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魔法の味はキスの味  作者: 長野晃輝
2章 京都編
22/29

6 魔力強奪者

     ❅❅❅×☽☽☽



 地響きとともに警報が地下試合場に鳴り響いた。

「なんだ!?」

 シンラはその時、銀とヘルと共に拍手にどう対応したものかと悩んでいたが、どうしたことかと放送に耳を澄ました。

『屋上付近で爆発が起きた。おそらく敵襲と思われる。全ての小隊に装備許可。敵勢力を見つけ次第各個撃破せよ。これは演習ではない。繰り返す。これは演習ではない』

 どこか遠くの国の戦争の映画でも見ているみたいだ。

 そうシンラは思った。

 しかし、周りは違う。

 先程までシンラに拍手を送っていた観衆は、今や軍隊と化し、それぞれ階段から試合場を後にした。

 奇襲にも動じず統制のとれた動きをしているのは驚きだった。

 シンラの眼には彼らがまるで奇襲を予期していたように見えた。

 だが実際は違う。

「これが……戦場なのか?」

 誰にともなくシンラは呟いた。

「そうだ」

 答えたのは銀だった。

 シンラは改めて、銀と自分に有った歴然とした差を感じた。

「怖いか?」

「……どうだろう?」

 銀はホッとしたような笑みを浮かべた。

「俺も最初はそうだったよ」

 銀が自分に近づいてくれたような気がした。

「さてと。で? 俺たちはどうすればいい?」

 そう言って銀が顔を向けたのはヘルだった。

「そうね……。二人はまだお客様だから、本格的には戦いに参加しなくてもいい。多分、他の非戦闘員の人たちと同じように避難してもらうと思う」

 そう言ってヘルは客席の方を見た。つられて二人も視線を追うと、ホムラが、女性軍人数人に宥められながら、半ば引きずられるように連れて行かれるのが見えた。

『……!! あたしん……シンラく……嫌だぁ!!』

「あの人は……」

 シンラは頭を抱えた。

「ま、まあ、サクラが大人しく連れて行かれてる分まだましだろう?」

「そうとらえるべきかな」

 銀のフォローともいえないフォローに、シンラは遠くを見る目で二人を見送った。

「まずワタシたちも地上へ上がる。着いて来て」

 言葉までには気が回らなくなっているのか、敬語で話さなくなったヘルの背中を、不謹慎かもしれないと思いながらもシンラは微笑ましく見ていた。



 階段を駆け上がるは静かだった。

 停電も起きておらず、さっきの放送が嘘のように平穏だ。

「……静かだな」

「不気味」

「ちょっと待って!」

 階段を抜けた時、最後尾を走っていたシンラが話していた二人を呼び止めた。

「シンラ? どうしたんだ?」

 そこはまだ地下だった。ホテルの電気、水道、ガスなどのライフラインを管理する部屋があるようで、プレートには管理室の文字がよく目立つ。

 確かに重要な場所ではあるが、自分たちが優先するのは避難だ。銀にはシンラがわざわざ呼び止めるような理由があるとは思えなかった。

「ちょっと変じゃない?」

「変? 何が?」

「なんていうか、割れる寸前にまで膨らんだ風船があるような、ちょっとした危機感かな?」

「はぁ?」

 妙な例えを出されますます首を捻るばかりだった。

「……確かに、妙です」

「ヘル……君もか?」

 また二人で分かり合うなよと銀は少しいじけてそっぽを向いて、気が付いた。

「まさか……」

 銀は慎重に足元のソレ・・を確認する。

薬莢やっきょうか……」

 正しくは薬莢だったものだろう。

 銀は指先で摘める程度の大きさのソレを拾った。

 それは何かに切断されたような断面を持ち、近くで見ない限りは薬莢とは気づけないようなほど小さい。

