12 アッセルの進言
前回のあらすじ
銀の魔術から模倣した魔術と、伸縮可能なデバイスの機能を用いてようやく魔力強奪者を撃退したシンラたち。
彼らが戦いを終えた直後、戦局も動き出そうとしていた。
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日本軍魔術師団団長の川瀬五郎は集まった軍所属の魔術師たちを見て、溜息を吐きかけた。しかし、周囲の部下たちの手前、それを飲み込むしかない。
彼の周りには狭い階段とその踊り場に十五人ほどの魔術師たちが緊張した面持ちで立っていた。
(予想よりも少ない)
川瀬が集合を命じた明智中隊には百人ほどの魔術師が所属しているはずだった。
しかし、この場に集まったのはその一割五分。いくら強襲を受け、敵を各個撃破している最中だからと言って、これだけしか集まらないとは思ってもみなかった。
(だが、たった数人の敵ならば……。いや駄目だ。不確定要素が多すぎる)
階段の隅から覗き見てとれるのは、エントランスにいる敵は三人だが、伏兵の可能性は否定できない。さらに、敵の一人一人の戦力も分かっていない。そして、これが最大の要因だが、彼が絶対の信頼をおいている銀閃の騎士団も誰もここへ到着していない。
(彼らがいてくれれば、いくつか方法はあるが……)
これ以上相手を待たせると、人質に危害を加えられる可能性も否定できない。
(落ち着け。勝利条件を確かめろ)
この場合、川瀬が完全に勝利するためには、二つの条件がある。
一つは人質を全員無事に救い出すこと。
一つは軍の味方を死なせないこと。
今後の彼の目的のために、彼は自分の地位を守らなければならない。
既にそれは、敵の強襲を受けてしまった時点で危ういものだ。もしもただでさえ少ない戦力を減らせば、彼はその地位を奪われる。
この勝利条件を無視する事はできない。
その方法がないわけではない。しかし、あまりにも出来過ぎている
まるで舞台装置のように、それはここに設置されている。
川瀬は気付かれないように、その男を横目で見る。
アッセル・リーヒニスト、そして六月と名乗った男は無表情のまま虚空を見ていた。
彼ら正裁の天秤に加勢を願えば、条件はクリアされるとまでは言いきれないが、少なくとも勝ち目が大きくなることは間違いない。
様子見と値踏みと敵であるかどうかの確認のため、岩守という魔術師とアッセルたちを接触させ、その報告を受けたのだが、戦力としては申し分ないという評価をアッセルたちは受けている。
(ここで奴らの力を得れば、多少は勝ち筋も見える。だが、まるで誰かに整えられたような状況はなんだ……)
その不安が、川瀬が彼らを利用することに踏み切れない理由となっていた。
「すみません、川瀬准将、少しよろしいですか?」
川瀬が考え込んでいるところに、アッセルは話しかけた。
「……なんだ?」
ちょうど彼を利用しようかどうかと悩んでいた川瀬は、また嫌にいいタイミングに苛立ったようにぶっきらぼうな声で返事をした。
「少々、進言を」
荒っぽい川瀬に対して、アッセルは嫌味なくらいに恭しく頭を下げた。
苦々しそうな顔をしてそれを川瀬は睨み付け、話してみろと言った。
「ありがとうございます。それでは、准将、私の部下をこちらに召集させていただけませんか?」
「……それは、……」
アッセルがそれを提案するであろうことは予測できていた。
眞佐人たち正裁の天秤のメンバーを捕らえていたのは、敵を手引きすることを警戒して川瀬が命じた事であった。さらにこれは、自由に動けるアッセルに対していつでも人質として活用できるため、今までは彼らを捕らえていた。
にも拘らず、敵は来た。彼らが敵を手引きするのは不可能であった。故に既に彼らを捕らえる理由は一つしかない。
(この男……)
迷う川瀬に対して、アッセルは微笑んで返した。
「それが認められないのでしたら、彼らを遊撃部隊として敵の撃破に参加させていただけませんか?」
数秒間、川瀬は黙って考え込んだ。戦況は詳細不明、尚且つ集合を掛けた部隊はほとんど揃わない。
人手は足りていない以上、アッセルの進言は非常に有効な手立てだ。
だが、川瀬五郎の中のアッセルたちへの不信感がそれを認めるのを困難にしていた。
故に、彼は自分の中で譲歩案を見つける必要があった。
「……いいだろう。ただし、こちらの監視付きだが構わないな?」
「それで構いません」
判断に迷った川瀬に対して、アッセルは川瀬の提案をすぐに受け入れた。
その程度想定済みと言わんばかりの冷静さは川瀬の癪に障った。しかし、川瀬五郎という男はその程度で大局を見失う男ではない。
川瀬は眞佐人たちを監視している部下へ無線で連絡を飛ばし、正裁の天秤を敵の各個撃破へ参加させることを伝え、その様子を引き続き監視せよと命令した。
もう用はないと川瀬はアッセルに背を向け、明智の軍が集まっている一階下へ向かおうとした。
