10 模倣新術
❅❅❅×☽☽☽
ヘルは詠唱魔術を唱える。
「アイシクル・ブレイド」
足元を狙った氷の刃は飛び上がって躱され、吸収剣の一閃によって魔力として吸収された。
「アイシィ・ストーンズ」
魔力強奪者の背後に握り拳ほどの氷を精製し、それを弾丸のように放つ。
しかしそれは吸収剣が傘のように広がり、全てを消失させてしまう。
黄色の傘がまた剣へと戻る。
(形も自在に変える。効力はどこであっても同じ……)
蒼い瞳を面倒そうに細める。
「どこから攻撃しても、どれだけ攻撃範囲が広くても、この吸収剣は全て魔力に反応して、それを喰らう」
自信の表れか、野獣のように獰猛な笑みを彼は浮かべていた。
(本当に厄介な魔術……)
ヘルは仕掛けた魔術が尽く撃ち破られるのを無表情に見ていた。
「意外とえげつないな……。さっきの、吸収剣が無かったら、身体がハチの巣になってたところだ」
「六角形の弾丸なんて作らない……」
ポカンとした表情の後、魔力強奪者は腹を抱えて笑った。
「はははっ。なるほどな。ハニカム構造になるから六角形ってか。くっくっくっ……。いいセンスしてるよ。あんた」
馬鹿にされたようでヘルはむっとしたが、案外本気で面白がっているようで、彼はしばらく肩を震わせていた。
(今、やってみるしかない)
「アイシィ。フリーズ」
彼女は再び無数の氷の弾丸を宙に浮かべた。
今度は正面から、魔力強奪者にぶつける。
弾丸を向けられた彼は獰猛な笑みを浮かべ直した。
「へへへ。大サービスだな! 楽しいよ!」
吸収剣を前に突出し、再び傘の様に光を展開させる。
氷の弾丸はその傘に一直線に向かい、触れた瞬間にそれを構成していた魔力を奪われ、消滅する。
「学習能力って必要だよなぁ? 一回防がれてわかんねーのかなぁ? まぁそっちの方がさっさと魔力を奪えて楽なんだけ……つっ冷た!? な、なんだ!?」
相手を威嚇するようなその言葉が悲鳴のように高い声で遮られた。
それでヘルは確信した。
この腹立たしい敵を倒す方法を。
魔力強奪者は吸収剣を持っていた両手を不思議そうに見た。
彼の手はいくつかの小さな水滴が付着していた。
雨粒でももう少し大きいだろうと思うほどの小さな水滴。しかし、これはヘルにとっては付着した意味は大きい。
だが、彼はそれに気づくのが一歩遅かった。
展開した光を元の剣の形へと戻す際、ヒュッと空気を切る風のような音が彼の耳に届いた。
光が消え、彼の目に映ったそれは剣だった。
それはヘルが持っていた儀礼用の剣だ。ブーメランのように回転しながら剣は彼を切り裂こうと迫っていた。
「うぃいっ!?」
彼は後ろに倒れるようにして、剣を避けた。
その際、吸収剣を上に向け、ヘルの剣が吸収剣と交わるようにした。
彼の鼻先数センチを剣が通り過ぎる。
それがやけにスローモーションに見えた。まるで意識が加速したようだった。
足音が響く中、彼は腕輪型のデバイスをはめた手の指先で、小さくメモでもするように文字を書いた。
ヘルは先程、二つの魔術を少し遅れらせて発動した。
氷の弾丸をぶつける魔術「アイシィ」と冷却と空気中の水分の凝縮を行い、氷を発生させる「フリーズ」の魔術の二つだ。
魔術で発生させた氷は魔力で構成されているため、吸収剣によって吸収、消失されてしまうが、魔術の作用で発生させた物体であるならばどうなるか。
ヘルはそれを試したかったのだ。
そして、魔力強奪者は確かに「冷た!」と叫んだ。
それこそ吸収剣は物質には作用できないという証明だ。
ヘルはこの機会に、攻勢に出た。
剣を投げるのはひどく心が痛んだが、この際気にしてられない。
「アブソリュート・ゼロ!」
投げる際に彼女は詠唱魔術を剣にかけていた。
それは本来なら瞬時に周囲を絶対零度まで冷却すると言うとんでもない魔術だったが、他の詠唱魔術とは異なり発動には相応の長さの詠唱が必要なのだが、ヘルは短縮した詠唱魔術でそれを発動させた。
短縮した詠唱だけでは小規模な範囲を人の肌が痛くなる程度の温度まで気温を下げること程度しかできない。
しかし、隙を作るなら、それで十分だったろう。
予想以上に俊敏に対処した魔力強奪者のため、剣にかけた魔術は消えてしまった。
だが、それでも隙はできた。
倒れ込む魔力強奪者へ向けて、ヘルは持ち前の俊足を生かした速度で敵へと駆けた。
シンラは目の前にヘルの剣が床をスライドしてきたのを見て、ヘルが何をしたのかを悟った。
(魔法出力器を投げて直接攻撃した!?)
