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7 《光》

 この小説はフィクションです。


 お待たせいたしました。

 2話目以来のあれが来ます。

 それも、二回も。



     ❀❀❀❀×☀☀☀☀


 シンラが目を覚ましたのは翌日の早朝だった。

 和室に敷かれた布団で彼は必要以上に右手が温まっていることに気が付いた。

 そうまるで、誰かが手を握っているように。

(まさか!?)

 こういう時は決まってホムラがいる。よりにもよって彼女の生活する家で倒れてしまったのがいけなかった。

 ばっと右側に首を向けると、

 ピンクの髪の少女がすやすやと眠っていた。

「……え?」

「シンラくーん、あっそびに来たよー、って!!ナニコレ?」

 突然襖の奥から出てきたものの、あまり状態に表情を失った少女が呆然と口を開けたまま停止していた。

 またしてもネグリシェ姿のホムラも見応えのあるのだが、シンラの意識は今自分に触れているこの柔らかい手や花のように甘い香りや、さわり心地の良さそうなほつれの無い髪や、白く柔らかそうな肌に集中していた。

「……焼き尽くせ」

 呪詛のような詠唱を聞いて、慌ててシンラはサクラの手を振り払って、ホムラに向かって駆ける。

 そして片手で彼女の口を塞ぐ。

 そのまま、彼女を押し倒してしまった。

「……」

「……」

 二人ともひたすら無言である。

 畳に横たわった少女を真上から見下ろすシンラ。

 つくづく可愛い。一応この少女は三歳年上なのだが、それでも彼女に抱く思いはそれ一つだった。

「うわぁ!」

 ペロッと何かがシンラの掌を舐めた。

 もちろんホムラの舌意外に有り得ないのだが。

「何するんですか!?」

「それを君が言う!?」

 シンラはそこでホムラの格好に改めて気が付く。今更過ぎるだろうがある意味それが彼らしさなのかもしれない。

 照れて彼は視線を逸らす。

 そんな姿を見てホムラは微笑む。

「ね、シンラ君。あたしんは童貞殺しとか言われているけど、その実、処女なのだよ?」

 ぶうっ!!と明後日の方向を向いて吹き出すシンラ。

「だから、キスから先は知らないんだ」

 腕を彼の首の後ろに回して彼女は笑う。

「ここから先は、君に教えてほしいんだ」

 彼女の微笑みをシンラはまともに見れなかった。

 誰でもいいからこの人の発言を止めてくれ!!と叫ぶ彼の心の声に神は答えた。

「なんだよ、騒がしい……」

襖を開き、この混沌に割り込んだのは銀であった。

 彼はこのカオスを見渡した。

 シンラが寝ていた布団でサクラが眠り、その隣でホムラにシンラが覆いかぶさっている。

 コクリと銀は頷いて、

「お邪魔しました」

 バタンと襖を閉めてしまった。

「邪魔じゃないからこの空気をなんとかしてくれー!!」



 そして朝食時、四人は円卓を囲んでいた。

「酷いな銀。あんな状況なのに助けてくれないなんて」

「いや、あの状況に入り込むのは容易じゃないぞ?」

 襖を開いたあの状況ですらかなり気まずかったのに、それに入れというのかと銀はシンラを睨んだ。

 事の顛末は結局シンラが己の理性を総動員して部屋から逃げて終了である。

 首謀者であるホムラとサクラは食事を終えて、のんびりとテレビを見ていた。

「そうだ、京都に行こう」

「師匠!?あなたどうして岡山の観光地紹介を見ながらそう思ったんですか!?」