「准将! 済みませんがもう一つだけ」
アッセルは感情の読み取れない透明な笑顔を浮かべていた。
「なんだ?」
不気味さを覚えつつ川瀬は尋ねた。
「こちらも進言です。これから行う救出作戦の」
「……いいだろう。早く言え」
苛立つ川瀬に、アッセルは笑顔のまま提案した。
「川瀬准将に囮なってもらいたいのです」
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藤原眞左人が扉を守護する男性将校をどうやって説得、あるいは突破するかを考えていると、件の男性将校が無線で何やら話し始めた。
眞左人はソファーに寝ころぶ同僚である橋口瑞樹に目を遣る。
彼女は不貞寝を実行中で、不機嫌そうな顔のまま眠りに落ちている。
(寝てないのか、機嫌が悪いまま寝た所為なのか)
表情筋の力が入っているため、おそらくはタヌキ寝入りだろうと眞左人は気づいていた。
(ま、こんな状態で寝れるわけもないか)
考えた直後また爆発音が響いた。
さほど遠くないところで戦いが起きているためか、彼らの部屋にも戦闘の余波と思われる爆音や怒号が響いている。
こんなところでじっとしているのは精神衛生上あまりよろしくない。
(あの娘たちも慣れてないから拙いかもしれない……)
ずっとソファーで体育座りしているアイナ・レフェルトは無表情に戦闘の音が漏れてくる方向を見ている。彼女はここに軟禁されてからずっとそんな感じだ。
もう一人の欧州系の女性・リーナ・リーネは少し怯えた表情でみんなの顔色を窺っている。
扉の前に立つ将校が、実は一番苛立った顔をしていた。
その将校が話していた無線を切ったとき、意外な行動に出た。
「ッシャァ!」
抑えきれなかったのだろうか、力のこもったガッツポーズをしている光景が見え、小さな声だったが、試合で勝利した時のような喜びの叫びが聞こえてきた。
よっぽど嬉しいのか鼻歌を歌いそうな調子で、眞左人たちのほうへ振り返った。
「おい! お前らも戦闘に参加してもらうことになったぞ」
「マジか!?」
と眞左人はソファーから勢いよく立ちあがった。
同時にタヌキ寝入りをやめた瑞樹が銃をホルダーから抜き天井へ掲げた。
「た! だ! し!」
一言一言区切り、大げさに厭味ったらしく将校は言う。
「俺ともう一人がお前らの監視役兼、上! 司! として指揮するのに従うのならば、な?」
眞左人はその瞬間改めて確信した。
(俺、こいつのこと嫌いだわ)
眞左人の目が据わったのを敏感にキャッチしたリーナがドウドウ、と獣を抑えるように彼の顔の前に掌を向けて抑えていた。
それを尻目に、こめかみの血管をひくひくとさせながら瑞樹が微笑みかけた。
「ええいいわ。でも、流れ弾には、くれぐれも注意してくださいね?」
銃口に息をフッと吹きかけ瑞樹はもう一度にっこりと顔だけ微笑んだ。
彼女のそれは将校が生命の危機を感じ、失禁しそうになるほどの凄みを帯びた笑みだった。
アイナとリーナは戦闘力がないため、二人を中心に前後に壁を形成して、彼らは進むことにした。
部屋を出る前に青年将校は、隊の動きや簡単なサインを使った号令を眞左人たちへ教えた。
意外にも教える間は嫌味さが影を潜めて、丁寧な指導ですんなり彼らは動き方やサインを覚えた。
「以上だ。何か質問はあるか?」
「ありません」
『ない』
リーナ以外の返事が雑だったためか、青年は頬を引き攣らせたが、なんとか怒りを抑えたようだった。
「後、以降は互いをコードネームで呼ぶように。俺はオメガワン。お前がオメガツー。残りは順にスリー、フォー、ファイブ」
最初に眞左人を指差して、順にリーナ、アイナ、瑞樹を指差して、オメガワンは各自のコードネームを指定した。
「絶対に名前を呼ばないように。特に俺のは」
そう言われたところで四人とも青年の名前は覚えていないのだった。
言えば怒りそうなので四人は無言で頷いた。
「それで、とりあえずはどこに向かうんですか、オメガワン?」
アイナは半目で彼を睨みつけながら尋ねた。
「うむ。とにかくまずは川瀬准将に合流しよう。敵の大将はホールにいるなら、あの方もそこへ向かわれるはずだ」
川瀬のことを話すオメガワンは子供のようにキラキラした目だったため、少し皮肉っぽくアイナは笑い、
「敵が待ってるところにわざわざ出向くの?」
「あの方はそうする。そういうお方だ」
すぐさま返答したオメガワンを面白くなさそうにアイナはフンっと鼻を鳴らして睨んだ。
すぐ後ろのリーナはアイナの態度にオメガワンが怒らないか冷や汗を流していたのには、その後ろにいた眞佐人だけが気づいていた。
眞佐人は気にするなよと小声で声をかけ微笑んだが、効果の方は今一つだったようで、リーナは泣きそうな目でじっと眞佐人を見つめ、その袖をギュッとつかんで離れなくなってしまった。
頭を掻いた眞佐人はまあいいかとそのまま放置した。
ちなみにその後ろで最後尾の瑞樹が鬼のような表情をしていたのは誰も気が付かなかった。