「でも、あの人質の人たちに人が死ぬところを見せたくなかったよ。あの人たちは、ただの被害者なんだから」

隊員たちに指示を出す孝広を旧欧州人の人質たちは震えながら見ていた。彼ら彼女らにとっては武器を持ったテロリストよりも、それを一人で斃した孝広の方が恐ろしいものだったのか。

(違うか……)

 瑞樹は思い直す。確かにそういう面はあるのかもしれないが、それより彼らは人死に、ひいてはそれをしても動じない態度が恐ろしいのだろう。

 この職に就いてから数々の人死を見てきたが、やはり初めて目の前で人が死ぬのを見た時のことは忘れられない。

 悪夢という形で再現されてしまうほどに。

 眞左人はそれを憂いている。彼らの今後を、悪夢を慮っているのだ。

(ホントにバカ)

 人災警官隊は速やかな事件解決を求められる。彼らが出動している時点で会話による事件解決は望めない状況なのだ。

 武力による制圧を行う以上、血を見るのは逃れられないというのに。

 どうしようもないか、と瑞樹は話題を変えようと口を開いた時、

 眞左人の息を呑む音が聞こえた。


 眞左人は予知(正確には予感と言ったほうが正しいだろう)の力を持っている。

 今彼が感じたのは悪いことが起こりそうだという予感だ。それは理論で説明できるものではない不安にも似た感覚。

 彼は予感に従い、縛られた人質たちを解放していく仲間の姿へ視線を動かす。

 その陰で、一人の既に解放された人質が不自然に内ポケットを漁っていた。

 金属のような光沢が見えた瞬間、眞左人は脇差から小刀を抜いた。

 それにより、彼の魔術が発動する。

 挙動魔術(アクション)

 一つの行動(たとえば、タクトを向けるなど、簡単なものが多い)をすることで、一つの魔術を発動させる魔術発動法。

 小刀を抜くという行動で、発動したのは風属性の《加速》の魔術。

 彼の精霊、《薫風》は魔力量の多い精霊ではない。それゆえに、彼は単純な魔術しか使えない。

 だが、その《加速》は人体の限界を超えた速さを彼に与える。その不利点があるからと言って、彼が弱い戦士(魔術師としては格下に見られがちではある)というわけではない。

 瞬時にホールの端から端まで駆け抜ける彼の速度に、皆が呆然とする中、

 ポケットから男が取り出した物が果物ナイフのような刃物だと認識し、眞左人はその手に、

 疾風のような速度の手刀を食らわせた。

 手のどこかの骨が折れるような音がして、男はナイフを落とした。

 男が痛みに声を上げる前に、第二撃の手刀が男の首筋を襲い、意識を刈り取った。

「……」

 あっけなく倒れた男。

鮮やかな彼の戦いに人災警官隊までも意識を奪われていた。

 迅速にして単純、それが彼の戦い方だ。

「……内通者というヤツか」

 眞左人に歩み寄ってきたのは孝広だった。

 そのまま彼はドイツ製の九mm拳銃を抜く。「ッ!!」と人質たちは息を呑む。

「隊長!待ってください!!そいつはもう戦闘不能状態です!!」

 眞左人は小太刀に手を掛けながら孝広の前に立つ。

「どけ、藤原」

 孝広は隊長として一言命令する。それは隊である以上、従わなければならない言葉だ。

 それでも、眞左人の本質がそれを拒む。

 瑞樹や祈など他の隊員や、人質たちも固唾を呑んで見守る中、呆れたように溜息を吐いて孝広はタクトを振った。

 倒れている男の方へ。

 慌てて振り返った眞左人の目に飛び込んだのは、倒れたまま男がスイッチらしきものを取り出し、今にも押そうとしている光景だった。

 もちろん、孝広の『影縫い』でその男の動きは封じられているのだが。

「反抗の意思の有無も分からない相手を拘束もせずに置いておくな」

 眞左人を避けて銃を構えたまま孝広は男に近づく。

 その姿を眺めてから、男のシャツを捲った。

 男の体には無数の茶色の筒がテープと共に巻きつけられていた。

「ダイナマイトか、またメジャーな物を……」

 微苦笑した孝広を見ながら、眞左人は戦慄していた。

(自爆……)

