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魔法の味はキスの味  作者: 長野晃輝
2章 京都編
29/29

13 点間移動

(作者すら忘れ気味の)前回のあらすじ

戦況が掴めないまま、決断を迫られる川瀬五郎に、アッセル・リーヒニストからある進言がなされた。

「川瀬五郎を囮にする」


時を同じくして眞佐人たちも軟禁から解放されオメガワン(名称未設定)に率いられて戦場へ向かう。

     Ⅴ



「本当によろしいのですか?」

「今更何を言う?」

 側近の将校の言葉に苛立たしげに川瀬五郎は言った。

「しかし、今ここで相手の要求通りにお一人で向かわれるのは……」

「腹立たしいが奴の言う通り、ここで人質を無事に救出するのは向こうの言う通りにする他ない」

「しかし……」

 なおも言い寄る側近を片手で制し、川瀬は人質と敵のいるホールを見つめるアッセルに歩み寄った。

「本当に策があるのだな?」

 振り向いたアッセルは信用ありませんねとでも言いたげに苦笑いを返した。

「ご安心ください。必ずあなたの名誉を守って差し上げますよ」

 慇懃に頭を下げたアッセルを苦々しそうに見つめた後、川瀬は何も言わずにホールへ向かって歩き始めた。

 彼はアッセルの言葉を否定しなかった。いやできなかった。

 彼はそこで白々しく、守るのなら人質の命を守れとは言えなかったのだ。

 川瀬五郎という男にとって、一番重要な目的ではないのだから、そんなことを言っても彼は自己嫌悪に陥るだけだったのだから。



     ♎♎♎



 川瀬はホールに入った瞬間、体を貫くような鋭い敵意が込められた視線をいくつも感じた。

 それは人質を見張っている三人の陰陽師たちから向けられていた。

 だが、中央で自分を待っていた彼らのリーダーであるトレンチコートにスーツ姿の男、吉田兼院からは、まったく敵意を感じなかった。

 不可思議に思いながらも川瀬はゆっくりと中央の兼院へ向かって歩き出した。

「これは意外。約束通り一人で来ていただけるとは」

 兼院はまず一礼した。武道に携わる者のようにきびきびとした一礼だった。

「まずはその勇気に敬意を表したい」

「なら、人質を解放してもらおうか?」

 川瀬は兼院からおよそ五メートルほど離れた場所で止まった。それは彼の使える魔術の中で最速で発動できる術の範囲内ぎりぎりの距離だ。

 兼院はゆっくりと首を振った。

「それはできん」

 彼は険しい表情ながらどこか申し訳なさそうに思えるような表情を浮かべていた。

「何故だ?」

 ますます不可思議に思いながらも川瀬は尋ねた。

「彼らには証人になってもらうのだ。我とそなた、陰陽術と魔術、どちらが優れているのかの証人にな」

 兼院がトレンチコートのポケットへと手を忍ばせた。

 それを戦闘への準備の構えととった川瀬は、魔術のイメージを脳裏に浮かべながら、兼院の一挙手一投足も逃すまいと目を凝らした。



 オメガワンに率いられ、途中何度か陰陽師と遭遇しそうになりながらもそれを回避した眞佐人たちはようやくホールの二階へたどり着いた。

 ホールは上へ大きく開いており、三階までは飲食店や土産を売る小売店になっているため、上階からもホールの様子は伺えるようになっている。

 巡回の袈裟を来た陰陽師兵が三人いたものの、それぞれ眞佐人の『加速』からの鞘での一撃、瑞樹の至近距離からの『電撃弾』、オメガ1の手刀で声も上げられず気絶させられた。

 三階と一階から死角になる廊下の端から、一階の様子をうかがった時、ちょうど川瀬と兼院が話している姿が見えた。

「准将!」

 オメガワンは川瀬の姿を確認したとき、小声ではあったが思わず声を出してしまった。

 それを非難するような視線を感じたが彼はそれを無視した。

「彼らには証人になってもらうのだ。我とそなた、陰陽術と魔術、どちらが優れているのかの証人にな」

「……そういうことだったのか」

「どういうことだよ?」

 オメガワンの呟きに反応したのは眞佐人だった。

「……陰陽師は歴史を辿れば政府の暦を作ったり、占いを行ったりする者だった。だが日本が近代化する際にその力は不要とされ、廃れていったんだ」

「魔工戦争時代ですね」

 リーナの言葉にオメガワンは頷く。

「うむ。その通りだオメガスリー。

 十九世紀初頭、日本が機械技術を取り入れ始めてからだな。魔術もまた学門と技術となり始めてた時代だ。その煽りもあって陰陽術は今じゃ一部の貴族にしか需要がなかったらしいな」

