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魔法の味はキスの味  作者: 長野晃輝
2章 京都編
25/29

9 対峙


     Ⅴ+♎


 川瀬五郎とアッセル・リーヒニストは一度地上まで出ようと階段を上ったところで、息を潜めていた。

 一歩進めば、そこは正面玄関のホール。ホテルの来客者の受付のあり、普段は忙しなく人が動く空間だ。

 だが、今そこは凍りついたようにほとんど動く者はいない。

 彼らの目線の先には魔法出力器を取り上げられ、床に座らされた三十人ほどの魔術師たちと、ホテルの一般スタッフたちが法衣を着た数人の陰陽師に囲まれていた。

「……既にあれだけ捉えられているとはな」

 ホールには戦闘の形跡はほとんどなかった。

 装飾品も床や壁も傷ついた後もない。捕えられている人たちのも怪我を負った様子はない。

 川瀬は安心したように息を吐いた。

「救出しますか?」

 背後に控えていたアッセルが刀に手を掛けながら尋ねた。

「……そうしたいところだが」

 言葉を切って周囲を見渡す。

 川瀬とアッセルを含め、そこには立った5人のしかいない。

 加えて相手の戦力も未知数だ。

「この戦力と状況では、彼らを無傷で開放することは難しいだろう」

 だが、どうやってこの戦況を打破するのか策がない。

 敵将を討ち取ることができれば、敵勢力を撃退に追い込むことができるかもしれない。

(もっとも、敵将がここに直接乗り込んでいるとは思えないが)

 出入り口を塞がれていれば、敵将撃破は絶望的な事になってしまう。そうなれば、川瀬達日本軍はかなりの犠牲を強いられるだろう。

 例えば、ホールに捕えられた人たちが。

(そんなことはさせてなるものか!)

 川瀬の心中で、意気込みだけが強くなり、彼の焦りを掻きたてていた。



 その時、ホールの中央に漆黒のトレンチコートを着た青年が歩んでいった。

 自由に動いていることから、彼も陰陽師の仲間と思われる。

「あー。……この建物にいる日本軍の兵士諸君! 聞こえているか?」

 前髪が右目を隠すように伸びたその青年は、突然声を張り上げた。

 距離も障害物も何もかもを度外視してその声はホテルにいる全て人間の耳に届いた。

「我は吉田流陰陽術第37代師範、吉田兼院よしだけんいん。我は今、陰陽術を用いて主らに話しかけている」

 ホールを演説の檀上のように思わせるほど堂々と兼院はそこに立っていた。

「我は試合を求む。我と主らの長との一騎打ちの試合だ。

 犠牲を強いることなく、我々の戦いでこの騒乱の決着を付けよう。

 我はホールで待つ」

 演説を終えた兼院へ、周囲の陰陽師たちが拍手を送った。

 兼院はそれに何の反応も返さず、黙したままその場で敵を待った。


     Ⅴ×✡


「厄介な……」

 心底忌々しげに、川瀬は吐き捨てた。

「准将……、どうされますか?」

 側近の一人が尋ねた。

「行くしかない。ただし、先の演説がこの建物全体に響いていていたなら、他にも戦える者が来るだろう。それを待ってからだ」

 その言葉を聞いてほっとしたように彼らは表情を少し緩めた。

(安易だな……)

 川瀬は先程の吉田兼院の言葉の半分も信じていなかった。

 強襲を成功させ、既に捕虜まで確保している陰陽師勢が、どうして一対一の戦いなど仕掛ける必要があるのか。

 そんなことをしなくても、このまま戦えば少なくとも陰陽師側が負けることはないはずだ。

 考えられる理由としては一つ。

(俺を誘き寄せ、確実に仕留めるため……)

 入り口のホールに捕虜を集めたのは川瀬にその情報が伝えるため。川瀬を含んだ建物全ての人間にあのメッセージを伝えたのは、川瀬を逃がさないため。

 逃げれば、川瀬の地位は没落する。また、犠牲を出し過ぎても没落する。

(今、この地位を捨てるわけにはいかない……。それを知ってるのかはわからないが、……どのみちこの策に乗る以外、俺には選択肢がない)

 もし川瀬がこの戦いに関係していなければ豪放磊落の様でその実、緻密な作戦と絶賛したことだろう。

 しかし、吉田の提案通りに一人でのこのこと出ていくわけにはいかない。

 向こうが一対一の対決をさせることはないと川瀬は踏んでいた。

 ホールにはあれだけの敵がいるのだ。一人で出て行ったところで集中砲火を浴びるだけだろう。

 ならば、約束通り一対一にせざるを得ない状況に持ち込むしかない。

 そのためには向こうと同じ程度の戦力を用意する必要があった。

(問題は時間。奴がしびれを切らさず、その上で向こうの応援が来ない程度の時間がでこちらの戦力を整えなければならない)