 もしも、

 もしも孝広が男の動きを止めていなければ、どうなったか。

 そして、一歩遅れて憤りが生まれる。

 自分に、さらに、こんなことをしてまで何をしたいのだという事件への怒りだ。

「何か、言い残すことはあるか?」

 銃を向けて孝広は尋ねる。

 スイッチを奪い、タクトを外し、男が話せるように整える。

「……バケモノめ」

 空気が凍る。その言葉は魔術師に向けられたものだ。

 それだけでこの事件の裏にあるものが、彼らには分かった。

 魔術師排斥運動。

 旧欧州大戦時、魔術よりも科学技術に傾倒していた日本には、魔術師を認めない考え方が根強くある。

 魔術は誰にでも使えるわけではない。だが、(一般的には)科学技術は誰もが等しく使えるものだ。さらに日本は全体で均一であることを望む文化がある。

 一般人の彼らにとって魔法は目障りな存在だったのだ。

 日本は世界の中で魔術師が暮らし辛い国だった。

 しかし、三〇年前の沖縄戦。五年前の北方四島奪還戦に代表される国家防衛戦に参加する彼ら魔術師の活躍などで、その社会的地位も向上しているのだが、このような事件もまだ多いのが現状である。

 短員たちは動揺せずに成り行きを見守る。

 孝広は作業のように淡々と引き金を引く。

 火薬を身に着けていない額から、男の頭蓋と肉を撃ち破り、その鉛弾は男の命を絶った。

 孝広はきびきびとした動きで銃をホルスターに戻す。

 ただ、それだけだった。



 上層階の制圧を他の隊員に任せ、隊長の白葉孝広と藤原眞左人、倉田祈、橋口瑞樹の四人は先程から一つ階を上がり、二六階で救出された人質たちと共にいた。

 二五階は煙で満たされて人質たちも苦しい状況だったのだ。

「隊長」

 人質たちのケアを女性二人に頼み、孝広が窓を見下ろす中、眞左人は話しかけた。

「何だ?」

 彼らは四人ともマスクを外していた。角刈り気味の孝広の野性的な顔が、不機嫌にも見える。

「その、……すみません」

「命令違反の事か?なら気にするな。お前だからな」

 孝広は微苦笑する。

「すみませんでした」

 深く頭を下げた後、眞左人はすっきりした表情になり、

「ところで、このテロの目的は何なんでしょう?」

 人災警官隊に回ってくる事件は武力で制圧することが多いため、その実詳細な情報が伝わらないことが多い。

 それには情報を隠そうとする政府の意図があることもあるのだが、もっとも末端隊員の眞左人はそれを知らない。

「俺は旧欧州人への差別活動関係のテロだと上から聞いたが、どうも違うらしいな」

 先の内通者の言葉から、これは魔術師排斥を訴えるテログループの活動だと孝広は考えていたのだが、二つ理解できないことがあった。

「魔術師排斥関係なら、このルナタワーを襲った理由がわかりませんね」

 そうだな。と孝広も首肯する。

 反魔術師のテロならもっと他に狙うところがある。魔術省に魔法出力器の生産業者、技巧者デバイサー組合の工房、魔術学校など魔術に関する場所は多い。

 にも拘らず、ルナタワーを襲った犯人たちの思考が理解できない眞左人。

 しかし、孝広にはある仮説があった。

「心当たりがあるとすれば《銀閃の騎士団(シルバー・ナイツ)》ぐらいだな」

《銀閃の騎士団》とは旧欧州人たちが所属する日本軍の隊名だ。彼らは五年前の北方四島戦の際から活躍し始め、今では魔術師師団団長の川瀬五郎から絶大な信頼を得ている。

 ルナタワーの住人は多くがその《銀閃の騎士団》の関係者だ。もしここを抑えれば、軍の魔術師への牽制となり得る。

 それを一応知っていた眞左人は成程と納得したようだが、孝広はもう一つの疑問で頭を悩ませていた。

(それ以上に、何故今回の事件の詳細を上は隠すんだ?)