「わざわざ薬莢を分からなくするなんて、手間を掛けたもんだな」

 呆れたように銀は笑った。

「それだけじゃないよ」

 シンラは続けて呟く。

「数値化」

 様々な情報を数値として認識させる無属性魔術『数値化』。シンラはそれを用いて辺りを見渡した。

「床に二ヶ所。壁に五ヶ所。天井に一ヶ所、弾痕があるね。あと、微弱だけど魔術を使った形跡がある」

 ヘルもシンラの言葉を黙って首肯した。

 薬莢の欠片を投げ捨て、シューズケースのような袋から銀は自分の魔法出力器デバイスである鉄鋼手ガントレットを取り出した。

「ってことは……」

「ここで戦闘があった。しかもちょっと前。もしかしたら騒ぎが起こる前に……」

 言いながらシンラもバットケースから《如意》を取り出した。

 無言でヘルも儀礼用のような両刃剣を鞘から引き抜く。

「こういう場合は、俺たちはどうしたらいい? ヘル?」

 銀は言いつつ鉄鋼手を装着し終えていた。

「可能なら応援を呼んで、そちらに対処を頼む。……けど、この階は地下で、連絡が取れないし、内線用の電話は管理室にしかない」

「ってことは、俺たちが応対すればいいってことだな」

 シンラは緊張を滲ませつつも、強気に笑った。

「油断しないで」

 釘を刺すようなヘルの一言を聞きながら、シンラが魔術を発動した。



 シンラの数値化はその敵の座標を捉えていた。

爆発エクスプロージョン!」

 左手で数式を書き終えたシンラが叫ぶ。

 演算魔術マスマッティック詠唱魔術スペル複合魔術コンビネーション。それは正確な座標への攻撃と、発動速度の短縮を可能にした魔術発動法の複合だ。

 具体的には場所だけを数式に入力し、直接の発動は詠唱で行うというもの。

 二つ先の扉から火が噴いた。

 扉は吹き飛ばされ、向かいの壁をめり込んでいた。

「やったか?」

「威力は最小限にしてるから、殺しはしてないよ?」

「そういう意味じゃないんだがな……」

 少しピントのずれた会話を交わしながら、慎重にその部屋を覗き込む。

 部屋はホテルの警備員の詰め所らしく、倒れたロッカーから予備の制服が見えた。

 しかし、妙だった。

 爆発は確かに小規模な威力だったのだが、それでも爆発は爆発だ。

 そんなものが起きた割に部屋が綺麗だった。

 確かにロッカーなどの物は散乱としているが、何処にも熱で焼けたような形跡がないのだ。

「どうしたよ? そんなに不思議か?」

 聞き覚えのない男の声が部屋の中から聞こえた。

 シンラたちは答えず、素早く部屋の入口を挟むよう右側にシンラ、左側には銀とヘルが立つ。

 出てきたところを挟み撃ちにしようということだ。

「おいおい。とんだ客人だな? いきなり人のいる部屋爆破して、その割にこっちが話しかければだんまりかよ?」

 嘲笑と共にそんな声が聞こえた。

「ったく……。仕方ない」

 瞬間、風が吹いた。

「後ろががら空きだぜ?」

 その声はシンラの耳元から聞こえた。

「お前も、背後に注意した方が身のためだ」

 それは銀の声だった。

 シンラは前方へ飛び出して敵から距離を取った。

 背後で金属同士がぶつかるような、鈍い音が響く。

 振り向いたシンラが見たのは、銀の鉄鋼手を受け止める敵の姿だった。

 その敵は灰色のジャケットに、ジーンズを履いた青年だった。

 陰陽師とは思えない青年の格好を疑問に思いながらも、シンラは如意を構える。

「驚いた! 軍はガキを連れ出さなきゃならないほど追い込まれてるのかよ?」

 銀とシンラの格好を見比べ、青年は皮肉を言う。

 その髪は深い紺色に染まっていた。


「まあ、ただのガキじゃないようだな。アンタ、何もんだ?」