 テレビではキャスターが岡山の名所を巡りながら、その魅力を語っている。

「いや、岡山遠いし」

「京都も十分遠いですよ!」

「いやいや、言ってみただけだから?」

「何故疑問形!?自分の発言に責任を持ってください」

「シンラ君は責任持ってくれるの?」

「何をですか?」

 いやな予感しかしないがとりあえず聞き返す。

 じっと彼女はシンラを見つめて。

「あたしんのキスを奪ったことに責任持てる?」

「いや!!あなたが僕の唇を奪ったんでしょう!?」

「ヒドイ、あんなに激しくしたくせに……」

 ヨヨヨ~とわざとらしく泣いたふりをするホムラ。

「表現もおかしいですし、何よりとんだ事実誤認ですね!!」

 その二人がじゃれあっているのに我関せずといった風にテレビを見続ける銀にのっそのっそと近づくものがあった。

「銀さん、でしたよね?」

 円卓の下から顔を出したのはサクラだった。

「……行儀悪いからちゃんと座れ」

 むふ~と頬を膨らませながらも、一応は銀の言うことを聞いてサクラは彼の向かいに座る。

「キス、とは何ですか?」

 ふむ、と銀はホムラとシンラを見る。

「ある程度仲が良くなった男女がするものだ」

 大まか過ぎる説明だったが的は得ていると銀は自己評価した。

「うん????」

 ?がいっぱい彼女の周囲に飛んでいた。

 比喩ではなく、魔力を使ったためか?型のピンク色の光が頭の辺りに四つほど浮かんでいた。

(む、無駄なところで魔力の制御が上手いとは……)

 転移だけが苦手なのか、サクラは楽しそうに?を上下に動かしていた。

「とにかく恋人、お互いがお互いを好きに相手と唇と唇を合わせる行為がキスだ」

「コイビトですか?」

『銀さん、精霊界には恋愛という概念がないので少し理解しづらいと思われます』

 銀の後ろに浮遊していた《アルテミス》が彼の肩を叩いて言う。

「そうなのか?」

『そもそも生殖という行為自体が精霊界では必要ありませんから』

 精霊界では後世霊という存在が自分の死後に自分と同じ役目を果たす存在が現れる。それは自分の知識や経験等を受け継いでいて、安定して役目を果たし続けられる。

 だからこそ、精霊界には子孫を残す必要もないがために、恋愛という考えそのものがない。ある種の息抜きのために人間の模倣をする者もいるにはいるのだが、ごく少数である。

「生殖活動が恋愛に結び付くのはどうかと思うが……」

『結果的にしていることは変わらないと私は認識していますが』

 やれやれだ。と銀は溜息をつく。見た目彼はゴツイ朴念仁だが、中身は結構ロマンチストだったりする。

 こういう恋愛のれの字も知らない精霊や、やたらとキスばかりしている(されている)友人が周りにいると、もう恋なんてしないとか言ってしまいそうだ。

(そもそもキスとは相手との愛を確認しあう本能的な行動じゃないか?そのくせこの二人していときたら魔力の譲渡手段として使うなんてな。《朱雀》の名が泣くだ……)

 そこまで考えて思いつく。

 シンラとホムラのキスによる魔力譲渡は確かにおふざけのような行動だが(少なくともホムラは本気で楽しんでいるが)魔力の譲渡は恐ろしいほど正確に行われていた。

 どれほど熟練の魔術師でも魔力を完全に操ることはできない。魔術発動時に無駄な魔力が誰にでもあるし、魔力譲渡の時は魔力が拡散して、受け取った時には大分減っているものだ。