 知られたらまずいことを、このテロリストたちは知っているのだろうか。

 目を細める孝広は、見えないものを見ようとしているように眞左人には思えた。



 ようやく制圧が完了したとき、人質の数は総勢五〇〇人以上。犯人は生き残った者だけで十二人居た。

 ここからが人災警官隊の真の見せ場である。

 三〇階まで上った彼らは、それぞれの魔力を合わせた魔術、即ち大規模魔術を発動させるため、円陣に組んでいた。

 彼らの魔力は祈のチョーク型の魔法出力器に宿る。

 それを使い、祈は陣を描いていく。

 一方、隊長の孝広は犯人を含めた二六人の人質たちを二九階に集めていた。

 タクトを抜いた孝広は、先にテロリスト以外の人質一人に先端を向け、右に一回転させる。

 すると向けられた者はその場から消えてしまった。

 驚く一同を無視して、次から次にタクトを向け回転させる。

 界属性の魔術《影縫い》。それは存在を空間に固定する魔術だ。

 それを応用すれば「今存在する空間から離れた別の空間に固定することで、空間移動する」ことができる。

 平たく言うとテレポートというものである。

 しかし、一人一人しかできず移動距離もそれほど長いものではない。

 故に彼は二三階に待機した別働隊の元へ送ることしかできない。

『隊長、避難開始させました』

「分かった。今からテロリストの生き残りを送る」

 そして、それを終えると彼は上階の動きを待つ。

 その上階では祈が魔法陣を完成させていた。

 大規模魔術「天空塔」。それが作戦名でもある。

 孝広の待つ二九階層に、比較的に怪我もなく元気な人質と共に人災警官隊は下りていく。

「何が起こるんですか?」

 眞左人の警護する銀髪に碧眼の旧欧州人の少女が不安そうに尋ねた。

「へへっ、まあ見ときな」

 回答していないのだが、二カリと笑って天井を見上げる眞左人からは不安は感じなかった。

 二九階で窓を開き、孝広は煙草を吸っていた。

 最後に二九階のホールに辿り着いた祈が、起動の式を描く。

 するとキシキシと音を立て、天井に近い壁にヒビが入る。

 銀髪の少女が少し恐怖を感じて眞左人の手を握っていた。

 眞左人は少し驚いたが、弱く握り返す。

「大丈夫、心配はいらない」

 少女の眼を見て頷く。

「は、はい」

 頬を朱に染めて少女も頷く。

 その時二九階より上が切り離されたように浮き上がった。

 大規模魔術の陣が三〇階の床を動かし、五〇〇名近くの人質たちをそこから上の階層ごと移動させる。

 ゆっくりと地上に降下していくタワーの上部は、まるで空を飛ぶ神秘の城のようである。

 それが「天空塔」。祈の指定した近くの広場まであの構造物は飛んでいく。

 これらの働きにより、残る人質は少女が六人、少年が四人、成人男性が一人、成人女性が二人、男性老人が一人の十四人だった。

 しかし、彼らにはそれ以上何もできなくなる。

 魔力の枯渇により、魔術が使えないのだ。それに加え、長時間の作戦の為隊員たちの疲労も酷い。

 こんな中で、火の勢いが強い階層を防火服の無い人質たちと共に抜けるのはほぼ不可能だった。

 もちろん彼らには策がある。

 分けられたもう一つの班がいずれ先に渡した人質たちを地上に届け、こちらの救出に向かってくるのだ。

 それまでは彼らもゆっくりできる。

 人質たちもそれを知っているため、比較的リラックスした状態で、隊員や住民同士で談笑している。

だが総勢四十名ほどが得ていた休息は、長くは続かなかった。

(む?)

