4 《不死炎》
この小説はフィクションです。
この小説は超絶魔術バトル小説です。
……ホントに?
2011 9/20再改稿しました
〈1895年のイギリスとフランスの戦争以来、確かに国家規模の戦争は起こっていない〉
〈だが、小規模な戦闘は発生している〉
〈表立っては報道されていないものの、その戦闘は国家同士のいがみ合いが原因である〉
〈ヨーロッパという広大な大地を失ったことでたくさんの難民が溢れたのが20世紀の戦闘の一因だ〉
〈難民をどの国家が受け入れるかで争論になったのだ。当時裕福だったアメリカは一応反対せずに受け入れた。日本もその要請を受けたのだが、そもそも国土の少ない日本が受け入れることができた難民はごく僅かなものだ〉
〈最も多くの難民を受け入れるよう国際連盟に要請されたのが中国とロシアである〉
〈だが、中国はこれ以上人口が増えるのを嫌って、要請を拒否。これがきっかけで中国が世界から孤立し、国家間の非難を浴びた〉
〈1921年、中国は徐々に四方から国家レベルではない攻撃を受け、解体に追い込まれることとなった〉
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爆発音を聞いて、御子柴銀はようやく状況に気がついた。
「いつかはやっちまうと思ってたが、まさか今日すぐにやるとは……」
麓の町のぼろアパートに住む銀は呆れたような、或いは感心したような声を出して朝食を食べていた。
『意外ですか?』
女性の声が聞こえた彼の目の前には三日月のような浮遊する物体にしがみついた猫のような生物がいた。
その生物こそ銀が契約する精霊『アルテミス』だった。
本来精霊は人間と同じような姿で生活していると言われているが、こちらの人間の世界に来るにあたって姿を変える。というよりも体を世界に適するために半自動的に変化する。一部、上位の精霊は人間の姿のまま人間界に来訪するようだが、そんな精霊が魔術師と契約することは稀なことである。
彼女や『天照』もまた同じように姿を変えられただけであって、本来の姿は女性だ。
「意外も意外、あれは自分から動くのが嫌いな人間だと思ってたからな。俺が何も言わなければ何もしてなかったはずだよ」
『そうですかね。あの少年は一つのことに意識を集中しているから他のことへの行動が遅くなっていると思いますが』
成程と銀は小さく頷いた。シンラ・ミトセと出会って2年ほどが経つが、彼が魔術に対する妄執ともいうべき拘りを持っていることには気づいていた。
普通魔術師はわざわざその発動式を変えたりはしない。
シンラのように演算、詠唱等の魔術を併用したりはしない。そもそも一つの魔術を学び続けなければ、魔術師として完成はしない。
専門が違うのだ。彼の行う魔術は左手と右手で別の文字を同時に書くようなものだ。両方に意識を集中しなければならず、下手をすればどちらも文字とは言えなくなる。
それでも、シンラはそれを成功させた。
天才か、と銀は呆れながら思う。
彼の魔術はまさに天才のための魔術と呼んでいい。自分のような魔術を体の一部に宿らせて使う魔術師では使うことは不可能だ。
しかし、だからこそ。
「あいつがどんな精霊と契約するか楽しみだ」
それ次第で、あの男は自分にとって遙か遠くの目標になる。
『本当は、彼と戦うのが楽しみなのでは?』
どこか呆れたように猫が目を細めていた。
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ホムラは徐に魔法出力器を掲げ、その峰を左手で支えた。それを合図にして小鳥の姿をした彼女の相棒『天照』が羽ばたき、飛翔する。
「飛び立て、浄化の炎《不死炎》!」
ホムラが《不死炎》を発動する前に、シンラは2m近くまで伸びた自身の魔法出力器《如意》を地面に突き立てた。
その先端に右手の人差指で文字を書いていく。その文字は魔力が込められたものだ。