 だが銀が何度かこの二人の間で行われている魔力譲渡を目にした時、そのような拡散は見られなかった。

 銀が見た中で、一度も、

「三人とも、ちょっといいか」

 銀は自分でも気付かない内に笑っていた。

 彼はシンラの成長を楽しみにしていたのだ。



「……で、俺たちにキスをして見せろと?」

「ああ、簡単だろう?」

「ふざけるな!!」

 バン!!と円卓を叩き、シンラは銀を睨んだ。

「ふざけてない。魔力転移の見本を見せればサクラもそこから何か学ぶかもしれないだろう?」

「だからってなんで師匠とキスすることになるんだよ!?」

「……まさか俺の方がいいのか!?」

「その面白くない冗談を言いやがる口を消し飛ばしてやろうか!!」

 銀はつまらなそうに溜息を吐いた。あまりの状況にシンラの堪忍袋は弾け飛びそうだった。

「紅さん、あなたがシンラにキスをしていたのはなぜですか」

 おもむろに尋ねる銀に番茶を飲み干してから、ホムラは口を開く。

「キスが好きだからです!!」

「「そんなことを堂々と宣言しないでください!!」」

 見事にシンクロしたシンラと銀のツッコミを華麗にスルーし、ホムラはお茶のお代りを注ぐ。

「まあそれも本気なんだけどね。あたしんとしては。

 でも本当に魔力の転移に向いているんだよ?だから、サクラにお手本として見せるのは悪いことではないと思うよ?」

 好きに言ってくれるとシンラは心底疲れた表情で肩を落とす。

 これしかないのかと諦めることにした。何故ならリップクリームを丁寧に塗り始めたホムラを彼は止められる気がしなかったのだ。

 それもどうかと銀は思っていたのだが、自分が言い出した以上今更止めとは言えないと妙なプライドを張って事の顛末を眺めていた。

《天照》はホムラの背後でどうしようもないわねと温かく(?)見守ることにした。《アルテミス》はどうでもよさそうに欠伸をしている。その姿を見ていると本物の猫のようだ。というか猫だろう。

 サクラはこれから何が始まるのかと、映画の開始を心待ちにする子供のように両手を握りしめてシンラとホムラを見つめていた。

 各人が準備を整えて(?)その瞬間を待っていた。

「それじゃ、行くね」

「お、お願いします」

 二人は何故か正座して向かい合いともにお辞儀をし合っていた。

「……」

「……」

 二人ともそのまま動かない。常なら問答無用に接近してくるのだが、今回はホムラはじっと見据えるだけだ。

 ああ、それにしても吸い込まれそうな赤い瞳だ。シンラは目を逸らしたくても逸らせない微妙な心境に悩まされながら彼女の瞳を見つめ続けた。

「ねえ、シンラ君?」

「な、なんですか?」

 すぐ目の前にまで近付くホムラ。

「偶にはシンラ君からして欲しいな」

 ガコンッ!!と銀が円卓に頭を思いっきりぶつけ、その後ろの猫が月上の物体から滑り落ちそうになった。

 この時、銀は(もうあんたら付き合えよ!!)と心中で叫んでいた。

 ホムラの後ろの《天照》だけが本当にどうしようもないわねと特に変わった様子もなく思っていた。

「でも、僕が魔力を送るわけじゃないですし、やり方もわかりませんから」

 改まった口調の一人称「僕」を使ったシンラの言い訳じみたセリフに諦めたように息を吐いて、ホムラは迷わず動いた。

 唇と唇が触れ合う。四五七回目のキスはリップクリームの味がした。次にホムラの甘い香りが彼の鼻腔を擽る。

 理性が乱れるのを感じる。本能が、体が彼女を求めてしまう。

 だが、それは次に感じるものが、幸か不幸か抑えてしまう。

 炎。熱く燃え盛るホムラの炎がシンラにより深く理解させてしまうのだ。

 これは魔力の譲渡なのだと。

 もちろんホムラがそれ以上の意味を込めているのは知っている。しかし、信じてはいない。

 人は人の気持ちを完璧に理解できないとシンラは思っている。精々二〇%理解できれば良い方だ。そんな考えを持っているからこそ彼は例え何となく分かっても、信じることができないのだ。

