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魔法の味はキスの味  作者: 長野晃輝
2章 京都編
24/29

8 友前逃亡

何気に伏線有り?

わたくしにもわかりかねます


     ☀☀☀☀☀☀☀


 ホムラは苛立っていた。

 彼女とサクラ(と天照)は二人の男と共に階段を上っていた。

 その二人は軍の犬。彼らはホムラを騒動に巻き込まれないように非戦闘員と同じ部屋へ送っているのだ。

 だが、ホムラは思う。

(あたしんよりも先にシンラ君たちを送りなさいよ!)

 一時的とはいえホムラも軍に籍を置いていた人間である。まして彼女は日本最強の四魔術師の一人。わざわざこうして守られるような存在でもないと彼女は考えていた。

 それよりも、まだ経験の浅そうな銀や、シンラを守ってやって欲しい。てか、自分で守るからそこどいて!

 と、軍の二人が呆れるほどに言いまくったのだが、「任務だから」の一点張りで彼女を離してはくれなかった。

 幸いにもサクラはさっきからずっと大人しくしていてくれる。

 彼女の苛立ちをさらに増やすこともなく、黙々と前を歩く素振りをしている。

 しかし、どうにも落ち着かない様子で、ずっとそわそわしている。

(どうしたのかしら?)

 目線を肩に居座る天照に向ける。

(私に聞かれてもね……。本人に聞いた方がいいでしょ?)

 赤い小鳥が小さく首を捻った。

(それもそうね)

「サクラ? どうしたの? 体調でも悪いの?」

 精霊が体調を崩すなんてのは聞いた事も無いわねと思いながらも、心配そうな声色でホムラは尋ねた。

「あ……その、もしかしたらなんですけど……」

 些か歯切れの悪い返事にホムラは眉を顰める。その背後から男二人が「今度はなんだよ」と舌打ちしながら睨み付けていたが、気にするほどの事でもないとホムラは意識外へ追いやった。

「シンラさんに、何かあったかもしれません」

『どういうこと?』

「何ですって! それは大変! すぐにシンラ君の元に行かなきゃ!! 行くわよサクラ!!」

 尋ねた天照の声を遮り、わざとらしく焦ったような大声でホムラは叫びつつ踊り場へ飛び出た。

 サクラもその言葉に従って、階段から飛び降りたように見せかけて宙を飛んだ。

「なっ! 紅さん!! 困ります!!」

 慌てて男たちも追ってくる。

 さらにホムラは跳躍し、踊り場から下の階層へと飛び降りた。

「サクラ! 貴方は階段からシンラ君を探しなさい! 誰にも見られない限りは飛んでいいから!」

「は、はい!!」

 サクラは走る動作をしながら、その実数センチ浮いたまま階段を下っていった。

『一人で行かせてよかったの?』

 駆けだすホムラの横を天照は羽ばたきながら滑翔していた。

「あの二人の任務はあたしんを警護することだからね。優先順位的に考えればあたしんを追って来るでしょ?」

 言いながらも彼女は背後を確認する。

 予想通り二人ともホムラを追って来ていた。

 廊下を駆けながら、ホムラはある場所を目指していた。

 しかし、男たちもただひたすらに彼女を追っているだけではない。

(デバイスまで取り出してきたわね)

 男たちはそれぞれ腕輪の形をした魔法出力器を取り出していた。

 しかし、詠唱スペルだろうと演算マスマッティクだろうと、図示グラフィックスだろうと、魔術の発動には時間が掛かる。

(そろそろ振り切らないと)

 彼女の目的の場所は見えていた。

 ホムラは自分のデバイスを包んでいた布を外し、投げ捨てた。

 現れた日本刀を掴み直し、彼女は振り返った。

 彼らの魔術はまだ完璧に組み上がってはいなかった。

 おそらく無属性の衝撃波の魔術を組んでいたためだろう。防御に使われる無属性魔術は、攻撃魔術としては誰も使い慣れていないのだ。

 故に魔術の構築に必要な手順は洗練されておらず、発動も遅れる。

(これなら……)

 彼女は人差し指を宙に向けて銃のように構えた。

灯火トーチ!」

 指先から、握り拳ほどの灯りが放たれた。

 しかし、男たちがそれに気を取られたのはほんの一瞬。

 攻撃機能の無い魔術だとすぐに気付いたのだ。

(うんうん。それでいいんだよ)

 ホムラは小さくほくそ笑む。

 勝利を確信した笑みだった。


『日暮れの雨』を抜刀する。

 灯火の本質は発光。収縮した光を一点に向けて放つことだ。

 炎属性か光属性か判別がつかないこの魔術は、確かに戦闘には不向きだ。

 なって精々敵の目くらまし程度。それもその光の収縮故に多人数と戦う集団戦では使えない。

 だがその目くらましも、男たちがそれを警戒して手で目の上に影を作っている今、使えるとは言えない。

(普通は……、ねっ!!)