 銀の左手の鉄鋼手を受け止めながら、青年は笑った。

「あの一瞬で、俺の背後を取るってのはなかなかできるんだろう?」

 銀は無言で右腕からパンチを繰り出す。

 青年はそれを躱し、宙で行先を失った銀の腕を掴んだ。

 そして、その腕を無理やり引く。

 銀の拳は体全体で踏み込んだ重い拳だ。だからこそ、彼の重心は前方に偏っている。

 それを引かれたことにより、銀は完全にバランスを崩した。

 さらに青年は銀の足を蹴った。

 軽い蹴りだったが、銀を転倒させるには十分だった。

「ぐっ!!」

 受け身を取ることすらままならず、銀は転倒した。

火円インフェルノ・リング

 如意を回しながら、シンラは魔術を発動させた。

 炎が円状に形を成し、そのまま青年に向けて放った。

「炎か!」

 青年は銀の腕を放し、ジャケットの袖を捲った。

 青年の腕には水色のブレスレットがあった。

 青年はそれに触れながら叫ぶ。

「水塵」

 青年の正面を水が、傘のように広がり、炎の侵入を防いだ。

 火円が消え、水の傘が消えた時、シンラは敵の顔を初めて見た。

 もし、ここにいなければファッション誌にでも写っていそうな顔だ。

 その瞳はスカイブルー。水属性の魔術を使ったことから、おそらく水の魔術師なのだろう。

 相性はあんまりよくないとシンラが考えている間に、ヘルが一歩前に出た。

「アイス・スピア」

 詠唱魔術で作り出された氷柱のような氷が十本以上宙に浮かんでいた。その矛先は青年に向けられていた。

 青年が何かを口走ろうとしたが、それ以上に速く、氷の槍が青年の身を貫こうと肉薄した。

 だがその時熱風が吹き荒れた。

 粘膜を焼くような熱さに思わずシンラは瞳を閉じた。

 すぐに熱風は収まり、目を開いたシンラが見たのは、傷一つないまま立つ青年と、水浸しになった床だった。

「……嘘、だろ?」

 驚きのあまりシンラは手元の如意を離しそうになった。

 数値化を施していたシンラの眼には、それがはっきりと映った。

 先程の熱風は炎の魔術。そして、魔力はホムラの、正確には《天照》の魔力だった。

 青年の右手には不可思議な物体が握られていた。

 それは球の形を取っていた。毛糸のようなその表面に、虹色の輝きが波打つように揺らめき、本当に物体なのかどうか判別できない。

 しかし、数値化で見るそれは現実で見える以上に異様だ。

 さまざまな種類の魔力が、その物体の中で渦巻いている。

 あの六月ほどに莫大なわけではないが、それでも普通の魔術師では在り得ないような魔力量だ。

「何だ? それは?」

 シンラはほとんど無意識に問いかけていた。

 だから回答がもらえるとは思ってもみなかった。

魔生糸まきいと。こいつには俺が奪った・・・魔力を溜めてある。今のはさっきの爆発の魔力だよ」

「魔力を、……奪った?」

 理解を超える事態にシンラは無意識の内に唾を呑み込んだ。

 舌なめずりしたい気分だった。

「成程。アナタ、噂の魔力強奪者エレメントスティーラーね」

 ヘルは剣を構え直しながら青年い問いかけた。

 青年は不敵に笑った。

「魔力強奪者?」

「ええ。戦場に突然現れて魔術師を襲ったり、通り魔的に魔術師を襲撃してる犯罪者。そのコードネームが魔力強奪者。

 襲われた魔術師によると、魔力強奪者は青年。彼は魔力の剣で魔術を斬って消すらしいわ」

 淡々と説明するヘル。彼女の顔からはどんな感情も伺えない。

 だが、剣を握る手が微かに震えていた。

 青年―魔力強奪者―は右手の魔生糸を握るように包み込んだ。

 すると、少し魔生糸は少し発光してから、跡形もなく消え失せた。

 魔力強奪者は隙のない自然体な立ち方をして、ヘルに向けて告げる。