 もし、ホムラが思いを口にすることができれば何か変わっていたかもしれない。だができない。それはホムラの弱さでもある。

 それを分かった上で、シンラは何もできずにいる。

 言い訳が、二人の仲を妨げているのだ。

 より深く、ホムラはシンラを求める。シンラの歯を舌でノックして何度も開くように促す。

 少し開いた隙にシンラの口に舌を侵入させ、ディープキスに移行したところで、

「うううん!!」

 銀の咳払いを聞いてはっとした二人は離れた。何かを心の奥で繋げたまま。

「とサクラ、今の見えたか?」

 もちろん銀は魔力の流れが見えたのかという意味で聞いたのだが、サクラはぼうっとしたままシンラを見つめていた。

「サクラ?おい?どうしたんだ?」

「すごい!!人間はすごいです!!まさかこんな魔力の渡し方があったなんて!!」

 無駄に瞳を輝かせ、サクラはホムラの手を握った。

「ホムラさん、ありがとうございます!!」

 正直下心ありまくりのホムラとしては、そんな純粋な感謝の気持ちを向けられると多少罪悪感のような申し訳なさを覚える。

 すぐにシンラに向き直り、サクラはじっと見る。

「わたしもすぐに実践したいのですが!」

 これにはホムラも唖然とした。恋愛などの概念がない故に、それに伴う羞恥心なども精霊にはほとんどないのかもしれないと彼女は考え、納得させた。

 それでも、なぜか靄が彼女の心を覆っていると分かっていた。

「シンラさん、わたし早く一人前のパートナーになりたいんです。そのためには何としても魔力をあなたにさし上げないといけない」

 真剣な目をした彼女に下心を抱くのは失礼だとシンラは思う。

 彼女には彼女の目的があるのかもしれない。シンラはなんとなくシンパシーを感じていた。どこが似ているのかは分からないのだが。

「……」

「……」

 見つめあう二人、精霊とはいえサクラは割と美少女だ。ホムラのように明るいだけでなく、少し儚さが漂う感じの少女。

 そんな彼女とキスをしていいのだろうか。それは、シンラだけの問題ではない。

「……」

 シンラが視線をやった先にはホムラが一切の表情を消して、ただ吸い込まれそうな赤い瞳を向けていた。

(だが……)

 彼にはやるべきことが、やらなければならないことがある。

 それを果たすために、サクラの力は必要だ。

 サクラの溢れるほどの力を目にして、シンラはそれを欲した。

 例えそれでホムラが、……嫌だと思っても。

 ここにも彼らの不明確な関係が影響を及ぼしているのだった。

「……やろう」

 シンラは重々しく頷いた。


(お、重すぎる……)

 一人、なんでこんなところにいるんだろうかと思っている男が一人。そう、御子柴銀だ。

(俺、こんな修羅場にいるべき人間じゃないだろう)

 とはいえ、やはり提案者の自分が見届けなくてはならないと意地を張っているのだ。

(……ははは)

《アルテミス》は苦笑しながらその契約者を見守る。彼がどことなく羨ましそうに見えるのは気のせいではない。

(誰を羨んでいるのですか?シンラさん?それとも彼女たち?)

 横顔だけ不機嫌にして銀は言外に語る。

 黙ってくれ、と。


 サクラがゆっくりと近づく。

 シンラはマナーかなと思い、目を閉じる。

 すぐに彼女は彼の唇を喰らうようにキスをした。実際に何度かシンラの唇を軽く噛んでいた。

 シンラは特に痛みは感じなかったが、人によってキスの仕方は変わるのだなと、どうでもいいことを考えていた。

 ホムラも激しいという意味では似たようなものかもしれない。ただ、やはり慣れた感じはあった。

 サクラは慣れていない。

 当然なことだろう。前日まで精霊界にいたサクラはキスがどのようなものかも知らなかったのだ。する機会もなかったのだろう。

 どこか熱に浮かされたように貪るサクラはホムラがしていたように舌を入れ込もうと、シンラの歯の隙間に潜り込め、半ば無理やり開かせた。

 ホムラなら、きっと開くまで待つのだろうとぼうっとし始めたシンラは考えていた。


 ホムラはその様子を直視できず、視線を逸らした。

 痛い。苦しい。切ない。苛立たしい。

 サクラは精霊だ。その魔力を得なければシンラは、一人前の魔術師には成れない。そのためにこれは必要なことだと言い聞かせる。

 だが、納得などできるはずもなかった。

(どうしてこんなに……)