シンラはその一方、左手で図形のようなものを書いていた。
その瞬間《不死炎》が発動した。
魔法出力器《日暮れの雨》の刃から朱色の炎が飛び出した。そして、炎に向かって赤い小鳥の姿をした《天照》が突撃した。
その姿はシンラには見えていない。契約する前の魔術師には精霊の姿は認識できないのだ。
しかし、その結果何が起こるのか、それはシンラにも分かっていた。
突如爆発的に炎が巨大化した。
炎はある形に変化した。大の大人一人ほどの体に、その倍はあろうかという両翼を広げたそれは鳥。
「……《不死炎》」
呟くシンラを見て、ホムラはにこりと微笑む。赤い少女のマントは鳥型の炎が発する衝撃はで靡いている。
シンラにも何度か見せたことのある彼女の切り札がこの《不死炎》である。(切り札ではあるが必殺技ではない)
本来は少ない魔力で相手を追尾する炎の属性魔術から派生させたものなのだが、炎の精霊である《天照》に宿すことで爆発的な威力を持たせたホムラのオリジナル魔術。
その最大の脅威は威力でも追尾力でもなく、持続性だ。
どれほどの妨害、防御があっても消えることなく相手を焼くまで飛ぶこと。決して絶えることのない不死の炎、それが《不死炎》の由来である。
その時、シンラの魔術が煌めく。図形を書いて発動する力を示す図示魔術と、空間に言葉を書いて魔術を発動する筆記魔術の複合。
「火炎槍《如意》!」
そして魔術を宣言する詠唱魔術を最後に合わせることで魔術《如意》は発動する。
地面から出た魔法出力器の先端から鏃のような形をした炎が噴出した。
《如意》とはシンラの魔法出力器とこの魔術の名を指している。
その名の通り、魔法出力器と同様に伸びる。そしてその伸縮する距離はほぼ無制限である。(といってもシンラも限界がどれほどかは、やったことがないので知らない)
(それだけじゃないんだけどね)
どこか誇らしげにホムラは笑う。
常時発動し、なおかつ常に伸縮するという特性が維持され続ける。
それが彼の魔術《如意》。
(そろそろ仕掛けようか。《天照》)
(分かったわ)
心の中で一言交わす精霊と魔術師。
その瞬間、《不死炎》がシンラに向かって木々の狭い間をすり抜けるように滑空する。
対してシンラは突き立てた《如意》を手に取り、火炎槍の鏃のある先端を《不死炎》に向ける。
「伸びろ!!」
瞬間言葉通りに火炎槍の刃が伸び、炎の怪鳥の胴体の部分を貫く。しかし、怪鳥は速度を落とすこともなく羽ばたきながらなおも獲物に近付く。
精霊に干渉できるのは契約した魔術師だけだ。他の魔術師にも誰にも精霊は触れることも、魔術をぶつけることもできない。
《不死炎》はこの特性を最大限に生かしたものだ。
だが、シンラの目的は《不死炎》を足止めすることではなかった。
シンラからは《不死炎》が邪魔をして見えなかったのだが、ホムラは額に汗を浮かべながら、乾いた笑みを浮かべていた。
彼女は詠唱時にそうしたように左手で刃の峰を押さえながら、微かに朱色の輝きを放つ《日暮れの雨》を構えていた。
その刃が寸でのところで喉元に迫る炎の槍の切っ先を阻んでいた。
(あの子の目標は初めから術者のあたしんだったのね。たまたま《不死炎》が《如意》の射線上、というか延長線上にいたから当てたってことね)
そう結論付けたホムラはイメージしたことだろう。《不死炎》がシンラの体を包み込む光景を。
しかし、その想像は脆くも打ち砕かれた。
《不死炎》の中心、《如意》が貫いたその部分が朱色の光を放ち、
炎の怪鳥は花火のように爆散した。
(《不死炎》が破られた!?)
驚愕に体を硬直させるよりも早く、その場から飛び上がった彼女を《爆発》の音と風が襲う。
(くっ!)
吹き飛ばされつつも空中で態勢を整える。そのすぐ背後にはホムラの体ほどの幅がある木がある。
脚をその木に向けた。すぐにその華奢ともいえる両足に自分の体重に爆風による加速のベクトルが加わった。
その全てを受け止める直前にホムラの魔術が発動する。
「《射出》!」
バコン!!