「氷は不足してたんだ。だから、ここで補充させてもらうぜ?」



     ♎×Ⅴ



 爆音を聞いた川瀬は素早く各所へ連絡を回した。

 その中で、一部連絡の取れない場所へは自分の親衛隊を別けて送らせた。

「どうも爆発が起こるまで、敵の侵入に気付かなかったらしい」

 地上への階段を上りきる直前、川瀬は二段後ろを歩むアッセルに話しかけた。

「このビルは侵入者対策用に魔術的な結界と部外者の侵入を知らせる魔術が施されている」

 アッセルは自身にもかけられた味方識別の魔術を思い出しながらその話を聞いていた。

「にもかかわらず、何故気付けなかったのか。考えられる可能性の中に一つ面白い話を聞かせてやろう」

 川瀬が動いたその瞬間、アッセルの胸部に銃口が向けられていた。

 息を呑むほど洗練された動きだった。

 しかし、アッセルは動じることなく川瀬の瞳を凝視していた。

「貴様の組織が奴らを手引きしたという話だ」

 鉄仮面のような冷たい無表情を保ちながら、引き金に指を掛ける。

 対するアッセルは静かに茶外套の中から日本刀を取り出し、一瞬で川瀬の脇へと潜り込んだ。

 そして、

 川瀬の背後に音も無く立っていた男の腹を刀の柄で突いた。

 さらにアッセルは追い打ちで回し蹴りを見舞った。

 蹴とばされた男は壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。

「……」

 無言で川瀬はアッセルへ銃を構えなおした。

「疑うのは勝手ですが、まずは状況を把握してからにした方がよろしいかと」

 アッセルはそのまま背を向け、踊り場に飛び出した。

 階段の入り口を挟むように二人の男が待ち構えていた。

 アッセルは静かに茶外套の下から日本刀を取り出す。

 男たちは持っていた栞ほどの大きさの紙をアッセルへ向けた。

 その紙が妖しく輝いたと思ったその時には、炎の塊がアッセルへと撃ち出されていた。

 しかし、アッセルの顔に動揺の色はなかった。

 無言でアッセルは柄に手を添える。

 目前に迫る二つの火球を斬る。


 空気を裂くような音と共に、仄かに熱い空気が二人の男に吹き付けた。

 彼らが見たのは炎に覆われる前と変わらず立ち続けるアッセルの姿。

 驚愕に固まる二人に、追い打ちが待っていた。

 耳をつんざくほどの銃声が鳴り響いた。

 アッセルに向かって左側の男がゆっくりと崩れ落ちる。

 もう一人の男が銃声のした方向―階段の入り口―を見ると、目前に名実ともに魔術師の頂点に立つ男が肉薄していた。

 恐怖に体が強張るのと同時に、冷たい刃が彼の腹部を貫いた。

 彼ら三人の陰陽師は二〇秒もかからず倒されていた。


 川瀬は男の腹部を突き刺した刃物のようなものを引き抜いた。

 しかし、アッセルには刃物らしき血を啜った物体は見えなかった。

 川瀬が持っていたものは青白い刀の柄のようなものだった。

 それを―何か引っかけるものでも着けているのか―腰の部分へ宛がった。

「チッ」

 隠す素振りも見せずに川瀬は舌打ちし、アッセルに再び銃を向けた。

「お前は何者だ? 魔術も使わずにどうやって火を消した」

 川瀬が銃を向けたのは不信よりも恐怖に因った行動だった。

「カマイタチというのはつむじ風が起こす真空状態で物体を切断するそうです」

 言いつつ茶外套を着た青年は肩を竦めた。

「抜刀術の奥義にはそのカマイタチを起こし、敵を斬るという技があるのです。それを応用すれば、一瞬ですが真空……つまり空気が存在しない空間を作ることが可能です。

 火の燃料は酸素です。その供給を絶ってしまえば、火は消えます」

「屁理屈だな」

 川瀬はそう一蹴した。