「魔工戦争時代でいろんな技術が現れては消えていきました。私たちの国だと、錬金術が有名ですね。中国では仙術、日本では陰陽術ですか……」

「リーナ、詳しいんだな」

 感心したように眞佐人が呟くとリーナは顔を真っ赤にしてもじもじと恥ずかしそうに眼をそらした。

「い、一応学生ですので」

「学生か……。俺らの学校じゃ、どうやって魔術を使うかとか、どうやって戦場で生き残るかしか教えてもらえなかったぜ」

「そうね」

 眞佐人と瑞樹が苦笑いしていると、オメガワンが咳払いし、

「続けていいかね?」

 目線だけで三人(アイナは下の様子を見ることだけに集中している)は頷いた。

「そういう訳があって、陰陽術は廃れてたんだが、最近連中から政府に『陰陽術には魔術を上回る能力があるから国のために使わせてくれ』なんて願いがあったらしい」

 瑞樹も眞佐人もそれは初耳であったため、相槌を打ちその続きを催促した。

「もちろん政府の貴族たちは断った。魔術の方が学門と技術として進歩しているからな。だが、連中はそれに反抗してテロを起こした。その鎮圧に俺たちが駆り出されたわけだ」

「だが、テロの鎮圧は軍の治安部の管轄だろう? なんで魔術軍が?」

「どうも政府の中の陰陽師を重宝してる貴族らが、そんなに言うなら魔術と戦わせてみればよかろうなんて言ったらしい。この際どっちかはっきりさせたいからって、他の貴族もそれに賛同されたらしい」

 何とも魔術側にとっては迷惑な話だと眞佐人は敵の大将らしきトレンチコートの男を見つめた。



 動きがあったのはその直後だった。




 時は少し戻り、兼院と川瀬が言葉を交わす直前。

 異界の人間を名乗る茶外套を纏った青年、アッセル・リーヒニストは静かに目を閉じた。

(正直に言えば、今ここでこの手札を切るのは惜しい)

 アッセルはとある術をイメージしながら茶外套の中から日本刀を取り出す。

 漆のように鈍く輝く黒い鞘と、鏡のように眩く輝く銀の刀剣。その名を「黒刃・白牙」という。

 この世界の言葉に従うなら、アッセルのデバイスというべきだろう。

 アッセル・リーヒニストは様々な手札を持っている。空気の流れを繰り、自在に増幅させる剣技。精霊を必要としない魔術。

 そして、今から使う魔術は中でもスペードのエース。切り札中の切り札ともいうべき魔術だった。

(だがまあ、出し惜しみして計画が狂うのも面倒だ)

 ホールでは川瀬と兼院が戦闘態勢を取っていた。

 だが、二人が術を交える前に、状況は一変する。彼が一変させる。

 それだけの力がこの術には、彼にはある。

「黒刃」の中から「白牙」を抜く。

 そして、彼はその魔術名を口にする。

点間移動ドット・トゥ・ドット

 もしも、その瞬間までアッセルのことを瞬きせずに見ていた者がいれば、こういったはずだ。


 アッセルが、消えた。と。



     Ⅴ



 バタン。

 川瀬の周囲からそんな音が連続して聞こえた。

 音は三つ。ほとんど同時になった様だったがかろうじて判別できた。

 川瀬は何事かと兼院にも注意しながら周囲を伺うと、敵兵の陰陽師が倒れているのが目に映った。

(敵兵は三人、音も三回)

 人質のざわめきが聞こえる。おそらく三人とも突然倒れたのだろう。

 見える範囲で二人倒れているのが確認できた。兼院も何が起きたのかわからず動揺している。これはチャンスではないかと思えた。

 しかし、何が起こったのかもわからず、徒に兼院へ仕掛けてもいいのだろうか。

「……貴様は、何者だ? 一体何時現れた?」

 先に動いた、いや言葉を口にしたのは兼院だった。

 自分に向かって放たれた言葉の意味が分からず一瞬の空白ののち、兼院の視線が自分の後ろを見ていると気づき、川瀬はゆっくりと振り向いた。

 そこには白銀の刃と漆黒の鞘を持ち、肩を竦めるアッセルがいた。

「何者と聞かれたら、……そうだな、異世界人と答える。信じてもらえたためしがないけどな。何時現れたと聞かれたら、時計的には今しがた、体感的にはちょっと前だな」

 つい先ほどまで、彼はいなかったはずだ。兼院も自分の後ろに誰もいないことぐらい確認していたはずだ。

(加速魔術? 人に認識できない速度で移動できる魔術などあるのか?)