その轟音は魔術により彼女の足の裏に小規模な爆発が発生した音だ。
次いでバネのように体全体を伸ばし、先ほどとは真反対の方向に砲弾のような速度でシンラへ迫る。
「その身を焦がす焔を、《纏火》!」
ホムラの体を紅蓮の炎が包む。その姿は炎の衣を着ているようだ。
憑依系魔術《纏火》とは自身の体に炎の障壁を形成する魔術だ。
この炎は敵を焼くのと同時に、その身を魔術的攻撃から守る防御の魔術でもある。
そして、シンラの火炎槍《如意》は魔術で構成された魔槍だ。それもまた《纏火》は防ぐ。
「……」
自身の攻撃手段の一つを奪われたためか少し不服気な顔つきのシンラに、ホムラは突撃していく。
バキイィィン!と金属同士がぶつかり合う音が静寂だった森に響き渡る。
「すごいねシンラ君。《不死炎》破るなんて」
至近距離で互いの見慣れた顔を見るのは一体何度目なのか。
もちろん二人にはそんなことを考えている暇はない。
「ぐ、構成式を割り出して、魔術の中核を突けばそんなに難しいことではないですよ」
刀と金属製の杖の競り合いで少し押され気味のシンラは両脚に力を込めながら返す。
「そうかな? 日本軍魔術師師団団長さんもこの魔術には手古摺ったっていうのに」
「それよりも俺は火円が破られたことが驚きですよ。あれは、ぬぅ。俺の魔術の中で最高クラスの硬度魔術なのに」
よく斬れましたねと続ける前に、にかあぁぁと破顔したホムラは自慢げに胸を張る。
「なんたってあたしんの《日暮れの雨》はかの刀鍛冶、大川竜兵の遺作だからね。魔術を斬るといわれる大川の銘は伊達じゃないのだよ」
興味無さそうに、あるいはそんなこと知りませんよとでも言いたげに、はあと呟くシンラ。
そんな会話をしながらも二人は剣と杖を交え続ける。
八方から素早く鋭い斬撃と、突きを交えるホムラの剣さばきは洗練された剣士といったところか。魔術師というより魔剣士の方がその姿をより如実に表しているかもしれない。
一方シンラも武器である火炎槍《如意》を封じられているにもかかわらず、ホムラの斬撃、あるいは刺突を魔法出力器の《如意》で防いでいる。さらには反し手で如意を振るって自分からも攻めている。
(やっぱり展開した《如意》は手強いな~)
近接戦でものを言うのは間合いだ。
科学の戦力として銃が多用されたのもその間合いの長さ(銃は近接武器なのだ)が理由として挙げられる。
ようは如何にして相手の間合いから脱し、自分の間合いに入れるかが近接戦での最大のキーポイントだ。
銃が刀の間合いに入ってしまえば勝つことは大変困難だ。
《如意》はその近接戦のセオリー通りに語れば銃に並ぶ強さを誇る。
魔術の《如意》はその範囲は術者のシンラさえも分かっていない。魔法出力器の《如意》はその間合いが短刀クラスから、槍のサイズにまで変化する。
短縮しているときは相手の懐から、伸ばしているときは相手の間合いの外から攻撃を仕掛けることができる。
よっぽど相手がバカでかい武器や狙撃銃でもない限り、武器としての性能は申し分ない。
日本刀一つでは本来なら対決すれば、懐に入られて昏倒させられるか、長いリーチを生かした攻撃で意識を刈り取られるかのどちらかだろう。しかもこの《如意》はその二つを一刹那で切り替えることができるのだ。
シンラは訓練ではこの伸縮性能を展開した《如意》使うことは稀だった。ほとんどが長いか短いかのどちらか一辺倒にした戦いをしていた。
だからこそ分かる。今日のシンラは本気で勝ちにきている。
いつもはキスを掛けた戦いだが、今回は彼の巣立ちを認めるか否かを掛けた実戦なのだ。
まあ、キスがホントはかなり重たいもので、それにも本気を出すべきだろうとホムラは思うのだが自分とのキスより訓練で自身の技量を高めることが彼にとっては重要なのだろう。
(そう思うと、かなり腹立つわね)
ホムラの刀の重さが変わったとシンラが感じたかどうかは定かではないが、少なくとも現実の具象として彼女の剣速が二割ほど増した。
それにしてもホムラの剣術は目を見張るものがある。リーチの変化で相手を攻撃する《如意》と日本刀一本で互角以上に戦っているのだからその腕はかなりのものだ。
懐から、あるいは自分の間合いを超えたところから迫る鋼鉄の一撃をいなす。そして、それ以上の速さをもって攻め続ける。見た目上シンラが防戦を強いられているように見えるほどだった。
しかし、そのホムラを以てしてもこのままでは体力の違いで負けてしまうだろう。
おそらくシンラもそれが目的なのだろうとホムラは予想していた。
(ま、そうはさせないけどね)
(そろそろ行っていいかしら?)