「術者から供給された魔力があれば、例え自然現象が魔術の発動を否定しようと、術者のイメージ通りに魔術は発動する」

 そもそも、魔術は自然現象を完全に超越したものだ。

 雷が発生し得ない環境にあっても、雷属性の魔力はその環境に成り代わり、雷を発生させる。

 例え酸素の燃料が無くなっても、炎の魔力はその代わりの働きを果たして、炎が消えることはない。

 もっとも術者のイメージを達成すればその後は自然現象になってしまう。

 炎が敵に直撃すれば、あとは酸素を燃料に燃える。その時点で、既に魔術は自然現象に同化しているのだ。

 しかし、無属性魔術に代表される魔術には影響を受ける。

 魔力強奪者がシンラとヘルの魔術を防いだように、魔術同士ならそれは自然現象のように干渉し合うのだ。もっともこの場では関係のない話ではあるが。

 致命的な矛盾を突くような川瀬の言葉に、しかしアッセルは余裕すらにじませながら首を振った。

「あの術が自然現象ならば?」

「何?」

 怪訝そうにアッセルを睨む。

「貴方も情報を持っているでしょう? 陰陽師が使うのは星の力。つまりは自然の力なのですよ」

 陰陽師は星の力を取り出して、不可思議な現象を起こすものだ。

魔術こちらは偽物の力を差し出して世界の不合理を合理とする術。陰陽術あちらは環境を整えて世界を騙し、理不尽を押し通す術です。

 こちらとあちらは完全に分かたれているのです。

 故に、酸素の供給を絶たれた陰陽術の炎は消える」

「……」

 川瀬は納得いかないようで、険しい表情を保ったままだった。

 アッセルの瞳は川瀬のそれを揺らぐことなく一直線に見続けていた。

 再び舌打ちをして川瀬はホールに向けて歩き出した。

 アッセルは肩を竦めてその姿を見送った・・・・



     ✡✡



 し、死ぬ……。

 死んでしまう。

 その男の意識は死の恐怖に埋め尽くされていた。

 右側には銃で撃たれた自分の仲間。

 階段には格闘で倒された仲間。

 そして自分は刃で刺された。

 既に銃で撃たれた仲間は息絶えているようだった。

 絶望的なほどの血液が床に溢れだしていた。

 自分も決して少なくない量の血液を失っている。

 一体何がいけなかったのか。

 今の状態なら、自分たちは無制限に術を使える。

 だがそんなことは関係なかった。

 誤魔化しきれないほどの力量の差が存在したのだ。

 この戦力で仕留めることは不可能だったのだ。

 男は纏まらない思考の中、目端に茶外套の青年の姿を捉えた。

 もう抵抗する力も出ない。

 止めを刺されるのだろうか。

「……運がいい。あの男は殺すつもりだったろうに、まだ生きているとは」

 いいものか。自分はここで生命を終える。貴様らの方が、よっぽど運がいい。生きている。そして、強い。

 ここで死ぬ自分よりもよっぽど。

「さて、このままだと止めを刺せと言われそうだな。おい、お前。聞こえるならどうにかしてそれを教えろ」

 なんなのだこの男は。とどこかで思いながらもゆっくり瞬きをした。

「判断能力はあるんだな。じゃあ訊こうか。ここで死ぬか。生きるか」

 ……。

「時間がない。みっともなくても生きたいか、潔く死にたいか。答えろ。お前とまだ生きてるあそこの男の運命を」

 ………………。

 唇が重々しく動いた。

「いいだろう。お前は選択した。それに従え」

 茶外套を翻しながら青年が背を向けると同時に、男の意識は絶えた。

 そしてその男たちを真っ白な光が、冥府の水のように呑み込んだ。


 ……それは果たして、悪魔の囁きか、天使の導きか。


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