銀閃の騎士団シルバー・ナイツと明智の中隊に連絡を入れろ。可能なものはホールへ向かえと。大至急だ!」

 兵士たちはすぐに無線機を取り出し、各隊に連絡を入れ始めた。

 アッセルだけが、川瀬をじっと見つめていた。



 吉田兼院の演説は地下のシンラたちにも届いていた。

 魔力強奪者エレメントスティーラーは肩を竦めて演説を聞き流した。

「やれやれ。あの男、本当に真正面から行くつもりか」

 直前に不意を突かれた攻撃を受けたとは思えないほど、飄々とした態度だった。

「川瀬准将が、そんな策に乗るわけない」

 儀礼用の宝剣を構えながら、ヘルは言った。

「乗るさ。乗らなきゃどうしようもない状況に追い込まれて、な」

 ウィンクと共に魔力強奪者は返した。

「……」

「無反応というのは意外に悲しいもんなんだぜ?」

 微苦笑を浮かべ彼は血糊を払うかのように吸収剣ディオクーパーを一振りした。

「さぁ。来ないのか?」

 彼は嘲笑い、煽る。

 魔力を喰らう絶対的な刃を持つ彼に、魔術主体で戦うヘルは格好の餌食であった。


 銀の初撃が失敗した際、受け身も取れずに転倒した衝撃と痛みのために彼の意識は混濁としていた。

 そんな彼が目を覚ましたのは兼院の演説のためだった。

 寝ぼけているところを気付けで起こされたようなものだろうか。大きくはっきりとした兼院の演説は彼の意識を覚醒へと導いた。

(我ながら情けない……)

 口の中を切ったのか、血の味がする。苦汁の味だった。

(だが、向こうは俺のこと、すっかり頭から抜けているようだな)

 一応、シンラのことは気にしているのか少し瞳が後ろを気にするように動いている。

 しかし、ほとんど足元に倒れている銀のことを気にしている様子はない。

(悔しいが、しばらく様子見だ)

 いざという時、向こうの気を引けるかもしれない。

 敵の能力を見ていない銀にとって、それは奇襲の用意と戦力分析も兼ねている。

 それまでは床の硬さと冷たさを耐える必要がある。

 銀は祈りを込めて、早く終わってくれと内心呟いた。


     ☀☀☀☀☀☀☀


「……どうしてこううまくいかないのよ」

 ホムラは頭を抱えていた。

『もうこれは不運としか言いようがないわね』

 天照の言葉に耳を傾ける間もなく、彼女はデバイスを振った。

 爆炎と爆風が彼女の紅く長い髪を撫でる。

 運悪く彼女が降りた階では陰陽師と魔術師の戦闘が行われていた。

 尻尾を巻いて逃げようとした彼女を、陰陽師は執拗なまでに追跡し、気が付いたら狭い廊下で挟撃されていた。

 挟撃されたというよりも、元々陰陽師が陣取っていたスペースへ、追いかけられたホムラが突っ込んでしまったのだが、彼女にはどっちでも同じだ。

 逃げようにも逃げようがないため、止むを得ずホムラは彼らを迎撃した。

 廊下は一本道だったが、両脇にそれぞれ客室があったため、そこへ飛び込み相手の攻撃を躱し、また飛び出して反撃を放つことで安全に攻撃することができた。

 さらに両方向から攻めている陰陽師たちは、向かい側の味方へ流れ弾が当たることを警戒し、遠距離による攻撃を向かい側へ届かない角度で放つ必要があった。

 自然、攻撃の弾道は読みやすくなり、多人数による一斉射撃もできなくなる。

 不幸中の幸いとしか言いようがない。


 ホムラは客室の扉を蹴り、強引に部屋へ飛び込んだ。直後、彼女が立っていた床が炎上した。


 絨毯が焼けて焦げ臭い空気に顔を顰めながら彼女は息を吐く。

(相手から発射される攻撃なら避けられるけど、今みたいにあたしんの場所を術の発動位置にされるとつらいな……)

 しかし、これまでそれを回避した先に術が仕掛けられることはなかった。

 これまでなかったからこれからもないとは言い切れないが、先程から敵陣から怒号が絶えなくなり、攻撃も激しさを増した。同士討ちをしかねないような弾道の術もあった。

 明らかに相手は焦っているとホムラは踏んだ。

 その状況にも関わらず有効な戦法を取らないのは何故か。

(答えはそれができない何かがあるってことかな)

 ホムラは術が止んだ一瞬を逃さず、廊下へ躍り出た。

 それを狙ったかのように青い光弾が彼女の前方から迫った。

 ホムラはワルツでも踊っているかのように、華麗な身のこなしでそれを避けた。

炎の矢フレイアロー

 返し手で彼女は詠唱を唱える。

 詠唱魔術によって具現化された炎の矢が、敵が身に付けていた衣装を燃やす。

 その熱さのあまり、燃やされた敵兵はのた打ち回り、陣形を乱した。そして、駆けつけた衛生兵らしき味方によって介抱された。

(ふぅ……疲れるわ)

 ホムラは命のやり取りをしているとは思えないほど冷めた目で、その様子を眺めていた。

(殺さないように戦うのって大変)


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