(どうぞどうぞ)
テレパシーのような会話が終わり、シンラから熱風が噴出した。
これだけで、シンラは何が起こったのかおそらく理解しているだろう。
ホムラからはその光景が見えている。
そこでは再び不死鳥が羽を広げていた。
「く!」
歯噛みするシンラをひと蹴りし、ホムラは自身の魔術の影響を受けない位置まで離れた。
うずくまるシンラに《不死炎》が迫る。
赤い炎がその体を包み込んだ。
「ふふふ、あたしんの《不死炎》があの程度で消せる訳ないよ」
《不死炎》は例えマッチ棒ほどの火まで小さくされても、あのような炎の怪鳥の姿に戻ることができる。
この魔術は普通の魔術とは魔力の供給源が違うのだ。
普通の魔術は発動時に精霊から渡された魔術師の魔力が込められ、その時の魔力量によって現象の大きさ、持続時間、効力が異なる。
しかし、この《不死炎》は違う。
《天照》に打ち込まれた魔術は《天照》自身の魔力を維持するための魔力として使う
故に事実上この魔術は無制限といえる(《天照》自身の魔力量は精霊の中でも群を抜いている)。
それ故の絶対的な維持能力、それこそが《不死炎》の最大の特徴だ。
(残念だけど、まだまだだったみたいね。シンラ君?)
自分でもおかしいと感じるのだが、嬉しくもあり、悲しくもある。
(は!? これは)
妙な感傷に浸っていると相棒たる精霊が珍しいことに慌てた声を出した(といってもホムラにしか聞こえなかったが)。
シンラを飲み込んでいた《不死炎》の炎が一か所に集まるように収束していった。例えるなら風呂場の栓を抜いたように炎が飲み込まれていった。
「何!?」
魔術師特有の魔力探知能力を使っても何が起こっているのかホムラには分からなかった。
いや、分かっていても受け入れられなかった。
「危なかったですよ。ていうか、下手したら俺死んでましたよ?」
平然とそこに立つ弟子の姿とその魔力を見て、ホムラは漸く理解した。
(《不死炎》の魔力を吸収した?そんな、《不死炎)》の魔力は《天照》の魔力。だから、いくらシンラ君でも、それを全部吸収することなんてできるわけが……。
……違うわ。シンラ君がしたことは……)
「《不死炎》の種火の術式の魔力を吸収しました」
《不死炎》は《天照》の魔力をエネルギーとした一種の永久機関のようなものだ。しかし、《天照》が供給できるのは魔力だけだ。術として発動するためには術者の魔術が必要である。
それがシンラの言った種火。《不死炎》を動かす魔術の元。
その式が維持不能になれば《不死炎》は消える。
「魔力吸収の術なんてよく作ったね」
「いえ、たまたま道場から出る時に思いついただけですよ。一定以上の魔力を感知すると自動的に吸収する魔術。それがこのカラクリの正体ですよ」
芸術家、と呼ばれる魔術師がいる。
彼らは芸術作品を作るように魔術を作る。
その一部には戦闘中に術を思いついて試行する。
これこそが芸術家の恐ろしいところだ。
(その戦法が一定にならない。奇術師とも呼ばれる。やっぱりこの子もそういうタイプだったのね)
そもそもこの弟子は新しい魔術分野を作り上げてしまうほどの規格外な天才肌の魔術師だった。
喜ばしいような、それでいて切ないような複雑なな心境でホムラはシンラに刀を向ける。
「でも君の魔術は他の魔術と決定的に違うところがあるよね……。最大の欠点がね」
剣を構えシンラへと駆ける。
対するシンラは《如意》を再び地面に突き立て、吸収した魔力で新たな魔術を構成する。
左手で空間に計算式を、右手で図形を描く。左の演算魔術と右の図示魔術を複合させる。
「君の複合魔術は集中力を分散させてしまう!! ただでさえ魔術を使いながら移動することは難しいことだからね。君は魔術を使いながら動くことは不可能だよね!」
魔術をイメージしながらその言葉を詠唱する。
「翼を広げよ、《飛炎》!」
彼女の背後から飛び出した炎が鳥の形を成す。その鳥は燕。