 襲撃前に見た対抗戦の御子柴銀の『光漣乗』も、一瞬で移動したように見えているがその実、人の目に映らないわけではない。

 一瞬影が遮るように姿を見ることができる。

 しかし、アッセルはそうではなかったようだ。

(だとすれば界属性か?)

 界属性とは文字通り界、つまりは空間を操る魔術だ。白葉枯葉を含め使用者は日本では数名にも満たない。

 また界属性には特有の魔術的な揺れが発生する。魔術に携わる者ならそれを感知することは難しいことではない。しかし、今その揺れを感じることはなかった。

(いったいどんな手品を使った? あの男?)

 川瀬はアッセルがこの策を進言してきた際の自信に満ちた表情を思い出しながら、苦々しげ痰を吐きだした。



「川瀬准将に囮になってもらいたいのです」

「……なんだと?」

 川瀬は初めて、アッセルに対して脅しではない殺意を向けた。

 並の人間ならば恐怖で足がすくむほどの気迫。それは戦場をいくつも潜り抜けた川瀬がいつの間にか得ていた技術だった。

 しかし、アッセルは笑顔を崩さずに続ける。

「あなたが敵の提示した条件通り一人で戦いに来たと思わせればよいのです。戦闘態勢に入ればいやでも敵はあなたとリーダーの男に注意を持って行かれます。その隙をついて、私が人質を救出します」

「……そんな浅はかな案で許可されると思っているのか?」

 皮肉を込めた川瀬の言葉をアッセルは涼しい顔で受け流して、そのまま言葉を続ける。

「確かに案自体は安易なものです。ですが、私が行えば必ず成功します」

「ほう。つまりお前は、一瞬の隙をついて、三人の敵を倒し、人質を救出できるというんだな?」

 どんな魔術師でもそんなことは不可能だ。たとえ科学技術の側の力を使ってもできないだろう。

「はい」

 しかし、アッセルは自信を持ってそう答えた。

「とんだ大法螺だな」

「大法螺かどうかは見てみなければわかりませんよ?」

 不敵な笑みを浮かべてアッセルは両手の手のひらを広げる。

 右手を挙げ、

「一つ、このままずるずると悩み続ける」

 左手を挙げ、

「一つ、私に任せこの事態を解決する」

 両手の手のひらを川瀬に向ける。

「どちらを選びますか?」

 川瀬はアッセルの両手を三回交互に見てから左の手を強く叩いた。

 アッセルは満足そうに微笑んだ。

「全力を尽くしましょう」

 川瀬は数秒ほどその笑顔を睨みつけ、何も言わず部下たちへ報告へ向かうため、アッセルに背を向けた。

(いいだろう。お前が用意された舞台装置ならば、俺が完璧に使ってやる!)

 川瀬は鼓舞するように自分に言い聞かせた。

 その思考でさえも、脚本の中に書かれているようで気味が悪かったからだ。


 敵の見張りである三人の陰陽師が次々に倒れていく様を眞佐人は見ていた。

 他の四人は何が起こったのかわからず、困惑しながらも事態の行く末を見守っていたが、眞佐人は違った。

 眞佐人は僅かながら先程の事象を理解していた。

 無知故の戸惑いではなく、理解故の驚愕だった。

(もしも、今のが見間違いじゃねーなら……)

 その瞬間を眞佐人は見た。

 アッセルが三人の陰陽師の前に一瞬にして現れ、それぞれを鞘と足と剣の峰で打ち倒すのを。

 だが俄かには信じられない光景だった。

(俺には、アッセルが、三人に分身してるように見えた……)