 ホムラは童貞殺しの名の如く、多くの人物と関わってきた。

 シンラとは違って名実ともに恋仲となった男もいた。

 酷いことだがその時ホムラは二股三股ぐらいはしていたりした。

 さらに相手の男とは別の男とキスしているのを敢えて見せつけたりした。

 それがこんなに苦しいことだなんて、彼女は知らなかった。

(むぅ~、どうしてくれよう)

 取り敢えず何か自分に奉仕させよう。夜這いもしばらく続けてやろう。

 そんなことを思いながら彼女は空を見上げていた。


 暖かい、春の木漏れ日のような温度をシンラは感じた。

 ホムラの魔力とは違う属性の魔力。サクラが言っていたようにそれは《光》だ。

 魔力の感覚とでもいうものが違ったのだ。

 それ以上に違うことがあった。

 それは量。圧倒的ともいうべき量だ。

 ホムラはどうしても《天照》から与えられた魔力をシンラに与えることしかできない。つまりは魔力の又貸しである。

 故にどうしても与えられる魔力には限度がある。そもそもその魔力の貸与でさえ、その後の魔力を使った訓練のために使われるもののために、ホムラ自身の魔力を残す必要がある。

「はん……、うぅ……」

「!?……ごふっ!!」

 咳込み、シンラはサクラから離れた。

「あれ?どうしたんですか?」

 サクラの舌が彼の喉の奥を吐いたがために、彼は咳き込んだのだ。

 相手のことを考えられない下手なキス。それがサクラのファーストキスだった。

 涙を浮かべながらサクラを睨む。

(いや、それは仕方ないな)

 そもそもホムラほどにキスに慣れている人もいないのだ。(それならシンラもキスに慣れていることになるが本人は気づいていない)