《不死炎》の怪鳥に比べれば随分見劣りするが、その分速度で補うことができるはずだった。
炎の燕はシンラめがけて森の中を滑翔する。
「それじゃ遅すぎる」
そんな呟きが聞こえた。
「何が!? この《飛炎》ならシンラ君が魔術であたしんを攻撃するより早く君に辿り着くよ!!」
移動している彼女を座標指定で攻撃する演算魔術を命中させるためには複雑な計算式が必要だ。
万一トラップのようなものを仕掛けられないために、彼女は絶えず不規則に自身の移動速度を無属性魔術で変化させている。
彼女のその考えが、甘かった。
「俺が師匠を魔術で攻撃するなんて言いました?」
その言葉を聞き、本能的な危険を察知し足を止めたときは、もう遅かった。
《飛炎》がシンラまであと数秒で到達するという距離まで近づいたときにそれは地面から発生した。
地を赤く染め、間欠泉の如く炎が噴出する。
それは《飛炎》の行く手を阻み、消し飛ぶ。
次いで弟子の声が、勝利を告げるように、
「《爆発》」
この戦いで最も彼が多用した魔術がホムラの目の前で発動した。
完全に動きを止めてしまったホムラは受け身や爆風を受け流すこともできず、もろに爆風を受け、地面に叩き付けられた。
(やってしまったわね)
相棒の声が聞こえる。
(うん。……まさか種火の方がやられるとはね)
(それだけ?)
(うん?)
(あの時、《飛炎》じゃなくてもよかったんじゃないの?《炎の矢》の方が速度は速いでしょ?追尾力は皆無だけど)
(……どうしてかな?)
(わからないならいいわ。私としては《不死炎》を破られた時点で合格点をあげるつもりだったし)
呆れたような声を聞きながら、たまたま木の枝が重ならず開かれた空が見える隙間をぼうっと見ていた。
「大丈夫ですか? 師匠」
シンラに顔を覗き込まれたホムラは少し頬を赤らめて顔を逸らす。
爆風で飛ばされた彼女は土が顔に付いていることに気付いていた。だから、そんな顔をシンラに見られたくなかったのだ。
「だいじょ~ぶ。
それより山火事とか起きてないよね?」
一応この辺りは防火魔術|(炎属性の魔術師が自身に被害が及ばないように自分に掛ける魔術)を施しているため大丈夫とは思うのだが。
「はい。確認してきましたから」
即答するシンラに少し彼女は不満を覚えた。
「ふ~ん。自分でぶっ飛ばした師匠よりも、周りが火事かどうか確認する方が大事なんだ」
自分でもおかしなことを言っていると自覚しながら話す。
案の定シンラは困ったような表情をしながら、左右を見渡す。
その顔が、彼女は好きだった。
「まあ、いいわ」
そうするとホッとした表情をして苦笑いする。その表情も好きだ。
彼女は何人もの男性と付き合ってきたが、ここまで好きになったのは、彼だけだった。
だからこそ、なのだろう。
どこか寂しいのは。
「おめでとう。シンラ君。これであなたは一人前の魔術師になれるよ」
これで精霊に呼びかけるための魔術を教えて、それで、彼は巣立ってしまう。
「ありがとうございます。ホムラ先生。多分これからも頼りにしますから」
さっぱりした笑顔で告げる彼を見て思う。
(ああ、そうだね。あたしん、まだまだ君に教えることがあったんだね)
例えば女の子の扱い方。どうもこの男は自分に向けられる好意を信じられない性格のようだ。その辺りから治していかなければならない。
例えば魔術師界での人付き合い。自分も決して上手い方ではないが、芸術家気質のあるこの少年が経験する数は自分の比ではないだろう。
まだ彼女には先輩魔術師として教えられることがある。
何だか笑えてくる。
そう思っただけで、こんなに嬉しいなんて。
取り敢えずまずはこの男に自分を背負わせよう。
そしてたっぷり甘えるのだ。
彼女はそんな密かな企みの元、彼が自分を気遣うまでこのまま地面に横になっておこうと思うのだった。
「さ、シンラ君。君が勝ったんだからキスしてもいいのだよ?」
「ぶぅぅ!ごほごほ!
し、しませんよ!そんな!!」
ホントにかわいい顔だと彼女は笑った。