 孝広の携帯電話型の連絡機が震える。

 見るとそれは人災警官隊の特秘回線の番号。

 サイバー技術を専門にする隊員たちが政府にも警察庁にも報告せず、勝手に作った回線だ。

「白葉だ。どうした?」

 孝広は連絡に応じて連絡機を耳に当てる。

『……隊長、聞こえていますか?』

 どこか緊張したような声の主は羽衣(はごろも)(たくみ)。人災警官隊のアナライズ担当であり、実質隊のナンバー二である。

「どうした?」

 声音から異常に気付いた孝広は少し緊張した面持ちで次の言葉を聞いた。

『隊長。政府の命令でそちらを救出できなくなりました』

「……どういう事だ?」

 動揺はせずに冷静に聞き返した孝広であったが、その心拍数はにわかに上がり続けている。

 嫌な予感が血液と共に頭の中をよぎる。

『公安が手に入れた情報で、そのビルの下に、ビルを倒壊させるほどの量の爆薬が仕掛けられていることが分かりました』

「……」

 それだけで、孝広は理解してしまった。

 助けが来ない理由を。

 間に合わないのだ(・・・・・・・・)

『あと五分で爆発します。

 ……政府は被害の軽減のために僕らに救出を禁止して、付近の住民の避難誘導を命じました』

 いつの間にか、吸いかけの煙草の灰が、手に迫っていた。

 その場ですり潰しながら、孝広は決断する。

(知らずに死ぬより、知って死ぬ方がいい)