自らのデバイスを戦闘中に手放すというのは魔術師にとって致命的なことだ。
デバイスは魔術師の要だ。それがなければ魔術発動は困難なものになる。普通は肌身離さず持っているものだ。
ヘルの行動に驚愕しつつも、シンラは吸収剣がこの剣をすり抜けてきた光景が、脳裏から離れなくなっていた。
(まさかあの剣は物質には干渉できないのか?)
どんな魔術もその刃が触れれば消失してしまう。
だが、この剣は今もこうして新品同然の輝きを持って存在する。それに光の刃に弾かれることもなかった。
(だったら、勝機はある)
汗ばんだ手で、彼は自分のデバイスをギュッと握り締めた。
「放て、氷の礫!! アイスブレッド!」
『!!』
その場にいた誰しもが息を呑んだ。
ヘルの詠唱魔術によって『アイスブレッド』が発動していたのだ。
それは普通在り得ない事だった。デバイスがない状態では魔術の発動時間は単純計算しても十倍以上の時間が必要となる。
デバイスの行っている作業は精密で複雑で、その作業があってこそ、魔術の発動までの時間が大幅に短縮されている。
故に普通はデバイスなしで、元と同じ早さでは魔術を構成することはできない。
しかし、ヘルは先程と同じ長さの詠唱で、ほぼ変わらない発動速度を維持していたのだ。
魔力強奪者はそれを目端で捉えていた。
しかし、彼は動揺することなく用意していた魔術を発動する。
魔生糸の魔力を筆記魔術によって術へと構成し、彼の身体は風に乗ったように軽くなった。
ゆっくりと倒れかけていた彼の身体が、風に揺らされる羽のようにふわりと浮きあがった。
彼は体勢を立て直し、『アイスブレッド』を吸収剣で横に一閃し引き裂いた。
「ふう……」
魔力強奪者は笑みを浮かべた。
「まさかデバイス無しでも速度を変えることなく術を発動できるなんてな。あんたスゲーよ
だけど俺を追い詰めるにはちょっと捻りが足りないな」。
一瞬だけ、魔力強奪者は子供の様に瞳を輝かせた。
荒い息を吐く銀髪の魔術師へ吸収剣を構えた。
「もう手がないならその魔力、全部奪わせてもらうぜ」
ヘルは無表情のまま魔力強奪者と相対していたが、じりじりと後ろに下がっていた。
(今しかない!)
シンラは立ち上がった。
痛みが抜けたわけではない。足も震える。魔力だって残り少ない。
だが、立ち上がる。
ここで止まるわけにはいかない。
シンラは詠唱魔術を唱える。
勝利するために、魔術を構成する。
「波光来」
銀に怒られそうだなとシンラは苦笑を浮かべながら、光の波に乗る。
それは銀が使った高速移動の模倣だった。
技術としては『光神槍・如意』と同じ。光属性の魔力の擬似物質化。
無色透明の光のサーフボードに乗り、その爆発的移動速度を引き出す。
魔術の発動とともに凄まじい衝撃がシンラの身体を襲った。
(ぐっ!)
歯を食いしばり、懸命にボードへ足を張り付ける。
衝撃に耐えながら彼は瞬時に魔力強奪者の正面へと回り込んだ。
三度の驚愕の表情を浮かべた魔力強奪者へデバイスたる金属棒、如意を振った。