「悪い、ちょっと咽た」

 適当に誤魔化してから、シンラは改めて自分の中の魔力を感じ始めた。

「どう、ですか」

 サクラや銀、それにさっきまで目を背けてたホムラもぐいとシンラを見つめる。

「成功だ」

 シンラは掌に魔力を集中させる。すると腕首から先が光を発し、輝き始めた。

「おめでとう。シンラ」

『おめでとうございます。シンラさん』

 銀と《アルテミス》が相次いで祝福する。

 しかし、シンラとしては今一つ喜べない。

 キスなら魔力を渡せるサクラだが、今後キス以外の方法を見つけないと大変なことになるような気がするシンラだった。

 もっとも、サクラがそれを気にしているかといえば、

 ちらっとサクラをシンラは横目で見た。

 呑気に笑顔を浮かべている。

 先が思いやられるとシンラはこっそり溜息を吐いた。

『おめでとう。さて、シンラ君も無事に魔力を得たことだし、例の件を話しましょう』

 円卓の上に立った《天照》はそう言ってホムラを見た。

「いえ!?何!?」

 不自然なくらい驚くホムラにシンラは何してるのこの人といった眼を向ける。

『とぼけないの。川瀬准将からの命令があるでしょう』

 あっけなくばらされホムラは子供のようにむくれ、絶対話すものかとそっぽを向いた。

 サクラを除いたその場にいる誰もが『ガキか!!』とツッコミたくなったが、我慢する。彼らは大人なのだ。そしてサクラは空気が読めない天然なのだ。

 もう面倒なので《天照》が代わりに説明し、ようやくシンラも状況を把握した。

「昨日のお客さんが川瀬准将だったんですか?」

 シンラは冷たい表情の男を思い出す。

「師匠、それならそれで教えてくださいよ。俺も「永久凍土のゴロー」と呼び恐れられる日本最強の魔術師の一人に会いたかったですよ」

 川瀬五郎は最強高度の氷属性の魔術を多用する。それ故に海外の軍隊からは「永久凍土のゴロー」の名で知られている。

 もっとも、シンラが想像するような魔術を彼は使わないのだが、それはまた別の機会で語るであろう。

「いや!あたしん、あいつ大っ嫌いだから!顔合わせるのも嫌なのに何でわざわざお気に入りのシンラ君を紹介しなきゃならないのよ!!」

 キィーっと怒り狂うホムラ。そのの頭上に留まり、《天照》は連続でつつきを食らわせる。

「痛い!痛いから!」

『いい加減にしなさい』

 なんとなくシンラにとっては見覚えのある光景だ。彼はよくこんな風に痛がるホムラを見ていて、何をやっているのかと不思議に思ったものだが、《天照》がホムラを諫めていたのかと長年の疑問が解消された。

『とにかく。全てはシンラ君次第。私たちが口出ししていいものじゃないわ』

 まだ不服そうだったがホムラは黙ってシンラを見つめる。

「シンラ、お前はまだ契約したての魔術師だから、断ったっていいんだぜ?」

 一応銀は彼に退路を示す。だが、彼はシンラがそれに従うとは思っていなかった。

「どうします?シンラさん?」

 サクラは無垢な瞳をシンラに向ける。全てはシンラが決めるものだと言外に言っているようだとシンラは思った。

 しかし果たしてそのような考えが彼女にあるのかどうかは、本人を除けば誰にも分からない。

 シンラは自分の中に渦巻くサクラの光を目を閉じて感じた。それは意識を集中させれば体のどこででも感じることができるものだ。

 彼は日々この魔力の提供を受けて、体に蓄積させていくのだ。

 それをどこかで試してみたい。それも実践で。そんな思いがシンラの中に芽生え始めていた。

 陰陽師への興味は二の次に、彼はその意思に従うことにした。

「行きます。京都へ」

 サクラは微笑みながら頷いた。

 これにより、彼らの京都への旅が始まることになった。


 ホムラはむくれていた。この状況が川瀬の思い通りであるのが気に食わなかったのだ。

(そんなに怒らないの)

《天照》が魔力を介した通信で彼女を宥める。《天照》はホムラの抑え役兼宥め役なのだ。

(でも~)

(でもじゃない。シンラ君にも実戦を経験する機会はいずれ出てくるわ。なら、私たち師匠が見守れる状況で慣れさせておくに越したことはないわ)

(……)

 ついには通信ですらも無言を通し始めたホムラに《天照》呆れ気味ながらも、これは最終手段を使うしかないかともう一度だけ話しかける。

(そんなに不服なら、シンラ君との京都デートだとでも思えばいいじゃない)

(……デート?)

 聞き逃せない単語に反応したホムラは考える。

 京都→舞→和服→帯ぐるぐる。

(よし!行こう!!京都へ!!)

(自分で仕向けていてなんだけど、単純すぎない?)

 そんな呆れ声にも気付けないほどホムラは舞い上がっていた。


 多大な不安を残しながらも、彼らの旅が始まる。

 とりあえず寝台特急を用意しようとホムラはほかのメンバーにばれないようにこっそりと部屋を抜け、携帯電話を取り出した。

 寝台特急の方が、彼女の夜這いに都合がいいのだった。



 早めですがこれにて1章終了です。

 あと6話の人物の話を二つ追加しますが、シンラたちは登場せず、新キャラオンリーの断章という形になります。



 それともう一つお知らせを。

 個人的事情により、年明け2011年1月の間は更新ができません。

 大変申し訳ないのですが、しばらくお待ちください。

 新年の更新は2月3日からの予定です。12時頃に覗いてください。

 詳しくは活動報告にもありますのでよろしくお願いします。


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