『隊長……』

「よく知らせてくれた。助かった、後を頼む」

 何か言おうとした巽を封じて、連絡機を切る。

 一度顔を両手で覆う。

 思い出されるのは、幼い娘と最愛の妻の顔。

 それを振り切り、彼は立ち上がり、深く頭を下げた。

「隊長?」

 顔を上げると疲労困憊の隊員たちとキョトンとしているタワーの住人達。

「今、下から連絡があった。タワーの地下に爆弾が仕掛けられていたらしい。犠牲を減らすために、救助は来れない」

 呆然とする。重なる不幸に旧欧州人の住人達はそれを嘆く余裕もなくなっていた。

 数多の修羅場を乗り越えてきた人災警官隊たちでさえも絶望に暮れる中、一人だけどこか安らかな表情をしている隊員がいた。

「藤原?」

 眞左人は不安気でもなく、ただ安らかに座っていた。

「大丈夫ですよ。助けは来ます。必ず」

 どこから溢れたのか、彼は自身に満ちた表情で笑っていた。

「お前の予知能力は知っているが、それでもこの状況を切り抜けることができるとは思えん」

 敢えて孝広は否定的な物言いをする。それは眞左人の能力を知らない者たちが彼の言葉を無責任なものと怒ることを抑えるためでもあった。

「俺も分かりません。ただ、そんな気がするんです。誰かが助けてくれるような」

 やはり要領得ない予知能力だと内心嘆息するが、それでもその予感に助けられた経験は無視できない。

 その時、ギギっという音を上げて、ホールの中心に位置するエレベーターの扉が開かれた。

 咄嗟に孝広をはじめとする人災警官は銃を抜いた。

 扉から現れたのは一人の青年だった。

 黒髪黒目の純日本人風の背の高い青年。茶色の外套を羽織り、左手に黒い鞘に納められた日本刀を持っていた。

 拳銃などの銃兵器で武装していないことから、孝広はこの男が魔術師と断定した。

 もしそうであれば、魔術同士の対決となりうる。魔力を使い果たした彼らには遠慮したいことである。

「……」

 しばし無音が世界を支配する。

 青年は気怠そうに辺りを見渡し、口を開いた。

「突然だが、助けてほしいか?」

 思ったよりも低い声で青年は告げる。呆気なく。素っ気なく。

 すると、旧欧州人の男性が答える。

「できるのか?」

 彼は鷹揚に頷く。

「ああ。詳しいことを話す猶予はない。だが、俺の質問には答えろ」

 誰もが息を呑み彼の言葉を待っていた。

「もし、お前らが生き延びたなら、お前らは公式には死んだことになる。お前らは元の生活には戻れないだろう。そして、俺はこの事件の裏にあることをお前らに教える。

 本来なら知らなくてもいいことをな。

 それでもいいなら、俺に手を伸ばせ。

 それでも生きたいなら、俺に手を伸ばせ」

 青年はこの場の全てを支配しているかのように、言葉だけで空気を呑み込んでいく。

 しかし、唯一の老人がそれを破るように口を開く。

「ワシはここに残る」

 青年は驚いた様子も見せず老人を見つめた。

 驚くほど黒く澄み切った瞳だ。

「お祖父ちゃん!!何言ってるのよ!!」

 ようやく動いたのは先程眞佐人にすがりついた銀髪に翡翠色の瞳の少女だった。

「いいんじゃ、アイナさん。ワシはもうここで朽ちるべきなんじゃよ。あの子のためにも」

 寂しそうに笑う老人だったが、青年の眼にはホッとしているように見えた。

 長年の苦役から解放される間際のような、どこか清々しい。

「違う!違うよ!ヘルはお祖父ちゃんに生きていてもらいたいはずよ!!だから、あの娘は軍に入って、お祖父ちゃんの分まで奉仕義務を果たしてるんだよ!!」

「……」

 老人は沈黙する。どこか苦々しそうに。

 青年が表情を消した顔で老人を見つめた。

「ご老人。事情は知らないが悲しんでくれる人がいて、生きる術が残っているなら生きるべきだと思うぞ。……まあ、俺が今この状況で言うのもどうかと思うがな」

 諭すように青年は語る。面倒臭そうに頭を描いて青年は半眼で老人を見た。

「あの子は、……ヘルはワシを恨んでおる。あの子がワシの死を悲しむとは思えんな」

「そうかもしれないが、目の前にアンタの死を悲しむ人がいるだろう?」

 老人はアイナと呼んだ少女を見つめる。

 彼女は涙を両目に溜め、今にも泣き崩れそうだった。

 老人はやはり苦しげに胸を押さえながらも、アイナの頭を撫でて「すまんの」と短く謝辞を述べた。

「さて、他はどうする?

 このままここで死ぬか?何も知らずに、残したものに全て投げて死ぬか?

 それとも荊の道と知りながら、真実を求め生き続けるか?」

 青年は演説をするように語りながら周囲を見渡す。

 地響きが聞こえた。

 立ってられないほどの揺れに皆一様に膝を着く。

 だが、青年だけはその中で立っていた。

「知らずに死ぬより、知って死ぬ方がよくないか?」

 青年の背後から何か後光のような光が射している。まるでオーラだとそれを見たものは感じた。

 背後の光と同じ輝きを持つ青年の瞳に吸い寄らされるように、全員が、最後まで警戒を解かなかった孝広までもが手を伸ばす。

 それはまるで、救世主にすがる人々の絵の、一枚の宗教画のような一瞬だ。

 オーラの光が、ホールの中の人間を包み込む。

 一瞬、蒼に煌めくと青年たちは跡形もなく消えていった。

 遅れて爆発音が響き渡り、彼らのいた空間を崩壊させていった。



 チートキャラの話なのにほとんど登場しない……。

 彼を出すにはかなり長い前座が必要なのか。


 そんなことより、なんで更新してるんだと疑問に思われたでしょうが、実は12月中はまだ更新できるのです。

 今年はもう一話追加して、書き納めです。

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