 灯火の光はホムラの足元を照らすように降り注いだ。

 二人の魔術がようやく完成しようとしていた。

 ホムラは鏡のような刀で、光を切り裂いた。

「秘技! 夕差し!」

 磨き抜かれた鏡のような刀身によって光が反射された。

 その光は二人の眼を切り裂く……、ように収束された光の帯が薙ぎ払われた。

「な!?」

 二人は一瞬だけ眩しさに目を細めた。

 その時、不思議なことが起こった。

 二人の男が使おうとしていた魔術が誤発ミステイクしたのだ。

 片方は、球体上の魔力が弾け、片方は天井に向かって飛びあがり、ぶつかる前に消え失せた。

 呆然とする二人を置いて、ホムラは目的地のエレベーターホールへと駆けていく。



 魔術とは術者の想像を実現する力だ。

 しかし、それには障害がある。

 その一つにリアリティの強い想像が必要というものがある。

 ここで根本的な矛盾が生じる。魔術はそもそも人の想像を実現するのだから、リアリティというものからかけ離れている。

 その想像をリアリティのあるものにするのは困難だ。

 魔術師が魔術を使うために詠唱などの魔術発動法を用いるのはこのためだ。

 ある種の自己暗示と同じものであろう。

 言葉、絵、数値、行動。

 それらから本来はあり得ない現象の想像を強固にしていく。

 これが魔術発動法の基本である。

 だが、人のイメージには五感からの影響が強く表れる。

 リアリティを求めるならばなおさらである。

 故に魔術発動の瞬間、五感の一部に強い刺激を与えれば、魔術は不発に終わる。

 正しくは認識している現実を、それを押しつぶすほどの刺激を与え、魔術の想像のリアリティを欠かせるという事をしている。

(卑怯なことだけどね)

 ホムラはエレベーターの扉の前に立った。

 非常事態のためか電源は入っておらず、ボタンを押しても何の反応もない。

 しかし、彼女にそんなことは関係ないことだ。

 瞳を閉じて、彼女は刀を構えた。

「絶炎・烈斬」

 目を開けると刀から炎が噴出していた。

 発火、炎上の魔術から生じた熱が、彼女の体を熱くする。

 頬を流れていく汗を、彼女は拭い取った。

 日暮れの雨を上段に構え直し、斜めから振り下ろす。

 炎が宿った刃がエレベーターの扉を溶かすように両断した。

 倒れてきた扉をステップで躱し、ホムラは開かれた扉の奥の下を見下ろす。

 そこには漆黒の闇が獲物を待つかのように大口を開いていた。

「紅さん! 待ってください!」

 後ろから響いた声に、彼女は心底ウンザリした顔をした。

「しつこいわねぇ」

『それは仕方ないでしょ。あなたに勝手をしてもらいたくないのよ』

「あたしん、そんな迷惑なことしてる?」

『迷惑はどうかはともかく軍にとっては嫌でしょう?』

「確かにね」

 少しホムラは自省した。もっとも、数分で忘れるであろう自省をそれと呼ぶべきかは疑問だが。

 追い付いた二人を全く気にせず、ホムラは漆黒の穴に躊躇なく飛び出した。

「「!!」」

 それを見た軍人二人が声にならない悲鳴を上げる。

「情けない声を出さないでよ」

 しかし、飛び出したはずのホムラは重力に反し、宙に浮いたまま二人を睨み付けていた。

 それは魔術だ。

 炎を足から噴出させ、飛行を可能にさせる魔術、飛翔噴射ブースター。ホムラが魔術学校時代に学んだ魔術の一つだ。

 射出シュートと同じような魔術であるが、噴出させた炎を加速の動力として使う射出に対し、この飛翔噴射は噴出した炎をそのまま移動力にする。

 常時、射出を使っているようなものである上に、射出よりも強力な噴出を生み出しているため、莫大な魔力を消費してしまう。

 しかし、飛行魔術の天属性の魔力を使わずに飛行が可能となるこの魔術の利点は大きい。

 そんな高等魔術を使っているのもあって、さっさと二人を振り切りたいと言うのがホムラの本心だった。

「紅さん。大人しく我々と来てください」

 なおも強硬にホムラを行かせまいとする二人に、いい加減ホムラは耐えられなくなっていた。

(仕方ないわね……)

 ホムラは刀の切っ先を二人に向けた。

 その途端、二人は顔を真っ青にして、腰を引いた。

 実力を考えれば、この二人などホムラには遠く及ばない。魔術師としての次元が違う。

 彼女ほどの有名人ならが、万が一にも二人が殺されることはないはずだ。だが、彼女、紅焔だからこそ、その万が一が有り得る。と二人は考えていた。

「戦場で一番必要な能力って、なんだと思う?」

 凛として響き渡るような声で彼女はそう問いかけた。

「それは柔軟な対応力よ」

 問いかけているにも関わらず、彼女は二人の回答を待たずにそう述べた。

「……と、いう訳で現場判断! あたしんは下から敵の掃討を開始するから、あんたたちはどっかその辺の敵と戯れてなさい!」

 止める間もなく、ホムラは体を反転させ、炎の推進力を使い、真下に向かって急降下していった。



 残された兵士二人は、安堵にも似た溜息を吐いた。

「どうします?」

 追いますか? という言葉を省いて、若い方の男がもう一人の壮年の男に問いかけた。

「放って置くしかあるまい。この状況では奴を追って捕まえられる可能性は低い」

 たった二人では、あの機動力と、朱雀の名を冠するほどの戦闘力を持つホムラを捕まえられない。

「俺たちにできることはただ一つ。一人でも多くの敵を倒して、手柄を挙げること」

 若い兵士は神妙に頷いた。

 軍のトップの命令を遂行できなかった彼らが、自らの地位と生活を守るためには汚点を上回る戦果が必要だった。

「疫病神の『味方殺し』が!」

 憎々しそうに壮年の男は、小さな少女が消えた暗黒へ吐き捨てた。


 少女がその言葉を聞いたのかはわからない。ただ、飛翔噴射から生じた炎が消えそうなくらいに小さく揺らいでいた。

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