 三人の敵に同時に、アッセルは対峙していた。しかもその直後には川瀬の背後で面倒そうに肩を竦めていた。

 つまりアッセルは三人の前に同時に存在し、しかも瞬き一つの間も空けず、別の場所へ移動していたのだ。

 そんな現象、眞佐人の知る魔術では説明できない。

 はっきり言って、そんな魔術があるはずがない。

 眞佐人の知る限り、瞬間移動と呼ばれる魔術には二種類ある。

 一つは魔術の補助により体の移動速度を上げる高速移動。もう一つは界属性の魔術により空間を一瞬で移動する空間移動である。

 高速移動ならば、同じ高速移動系との『加速』の使い手である眞左人にはその移動の軌跡が見える。

 空間移動であるなら、界の揺らぎを魔術師は感じることができる。加えて眞佐人はその『界』の属性の魔術師の指揮のもと、これまで数多の戦場を駆けたのだ。どんな微小な揺れであっても、それを感知できる自信が彼にはある。

 しかし、高速移動の軌跡を見ることも、『界』の魔力による揺れを感じることもなかった。

 そうなると、眞佐人の知る二つの瞬間移動とアッセルの使った魔術は違う。全く別の魔術としか考えられない。

 そのように仮定して考えてみたが、この世界にそんな魔術が存在するのだろうか?

 自分が知らないだけで、そんな魔術が開発されているのかもしれない。

 しかし、今まで彼を支配していた常識が、それを否定していた。

『何者かと聞かれたら、……そうだな。異世界人と答える』

 それこそ、異世界人でもなければそんな技術が使えるとは思えなかった。

 



     ???????



 ここではないどこか。

 この世界であってこの世界ではない場所。光よりもなお白いその空間で、黒のゴシックロリータの服を着た少女はその光景を眺めていた。

 少女はあの男を初めてアッセル・リーヒニストと呼んだ少女だった。

点間移動ドット・トゥ・ドット。それは異界の魔術」

 歌うように、誰に聞かせるでもなく呟く。

「自身の肉体を光の粒子に変換し、毎秒数十万キロを移動する、その速度を使う魔術」

 それはこの世界の法則から外れた魔術。

 異世界人であるアッセルが自分のいた異世界の法則の基、使う魔術。

 法則が違えば理解できるはずもない。

「同時にそれは意識の加速を行う。人間は人間の時間間隔しかもたないけれど、光は光の時間間隔を持つ」

 この世界の魔術師も高速移動術を使う際に、無意識に意識を加速させている。F1レーサー同様、移動速度に従って脳の処理速度を上昇させている場合もあれば、無意識に無属性魔術の意識加速をしようしている場合もある。

 しかし、点間移動の速度は、光の移動速度。それを人間の移動速度と変わらないように感じるほどの意識加速だ。実際に行えば脳細胞が焼切れるほどの負荷をもたらすだろう。

 しかし、光と存在を変化させたアッセルはその不可能を可能にする。

 その瞬間アッセルの体は光そのものであり、限定的に肉体の枷から解放されている。つまり脳や血液なども光なのだ。脈拍も光の速度。思考伝達の電気信号も光の速度だ。脳の細胞が情報を処理する速度すらも光の速度。焼切れるだろう脳細胞も光の粒子だ。

「光の粒子からさらに元の肉体に再転換する。そして物理的な攻撃を加える」

 光のベクトルは物理的な威力を持たない。もし光のベクトルが物理的な重さを与えるならば、惑星は恒星のそばに存在することはできない。テレビをつけるだけで液晶の光に吹き飛ばされる、なんてことは起きない。ゆえに再生した彼の体には光の時に存在したベクトルは意味をなさなくなる。

「故に彼の移動は直線的な移動。点打つように次々と現れる」

 粒子化を解除して陰陽師たちへ攻撃する一瞬だけ、アッセルの姿を眞左人は認識することができた。しかし人間には感知できないほどに短いタイムラグで三回の攻撃が行われたため、眞左人はその残像しか見ることができず、三か所同時にアッセルが存在していたかのように見えたのだ。

「点と点を結ぶその法則。点間移動(dot to dot)」

 髪も目もゴシックロリータの服装も。何もかもが黒い少女は眠たそうに欠伸をした。

「ふわぁ……。やっぱり彼を呼んだのは間違いだったかもしれません」

 少女は顔を上げた。そこには空があった。

 この空だけはこの世界とこの空間で変わらず青い。

 そこはきっとこの空間とこの世界でも同じ場所だ。

「でも、私たち(・・・)の世界を守るためには彼が最適な存在だったのだと思います。……」

 誰かに赦しを請うように、あるいは祈るように手を重ね、懺悔するように彼女は呟いた。

「私が、彼をそう作ったのですから」



この小説はフィクションです。


第一章の前書きコーナが恋しいです(笑)

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